シャイニング
間合いに飛び込んだ義人の視界が、一瞬で白の巨体に占領される。男の触腕が4本、防衛本能など微塵もない速度で義人の頭部を狙い、四方から同時に突き出してきた。
「………」
義人はそれらを冷静に左腕から出した3本の刃で斬り落とし、残りの1本を避けながらもその脳天にハンマーを叩き付ける。鈍い音とともに強制的に頭を下げさせ、その顔を地面に打ち付けると、割れた頭から赤い花が咲く。痙攣する青白い体。すかさず止めを刺そうとしたところ、飛んでくる銀の杭。音も無く飛んできたそれは、当たれば目玉が貫かれていたであろう太さがあった。義人は難なく危険を察知し、触腕で瞬時に絡め取る。見れば前傾姿勢の白い男の背中から生える白い触腕の先端が三方向に開き、そこから放たれたものであった。
そこまで早くなかったな……。原理はなんだ?
弾数はあるのかなど冷静に分析しながらもその鉄の杭を両手の平から放たれる電流で捉え、三角を作り、狙いを定めると、ボールを投げるような手付きで一気に押し出す。先程よりも速い速度で飛翔したそれは白の左目を穿つ。しかし、呻き声一つ上げなかった。
痛覚がないのか?
それは厄介だと判断し、すぐさま頭を潰しに間合いを詰める。しかし、右側から鈍い光を放つ別個体が迫ってきていた。その鉄の巨人は義人の鋼鉄の触腕と似た形のものを肩甲骨辺りから生やしており、先端が4方向に分かれている。
まずはこいつか。
義人は白い個体の首だけを触腕の刃で撥ね、触腕の杭を引き抜くと、先程と同じように放電し、コイルガンの要領で鉄の体を狙い撃つ。
なっ!!
だが、鉄の杭は男の手前で急停止した。触腕からの電磁波により、動きを止められたのだ。
マズイッ!!
義人は急ぎ硬化させた触腕を前方に展開し、同じように電磁波を放つ。すると、弾丸が発射されたかと思えば弧を描き、コンクリートの地面に突き刺さる。
あっぶね!!
見えなかった。あと少し反応が遅れていれば、致命傷は免れない。
なんとかしてあの触腕をどうにかしないと……。
下手に近づけば動きを止められる。
そこで閃いた義人は足元に転がる白い頭を触腕で掴み、鉄の男に向かって投げた。義人はコイルガンで狙いを定め、3発の弾丸を音もなく発射する。この際、生成した弾丸はこれまでのものとは違い、先端をお椀のように窪ませたホローポイント状の塊だ。これを放電による電磁加速させ、放ったそれは白い頭部に着弾すると瞬時に運動エネルギーを全方位へと解放。脳漿と血を凄まじい圧力で飛散させる血肉の散弾へと姿を変えた。至近距離での爆発。鉄人は義人の予想通り、顔を拭い、視野を確保しようとその動きを止める。
今だッ!!
義人は走り、一気に距離を詰めていく。視覚を取り戻した鉄はすぐさま2本の触腕を伸ばす。それを読んでいた義人は両腕から伸ばした触腕を根元から大きく開き、包み込んだ。それは予想外の出来事であった。なんとか拘束から逃れようと触腕を大きく動かし始める。
させるかッ!!
義人は跳躍とともに両腕を後ろへと下げ、強制的に触腕の動きを止めた。そして右足を振り上げるとそのまま鋼鉄の刃を生やし、熱したその刃で鉄柱のような首を撥ね飛ばす。そして地面に転がったそれに刃を突き立てた。音を立て、鉄の頭が溶けていく。超高熱を帯びた刃が、鉄の装甲を泥のように融解させ、焼けた油の悪臭が鼻を突いた。再生しようと動く傷口が断末魔の代わりに焦げ付く音を立て、やがて動かなくなる。
これで5体……。
溶け切ったのを確認してから刃を引き抜き、その触腕をマチェットのような山刀へと作り変え、右手から左手に持ち換える。そして右手の電磁銃を構え、東雲家へと近付いていく。
「強いね。さすがヒーロー。驚くべき速さだよ」
縁側から男がようやく姿を現した。
お前か……。
筋骨隆々の男たちを相手にしてきたせいか、目の前の男が余りにも貧弱に見える。弱そうな男だ。義人はその眉間を睨み付けた。先程のようにホローポイント弾を撃ち込むことができればこの戦いは終わる。固定された2本の指先は男の頭へと向けられた。だが、おかしい。これだけの惨状を目の当たりにしながら、男の呼吸は平時のそれと同じほどに整っている。暴力の世界に身を置きながら一人だけ暖房の効いた部屋でチェスを楽しんでいるような、不快なまでの平熱。その温度差に義人の本能が警鐘を鳴らす。
「おいおい。気が早いね。この状況がまるで理解できていないと見える」
「……」
何を言っているんだ……?
義人は理解できない。丸腰の女性が5人。触腕の超人1人。数の上では圧倒的不利な状態だが負ける未来がまるで見えない。
「そろそろ掛かってくるんじゃないかな? 君の上司からさ」
「……?」
その時、右ポケットの携帯が震えた。
なんだ?
冴島の予想が当たる。これは嫌な流れだ。義人は着信を無視する。しかしその行動はまたしても冴島の予想通り。彼は笑みを浮かべた。
「その電話には出た方がいい。そうしないと、君は日本の敵になる」
敵? どういうことだ……。
自分の頭を撃ち抜いたヤツの言いなりになるのは癪だが、あの余裕、自分の知らぬところで何かしらの密談があったと判断すべきだと考えた義人は、右腕から触腕を伸ばし、携帯を器用に持ち上げる。もちろん視線は外さない。
「……はい。もしもし――」
誰だ。
画面を見ることができない義人は相手の第一声を待つ。先程から近付いてきたヘリのローター音が不快な音を立てている。上空では複数のヘリが旋回し、猛烈なダウンウォッシュが木々や家々の窓を激しく揺らしていた。
ローターの叩きつけるような重低音は義人の思考をかき乱し、逃げ場を塞ぐ巨大な蓋のように圧し掛かる。報道か、あるいは警察か。いずれにせよ、そのカメラが捉えているのは救世主ではなく、異形の怪物だという確信が義人の背筋を凍らせた。
「もしもし!! 梅竹さん!! 藤川です!! 撃つのは止めてください!! 一時休戦です!! 銃を下ろしてください!!」
「休戦!?」
受話器越しに佳歩の苦渋に満ちた声が響く。
この状況で!? 一体なぜ!! あと一歩のところで元凶を討ち滅ぼすことができるというのに!! 何があった!!
そんな義人の困惑など後回しにされ、彼女の背後から誰かが怒鳴り散らす声や慌ただしくキーボードを叩く音が聞こえてくる。国家という巨大生物が唸り声を上げていた。静寂を切り裂き、無数のサイレンが四方八方から押し寄せてきたかと思えば、それは普段聞き慣れた救急車のそれよりもずっと冷たく、攻撃的な響きを帯びている。特殊車両が次々と現着。次々と降りてきた隊員らは東雲邸の門を固めることはなかった。
は?
銃口は義人に向けられる。彼らが向けた矛先は冴島ではなく、超人を5人も殺した義人の方であった。
正義が書き換えられたのだ。
一体どんなカードを切ったのか。最早振り上げた拳を下ろすしかない義人はやるせない顔で悠然と女性陣らを室内へと招く冴島の背中を見送ることしかできない。冴島は一度も振り返らなかった。それはまるで、義人の存在そのものが予定調和の中に組み込まれた些末な駒に過ぎないと言わんばかりに。誇らしげな顔を隠すように。閉じられた縁側の外で唸りを上げる室外機の排気が、血にまみれた義人を無様だとあざ笑う。




