ゴッドファーザー
午後1時20分。福山益男は上機嫌で会見場を後にする。午後3時より再び会見を行い、そこで世界初の超人。今回の凄惨な事件の功労者を発表すると壇上で宣言した直後の記者らの顔が脳裏にこびり付いていた。きっとテレビの前の国民も同じような顔をしていたことだろう。これで私の支持率も次の選挙も安泰だ。そう確信した福山は官邸の廊下を軽やかな足取りで件の少年の待つ特別応接室へと向かった。
「いやーお待たせして申し訳ない」
廊下を叩く足音が自分たちのいる部屋にどんどんと近づいてくる。そして、開け放たれた扉から現れた目尻に深い皺を作るほどの笑顔を浮かべる50代前半の男性。細身で引き締まり、すらりと伸びた背丈は高く、その身長は178センチ。かつて政界のプリンスと呼ばれた端正な顔立ちは今も健在で、髪は黒い光沢を放ち、白い髪は1本も見当たらない。
本物だ…………。
値段すらも想像できないネイビーのスーツに身を包み、絶対的な自信とエネルギーを放つテレビの中の人物に義人はあっという間に飲み込まれた。直立不動で待っていた体がすぐさま硬直する。
この人には勝てない……。そんな敗北感が一瞬にして植え付けられた。
「初めまして。福山、益男です」
「初めまして。梅竹、義人です……」
なぜかやけに喉が渇く。言葉が上手く出てこない。
福山はすかさず義人の右手を取り、両手で固い握手を交わした。その瞬間、フラッシュがたかれる。
「いやー流石だね。力が強い。流石はこの国の英雄だ。数々の功績も頷ける。背も高いね。私も高い方だけど、見上げてしまうよ。身長、何センチ?」
「180ほどだったかと…………」
「180センチ!! すごいなぁ。何かスポーツやってたの?」
「はい。剣道を少々……」
「だからか!! 背筋もスッと伸びていて素晴らしい!!」
「ありがとうございます……」
なんなんだ、一体………。
掴んだ手を離してはくれない。素顔で写真を撮られるなんて聞いてない。なんだこの気持ち悪い大人は…………。
一瞬、佳歩の方に視線が動く。彼女は口角を上げ、このやり取りを見ているのか。それともただ映しているだけなのか判断の付かない顔をしている。
「じゃあ、これからの段取りを説明するよ。いいかな?」
「はい」
その大きな目が義人を下から見上げてきた。
「よし。なに大丈夫。何も心配することはない。君の身元は絶対にバレない。絶対にだ。いいね。君はマスクとサングラスを掛ける。私の合図で壇上に上がる。その時、一礼して、私に近づく。私が記者の前でこう説明する。彼こそが今回の立役者!! 世界初の超人であり、この国の守護者です!! と。そしてこんな感じにガッチリと握手を交わし、写真撮影だ。そして君は壇上を降りる。こんな流れだ。簡単だろ? 君は何も言わなくていい。国民への説明は全て私の方でやる。もう原稿だってあるんだ。壇上を降り、まっすぐこの部屋に戻ったら急いで着替えて、また新幹線で帰る。そしてゆっくり休む。な? 簡単だろ?」
「はい。解りました」
これ以外の返答は許さない。そんな雰囲気を目の前の男からは感じる。
「なに、そんな緊張しなくていいんだよ。私は君の味方だ。ここにいる全ての人間が君の味方だ。国民だって君を支持してくれる。未成年の子供が平和のためにその血と汗を流したんだ。きっとその献身ぶりに涙を流すことだろう」
「はい。ありがとうございます」
「よし!! それじゃあ、少し会見を早めても良さそうだな。善は急げと言うしね」
「はい……」
「よし!! それじゃあ、次は壇上で!! 今日は本当にありがとう!!」
そう言って握り続けた両手に再び力を入れ、手を離すと右肩を叩き、部屋を後にした。
革靴の叩く音が遠ざかっていく。
なんだったんだ。一体…………。
こうして義人はその姿を世間の前に晒すのであった。
会見を終えた福山は総理執務室へと戻り、重厚な扉を閉める。
「ふぅ…………」
福山はようやく一息つき、大きな革張りの椅子に深く腰を下ろす。そして、天を仰いだ。
勝った…………。
窮屈なスーツを脱ぎ捨てたい衝動を抑え、窓の外には、冬の柔らかな光に包まれた東京の街並みが広がっている。
あの少年を手に入れた。これで私の名前は日本の歴史に、いや、世界の歴史に刻まれるはずだ。支持率も戦後最高を記録するだろう。次の選挙やねじれ解消どころではない。長期政権も夢ではないんだ!!
福山は満足げに目を閉じ、深く息を吐く。――その時だった。デスクの端、通常の外線とは別に置かれた、無機質なグレーの固定電話が鳴り響く。福山の心臓が嫌な跳ね方をする。それは外務省も秘書官も通さない、特定の相手だけが知る直通回線だった。
福山は数秒間、その震える受話器を凝視する。そして、意を決して右手を伸ばした。
「……福山です」
すると、受話器から聞こえて来たのは南部訛りの英語と、その後に通訳の女性の平坦な声であった。
『こんにちは。マサオ。とても素晴らしい会見だった。テキサスでも、あれほど見事なロデオは見られないよ』
「ありがとうございます。大使…………」
本名、トーマス・ジョン・シェパード。だが、ワシントンの政界では誰もが畏怖と敬意を込め、彼をこう呼ぶ。J・トーマス・シェパードと。福山がもっとも恐れ、そしてもっとも頼りにしたくない男からの着信であった。銀髪を完璧に整え、大統領の最側近として知られる駐日米国大使の顔が福山の脳裏に浮かんでくる。
『ああ。ワシントンも――そう。大統領も非常にエキサイトしていてね。これほど喜ばしいニュースはないと。……ついてはマサオ。少し急ぎの相談があるんだ』
トーマスの声は相変わらず優しい。だが、福山の背筋には冷たいナイフを突き付けられたような感覚が走った。
『明日、28日の午前10時半。急で申し訳ないがあの勇敢な少年を広尾へと正体したいのだが、どうかね? ああ、仕事納めの忙しい時期なのは分かっている。だが、我々も彼の誕生を歓迎したいと思っていてね。どうだろう? いいかな?』
「……もちろんです大使。明日、さっそくそちらへ向かわせます」
断るという選択肢など、最初から提示されていない。福山は即座に承諾した。
「ありがとう。マスオ。それでは、また。良い一日を」
「はい。失礼致します……」
通話は終わり、無機質な音が静まり返った執務室に響く。先程までの万能感は、あっけなく霧のように消え去っていた。福山は受話器を置き、深い溜息をつく。
舐めるなよ。アメリカ…………。この国はここから這い上がるんだ…………。
大国と肩を並べる東洋の島国。それが福山の思い描く未来の日本の姿であった。




