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ホッグ・ノーズ -Bygone days-  作者: ひろひさ
パルプ・フィクション

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18/21

ロッキー

 東京都千代田区神田。窮屈そうにビルがひしめき合うこの町にやって来た義人は腕を組み、もたれかかるようにぼんやりと窓の外を眺めていた。小学校の修学旅行以来の東京だが、あの時のような高揚感はどこにもない。どこも似たような街並みだ。見ていてうんざりするような灰色の景色がどこまでも続く。隣の佳歩とも顔を合わせることなく、何も話すことはないと2人は黙ったまま明後日の方向に目を向けた。


 もう疲れた。何も考えたくはない。握手をしろと言うなら黙ってそれに従おう。そして帰ろう。それだけの話だ。


 あとはなるようになるだろう。義人はそう考え、頭の中を空にする。最早事態は一介の高校生の手に負える問題ではないのだから。


 そうこうしている内に内調が借りているセーフハウスへと到着。着替えとして用意された紙袋を手に降りると、車はどこかへ走り去って行った。


「……行きましょうか」


「はい……」


 どこか気まずい。硬い空気が流れる中、義人は彼女についていき、風格のある佇まいの四角い5階建てのマンションへと足を踏み入れた。




「…………」


 シャワーを浴び、用意された黒いインナーに着替える。まだビニールの袋からも出されていない新品だ。さらりとした着心地。ツンとした新品の匂い。体のラインがハッキリ出る。気付けば体が大きく、屈強なものへと変化していた。傷跡も残らず、あの戦闘が遠い過去のようだ。


 何してんだろ。俺…………。


 髪を乾かしながらそんなことを思う。もうここまで来てしまった。逃げ出すことは許されない。逃げればどんな目に合うか。家族にも迷惑どころの話ではないかもしれない。たった1個の隕石で自分の人生が大きく狂わされる。だがそれは隕石のせいなのか。それとも人という生き物のサガなのか。考えてもどうしようもないこととは理解しつつも見えない人の手が全身に纏わり付いているようで不愉快だ。


 鬱陶しい……!!


 破壊衝動をなんとか抑え、身なりを整えてから洗面所を後にする。酷い顔。そう形容することしかできない人の死が張り付いた顔だ。自分の顔がもう思い出せない。そう思った途端、洗面所から出られなくなってしまった。


 もう疲れた…………。


 心の叫びが体を止める。座り込むことすらできず、壁に寄り掛かって天を仰ぐ。白い壁紙が薄っすらと笑っているようだ。


 見てんじゃねぇよ……。


 そう睨み返すと、佳歩が声を掛けてくる。


「梅竹さん? 大丈夫ですか?」


「え? ああ。いま出ます」


 引き戸を開けると、甘い香りが心を撫でる。見れば、佳歩が心配そうな顔でこちらを見上げていた。なんだかいつもより背が低いように感じる。


「すみません。お待たせしました」


「いえ、時間はまだ大丈夫ですけれども……。それよりも梅竹さん。その…………、大丈夫ですか?」


「え? ああ、はい。大丈夫です」


「…………」


 嘘だ。自分でも理解できるほど顔に違和感を感じているのだ。出会ってまだ日が浅いとはいえ、気付かない訳がない。それほど大きな変化が自分の身に起こっていたのである。


「藤川さん?」


 彼女はじっと義人の目を見つめた。義人も見返したが、彼女が何を考えているのか判らない。


「…………」


 佳歩は目を逸らし、溜息をついた。


 どうしたんだろう。そう義人が首を傾げていると、彼女はゆっくりと言葉を紡ぐ。


「それじゃあ、梅竹さん。ボディチェックをしますから、こちらに来て頂けますか?」


「ああ、はい」


 ボディチェックなんて意味がないだろうとは思いつつも義人はなんの反論もせずに従う。一歩、洗面所を出て彼女に近づき、左右に腕を広げた。


 すると佳歩は義人の背中へと手を回し、そっと寄り添うように彼の心を抱きしめる。自分の頬を、柔らかな乳房を、自身の熱を、少年の体に押し付けた。


「ふ、藤川さん!!」


 自分はなんて嫌な女なんだと佳歩は軽蔑する。こんなことをすれば彼はより忠実な国家の犬となり、自分を守ると言い出すだろう。だが、あの強張った顔を解きほぐす術を彼女は知らない。自分の熱と確かな重みと、柔らかな感触を用いる他、思い付かなかったのである。そして彼のためと言いながら、これは自分の心を守るためでもあった。こうでもしなければ未成年の子供を死地へと送る自分が先に壊れてしまう。自分は上の指示に従っているだけだと、己に言い聞かせるのももう限界であった。守って貰いたかった。慰めて欲しかった。この先もずっと傍にいて欲しかった。これは恋や愛などではない。打算だ。抱き締めて解る彼の力強さを前に安心するのだ。彼がいれば自分は安全だと。死ぬようなことも死んだ方がマシだと思うような目にも合わなくて済むと本能で理解する。それほどまでに分厚い胸板だった。高まる心臓の鼓動が。硬直する彼の下半身が。自分を求める情動が彼女の背負わされた鉛を溶かしてくれる。この世界にいる限り、私は彼を離さないだろう。誰の手にも触れさせない。私だけのものだと彼女は心に刻んだ。


 でも今は…………。


 どうすればいいのか判らず慌てふためく義人がようやく意を決して彼女を抱きしめようとしたところで、彼女は顔を離し、ポンと胸を叩く。


「はい、お終いです。元気になりましたか?」


「ええ? ええ、まぁ……はい……。ありがとうございます…………?」


「良かった。それじゃあ、行きましょうか。ああ、すみません。ファンデーションが……」


 そういって義人の胸に付いた肌を明るく見せる粉をはたく。


「ああ、ありがとうございます」


 なんだったんだ、一体…………。


 しかしその時、彼女の目が潤み、赤みを帯びていることに義人は気が付く。


「あの……藤川さん」


「はい?」


 何事かと佳歩は義人を見上げる。


「俺、絶対に藤川さんのことを守りますから。強くなります。もっと、もっと強くなります」


 少年の真っ直ぐな決意が彼女の心を斬り付けた。しかし、彼女は痛みを覚えながらも同時に安心感も覚える。


「ありがとうございます。でも、私もそこそこ強いんですよ」


「ホントですか?」


「ホントですよ。これでも柔道黒帯です」


「え、スゴッ。初めて知りました」


「意外と強いんですよー私。銃の扱いにも慣れてますしねー」


「え、ホントですか。見てみたいです。銃を撃ってるところ」


「これが終わったら、行きますか。銃を撃ちに」


「いいですけど、どこに撃ちに行くんですか」


「そこら辺で撃ちに行けますよ。きっと」


「そこら辺ってどこですか」


「そこら辺はそこら辺ですよ」


「そうですか。そこら辺ですか」


「はい。そこら辺です」


 なんという二枚舌。自分のことが本当に嫌になる。


 こうして2人はくだらない話をしながら総理官邸へと向かうのであった。

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