ザ・グレイトフル・デッド
一瞬の静寂が世界を包み込む。
義人の能力、電磁砲。鋼鉄の触腕を加速レールとして使用し、全身の発電細胞が生成した膨大な電力を一瞬でスパークさせる。弾丸は自身の体細胞を凝縮して作り上げた特製の生体金属。理論上、音速の壁を突破して放たれるその一撃は、着弾と同時に敵を文字通り、消滅させる破壊力を持つ。電気エネルギーのみの放出も可能だ。
文系の義人には小難しい物理学の公式など何一つ理解できない。ただ、できるという確信と感覚だけで放ったのだ。彼には見えていた。犬の頭部へと続く1本の白い線が。
この弾丸は曲げられる。そう確信はあったが、避けられる。防がれる可能性が万に一つでもあったため、彼は電磁波による拘束を思い付く。鋼鉄の触腕の先端部分を開き、左右から強力な電波を浴びせた。それが神経系への干渉だったのか。あるいは渦電流による磁気制動だったのかは判らない。両方の可能性もあるが、彼はただ、止まれと念じただけである。それから彼は銃弾を放った。真っ直ぐ犬を狙った訳ではなく、自らの触腕に向けて弾丸を発射する。外れる。避けられる。防がれる。そんな可能性を考慮してだ。
放たれた弾丸は重力の影響を受けながらも目標へと到達。鋼鉄の触腕から放たれる電磁波の影響で左へと弧を描いた。
当たった…………。
犬の黒い頭部が跡形もなく吹き飛んだ。辺りに飛び散る肉片。グラスから溢れ出るワインのように血は流れ、気品溢れる白い床を汚していく。
「はぁ…………。はぁ…………」
言葉は何もでなかった。高揚感も何もない。やってしまったという事実だけが重く圧し掛かってくる。
フルパワーで撃てば、音速を超えた瞬間に衝撃波が発生する。これにより、周囲にある空気も物理的に削り取るのだが、この一撃にそこまで威力はない。力は十分押さえていたはずだった。だが、結果はこれだ。人体を破壊するには十分な威力だった。
右腕の触腕が激しく振動し、プラズマ化した空気中の水分がパチパチと黄色い花を咲かせている。まだ加減の習得には時間が掛かりそうだ。
「…………」
これで良かったんだよな?
目の前で固まる犬だった物。犬からしてみれば何が起こったか理解できなかっただろう。だが、戦いは終わった。義人は床へと胡坐を掻き、頭の中が真っ白に染まる。しばらく体を動かす気にはなれなかった。
支給された携帯で佳歩に連絡を取り、状況を説明。もう手遅れだろうと救急隊は不要だと伝えた。
「梅竹くんは何も悪くないからね…………」
「そう――ですね…………」
そう。俺は悪くない。自分の身の安全と一般市民を守るにはこれしか方法はなかったのだ。見たところ、さほど損害もない。営業再開もすぐにできるはずだった。
「はぁ……」
まったく…………。
なぜこの犬は自分を狙ってきたのか。どんな男だったのか。気にはなるが、知ろうという気は起きない。
「クソッ……」
買ったばっかりだぞ、コレ……。
右腕部分が破れ、千切れたピーコートに溜息をつく。
早く帰りたい……。
そもそも、今日、俺はうちに帰れるのか? なんとなく、帰れなさそうだとぼんやりと考えながら、大人たちが来るのを1人、大人しく待ち続ける。
俺、どうなるんだろ…………。
覚悟を決めたはずが、急に殺人という大きな楔が打ち込まれたような気がしてならない。




