次の手
「おい、ドライ。まだ起き上がるには...」
「ううん。頑張るから、ちょっとイオナの肩貸して...」
「良いけど、私も解除中は人並みの力しか出ないから気をつけろよな?」
あのあと、私達は瓦礫の中から使えそうなものを引っ張り出し、火を免れた布や板材に、周囲の木を適当に伐採して組み合わせた天幕を近くに張って生活していた。
あれから3日。
一昼夜を寝通したドライは翌朝にようやく目覚め、身体が思う様に動かないらしい事を訴えた。
一応念の為に身体を調べたが、低酸素や循環不全など瀕死だった時間が長すぎての後遺症というよりは、単純にワルキューレのシステムから解放され、生身に戻った事で補助が外れたことに身体が追いつかないだけの様だった。まあ、つまりは身体には何の異常もなかった。
それと、野外の厳しさが堪えたか、シューレが熱を出したが、幸いにも同じく引き上げておいた薬から抗生剤と解熱剤を飲ませ、今は小康状態と言ったところ。そちらはドライとフンフが付いている。
そして私はといえば、また確かめなきゃいけない事が出来たので、離れた位置で木の下に座り、アルターエゴに話しかける。
「それで、急に知識が湧いたのは?まだ私に隠した機能が?」
私は学習段階で数多の学問知識を履修しています。
ですが、その情報量は膨大で、例えあなたと言っても収めきれません。
なので、普段は検索ベースの代わりなのですが、今回は特例にデータそのものを医学に限って放出。
元々あなたの脳内領域に入っていたデータですから、まるで思い出した様な感覚に陥っただけです。
「それは...まあ、事実を確かめる術は無いし、意味もないけれど。じゃあ他の分野も出せるの?」
申し訳ありませんが、知識として振るうには十全の学習が必要であり、根拠無く知識だけを抽出した状況ほど危ないものはありません。
今回は私の起動直後だった事なども含めた特例中の特例だったと思って下さい。
「なるほどね。まあ突然身に覚えのない知識が湧いてくるのも気持ち悪いんだけどね。それより...」
私は懐からキューブ状のコアを取り出して眺める。
「本当にワルキューレのコアを外した事での副作用って無いの?」
申し訳ありませんが、前例がほとんどなく、正確な回答をする事が出来ません。ですが取り外したこと自体については今回はエリニュスの正式なクリアランスでもって正規の手続きにより外されました。もしそれ以外の方法で強引に引き剥がすと対象に致命的な傷害を及ぼす可能性が高いでしょう。
前に言っていた様にワルキューレシステムには一種の精神安定作用なども含まれる。仮に身体は大丈夫でもドライが魔法を発現するに至ったトラウマなどを惹き起こす事を懸念していたが、今のところ前と変わりない様に見える。
「おーい、エリニュス。悪いがちょっと手伝ってくれないか!」
呼ばれて行けば、服を脱いだドライと、盥を抱えたまま困った様子のイオナがいた。
「いや、ドライが身体を拭きたいそうでここまでは用意したんだが...温めようにも炎が使えなくてな。燃料は貴重だし」
確かに、用意してある水の冷たさは今のドライには堪えるだろう。
「ごめんねエリニュス」
「いや、謝らないでドライ。むしろ私の方があなたに謝らなきゃ行けないのに」
「ううん。必要な事だったから。むしろありがとう。じゃあ...ちょっとお手伝いをお願いするね」
「悪いな。どうする?一旦私が温めてから再封印するか?」
「...水を温める魔術くらいはあるはず。ちょっと待ってて」
はい。もちろんあります。万が一のために盥を地面に置いてイオナを下がらせてください。
右手に術式が浮かぶ。
「イオナ、それを地面に置いてちょっと離れてて」
「あいよ。...このくらい離れれば良いか?」
「うん。大丈夫だと思う。...其は冬の終わり、春を迎える命の熱き包容。氷を溶かし世界を熱で満たせ『パイロス』」
沸々と湧き立つ水。いや、加減を間違った。
「じゃあこれを水で冷まして...」
「ありがとうな、エリニュス。後の事はしておくから、もう大丈夫だ」
「そう?いや、良いよ。特にする事もないから手伝うよ」
「分かった。ちょっと別の容器と冷水を持ってくるから...他に必要なものは無いよな」
そう言いながら、私たちの様子を見つつイオナは物を取りに行った。
「...イオナお姉ちゃんも気にしすぎだね」
「ねえドライ...やっぱり後悔してない?」
「ううん。さっきも言ったけどエリニュスは私達のために色々してくれた。それに今の私は...」
ドライは少し顔を曇らせる。
「...もう魔法が使えないし、人並み以下の身体能力しか無い。一緒に戦う事が出来ないどころか、自分のことも出来ない。ドライ、役立たずだね。
でもね、エリニュスが優しいのはずっと分かってるから。だから、みんなでエリニュスについて行こうって決めたこと、私は何も後悔してないよ。私も何か少しでも出来ること探すから」
何故、彼女はこんなにも強いのか。いや、それはここまでにそれだけの物を背負わせてしまったからだ。私の盾は、ただ硬いだけで他に何の役にも立たないんだ。
「ドライ、エリニュス〜戻ったぞ。こんなものしか無かったが別に...どうした?」
イオナが荷物を抱えながら、しかしこの空気を感じた様だったが
「ううん、別に。今から身体を拭いてもらうって思ったら、エリニュスにもいつかお返ししなきゃねって話してただけ」
別に嘘を付く必要は無かった。でも、こちらを一瞥しながらもそう言ったのはドライなりには必要な事だったのだろう。
「...イオナ、手伝うよ」
私は、ドライの身体を丁寧に拭いた。その身体は思っていたよりずっと軽く、細かった。




