大いなる力には大いなる代償が伴う
「ドライ!ドライッ!」
感傷はイオナの必死の声に掻き消された。
「ドライ!飲みなさい!」
押さえつけながらアインが血を飲ませようとするがドライは痙攣し、暴れ回っている。
その目は酷く濁り、声にならない声を上げている。
だが、口から泡を吹くと直ぐにぐったりとして顔が白くなっていき、肩を上下させながら、吃逆の様な呼吸をする。
尋常な状態ではない。
手にした弓を仕舞うと、直ぐに彼女の元へ駆け寄る。
脈は浅く狂った様に頻繁で、呼吸が正常に出来ていないのは見ての通り。体温は氷水に様に冷たく、そうこうする内に彼女の命の火は今にも消えそうだった。
システム再起動...お待たせいたしました。
...状況を認識。直ちに処置を行なってください。
戦闘後一切の反応を示さなかったアルターエゴだったが、戻るなり危機的状況に直面しても直ぐにディスプレイに処置を表示してくれる。
その指示に従いながら下肢を20度ほど挙上し、嘔吐に備え首を横へ向け
「アイン!ちょうどよく温めて!」
私は着ていた衣服を引きちぎりドライの上に掛けた。
だが、こんなものは気休めにしかならない。
私は全力で彼女の身体を解析する。
おそらく病態は魔法の代償による失血と、魔法演算域の酷使による魔力循環不全だ。
少なくとも血液をアインの血で補充するためには十分に清潔な針と導管が必要だが、清潔を抜きにしても今そんなもの手元に無い。
考えろ...考えろ...
該当魔術:0件
救命の見込み無し
いや、諦めてなるものか。
「アルターエゴ、麻痺の魔術を。みんな、ドライの身体から離れていて。それとフィア、なんでも良いから瓦礫の山から針状の、細くて筒状のものを探してきて」
アルターエゴを通して流れ込む膨大な医学データから、使えそうなものを汲み上げて行く。
普段なら再生一発で終わる工程が、あまりに長い。
まず、原因の一端になっているワルキューレシステムの取り外しを行う。
チャージ完了。
聞くや否や、私は彼女の胸に、心臓の直上に手を翳す。
「ごめんねドライ。すぐ助けるから」
一瞬強い電流が彼女の鼓動を完全に止める。
個体名:ドライ 喪失
これで彼女は死んだ。システムはそう解釈する。
だから、今度は彼女の鳩尾あたりへ手を動かす。
「アルターエゴ」
了解。処理を開始。α権限による完全停止。
認証突破。プロセス開始
「アイン!ドライの胸の真ん中を、リズムに合わせて押し込んで!1、2、3...」
既に限界だった彼女の身体は数秒の心停止さえ命取りだ。こちらを済ませたら直ぐに蘇生するつもりだが、その間は胸骨圧迫で繋いでもらう他ない。
手の中に銀色のキューブが組み上がっていくのを、1秒さえ惜しいと焦りながら、眺めているしかない。
分離まで 4...3...2...1... 0!
コアは安定しています。直ぐにドライを!
取り出したそれを放り投げ、直ぐにドライの胸に手を翳し直す。
チャージ...完了。
ドンッと鈍い音と共に身体が跳ねる。だが、まだ。
再度、今度は少し強く打ってみる。だが、ダメだ。
「ドライッ!戻りなさい!」
それでもアインは必死に押し続ける。
「...取ってきたよ!これ使える!?」
ちょうどその時、フィアが側に跳躍してきた。
手に持っているのはただのボールペン。だが、今この場においては最も理想に近い。
急いでドライの身体を切り替えた視野で透視し、鼠蹊部の太い血管を探す。だが、血圧が殆ど掛かっていないのか十分な太さが無い。
私は手に刀を出した。
「おい、エリニュス!?」
「分かってる。良いからアインと圧迫を変わって」
私はドライの鼠蹊部を狙って切りつけた。
出血を起こすほどの血は残っておらず、傷口の奥には並んだ大きな血管が見える。だが、本来なら一目瞭然な筈が血圧が無い為見分けが付かない。上まで辿る暇はない。ドライの身体が知識と乖離していないことを願いながら内股に近い方へ慎重に切れ込みを入れ、芯を抜いたボールペンを刺し込んだ。周囲の組織ごと傷を圧迫し
「アイン!ここに血を吹き込んで!」
傷を押さえた私のそばで、アインは口を閉じて何かを、いや舌を噛み切ったのだろう。口内が血で膨らんでいくまま、ボールペンへ口をつけて血をそのまま流し込んでいく。
いつまでそれを続けていただろうか。
「...けほっ、げほッ!」
「ドライッ!」
咳と共にドライは息を吹き返した。
押さえていた傷口はいつのまに拍動を感じる様になっていた。
「アイン。もう大丈夫」
口を離すと同時、私はボールペンを引き抜いた。一瞬血が噴き出たが、アインの血の効果か直ぐに傷は塞がった。
だが、みんなもう限界だった。
アインは立ちあがろうとして、そのまま崩れ落ちた。
イオナは汗で髪が頬に張り付いたまま肩で息をし、ドライは数度咳き込んだ後、再び眠り込んだ。
「!?」
様子を固唾を飲んでみていたドライは、ひとまずアインに駆け寄った。
「良かった〜。フィア、色々探したんだけど、全然エリニュスが言ってた様なのが見当たらなくて、そういえば気に入って持ってきたボールペンがあったな〜って。それならお菓子の箱に入れてたから...あ!!!」
彼女は私が分解した後放り出していた部品に駆け寄り拾い集める。だが、こんな砂地の中だ
「...あぁ〜...まあ、しょうがないか」
幾つか部品が足りない様で、しかしドライを一瞥するとそれをポイッと放り投げた。
「じゃあ、ツヴァイ呼んでくるね!」
「あ、忘れてたな。すまん、行ってきてくれ」
イオナは、顔を拭うと寝ているドライの頭を膝に乗せて、その頭を梳いている。
「それには及ばない。今来たから」
だが、ツヴァイがシューレを抱いて降りてきた。
みんな揃った。生き残った。
銀色に輝くコアを拾い、眺めながら。
しかし、これを外したことで彼女にどんな影響があるか。
それに我々は拠点も失った。物資も拾える分だけ。
これから先の困難を思いながら、ただ朝日が昇るこの瞬間を噛み締めた。




