明けの明星
「星を見に行こうよ」
そんな一言で、私たちは人里離れた山を登っていた。
「ねえ、まだ着かないの?」
「まあまあ。もう少しで良い場所があんのよ」
そう言って先を行く背を、追いかけた。
今日は流星群が見られる日だった。
星に興味なんて無かった私はそんな事を気に留めたこともなかったけれど。
夜の闇は、私たちの目を以てしても、まだ暗い。だけれど、この身体なら虫に刺される心配がないのが救いか。
本当はこんな森なんて飛んで直接目的地に降り立てば良いのに、一体どうして山登りなんて。
だけれど、茂みを抜け、広く開けた場所に出た瞬間。突然開けた空に、溢れる程の満天の星を見て私は納得がいった。
「ほらね?飛んで来たんじゃ、この感動味わえないでしょ?」
悔しいが、その通りだと納得する自分がいた。
彼女は背負ってきた荷物からシートを取り出して、地面に敷いた。
そして寝転がると隣を叩いて私に、同じく寝るように示す。
目の前に吸い込まれるような闇と浮かぶ無数の星々が見えた。
「まだ流星まで時間があるし、ちょっと待ちましょうか」
そうして暫く、言葉も無く空を見上げていた。そんな時、彼女は徐に呟いた。
「ねえエリニュス。アルテミス型攻撃衛星の話、聞いた?」
「うん...どうして?」
攻撃衛星アルテミス。月の女神の名を冠する最新鋭の衛星。私たちの奇跡を組み込んだ次世代兵器。
かつて攻撃衛星なんて現代の科学技術でも実用には程遠い存在だった。だけれど世界の法則が変わった。私たちの奇跡を使えば、多少の無理も通す。そうして宇宙に浮かべられる計画だった。
「私、嫌だな。空を見上げる時くらい、綺麗だなーって純粋に笑っていたいじゃない?国際宇宙ステーションや他の気象衛星や観測衛星だって、人類の到達点として純粋に凄いなって思ってた。なのに、そこに人を殺すための兵器が並ぶんでしょう? これから夜空を見上げるたびにさ、私たちの力は人殺しの道具だって突きつけられるみたいで、私...」
中心となる技術には彼女の魔法が使われているから尚更だろう。おかげで、理論上は地表に逃げ場が存在しない絶対の兵器が完成してしまったのだから。
そんな懸念を抱えて顔を曇らせる彼女に私は確か
「大丈夫。だって、あなたがそう思う限り、そんな使われ方はしない。だってあなたが居る限り、あれが悪用されたって堕とせちゃうんだから、そんな未来は来ないよ」
と、彼女が感じる不安を打ち消そうと笑いながら言ったのだ。
「そう...だよね。ふふっ。それにしても撃ち落としちゃえなんて」
そんな事考えたこともなかったと言うように彼女も笑った。
ーー嘘つき。
ヴァルハラのシステムを悪用出来るなら、ワルキューレの行動を制限する事だって出来た。
だから彼女は、抑止力だったはずの衛星を本物の兵器に変えてしまった。かつてない、理想にして最悪の兵器に。
「ほら、そろそろ始まるよ!」
彼女の指差す夜空を一際強く綺麗な尾を引いた。
それを皮切りに次々と流星が増えていき、ついには数えるのを諦めるほどになった。
ただ、言葉も無くこの光景を夜が明けるまで見ていた。
「さて、じゃあ帰ろっか。色々やらなきゃいけない事もあるしね」
そうだ。まだ大事な用が、帰らなきゃ。
やがて登る朝日が世界を照らし、視界を白く白く染め上げた。
やがて視界が戻った時、目の前に君がいた。
ただ、泣いている君を見て私はどうしようもなく胸が苦しくなった。
(やっと思い出した。君のこと)
星は、代わりに私が落とそう。
私は右手に握った盾を強く振りかぶり、彼女を大地に叩き落とした。
対象のクラス喪失を確認。アーチャーとしての機能は消失しました。
もはや彼女はアーチャーのクラスにふさわしく無い、と言うことだろうか。
私は彼女の傍に降り立った。翼は折れ、無敵に思えた彼女の姿はもはや無く、泣いている。
その姿は少女として相応に見えた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい...」
うわ言のように繰り返す彼女を抱き寄せる。
「アーチャー...」
「ごめんなさい、エリニュス。あなたの世界を、約束を。私は、私たちは守れなかった!」
声をあげて無く彼女を、私はただ強く抱きしめていた。
彼女もまた、私が置いてきてしまった物の被害者だ。
だから
「もう大丈夫。あなたはもう十分やった。十分傷ついた。ありがとう」
華奢で軽いこの身体にどれだけの罪を提げてきたのだろう。それも
「後のことは私が引き受けるから。だからもう謝らないで。もう泣かないで」
だけれど、しばらくして彼女は涙を拭って
「ううん。それでもまだ、やらなきゃいけない事が...エリニュス、肩を貸して」
立ち上がろうとする彼女を押し留めようとしたが、視線の先を追って分かった。
降ってくる人工衛星の残骸。細かなものは大気で燃え尽きるだろうが、それには到底大きすぎる物が無数にある。落ちれば相当な被害になるだろう。
彼女が最後にしようとしている事を理解して、私は彼女の肩を支え、立ち上がらせた。
もう、戦う力は無いと思っていたが、弓を握る彼女はこれ以上なく力強く、堂々としていた。
「アーチャーで無くなったからこそ、出来る事がある!見ていてエリニュス!今度こそアレを落とすから!」
そう言って彼女はゆっくりと弓を引き絞る。真っ直ぐ空を見上げ、遠くの、真に撃つべき目標を見据える。矢として番えられたそれは、先ほどの『キリエ・エレイソン』と似て、しかし非なる物だった。
彼女の身体から湧き上がる無数の光の粒。
この一撃を祝福するかに思えた。
「主よ、我が罪へのあなたの慈悲に今、応えん!例え我が身体朽ちようと、この一矢を持ってそれを示そう!」
一段と強く光るそれは、とても綺麗だった。
やっぱり人を殺すための魔法なんて悲しすぎる。
そう思った。
「...『デオ・グラシアス』!!!」
衝撃と共に勢い良く放たれたそれは、重力の枷を引き裂いて行くように、落ちて来る隕石へ真っ直ぐ向かって行く。
着弾
それはまるで大きな花火のようで、隕石群を粉々に裂いた。
結果を確認すると、彼女は力無くバタリと後ろに倒れる。
「あはっ...あはははははは!さいっこう!やっと!やっとッ!!!!」
彼女はそれでも笑っていた。
「エリニュス、あなたも一緒に」
そう言って隣をポンポンと叩くから、私は地面に横たわった。
「....エリニュス。ありがとう。後は頼むわね」
彼女は言った
次第に、彼女の身体は光へ変わって行く。それでも
「ねえエリニュス。いつかみたいに流星、一緒に見ましょう?」
そう言うので、私は彼女の方も見られず、ただ空を見上げていた。
やがて真上を、あの日見た流星のように、無数の光が尾を引いて流れて行く。
燃えている物が宇宙の漂流物か人工衛星の残骸かなど大差ない。
ただ、確かに灰になっていくのを見るのは何か胸が空くようだった。
悲願に懸かった時間と思えばあまりに長かったが、しかし別れを噛み締めるには短い流星群であった。
最後の一筋が燃え尽きた時、もう隣に彼女は居なかった。
ただ一張りの弓だけが彼女の存在を裏付けていた。
私はその弓をそっと持ち上げた。
それは驚くほど軽く、残酷なまでに綺麗だった。
「あなたの跡、引き受けるね」
まだ残るクラスと、この事態を引き起こした原因。
この世界には不幸も絶望も尽きない。
だから、今度は私がこの弓を引こう。




