満天の星
...再現術式、演算完了。
握っていた手は力無く解け、前のめりに地面に倒れそうになるドライをゆっくり地面に横たえる。
戻ってきた。まだみんなが生きている時間に。
ドライは限界だ。もう失敗は許されない。
「おらぁああああ!」
残りの尾を捥ぎ取って焚べようとしているイオナを制止する。
「イオナ!もう大丈夫!全力で避けて!」
待って居ましたとばかりにニヤリと笑って全力で離れる。
炎の壁はイオナが維持をやめた瞬間に単なる物理現象に成り下がり、もはや障害にもならずに容易に刺し貫かれる。
「みんなも、一旦引いて!」
迫り来る一撃へ向けて、手を掲げる。
あなたが想ってくれたこと、本当に嬉しかった。
でも、ごめんね。私はまだ死ねないんだ。だから
術式用意。展開完了
「...この者に救いを、『キリエ・エレイソン』!」
手を起点に何重にも複雑に、計算され尽くした芸術品の様な多層構造の魔法陣を通して一本の光の矢が形成される。
それは迫るものより小さいが、その精巧な構造は確かに同じものだった。
ただ、静かに手を離れて行く。
そして空中で衝突した時、世界を軋ませる様な甲高い音と、視界を真っ白に塗り潰すような眩い光を放つ。
身体中から生気をごっそり抜かれる様な脱力感。
でも、まだやれる。
「いっけぇええええええ!」
ぶつかった二つの光は、互いの軌道を少しだけ歪め、遂にすれ違った。
迫る一撃は、私に命中するという因果を外れ、頭上を飛び越して背後で新しい川を掘る様に直線的に大地を削り取りながら、やがて重力の軛を外れる。
一方、放った一撃はといえば、アーチャーはそれを信じられないという目で見ながら...いや、彼女が制御を忘れたからこそ、門が全力で迎撃しようと展開される。
本来、当たらない攻撃に対して無駄な迎撃だが、彼女は指示の撤回を行っていなかった。全ては偶然と、みんなの奮戦が引き寄せた結果だ。
「しまっーー!?」
アーチャーは青ざめるが、既に遅い。私の再現によって放てたのはアーチャーの権能による命中まではコピーしていない一撃だ。つまり、攻撃の性質を引き継いだだけの飛翔体に過ぎない。
だから、それは開かれた門の一つに吸い込まれるように飛び込み、そして恐らくは遥か上空へと転送されてしまった。
空を見上げれば、星空の中で花火のように幾つもの光が瞬いた。
効果を視認。この地点を攻撃する為に集結させていた衛星が連鎖破壊を起こしたと思われます。有効な転送攻撃、残存数0。攻撃衛星アルテミス群、沈黙
私はシステム保護の為に暫く落ちます。エリニュス、検討を祈ります。
「うそ...嘘嘘嘘嘘ッ!なんて事、こんな...」
展開していた門が次々に閉じていく中、アーチャーは呆然と呟く。
「私の、私たちの、衛星が...」
「アーチャー、もう終わりにしよう」
その言葉に、アーチャーはこちらをキッと見る。
「終わり...?ええそうね。もう平和な幕引きなんてない。どっちかが死に絶えるまで終わらない殺戮の始まりよ」
だが、想像と違う言葉が返ってくる
「どういう、こと...?」
「私たちワルキューレは、もはや交戦規定を守りながら使命を遂行する為の重要な戦力を、たった今失った。もう、もう...人類との戦争ごっこは終わり。あの悲劇を繰り返さないために一人残らず殺すしか無くなったのよ。武器を持っているかどうかも、老若男女も関係無い」
その言葉にはさっきまでの様な熱がない。冷え切った氷の様に、私の背筋を撫でた。
その言葉が本当に意味しているところは分からない。でも、確かに今、何かが決定的に壊れてしまったことは分かった。
もはや言葉も無く、彼女は俯いたまま背後に門を開く。先程までの圧倒的な数には及ばずとも、6割を削って尚、脅威なのは間違いない。
「アーチャー!」
「うるさい!あなたに何が分かるの!5世紀も居なかった癖に!」
叫び、言葉と一緒に浴びせてくる砲撃を、盾で弾いて行く。
「あなたの居ない間に、何万も、何十万も、何百万も殺した!私の魔法が、人を殺すのに一番優れていたから!そして、これから何億も殺すことになるの!」
だが、先程より密度と精度の下がった弾幕は、一歩ずつジリジリと前進する事を許した。アルターエゴによる軌道予測も不要だ。
それより、本当にあの子が苦しんでいるのだとすれば、それは全て私のせいだ。私の為だ。なれば、彼女もまた私が救わなきゃ。
「来ないで!嫌!どうして!何で!」
投げかけられる猜疑と拒絶。だが、そのいずれも答える術を私は持たない。ただ
「人を殺すための魔法なんて悲しすぎる。だからアーチャー!あなたを止める!」
「勝手な事を言わないで!勝手な事をしないで!ただ死んで!いいえ、死になさい!」
だが、言葉と裏腹に彼女が放った弓の攻撃は、大した手応えもなく盾に弾かれて行く。
そうして分かった。いや、思い出した。彼女は慢心からその場を動かなかった訳ではない。
その顔には怯えが張り付いている。声は震え、目には涙を浮かべ、しかし彼女は弾幕を張り続ける限り動けないのだ。
もし攻撃の手を緩めれば、私は一瞬で彼女との距離を詰めてみせる。
もはや勝負は決してしまった。
今目の前にいるのは、ただ自身の魔法の為に、数え切れない多くの人の死の責任をアーチャーのクラスとして不相応に背負い込んでしまった一人の少女にすぎないのだ。
「来ないでって言ってるでしょう!私を知らない癖に!私を覚えていない癖に!」
「いいや、そんなことは関係ない!」
「ッ...あなたはいつもっ!」
彼女は弓の照準を変える。
「じゃあ、あなたにも同じ苦しみを味わせてあげるわ!」
その照準は私の後ろ、彼女達を狙っている。
だけれど、窮余の策にはもう遅い。彼我の距離は十分に縮まった。
もう大義や主義を振り翳す時間は終わった。彼女の目は、ただ私への恨みから、本心から私の大切なものを絶対に壊すのだという決意だけがあった。きっとここまで昇華された決意を人は殺意と呼ぶのだろう。
弓を引き絞る彼女の矢は概念魔法の雷を纏う。
理由はどうあれ彼女が心から純粋に、人を殺したいと願ったのは実は初めてなのではないだろうか。
応えるように、私は腕にシールダーとしての決意を今一度込める。
放たれた一矢、大地を蹴ってその軌道に飛び込む。
互いの雷が触れた時、私の中に彼女の記憶が流れ込んできた。
「ねえ。星を見に行こうよ」
そう言って、あの日の君は私の手を握った。




