魔法論
魔法と魔術。これらは長年、科学の、ひいては物理学の範疇外にある異端の現象だと盲信されてきた。
しかし、ある一つのパラダイムシフトがその定義を覆した。
全ては世界シミュレーション仮説の提唱、および量子力学におけるコペンハーゲン解釈の論理的帰結に端を発する。結論から言えば、私たちが魔法と呼ぶ現象は、世界のシステムによる観測と状態確定のプロセスをハッキングした結果に他ならなかった。
本来、この世界は自己を厳密に監視し、因果律の整合性を乱す特異点を許さない。しかし、生まれ持っての適性と、著しく強烈な精神的ショックによる過負荷が掛け合わされた瞬間、生体演算機である脳から通常時に比べ天文学的に桁違いな超高密度の主観的現実、いわゆる幻想の情報量が出力される。
これにより世界の監視プロセスの処理能力は飽和し、該当領域を一時的な盲目状態、すなわちフリーズに陥れる。結果、確定していたはずの物理構造は崩壊し、現実に存在し得ないものを含む、あらゆる可能性が等確率で並立する量子的な重ね合わせ状態へと強制回帰するのだ。
その後、システムが復旧し状態を再確定する際、確率の波は衝突させられた幻想の情報へと引き寄せられ、その形へと収束する。このプロセスにおける物理学的不連続性こそが、魔法と呼ばれる超常現象の正体である。
一度このシステムエラーが書き込まれると、該当者の精神波形には直接繋がる固有のバックドアが穿たれ、本人は以降、より軽い刺激に依っても何度もその魔法を再現可能となる。
一方、他の人間が利用できるのは、世界に残されたハッキング痕跡のダンプ解析ログに過ぎない。最大公約数的に数式や詠唱へコード化されたそれは魔術と呼ばれ、オリジナルに比して情報変換効率が著しく低下する為、出力も自由度も一段劣化する。「魔法はオーダーメイド」とは理論提唱者のジョン・タイター博士の言葉である。
つまり、世界を騙し通す一度きりの致命的なシステムハッキングが魔法であり、その脆弱性を突いてバグを量産する試みを魔術と呼ぶのである。
繰り返す様だが、まだ主観による部分が多い魔法分野だが、その根幹は歴とした物理学の延長にある。
量子学に至るまでの基礎物理学から特殊相対性理論まで、前提を全てすっ飛ばした様なノートは、確かに聞いたはずの私でさえ内容を理解するのに苦悩するものだった。
だが、テキストデータの後の方には身に覚えのないものもあった。
ワルキューレシステムについて。
既に述べられている様に、生まれ持っての適性と精神的臨界点に達するほどの強烈な情動が掛け合わされる事によって発動する従来の魔法は、その度に生体演算機である適合者の脳に致命的な過負荷を強いる性質を持つ。世界システムを一時的に盲目化させるほどの超高密度情報を出力し続ける行為は、適合者の脳を物理的に焼き切り、精神を非可逆的に崩壊させる自傷行為に他ならない。発動を続ければ適合者は例外なく精神崩壊か植物人間化という凄惨な結末を迎えることになる。可能な限り発動を控えようとしても、一度下がった閾値は再度の魔法行使を誘発し、大衆や諸外国への暴露を引き起こす懸念が非常に大きい事からも、早急な対応が求められた。
それに対する答えとして作られたこのシステムは、この致命的な生体ハザードを回避するための延命装置、そして精神の安定化治療装置として導入された。
本システムは、過度な精神活動による魔法の発動を抑制し、平時はシステム的に指向性を身体の恒常性強化や免疫力の向上などに固定する事で適合者の安全な活動と管理を行う。
以降、適合者は意識的に感情を殺したり不意の発動に怯える必要はなくなる。特定条件下にて魔法を発動する際にも、システムが規定範囲内で過去の情動データを脳内に再生させ、管理し情動を偽装する。これにより精神保護の面で大きく役立ち、物理的な消耗も分散や出力低下によって抑えられる。
本装置の導入後は民衆の混乱を防ぐ為に政府直属の機関への配属と、魔法による対処が望まれる事象への積極的協力を求めるものとする。
魔法と魔術、更にはワルキューレシステムの根幹部分に関わるテキストだ。それに、内容が全て日本語で表記されていることからして、後に作られた物では無いだろう。
魔法と呼んでいたものが、精神に感応する物理現象であるという事は、確かに驚きだが違和感無く受け入れられた。
何よりワルキューレシステム。私の、ひいては他の魔法を使える様になってしまった少女達の為に作られたシステム。これがどうして今戦争に用いられている。どうして人類を滅ぼさんとしている?
私がまだ取り戻していない記憶の中に答えがあるはず。だけれど、もう戻るのを受動的に待つなど辞めだ。ワルキューレの歪みこそ、私が正すべき物なのは確信が持てた。なら、私の目指すべき場所は...
彼女達はそれでも私について来てくれるだろうか。




