悪意との戦争
「それで?その話をどう信じろって言うんだ?」
イオナが聞く
「多分、その部隊はお姉ちゃんのクローン体だと思う。耳にホクロがあるのを見てない?私には無い、お姉ちゃんとの見分け方の一つなんだけど」
「だとしたらなんだ、それでお前自身が怪しく無いという説明にはならないだろう」
「じゃあ、私を好きにしたらいいじゃ無い。撃つなり裂くなりしなさい、人体実験ばっかり繰り返す外道どもに死ぬまで人形にされるよりよっぽどマシ!」
だが、ドライが制止する。
「もう良い。分かったから。イオナも私のためにありがとう。でも、結局なんとも無かったんだから良いんだよ」
「でもドライ...」
「イオナ、誰も死んで無いし、私も気にしない。イオナに魔法を使わせて申し訳ないけど、家族を失って辛い人を追い詰めるのはやっぱり私達のやり方じゃない」
初めの頃の間延びした口調はなりを潜め、目は静かに前を見据えている。
これ以上の収穫は無いだろう。私は皆に解散を告げた。シューレの件は私が預かると告げれば、誰も文句は言わなかった。
彼女の言葉を信じるかどうか、それは私達の在り方に関わる事だから。
再びシューレの部屋の前を通った時、微かに啜り泣く声が聞こえた。
彼女の話振りからして、家族を失ったのは随分最近の事なのだろう。彼女は話したがらなかったのも、受け入れるまでに時間が掛かったからだ。そう思えば、死者と会おうとしたあの子と通じる部分を感じさせた。
この世界には悲劇が多すぎる。私の前で死んでいった人達が。ラットも、セイバーも、他に殺した数多の兵やワルキューレ達。誰も私に道を示してはくれなかった。でも、そろそろ決める時が来たのかもしれない。
そう思って、私はまたここに来ていた。
「なんじゃ、えらく辛気臭い顔をしおって。妾に会いに来る程の用が何かあったとは思わんが...」
青すぎる程に青い空、緑の奥に佇む荘厳な境内。その中央に佇むお姉さんは、顔を見るなり首を傾げた。
「ねえ、この際あなたが誰かなんてもう問わない。だから、この世界に何があったのかだけ教えて。私は私の敵が何なのか、何と戦わなくちゃいけないのかが知りたい」
「それはまた難儀な質問を持ってきたものじゃ。敵なぞ、生きる限り尽きる事は無い。戦うべき敵というのも存在するものでは無い。ただ前に言ったように、したい様にする、その結果戦う敵ができるというものじゃ」
はぐらかされているのか、本心からそう思っているのか分からない。ただ、欲しい答えはここにも無い。
「...仕方ないの。どれ、一つここに座ってみるが良い」
踵を返そうとした私を彼女はそう言って招いた。そうして並んで軒下に座り境内を見晴らす。
「のうエリニュス、何が見える」
まるでノスタルジーを形にした様な、よく晴れた夏の日の静かで落ち着いた山奥の神社の境内。遠くの空の入道雲は、酷く日本を感じさせた。けれども、何を見せたいかが分からない。特別に意味のあるものを探すが、全く分からない。
「何って...何?」
「何かとは何かじゃ。なんでも良い。一歩引いて傍観者の立場に立ち、なんでも目についたもの、印象に残るもの、思いついたものを言ってみよ」
だが、私は視界に映るものの何か一つを答えとして出す事が出来なかった。ただ不安だった。何を求められているのか分からず、何をすべきかも分からない。
浅くなる呼吸を落ち着けようと深く息を吸った時、そう言えば微かに香る木の匂いが鼻腔をくすぐった。ここには鉄や硝煙、腐った匂いなんて無い。心地良い香り。
「木の匂い...かな...」
「匂い...かかっ、その意気じゃ。うぬは見たいものでなく見なくてはならないものを探すのに慣れ過ぎていると言うことじゃ」
いかにも回答が愉快とばかりに笑い、尾と袴を靡かせながらくるりと回る。
「一つ老婆心ながら言っておこうかの。戦う理由も外に求めるのは止めることじゃ。無用な骸を積み上げるだけ。それはそなたの望みでは無かろう」
だが、続いて言われた言葉に少しだけ心が揺れた。大きな心当たりがあるからだ。
私の前で積み上げられた骸に死ぬほどの意味があったかを私は何に求めていた?無惨に死んでいったのは確かに私が引き金を引くからだ。じゃあ私が死ねば誰も傷付かなかったのか?あの少女は大切な人と永久に暮らせたか?いや、きっと違う。私が居なくてもいつかは誰か別の殺意で殺される。その殺意さえも死にたく無いと願うものの裏返しかもしれない。
世界が地獄になった原因こそ私が本当に断つべき病巣だ。私が本当の意味で拒絶するべき現実だ。
「ここに来たときより些かマシな顔になったの」
そう言いながら、ヒラヒラと手を振る彼女を尻目に、私は境内を出ていく。生きる為というのは最も本能的な理由だ。だが、自らの理性で敵を定める事こそ知性的な最も強い理由だ。どちらも与えられて気付いた。だがそろそろ自分の足で立たなくては、この世界に私を送り出してくれたラットにキャスターに申し訳が立たない。
もうここに何かを探しに来るのは最後にしようと決めて鳥居を潜る。
目を覚ました私は、ようやく目が覚めた様な気持ちになった。
まず、するべきは先の戦闘の被害の確認と得たものの管理、それから...
(アルターエゴ、話をしよう)
はい。実はこちらからも申し上げたい件がニ件あります。まず一つ目、私のコードに改変箇所があります。先ほどお休み中のスキャンにて発見しました。次に、メモリ領域にテキストファイルがあります。
キャスターが手を加えてくれた部分は現実に私の、正確にはアルターエゴに影響していた。
(改変内容は?)
軽微なコードの修正のほか、機能追加です。限定的なムーンセルへの接続権限が付与されています。
(それで?何ができるの?)
はい。ムーンセルはワルキューレの保有する大規模演算装置です。その観測による魔法の解析が行える様になりました。
(まって、ワルキューレのシステムのバックドアって事?それに魔法の解析って!?)
相変わらずキャスターはいい意味でぶっ飛んでいる。ただ、それより気になったのは魔法の解析の部分だ。まるで物理現象の様な扱いだし、魔法の正体を知るなんてチートも良いところ。ゲームで言えば攻略本を読みながら行う様なものだろう。
テキストファイルはと言えば、ノートだ。あの世界で繰り返す毎日の中で受け続けた授業のノート。表示される内容は、「量子力学的観点から見る魔法と魔術」というテーマで書かれた私の筆跡のノートだった。
(アルターエゴ、内容を要約して表示して)
志をもって直ぐ、私は既に1歩目の手掛かりを手にしていたのだった。




