シューレ
帰って来た私達をシューレは出迎えてくれた。
でも掛けてくれた労いの言葉も、イオナ達にはその通りに受け取れなかった。基地の部隊がシューレと何かしら重大に関わっているのが間違いなかったからだ。頑なに話そうとしなかった事も尚怪しさを増していた。
それでも、私には彼女が本心から誰も欠けなかった事を祝ってくれているのは感じられたし、何よりここに居る事と辻褄が合わないと思ったから、先に話をさせてもらう様に彼女たちに頼んだ。
「そっか、多分あの人たちが...ごめんなさいエリニュス。あれから話す準備したから。もう、目を背けないって決めたから。だから彼女達も呼んで」
シューレがそういうので、話を全員で聞く事にした。
彼女の手が微かに震えていた。
「みんな、ごめんなさい。私、隠し事はするつもりはなくて、ただあの時は話す準備ができてないって言うか飲み込みきれてなかったって言うか..でも、あのね」
言葉に詰まる彼女にゆっくりと先を促す。
「そうね、えっと...」
私には姉が居た。私よりずっと優秀でずっと強い双子のお姉ちゃんだった。うちのお父さんはただの学者で、何の変哲もない片親家庭だったけれど、お姉ちゃんはいつからか物を現れたり消したりする魔法が使えた。お父さんは魔法が使える事は隠しておきなさいといつも言っていたけれど、10歳のころ...不注意にも道に出てしまった私は、近付いてくる車に気が付かなかった。側で見ていたお姉ちゃんは轢かれそうな私を見て咄嗟に車を消しちゃった。後でどうやったのか聞いたら、「扇風機にものを投げた時に弾かれる時と通り抜ける時があるでしょ?羽はそこにあるのに、回ってる瞬間は有ると無いが重なってるの」って言っていたけれど、まだその時はうまく分かっていなかった。
通り抜けた車はその先で再び現れて事故を起こし、結果的に騒ぎが起きて、明らかに不自然な痕跡、魔法の結果であるのは明白だった。結果、軍にすぐに突き止められて連行され、その魔法の実験をしようとした。お父さんはその時、抵抗したせいで死んだ。あっさりと、拳銃の一撃で頭を撃たれて死んだ。お姉ちゃんでもどうにも出来なかった。私たちは生きる為に従うほかなかった。魔法が使えない私の代わりに、姉は積極的に彼らに協力した。ろくに使えないと分かれば私が処分されると思ったからだ。それにお姉ちゃんの魔法はすごい特殊な物らしかった。彼らはそれから決まってお姉ちゃんの方ばかりを実験してた。
いつも部屋に戻ってくると何処か辛そうだったけど、お姉ちゃんはずっと「大丈夫。そのうちここを出られるから」って私を慰めてくれていた。でも、私は知っていたのだ。お姉ちゃんの腕に無数にある針の跡も、昼に部屋の前で「処分する」と言っていた声も。それでも、私は動けなかった。
ある晩、寝ているとお姉ちゃんが私を揺すって起こした。
「シューレ、いい?ここから逃げるよ。ついて来て」
でも、夜中の間に扉が開けられる事はない。そう思っていたら、お姉ちゃんは扉に向けて手をかざすと、瞬きの間に扉は消えていた。いや、開いた状態に音もなくすり変わっていた。
よく分からず、手を引かれるまま着いていく。
夜でも見張りが立っている。この区画から外へ通じる唯一の道。外からの侵入を見張っているとはいえ4人も居ては、どんなに上手くやっても誰かしらが警報装置を鳴らしてしまうだろう。
だけど、お姉ちゃんは何かを呟いた後、さっきまで空だった手に急に食事の時のフォークを握ってた。そのまま身体がブレて急に透けて見えるお姉ちゃんが四人に増えて、それぞれが音もなく同時に彼らを仕留める。
目の前で平然と人を殺す姿は恐ろしくもあったが頼もしかった。
しかし見張りを倒しただけでは出入り口のセンサーを通ったら結局同じだ。そう思っていたら
「いい、シューレ。ここに立っている自分と外に向かって歩く自分。同時にいると考えなさい」
お姉ちゃんは私の目を閉じさせ、そう言う。
言われた通り、少し難しかったけれど想像していると
「ほら、もう通れた。目を開けても良いよシューレ」
気がつくと私たちは既にゲートを通過していた。
必死に影から影へ、私たちは逃げていた。
「ねえお姉ちゃん。なんで一人で逃げなかったの」
私は足手纏いにしかならない。お姉ちゃんがこれだけ魔法を使えるのも、全て私の代わりに実験されてたからだ。でも
「いい、シューレ。私の魔法はあり得た確率の中で欲しいものを再現するだけ。初めから見捨てる選択は無いわ。それにあなたにも魔法は備わってるもの」
コインの裏表で出目と反対の目を出すためにコインを増やせるけれど、紙幣には変えられないとかって表現してたけれど相変わらず難しくて分からない。
もっと勉強して頑張っておけば良かったのに。
「ッはぁ、はぁ...」
何度目の行使だったか、もう分からない程にお姉ちゃんは複数に別れて道を切り拓いた。でも、戻ってくる数が次第に足りなくなる。
「ダメね、もう...限界」
私の手を引いていた、その手はとっくに血の気が失せて指先が凍える様に冷たい。
ついにお姉ちゃんは足が縺れて倒れ込む。もはや立つ事さえままならない。
(何かできる事...ダメ、私にはなんの力もない)
すぐに施設内にサイレンが鳴り始め、常夜灯から通常の灯りに切り替わった。
ここに居られない事だけは分かる。私は倒れ込んだお姉ちゃんの肩を抱えて歩き出す。その身体は身長も私と同じくらいの筈なのに、ずっと軽かった。
だけれど、やっぱり全然逃げられなかった。私たちは突然後ろから押し倒された。背中に銃を持った軍人さんが身体を膝で押さえながら腕を極めていた。
「シューレっ!」
お姉ちゃんの方を見ても状況は一緒だった。
お姉ちゃんはきっと、まだ私を助けようと魔法を使おうとしたんだと思う。でも、身体は押さえつけられたまま、動けなかった。
「こちらシエラ6。エリア3αにて脱走被験体を制圧。指示を請う」
『了解シエラ6。被験体は不要。危険度が高いため直ちに処理せよ』
指示を受けて腰のホルスターから抜かれた拳銃。忘れもしない、家で父が射殺された時も同じ銃だった。
静かにお姉ちゃんの頭に突きつけられる。
それが、私の見たお姉ちゃん。ヘーゲル・ハウゼンの最期だった。
気がついたのはずっと後。何故か私は収容されてた。その時からかな、私はイメージしたものを再現できるこの魔法を手に入れた。人に分ける事は消えてしまうから出来ないけれど、昔見かけた猫とかの生き物も出せた。でもお姉ちゃんやお父さんは...どうしてもダメだった。




