告別・終
彼女は私に馬乗りになり、殴る。何度も殴る。胸ぐらを掴み、必死に叫びながら何度も何度も私を殴る。
彼女は泣いている。その目から溢れる涙が私の顔を濡らす。
ここに来てから私は、彼女を攻撃できなかった。いや、彼女を攻撃する権利が無いのだ、私には。
彼女の悲痛な訴えは痛いほど分かる。それがどれほど正当な悲しみや怒りなのかを。
だから、殴られるのは痛いけれど、私は受け続ける事にしたのだ。
「どうしてっ...どうして!パパも、ヨハンおじさんも、コールさんも、ドイルさんも、皆、みんな死んじゃった!あなたが!あなた達が来て殺したから!だから私は、ただもう一度会いたくて願ったの!それの何が悪いの!もう...もう私に構わないで!もう私たちを攻撃しないで!もう誰も殺さないで!嫌い!嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い!!!!」
何故なら、殴られる痛みよりこちらの方が余程痛いのだから。
この空間だからこそ、彼女の心が、願いがありのまま伝わってくる。きっと彼女も同じ様に私の内を隅々まで見通せるはずだ。
彼女にとってここで過ごす日々は何よりかけがえの無いもの。どれほどの幸せに包まれていたか、この悲しみの深さが語っている。
だが、潔く認めるわけにはいかないのだ。
「あなただって、大切な人を蘇らせたことがあるくせに」
覚悟はして来たはずだ。生き残る為なら何でもすると。
「あなたは会いたかった人に会えたくせに」
私の守れる範囲を守る為なら、他人の平穏をも踏み躙ることはあるとわかっていた。
「それでもっ!それでも私には辞めろと言うの!」
彼女の強い思念が流れ込む。
降り注ぐ理不尽への拒絶と怒りと悲しみと。
ここを襲撃した事が間違いだったと言うのは簡単だ。だが、私には他に選択がなかった。私以外が飢えるか、別の場所で同じ事が起こったか。どちらにせよ、私がただ死んでいないと言うのでなく生きる為には他の生と競い、その全てを奪うと言うのは必然だったのだ。
きっと彼女には全てを理解出来ないだろう。彼女と私では根本的に何もかもが違う。だから私は否定はせず全てを背負うつもりだ。この背に好きなだけ呪詛でも重りでも載せてくれれば良い。
だが、もう時間だ。ここまでなのだ、彼女は。
その腕から次第に力が抜け、振り下ろす拳は弱々しくなっていく。
「...?何が...」
彼女の身体は少しずつ乾燥し、ヒビが入っていく。
私は彼女の魔法を理解したからこそ、せめてもの償いとして私は彼女の最期をも受け止める事にしたのだから。
「接続解除」
宣言するまでもなく、維持でなくなって勝手に現実へ引き戻された。
目の前にいる少女は、いや周りを囲む全ての死人が徐々に土気色に変わり、身体を構成しているものが元の形に戻っていく。
彼女の魔法は確かに世界を呪うものの様に見えた。でも本質は、最後に亡くなった者と一言交わすだけの猶予を得るものだった。そこに私が現れた為に中途半端に変性してしまった、初めから不安定な概念だったのだ。
ようやく朝日が昇る。地平線の向こうが明るくなり始め、次第に差し始める陽光が死人をただの土へと還す。
「...だから、謝る資格は無いけど謝らせて。あなたの大切な人達を奪ってしまってごめんなさい。そして、ありがとう」
崩れていく彼女に聞こえたかは分からない。
だが、彼女の魔法がもし本当に完成してしまったとしたら、きっと彼女もまた人を殺す側に回ってしまっていただろうから。
人を殺す事にも、人が死ぬ事にも無感動なこの世界で、心から死を悼んだ彼女の存在は私にはあまりにも眩しかった。
生きると言う事は敵を殺すと言う事だった。今までも、そしてこれからもそうあり続けるのだ。
独特な音と共に飛んできた彼女達が近くに降り立つ。
「エリニュス、やったんだな?」
イオナが聞く。しばらく逡巡し、答えた。
「うん。終わったよ」
彼女のことを、この基地の全ての殺人を彼女達に被せるわけには行かない。全ては私の咎だ。私一人で背負うのだ。
ゲームの世界の様に敵を殺せばスコアなどと言う世界では無い。その向こうには確かに人が居て、死という結果が伴うのだ。
「荷物は無事だ。怪我の治療も出来てる。どうする?戻るか?」
各人の顔を見るが、皆疲れ切っている。
「そうだね、戻ろう。みんなお疲れ様」
そうして一度目の総力戦を私達は誰一人失う事なく完遂したのだ。
...第二封印解除。おかえりなさい、エリニュス
戦った彼らへのせめてもの弔いとして、血の一滴さえ残さず消えてしまった彼らのために私は一本の碑を建てる
小銃とブーツ、そして鉄帽を被せ、手中に生み出した花を一輪添える。
「なあ、エリニュス。もう一本作ってくれ」
その様子を静かに見ていたイオナが。
「いいえ、全員分お願いします。エリニュス」
アインが言った。
そうして、今回の一件で物資以外も多くの収穫を得た私は、帰ったら再びあの人へ会いにいこうと決めていた。
翼を展開する。流石にこの量の物資は相当な重量だ。独特な甲高い音と共に私達は飛び立つ。




