告別2
「やあエリニュス、ようやく来たね」
扉を開け、現れたキャスターは私を招き入れる。
扉を潜る瞬間、何かを通り抜ける感覚があった。
部屋の中は相変わらず自堕落の極みだが、真ん中に昨日までは影も形もなかった椅子が置いてある。
というのも、ただの椅子ではない。私たちの調整に使う装置に近い無骨でゴテゴテした拘束具の様な椅子だ。
「さて、ここに来たって事はセイバーには会ってきたんだろう?いくら出鱈目魔法だからってあんな力づくで斬るなんて彼女らしいよね」
「待って、それより状況を知ってるんでしょう?ここが何なのか教えて」
「えー、その質問自体が答えみたいなものだけどなぁ...」
改めて部屋の中で私に向き直った彼女はジッと目を見た後、静かに笑う。
「ククッ...なるほどね。答えじゃなく、私に答えて欲しいのか。弱くなったねぇエリニュス。いいよ、教えてあげよう」
指を鳴らすと、先ほどまでお菓子やペットボトルの散乱する部屋だったはずが、教室へと変わっている。彼女の得意な世界のテクスチャの書き換え、セイバーを出鱈目と評しておきながら自身も相当という自覚はあるだろうか?
だが、そんなのはお構いなしに黒板へ向かうと、迷い無く図を書いていく。
「端的に結論から言えば、ここは冥界なんだよ。死者が渡る前に留まる最期の1秒。死を受け入れるまでの過程。つまり...」
答え合わせの時間だ。いつだって現実は非情で受け入れ難いものだが、もう覚悟は出来ている。
「ここに居る皆、私も含めて死人なんだよ。エリニュス」
キャスターは真っ直ぐ目を見つめながら言った。
「満足かい?エリニュス」
「うん...でも、じゃあどうして私はここに?」
「あー、今のエリニュスがどういう状態かこっちからは分からないが、一つ言えるのはお前はまだ死んでないよ」
「じゃあ、逆にキャスターはどうしてここに?」
「そりゃ、エリニュスに会いに来る理由...未練というより気掛かりがあったからに決まっているだろう。私のアルターエゴちゃんはしっかり働いてくれてるかい?」
再び指を鳴らすと先の部屋に戻って来ていた。
「ささ、座ってくれよ。ちょーっとどうなってるか見せてくれ」
そうして促されるまま椅子に座る。装置が降りて来て固定され、接続端子が私の首後ろのジャックに刺さる。
(...?気のせいか)
画面をコードが凄まじい勢いで流れていくが、キャスターには全ての意味が拾えているらしい。
「なるほどねぇ。おや、これは無駄なコードだな。短縮形に変えておこう」
キーボードを叩き、何かを書き換えてゆく。だが、彼女がそうしている事に私は既視感と安堵さえ覚えていた。
「ねえキャスター」
「なんだい、エリニュス?作業なら後2、3分で終わるよ」
「そっちじゃない。さっきの説明だけど、ここって部屋の中は厳密には冥界じゃ無いでしょ?」
「...よく分かったね。確かに冥界というテクスチャに私が上書きした部分もあるから確かに厳密には違う場所だ。そもそも冥界というのも便宜上そう呼んでいるだけで本当は実在しないが。それが?」
「キャスターの書き換えなら、自分の死も...」
「書き換えれば生き返れるって?確かにそうだろうけど、私のこれは世界が気付くまでの一瞬を騙し通すだけだし、何よりそれをしちゃいけないのは君が一番分かっているだろう?」
「それじゃ、どうしてここまでしてくれるの?」
「どうせ死ぬのにって?それは違うんだよエリニュス...見せてもらったけど君、大部分の記憶を封印してるね?この雑な改変、おおよそ君が書き換えたものだろうから触らないでおくけれど、こういうのは気をつけてくれ。非コード領域なのに何故かプログラムに影響することだってあるんだから。そして、多分質問の答えはその記憶の中にあるよ。今回のでも少しだけ思い出したんじゃ無いか?」
確かに。私はかつて彼女たちと肩を並べていた筈なのだ。なのに何故彼女たちは私を殺そうとする。何故連れて行こうとする。
既にセイバーとランサー、そしてここにいるという事はキャスターも死んでいる。だが他のクラスが私の知る限り、あと6機は居るはず。
「さあ、終わったよ。後の答えは生きている者達から聞いてくれ。それかムーンセルに行く機会があれば...いや、やっぱりなんでも無い」
そう言って彼女は私を出口へと
「もう私も君も行かなきゃ行けないみたいだからね。アルターエゴを私だと思って、どうか君の旅路に幸多からん事を」
「待って!どうしてそんな急に!?」
抗えない。まだ彼女に聞きたいことも話したい事もいっぱいあるのに
「もう死者の弔いは済んだのだよ。ランサーは昔みたいに世話してもらえて満足だったらしい。君のオペレーターは最後まで何も残さなかったよ。それに他の全ての人達も、君を500年後の空へ送り出す為に来てくれたんだから。だから、君はこれからも生きて、生き抜いてここの人達の願いを未来へ繋ぐんだ。かつての君の様に」
私にはもう振り返る事は出来なかった。
「行ってらっしゃい、エリニュス」
部屋を出ると、もうそこに見慣れた場所は無かった。
ただ一面の白。そして中央に佇むは彼女だけ。
「どうして...どうして、死んだ人とずっと居ようとは思わないの!どうして戻ってくるの!」
ああそうだ。確かに彼女たちと居て心地良い日々だった。でも、私は留まる訳には行かない。もう十分に別れは済んだから。
「だから!どうしてっ!」
だからこれからも私は抱えて進んでいこう。
彼女たちが遺してくれた物と共に。




