告別1
「なあエリニュス、なんで他のみんな、私も武器や特性に合わせたコードなのにエリニュスだけ違うんだ?盾なら他にあるんじゃ無いか?ほら、パラディンとかイージスとかシールダーとか...」
いつもの様に朝の訓練を終えてシャワーを浴びた後、涼みながら髪を乾かしていた私にセイバーが聞いてくる。
「私も気になって聞いたことがあるんだけど、誰が命名したか分かってないけど何故か決まってらしくて、概念として定着した以上、名前を変えるのは不味いしエリニュスのままなんだって」
ふーん、と納得した様なそうでも無い様な返事をするセイバー
ランサーが黙ってタオルを差し出してきた。髪の毛がびしょびしょで床に滴っている。仕方ないのでいつもの様に拭いてやると、満足そうに目を細めていた。
シャワー室への出入り口で魔術行使の予兆を感じたので視線も向けずに結界だけ飛ばして術式を弾いた。
「もう、エリニュス。何すんのさ」
「あのねキャスター、髪を乾かす程度に一々魔術なんか使わないの」
何度目だろうか、もともと出不精なキャスターを風呂に引き摺り出し、怠けようとすれば嗜めるのはいつも私の仕事だった。
「オペレーターさん、どうですか?」
魔法出力試験を終えて結果を聞く。
「前回から0.24%の向上を確認。体に異常はありませんか?」
平坦に事務的に返すこの人は、私の担当官だ。何度も名前を知ろうと思ったんだが、名前というのは魔術的に意味を持ってまうから伏せなきゃならないと。まあ何から何まで固い人で、でも頼りになる人だ。
「一緒に甘味を食べに行きませんか?」
「すみませんが、規則なので」
そういうと資料だけ持って去ってしまう。いつも通りのやり取りだが、最初の頃と全く反応が変わらない。もしオペレーターさんが魔法を使えたら私より強固な防御になるんじゃ無いかと冗談混じりに思う。
午後は講義だ。魔法と魔術の違い、基礎的な化学から量子論まで学んで想像の材料として魔法の幅を広げろって言うらしい。でも、キャスターは部屋から出ないしセイバーもランサーも寝てる。
まあ、彼女たちは逆に大雑把だからこそ効果的な魔法として目溢しされているだけかも知れないが。
そうして一日を終え、また明日も同じ様に過ごす。
内閣お抱えの部隊の私達は魔法技術の粋を凝らした国家の重要機密と言える。当然、外との接触はなく、偶に命令に従って実験への参加や通常手段で鎮圧不可能な災害や犯罪の状況収集に出されるくらいだ。
でも、そんな場所で私たちが全力で力を振るう日なんて来ない方がいい。ずっとずっと、こんな平穏な日々が続けば良い。
(そうだよ。ずっと皆で居られたら良いよね)
次の日も、またその次の日も平穏無事に過ぎていく。
毎日、毎日同じ場所で目覚め、同じ場所で寝る。波乱も無く、疑問も無い。
ただ今日という一日が昨日という集合に溶けていく。
侵食率:21%....38%....45%....56%....
違う。何かがおかしい。
(いや、おかしく無いよ。誰も死なない。誰も悲しまない。これで良いんだよ)
...そうだ。どうかしてる。ここにいる人たちと会える事で十分じゃ無いか。
そうして果たしてどれだけの時間が経っただろうか。
いや、しかし次第に歯車は噛み合わなくなっていった。私はこの世界においては本来、異物だったのだから。
基地の中で見覚えのある顔を見つけた。いや、すでに基地中と顔見知りと言っても良いのだが、そうでは無く、目の前の人を私は知っている。
「ラット...いや、ララティーナ?」
おかしい。昨日までここに彼女は居なかった。それに私はどこで彼女の名前を知った?
全て終わった後、合点が行った。私は彼女の名前が入ったドッグタグをあの時取り込んでいた。何がきっかけか分からないが、既に数十ページも書き続けた全く同じ講義内容。名前には確かに意味があったのだ。
次の日から彼女を見かける事は無かった。
だが、ほんの少し抱いた疑問は、やがて否定しきれない違和感へと変わる。ここには昨日も今日も明日の区別さえない。なんというか、不変過ぎる事に気付いたのだ。
だから、ほんの少しだけ普段と違う行動をしてみる。
周りの人が同じ一日を繰り返す中、私だけが道を敢えて遠回りしたり、普段とメニューを変える。
だが決定的に否定できなかった私に、遂に契機が訪れた。いや、既に分かっていたのかもしれない。ただ現実を認めたく無かっただけで。
「なあエリニュス、もうちょっとだけやっていかないか?」
珍しく、セイバーが戦闘訓練の後で言ってきた。特に断る理由もない。私たちは再び部屋の中央に立ち、いつもの様に状況の開始を宣言する。訓練室が魔術的に保護された事を確認すると、セイバーはいつもの様に決まって袈裟斬りから斬り込んでくる。その後二の太刀、三の太刀と斬り込んでくるが、どれほど鋭い攻撃でも、その太刀筋を完全に知っている私には最早なんの驚きもない。蹴りも交えて私の防御を崩し、一太刀でも浴びせようとする、その気概は買うが何度やっても結果は同じ...
だが、今日だけは何故か、この太刀筋を見ると胸が騒めく。何か懐かしいものを見ている様な、何かが確かにある。
気がつけば私は彼女の太刀を持って、競り合いをしていた。いや、おかしい。何故私は彼女の太刀を持っている?彼女自身も全く同じ一振りを握っているのに。
それに、見慣れた太刀筋より僅かに速い。誤差とも思える範囲だが確かに速さが増している。いや、格段に速い。もはや別ものなくらいに。
「あっはははははは」
笑ったのは私か?いや、セイバーも手は緩めないが心底楽しそうに笑みを浮かべている。
全力の一歩先、最速よりなお速く。
激しく火花を散らせる中、彼女は一歩下がって間合いを外した。仕切り直しだ。彼女は刀を虚空に放した。私は直感していた、これが最後の一合だと。私は私の握っていた一振りを彼女に渡し、それから盾を取り出す。彼女の全力を受けるなら、やはりコレしかないと。
一本の刀では一度に一斬りしか出来ないのは自明だ。だが魔法を使えば違う。間を斬り飛ばし、普通ならあり得ない完全な同時を作り出す。前にも見た事があるが、まさに魔法の一つの極地と言える技だ。同時に飛んでくる二つの斬撃に備える。だが、彼女の身体がブレる瞬間、次に見えたのは七つの軌跡。全く同時に同じ速さで振られ、一点で重なる最高の冴え。最後の最期で良い意味で裏切ってくれる。
その時の彼女はどんな顔をしていただろうか。泣いていたかも知れない。あの子は昔から悪ぶるけれど寂しがりやだから。
ただ重さも無い、しかし綺麗な音を響かせて刃が愛おしむ様に盾を撫でる。
残響の消えた頃、私は盾を仕舞って顔を上げる。もうそこに彼女は居なかった。ただ一振りの刀を残して。
確かにセイバーは彼女の魔法で私の道を斬り開いてくれた。今なら一点の曇りなく分かる。もう進まなくてはいけないと。
私はある部屋の前に立ち、扉をノックする。
「ねえキャスター、居る?」




