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銑鉄のワルキューレ  作者: 駄作卍
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出立

呼吸の必要ない筈の私の身体だが、酸欠の様に意識が遠退き、動きに精彩が欠ける。

既に腕も脚も力が入らず、立っているだけで震える始末。だが

「よしっ、ならばこれはどうじゃ?」

縦横無尽に躍る薙刀は切先での斬り付けも突きも石突や柄での殴打もまさに自在で、嵐の様な舞踏の中、時に地面を転がり無様であっても必死に耐える。

突きを捌いて地面に叩きつけ、その反動でしなる柄から伸びる様に切先が迫るのを、眼前で結界で弾く。

もはや半透明の塊の様であった力場は明確に境界を持ち、赤く光る壁となって現れる。

懐に入られたので盾を一度しまって、次の斬撃が結界を裂くのに合わせて斜めに展開して切先をずらし、盾の影で左手に展開した砲口から光弾を放つ。

長い髪と美しい狐の耳が扇の様に舞いながら仰け反って避けられ、その瞬間彼女の口角が上がるのを見た。

宙返りで微風の様に着地した後、手を上げて

「やめ。もう良いじゃろう」

その一言で、張り詰めていた気がどっと緩み、足元も覚束ずに膝から崩れる。一体どれだけの時間、極限のやり取りを続けていただろうか。

「カカッ、カカカッ。よいよい、ぬしには良い気付けになったじゃろう」

「...はっ....ふざけ...無いで..」

「その意気、ただ純粋に生を願う時にこそ、魔法は最も強い輝きを放つものよ」

「だからって...出鱈目が過ぎる...」

「出鱈目も理不尽も、耐えずしてどうする。ぬしの敵は世界そのものと言っても過言じゃ無い。それでも立つ為にお前様の魔法は盾の形を取るのじゃろ?」

私は否定も肯定も出来なかった。

「さて、そろそろ現世においても日の昇る頃よ。多少なりともシャキッとして戻らんか!此度の稽古は特別に出血大さーびすというやつで記憶を持ち帰って良い。土産とせい。しかし甘々に甘くしてやったからのぅ、次はもう少し歯応えのあるぬしとやり合いたいものじゃ」

どこまでもこの狐は、という目で見ると愉快そうに笑う。

「よもや道半ばで倒れぬ様に気張れ。さあ、出口はあの鳥居を潜るだけじゃ、用もないなら早う帰ると良い」

「まって、最後に一つだけ。どうしてわざわざ私に目を掛けるの?」

「それはわしの口からは答えられぬ問いじゃ。じゃが、ぬしは知っている。知りたくば己の内に問うがよい。さあ、行け」

そうとだけ言い残すと、瞬きの内に消えていた。ただ何もない境内で出来ることもなければ、仕方なく鳥居を潜り出た。


今まであそこで経験した事は現世では限定的にしか思い出せなかったものを、急に時間の連続性を持って思い出せる。

とにかく、一方的に叩きのめされた記憶に歯を噛み締めながら、手の上に結界を出す。眺めながら、彼女の話した言葉の断片を思い出す。

私の敵は世界そのものと言っていい。そう言っていたが、しかし世界そのものと戦うとはどういう事だろうか?人類やワルキューレとの戦争が決着では無いかのような物言いだ。

もっとも、言葉のあやという事も考えられるが。

仮に世界の構造そのものをどうにかすると言うのであれば、あの死者蘇生の様な事をさせるつもりだろうか?だが、もう今の私にはあの力は無い。

考えても仕方の無い事だと片付けるのも簡単だが、しかし私の存在には意味があるはずだ。私の忘れている記憶の中に何かがあるのだ。

だが、手の内の結界は赤く光るばかりで鏡面の様に私を映し出す事もない。

手の内のそれを霧散させ、まずは顔でも洗いに行くとしよう。ワルキューレの身体は常に万全だが、まだ身体がだるい様に感じるのはあまりに苛烈な稽古付けだったからだろうか。


時刻は昼を回った頃

「よしっ、これで終わり。みんな、盾が出せるか試してみて」

髪が端子になるギミックを久しぶりに思い出したが、それを彼女達のうなじに一つ一つ挿入し、アルターエゴの作ってくれた武装をインストールする。イオナだけはソケットさえ無く、まあでもワルキューレとしても異例すぎる個体なので諦めた。

そうして各々が盾を出し入れして感触を確かめている中、扉を開けてシューレが入ってきた。

「ついに行くんだね」

「ああ、悪いがシューレは暫く留守番しておいてくれ」イオナが応じる。

「分かってる。...ねえ、帰ってきたら私の訳も話すから。だから、帰ってきて」

「良いのか?私らはこれから人を殺して盗みに行く立場だが...」

「それでも、私のいたところよりずっと人間らしい。だから...あなた達には助けてもらった恩がある。だから死なれたら困るの」

そう、顔を伏せる彼女に私たちの間でわずかに張り詰めていた空気が和む。

思えば、誰も私達を認めてくれた事はなかったかもしれない。対峙する相手ばかり、殺そうとしてくる相手ばかりで、その点この子を拾ってきた事は生存者を救う以上の意味があったと言える。

おずおずとこちらを見上げる彼女の頭を撫でる。ワルキューレのものと違い、完全な自然の毛髪の感触だ。

思えば石鹸も満足にない環境だが、だからこそ行く理由に彼女の事も加えよう。

「エリニュス、準備できました」

アインの後ろの皆も頷く。

「分かった。じゃあ行こうか」

「ああ。そしてみんなで帰ろう」

イオナが預けてあった刀を私に渡す。

すると、鞘がなくて不便だったあの刀も、手にした瞬間に私の中へ溶け込む様に消えた。

「あれ、今確かに渡したよな?」

「うん。仕舞える様になったみたい」

再び手の中に現れるように念ずれば手中に刀が顕現する。もっとも、私にこれを完璧に使いこなすのは難しいだろうからこれからも盾で戦うが。

しかし何か変化があったのだろうか?

それが私たちのこれからを後押しするものだと願って、私たちは発つ。

間も無く日が暮れる、燃える様な空へ。

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