足元に注意
「なあ、エリニュス。制限だが焼き切って良いか?」
訓練に際してイオナが訊いてきた。
魔法の行使で既に味覚を失っている以上、これ以上使って欲しくないと言うのが本音だったが、封印状態では並みの少女と同じ程度の力しかない。
仕方なく許可すると、何かが軽く弾かれる様な感覚と共に彼女の周りに陽炎が揺らめいた。
他のアインからフンフまでも武装を展開して立っており、フィアなどは待ち切れないと言った様子だ。
「じゃ、始めるぞ。まずは...」
イオナが他を見渡すと、
「はいはいはい!フィアやる!」
「じゃあ、フィアはドライと組め。アイン!どうだ?」
「私の魔法は戦闘向きじゃないので...フンフを先にやらせてあげて」
その言葉にフンフを見やれば静かに手を挙げていたが、体躯が小さい上に控えめなので見逃されたらしい。
「じゃあ、フンフ。この前出来なかった試合、しようか」
声を掛ければ静かに頷く。
「よしっ!じゃああたしはツヴァイと組もう。アイン、審判を頼む」
イオナの宣言と共に、各組がある程度離れる。まずは近接戦闘として飛行と武装の使用は無し、そして定められた枠を出ない範囲で戦うルールだ。
フンフと正対する。いつに無くやる気を感じる気がした。
「よーい、はじめ!」
アインの掛け声と共に盾を構える。
彼女の要望で制限無しの状態だ。わざわざそんな事を言い出したからにはきっと策があるのだ。
彼女が何を考えたのか楽しみに思いながら、私は盾越しに彼女を見る。
目があった瞬間、身体に重圧がかかる。
「最初から、全力」
フンフが言うと、更に圧が増す。
面白い。重力の増加かサイコキネシスの様なものか、ダメ押しとばかりに一段強まった圧力の中で、力に任せて一歩を踏み出す。
彼女は最初の位置から動いていない。あと数歩進み、線の外に彼女を殴り飛ばせば私の勝ちだ。だが、そんな面白みのない事を彼女がするだろうかと頭をよぎった所で、彼女の口角が上がるのが見えた。
気がつけば、私は横に向けて落ちていた。
瞬間、それが重力操作の様なフンフの魔法なのだと気付いた私は、壁として聳り立つ地面に向けて足を突き刺し、落下を止める。視覚的には地面に立っている様だが、実際は半規管との差でちょっと気持ち悪い。
だが、その際に舞った土埃が地面に向けて落ちる事で、操作が私にのみ向けられているのが分かった。
ならばと今や壁となった大地でも力任せに駆ける。壁面に立つ様な相手に対して掛けられる技なんて無いからと、必然ただ掴みかかる私の動きは単調で、その小さな体躯に相応しくするりと避けられる。不必要に接触する必要もないという事を完全に理解している。反転して駆ける時、ふと思いついて巻き上げた幾つかの石を素早く衣服の内に放り込んだ。
掴みかかると見せかけて、反転して勢いのまま枠外へ蹴り飛ばそうとした時、再び天地が、いや私にとっての上下が反転した。思考の空白に一瞬生まれた隙で足を掴まれ空中へ投げられる。戻ろうにも届かない距離まで大地が離れていく。しかし服の中の石が確かに私を再び大地へ向けて引き寄せた。枠の際でギリギリ着地した私はフンフが場慣れしていないことに感謝していた。急な重力方向の変化という隙を作る発想、もし決まっていたら私に対抗策は無かった。
そう言えばルールには無かった石でも投げて隙を作ろうかと遠巻きに駆け出した時、先ほどの様な一方行の重力でなく、彼女を中心に外へ向けて落ちる様になっている事に気付いた。
投げ上げる動作では如何に膂力のあるワルキューレとて精度も威力も落ちる。
ルールの範疇では彼女はまさに自由だ。
逆転の目を探すが、膂力以外に碌な手段が見当たらない。私の盾では重力を防げない。
となれば近づいて投げ上げられるリスクを負ってでも近接戦闘以外に無い。当初の目的通り、明白だ。
変化した重力特性を意識しながらフンフに近づく。もう加減も遠慮も無しだ。無意識に避けていた乱暴な手段も問わない。今加減しても戦闘で死ぬのは彼女の方だ。なら今できる事は全力で彼女を倒す事。小柄な身体を生かした身のこなしも、集中により引き延ばされた知覚の中では遅すぎる。
(掴んだ!)
いまだかつて無い、私にとっての壁面を自在に移動する位置にいる相手を掴むという動作を力尽くに行い、フンフの足首を掴み、ボキッと鈍い音がする。だが、ワルキューレにとって人の重さ程度など片足でもバランスを崩すにも及ばない。だから、反対の手に盾を生成する。
瞬間、自重を遥かに超える重さに引かれてフンフは引き倒される。落下、いやフンフにとっては地面の上を引き摺られながら、組み付き彼女を大地に押し付ける。だが、止まるには抵抗が足らない。このまま引き分けかと思った時、次の瞬間私にとっての下はいつの間にか青い空が広がるばかり、落ちていく中で大地を見上げる他無かった。万策尽きて完敗だ。フンフは暫く腕の中で暴れていたが、締めるうちにその身体から抵抗が無くなる。だが魔法の効果は途切れない。
仕方なく翼を展開すると重力の枷が外れる感覚と共に身体を反転させ視界を正常化する。
フンフを抱えたままゆっくりと降り、怪我の再生と耕してしまった地面の整備をした後、反省を話し合う。
しかしフンフはとても悔しそうにしている。
「お見事、私の負けだよフンフ」
私から選択肢を奪い最終的に飛行術式を使わせたフンフの勝ちだ。
でも
「違う。フンフ、勝ってない」
自分ごと落ちる事で私を無力化までしたのに、彼女は勝ちにこだわっていた。
最初から空に向けて落とす事も出来たはずだと聞くと、円の外に出すという勝利条件の為に精一杯粘ったのだという。
逆を言えば勝ち方を選ばなければ出力に大きな違いがあっても怪我するリスクさえ負わずに容易に私を完封できていたのだろう。ルールの中の試合とは言え、その可能性が少し背筋を寒くした。
他の2組の試合が終わり、アインが近づいてきて言った
「エリニュスの武装使用により反則負け。フンフの勝ちです」
そもそも盾も武装である事を私は完全に失念していた




