夕食、そして
手を繋いで戻ってきたフンフだが教会の、正確にはその前にいるアインを見て足が止まる。
その表情に一瞬怯えが走ったが、覚悟の決まった顔をすると再び歩き出した。
「...おかえりなさい?」
僅かに圧を感じるアインの声。いつも和やかな表情だが今は笑っているのに笑っていない。その視線の向けられたフンフはと言えば、やはり何も言えずに固まっている。
「フンフ?今日は午後にお勉強をすると言ってたわよね?」
「...うん」
「それで?ここに居ないで何をしていたのかしらぁ?」
「あの...フィアが...一緒にって...でも、あの...」
よほど怖いのだろう。いや、正直私も怖い。
「...ごめんなさい」
その一言を聞いてアインは満足気に顔をいつもの調子に戻す。
「フンフ、明日は午前もお勉強にしましょう」
いや、許されてなかった。
だが、踵を返した彼女の後をフンフは付いて行った。
帰りに話されたのだが、正直彼女たちが勉強をしているなんて全く想像もしていなかった。もちろん他にする事も無ければ暇なのだろうが、そこで進んで勉強をしようとは。
後でアインと話してみようと心の隅にメモしておき、夕食前に身体を清めようと思った。
夕食も終わって少しした頃
「それでな、エリニュスの首取ったり!って思ったら剣がギィンと弾かれてさ!」
腕を大きく振りながらフィアが楽し気に話す。
「フィア〜腕振り回すと当たりそうなんだけど〜」
隣のドライは迷惑そうにしているが。
「ねえ皆、良いかな?」
声を発すれば燥いでいたフィアさえ静かになった。
「えっと、聞いてほしいことがあります。これからの生活のことです。実は食料が残り3日を切りました」
言うや否や
「えぇ〜。ドライはご飯だけが楽しみで生きてるのに〜」
「こら、ドライ!働かざる者食うべからずですよ。普段から寝ているんだから、少しくらい真面目に聞きなさい」
アインが嗜める。
「それで?あなたの事だから、何か考えがあるんでしょう?」
ツヴァイはエリニュスに期待の目を向ける。
「うん。でも、その為には人間と戦わなきゃいけない。彼らから食べ物を奪ってくる以外、無いの」
周りに木立はいくらかある。そこで木の実や動物を獲ればと考えたが、動物の姿は見当たらず、森には及ばない面積では十分な量の確保は難しい。何より
「フンフ...木の実、集める?」
「ダメだ」
横から遮るようにイオナが口を挟む。
「全員分の食料を探すには皆で手分けして散るしかねえ。でも、見つかる保証も無ければ、敵に見つかれば戦闘にもなる。アタシやエリニュスならともかく、お前たちを出す訳には行かないんだよ」
そう。イオナとの約束として、彼女達は保護の為に私たちから離れ過ぎないように言いつけてある。
「...だから、私とイオナで取ってくる...つもりだった」
だが、それはここが安全圏だった時の話。
教会自体に掛けられていた認識阻害は次第に弱まり、探知されるのも時間の問題だ。それに、私個人としてイオナにこれ以上魔法行使をさせたくない。
「もしもの為の医薬品、有用な資源、衣類なども持ってきたい。その為には手が足りない」
イオナには、先に話した。このままではいずれ資源枯渇で私以外は保たないと。ワルキューレにも人間にもなれない半端者が生きるには仕方ないのだと。
イオナは、彼女たちがワルキューレに復隊する事さえ出来なくしてしまった私を責めることもなく、ただ彼女たちが同意するならと静かに頷いた。
「ごめんなさい。どうか手を貸して。あなた達は私が守るから。だから...一緒に戦って欲しい」
私は、彼女達に深々と頭を下げる。
こんな厚顔無恥な発言をする事になるなんて、自分はどこまでも考え足らずで力不足かと、心臓の音さえ聞こえそうだ。
どんな顔をして自分を見ているだろうかと永遠に続く様な静寂の中で、おもむろに声が上がる。
「...フィア、行くよ」
「...フンフも、エリニュスを手伝いたい」
「...なら、お姉ちゃんも行かない訳には行きませんね。ツヴァイは?」
「わたしは別にどっちでも良い。ただ、エリニュスはもう少しどうにか出来なかったのかしら」
「うへぇ〜。ドライは戦うのは好きじゃないけど〜、でも皆んなで居るために仕方ないならするよ〜」
正直、全員が賛成するとは思わなかった。彼女達からすれば如何に理不尽な状況下を思えば、ツヴァイさえ皮肉だけで済ませたのが
「意外ですか?」
アインは目を丸くして固まっていた私を見て言う。
「私たちが、ただ自分は戦いたくないと一日三食享受する生活を続けると?あなたもワルキューレの尖兵がどう扱われるか、見てきたでしょう。それに孤児のままでも少年兵行き、どちらにせよ私たちは戦場で無力に散る定めだったでしょう。そこに姉妹と一緒に居られる道を示してくれたのが貴女です。だからこの命、私たちは、私は貴女に預けます」
身体はまだ15程の少女達だが、その目は大人の瞳を宿している。私はその目を、彼女達を直視するのが辛かった。
「...っはぁー、しょうがねえ」
イオナはおもむろに立ち上がり、言う。
「そう言う訳だエリニュス。やろう、皆んなで」
そうして彼女達を振り返って言う。
「...ただし、条件がある。ワルキューレだろうと撃たれれば死ぬ。殴られても斬られても死ぬ。だから、そうならない様に明日から2日間は戦闘訓練だ」
いつもの執務室で、私は思いを馳せていた。彼女達は栄養失調からか発育が悪かったのか身体は小さく見えるが、平和な国で育った訳ではない。むしろ孤児になる程の経験をしているのだ。なのに彼女達を庇護対象として、どこか下に見ていた自分に嫌気がさした。
彼女達は私とそう歳は変わらないはず...そういえば私は何歳だったかと取り止めのない方へ思考は飛んでいたところ、ノックの音が響いた
「アインです。入って良いですか?」
なんの用だろう?まあ、丁度聞きたい事もあったので招き入れる。
「エリニュス、さっきは言葉が過ぎました。誠に申し訳ありません」
開口一番、アインは謝罪を口にする
「違う。私の方こそ...」
アインに返す言葉を探したが、見つからなかった。
「実は寝る前にお茶でもと用意したのですが、エリニュスもいかがです?」
そういうと、彼女は茶器とすり潰した茶葉を持ってくる。
「レモングラスです。ここの裏庭に生えていたものを用意してきました。どうぞ」
澱みのない手付きで淹れられた一杯はほのかにレモンの様な落ち着く香りを漂わせていた。
「ねえエリニュス。どうして私たちが勉強しているのか気になります?」
一口、口に含みゆっくりと嚥下する音さえ聞こえそうな静寂の後おもむろに言った。
考えている事を見通されている様で、驚いた私は口を噤んでしまった。
「図星...の様ですね。良いんです。貴方には知っておいて欲しくて来たんですから」
「...どうして?」
「あら、どっちの意味でしょうか?」
「どうして勉強するの?だって、もうあなた達は...」
「...もう人間には戻れないんですよね?わかっています。」
どこまでも、先を読まれている。
「ねえエリニュス、そのお茶は美味しいですか?」
唐突に投げられた質問の意図が分からず困惑した。確かにお茶は美味しいが何の意味があるのか。
「うん。美味しい」
「なら良かったです。このお茶は無くても困らない物です。でも、少しだけ心を落ち着かせてくれます。少しの手間で手に入ります。でも、知らなければただの草と同じです」
言葉を区切って、こちらに向き直る
「エリニュス。私たちの居た孤児院は兵隊を作る場所。いえ、兵器を作る場所ですね?イオナは、あなたは優しすぎるんですよ。私たちを守ろうとして」
一度、落ち着く様に息を挟んで続ける
「責めているわけではありません。むしろ感謝してもし足りない程です。ですが、何も知らないで居るわけにはいかないんです」
「どうやって気付いたの...?」
イオナと話し、彼女たちのいた孤児院で何をしていたか知らせない様にしようと決めていたはずだ。彼女たちからすれば、平和に暮らしていただけで不幸にもワルキューレにされた。それだけの筈だ。
「連れ帰って来た子達です。戦闘に行ったあなた達が連れ帰り、私たちと同じ軽度栄養失調による低発育、更に身体に目立った傷も無く、明確に管理されていた子達でした。そんな子達を研究施設から連れて来たとなれば、私たちの出自についても推測がつきます。もっとも、図星だった様ですが」
その理論は私を愕然とさせた。彼女達は無知で居るには余りにも賢い。
この考察こそ、なぜ勉強をしていたのか、その明確な答えだった。
「...うん。でも...」
「私の考えが正しければ、イオナですね?」
もう、面白いほどに筒抜けだ。
「確かに黙って居ようと言ったのはイオナだった。でも、私もその考えに賛同したの。だからごめんなさい」
「どうしてエリニュスが謝るのですか?こちらこそ、隠し事を暴き立てた事を謝らなければなりませんのに。でも、お察しの通り、ただ一杯のお茶から不器用な姉妹のフォローまで、結果で無く意味の為に学んでいます。押し付ける訳では有りませんが、姉妹達も、皆で明日を迎える為に学んでいます。どうかご理解ください」
気がつけば、湯気の上っていたコップもすっかり冷めてしまった様だった。
「あら、本題を忘れて説教くさくなってしまって申し訳ありません。お茶のお代わりは要りますか?」
「ううん。ありがとう」
茶器を片付ける彼女に、私は言った。
「アイン。生きよう、みんなで。私のせいであなた達を戦わせてしまうけれど、私があなた達を守るから。あなた達を死なせないから」
彼女が出た後で、私はどうしようもなく形容し難い感情に襲われていた。
それは敗北感の様で、後悔の様で、恥の様な感情だった。
喉を出掛かるそれを、いっそ泣ければ楽なのかと思いながら、冷めてしまったお茶で流し込む。
爽やかだった香りが妙に鼻につく様に感じた。




