模擬戦とフィアの魔法
開けた場所の真ん中で私はフィアと対峙していた。
(アルターエゴ、私の出力を他のワルキューレと同じレベルまで制限できる?)
最大で30%まで制限できますが、それでも少し強いでしょう。ただ、フィアは平均的なワルキューレより少し出力が大きいので、良い塩梅になるかと。
その瞬間、身体が僅かに脱力し、若干重くなる感覚がした。意識的に防御してしまうなら機械的に制限できないかと思ったが、万能な物でも無い様だ。
「じゃあフィア、全力でやって良いんだっけ?」
「ええ。ただ目的は盾の防御が間に合わない様に...」
言い終わらないうちに、彼女は手に砲を展開し、発射の兆候を見て私は防御の盾を構える。平均的なワルキューレの兵装では盾を貫けるはずも無い。制約により思考加速さえ鈍っているのを感じながら、来るべき衝撃を待っていた時、彼女が撃った先は私では無く彼我の間の地面だった。私にとっては容易に防げる一撃でも、相応の威力でもって盛大に土を巻き上げ、視界を奪う。
(いや、違う。思ったより彼女は賢いみたい...)
魔力も赤外線も土越しでは探知できず、完全な盲目状態になる。慌てて探知出力を上げれば、土埃を切って左手に剣を現し、切先が喉元に迫る。彼女は全く遠慮していない。その刃が届けど致命傷にはならないだろうが、流石に回避のために後ろへ飛んで下がる。この模擬戦ではあくまで飛行を禁じているから、本来なら飛行も交えて回避するところも泥臭く避ける他ない。
突進の勢いそのままに振り抜かれる蹴りを、さらに一歩引いてスカしたあと、盾をしまって自由になった手で脚を掴んで投げ飛ばす。
「あははは!エリニュス強い!流石だね!」
勢いを殺さず、木立の中へ飛び込むフィア。
すっかり本題を忘れて、私は彼女との模擬戦が楽しくなっていた。
そのまま後を追って彼女と肉弾戦を続ける。元々活発な彼女らしく、格闘のセンスが優れているようだ。私には出来ない軽技の様な身のこなしで、木々を使いながら三次元的な動きで攻めてくる。拳をいなし、腕を絡め取ろうとすれば宙返りをしながらスルリと抜け、そのまま横振りの蹴りを盾を出して防御すれば身体を捻り縦回転へ変え、盾を上から蹴り地面へめり込ませて固定させられる。動きが鈍くなると盾を消すと、その瞬間、いつ拾ったのか石が散弾の様に投げつけられる。顔周りのものだけ手を振って防げば、私に命中しなかったものは背後で木々にめり込んで若木が折れた。三角跳びの要領で木を蹴って駆け上がると、そのまま再度右手から砲を乱射し、左の剣を振り回すと私の頭上に大量の葉が降り注ぎ、また視界が奪われる。まるで絡め手での勝負をし慣れている様子に賞賛したくなったが、その一瞬で彼女を見失ってしまった。葉が舞う音以外に音が拾えず、全方位に気を配りながら私は盾を構える。
メキメキという音と共に、頭上の木が折れ降ってくるのが見える。
左手に展開した砲身を照準して射撃。
頭上で木は確かに粉砕され
「貰ったぁ!」
背後からぶつかる様な衝撃と共に組み付かれ、手が動かせない。だが、私は確かに見てしまった。頭上で割れた木からばら撒かれた無数の虫を。
盾で防御しようにも、振り解けない。頭上から迫るソレの予感に全身の毛が逆立つ様な嫌悪感を感じ、それは転ぶ時に咄嗟に手を出す様な感覚で、半透明な壁が現れ傘の様に虫の雨から私を守った。
背後のフィアが呆然としている様な気がして...いや、体格が違う。後ろ手にそれを掴もうとすると、目の前に何の前触れも無くフィアが現れた。首筋に冷たい感触が当たる。
「へへん、参ったか!」
掴んだまま前に持ってくると、されるがままのそれはフンフだ。
「ん。楽しそうだったから来た。フィアがエリニュスに抱きつけって」
確かに増援は禁止していない。だからと言って腑に落ちないこの気持ち。
フンフを脇へ下ろし、首に当てられたままの刃に向けて、この敗北を拒絶する様なイメージで弾く。すると、手を動かさずとも、甲高い音と共に剣はフィアの手から弾き飛ばされる。
「うわっ!?」
イメージは出来た。でも盾ほどの堅牢さは想像できない。だから、これは使い分ける物なのだろう。少なくとも、この半透明な力場を使いこなす事が出来ればこの子達も守る大きな手立てになるだろう。
想定外の挙動に身体が泳いでいるフィアの腕を掴み、地面に引き倒して制圧する。
「ぐえっ!エリニュス狡い!」
しばらくバタバタと暴れて居たが、抜けられないと悟るとぐったり力を抜いた。
「...ってのは嘘!」
だが、それに合わせて緩めた瞬間、押さえて居た身体が消失し、目の前に立った状態のフィアが現れる。右腕をぐるぐると回しながら、にへらと笑う。
「そうそれ。さっきも使ったでしょう?」
飛行魔術特有の甲高い音も無く、ともすれば光学の応用か、幻覚などかとも思ったが。
「そう。短距離転移!この身体になってからの方が使い易くって。それに今回は禁止じゃないだろ?」
フィアの口から出た転移という言葉。それは通常の魔術の幅を超えており、ともすれば
「フィアの魔法...?」
「正解!」
そうだ。確認を忘れて居たことがあった。彼女達もワルキューレになっているのだから魔法を持っているはずだ。早急に確認すべき事柄を忘れて居た自分に呆れる。
「さて、運動したらお腹も空いたし、先戻るねー!」
だが考える私を他所に、甲高いあの音を残してフィアは飛び去ってしまった。
傍のフンフの方を見る。
「次...?」
「いや、そろそろ暗くなってきたから帰ろう?」
静かに右手に剣を現したフンフを宥め、左手を繋いで歩き出す。
そもそもの本題を忘れるところであったが、フィアの機転のお陰で力場の作り方が分かったのは大きな収穫だ。もっとも、彼女がどれほど意識して居たかは分からないが。
(もう制限外して良いよ)
了解。制限解除しました。
身体がいつもの調子に戻る。
制限して居たとはいえ、彼女の刃が私に迫りそうになる事は何度もあった。だが、私の魔法がある限り、それが致命傷になる事はない。森に開いてしまった数々のクレーターや折れた木々の中で、改めて私の盾を容易に切り裂いたセイバーや、胸を貫いて一撃で致命傷を負わせたランサーの事を思う。彼女達の様に奇跡を純粋な殺意に昇華させた者達と戦うために私の力はあるのだろうか?だが、ある意味で私と彼女達の魔法は近しいと、勘に過ぎないが感じる。
後何人いるのか。そもそも彼女達となぜ敵対するのか。
一緒に歩いて居たフンフが僅かに手を引く。
「エリニュス。フンフ、一本取りたい。魔法、伏せて良い?」
普段口数が少ない彼女にしては意外な発言だった。
「出来れば話して欲しいんだけど...ダメ?」
「フンフ、フィアみたいに戦いたい」
「じゃあ、今度ね」
いつに無く頑なな様子に、夕食後にでも皆を集めて聞こうと思って居たが、案外難航しそうな予感を感じた。
そもそも、イオナを見るに私は彼女達に魔法を使わせたく無かった。だが、禁止するのは彼女達の自由を奪う行為だ。
私は暫し答えの出ない問いに考えながら歩いた。
そんな私を見るフンフの目は、彼女達は見た目ほど幼くないのかもしれないと思わせた。




