認識阻害
いつまでそうしていただろうか、ノックの音が私を今に引き戻した。
「エリニュス!ここに居るかー?」
元気すぎる声、ノックの返事もしていないのにガチャリと扉が開かれる。
顔を起こし、目をやるとフィアが呼びに来た様だ。
「お、やっぱりここだった!朝ごはんの時間だから読んで来いってさ!」
だが、明るさが私を今に引き戻してくれる。
「今行くよ」
執務室にもいつの間にか日が差していた。
朝食を終えると、イオナが私を呼んでいる。
「なあ、エリニュス。アルターエゴは居るか?」
「うん。それがどうかしたの?」
「アルターエゴにさ、あたしの身体を精査する様頼みたいんだが」
もちろん、断る理由もない。
手を翳せば、淡い光がイオナの身体を包む
スキャン中です...特に異常は見当たりません。
「どうかしたの?」
「いや、最初は勘違いかと思ったんだが、今朝も食事の味を感じなかったんだ。もしかしてワルキューレのシステムを中途半端に壊したのが悪さしたのかなって」
検索対象を変更。味覚に関わる部分を精査。同様に異常なし。精神によるものか、呪いによるものと思われますが
その瞬間、脳裏に一文が過ぎる
「...奇跡には代償を伴う」
「やっぱりエリニュスもそう思うか」
無自覚に口に出していたのだろう。
「味覚か。まだ手足を持って行かれなかっただけマシだが...そりゃ、あんな力を無制限に使える訳無いよな」
イオナは深いため息をつく。
だが、私のせいだ。彼女に魔法を使わせたのは私の
「もちろん、エリニュスのせいじゃ無い。アレはどうしようもなかった事だ。むしろ感謝さえしている。なーに、今後は使い方を気をつければ良いだけだ。あまり気に病んでくれるな」
それだけ言うと、彼女は踵を返し去っていく。
その後ろ姿に私は何も言葉を発する事ができなかった。
思わず傍の壁を殴りそうになって思わず止める。今の私が殴れば教会を倒壊させかねない。
命に関わらないから良かったなどと言う話では無い。これから彼女は一生涯食事の味を感じられないのだ。
それがどれほど悲しい事か、不甲斐なく
(もう、彼女に魔法は使わせない)
私は暇そうだったフンフとツヴァイを連れて、地下室の前に来ていた。
先ほど、アルターエゴに確認しておいたところ、認識阻害の効果は魔術として実用されているらしく、しかも直接の攻撃性が低いため私の能力にも反応しづらかったと考えられるらしい。要は、何があるか分からないから用心しておけとのことだ。
一歩づつ階段を下る。明かりを照らしても良いが、バイザーを下ろし暗視を有効にすれば階段を踏み外す心配もない。
階段を降りたところで壁にスイッチを見つけたが、押しても当然明かりが付くはずもない。
仕方なく光球を浮かべ、部屋を見回す。
部屋には大きな不透明の水晶があるだけだった。
叩いてみるも、非常に硬そうで壊せそうもない強度だ。あまりに不自然な物体だが、脅威になりそうもない。二人にも降りてきて良いと伝える。
地下室の大きさは8畳ほどだろうか?半分近くを水晶が占めていて正確には分からない。
(アルターエゴ、この物体を調べられる?)
手を翳して、それが何か調べてもらう。
エリニュス。センサーによれば、そこには何もありません。ですが、あなた達はそれを認識している。これは魔法による現象と見て良いでしょう。強い認識阻害の原因もそれで間違いない様です。
「フンフ、ツヴァイ。あなた達は何かわかる事はある?」
「いえ、何も?それより何でもないなら早く戻りたいわね」
ツヴァイは興味がなさそうに言う。
「...フンフも、戻りたい。ねえエリニュス、戻ろ?」
私の袖を引くフンフ。
不自然に遠ざかろうとする彼女達の様子に、まだこの魔法が生きてることを確信する。
(ねえ、なら解除するには...)
想像通り、魔法同士を衝突させ、概念侵食する他ありません。ですが、どんな意図を持ってか不明なものを解き放つかどうか。判断は任せます。
純粋な想いの強さのぶつけ合い。私の魔法を以てして防げない侵食は、リスクは相応に大きい。それにここで何かあれば上の構造が持たないかもしれない。それに、可能なら他の彼女達を退避させてから行うべきだし、何より今やるべきという確信がどうしても持てなかった。
消化しきれないものを感じながら、地下室を後にする。収穫は無かった。イオナの過去も、現在の問題も。なら、次の行動を考えなくてはならない。
夕飯の後に会議をすると告げて、その場は解散となった。
何と無く、ハイヴで拾ってきた二人の様子を見る。
あの時、戦闘の中で壁に打ち付けられていたポッドは破損していたが、壁際にあったおかげで致命的一撃を防げた。
何度目かになるスキャンを行う。結果は異常なし。呼吸も心拍も動いているが、意識が無い。ポッドから剥がしてまだ一日半と言ったところだが、食事も摂れず、このままではどの道死んでしまう。
持ってきた水桶で布を絞り、身体を拭ってやる。
この子達の為に、最低限栄養の点滴が必要だ。だが、医療資源を下さいとワルキューレの私達が行って快くくれる人間は恐らくいないだろう。
せめて持てる物を複数回ででも最大限持ち出すべきだったかとも思ったが、軍が再度基地に来る前に全て破壊しておかなければ、またあの様な兵器が、それにワルキューレ達の骸を晒す事も避けたかった。その焦りが判断を鈍らせた事が、どこまでも自分はただの等身大な少女なのだと言う限界を突きつける。
彼女達の布団を掛け直し、部屋を後にした。
私は庭に出て、ワルキューレの装甲と盾を展開した。そういえばあの戦闘の後イオナが気になることを言っていた。なんでも、盾も無しに障壁を出したと。
その検証も日が沈む前にしておこうと思ったのだ。盾を手に持ったまま、近くにあった拳大の石を上に向かって投げる。重力に惹かれ、やがて落ちてくる石に向かって盾を...イメージした瞬間、普通に盾を収納し、自分の真上に再展開してしまった。慌てて降ってくる盾を受け止める。
違う、そうじゃ無いらしい。今度は盾を手放しておこうと木に立てかけようとしたとき、枝葉の揺れる音と共に、逆さにフィアが現れた。
「うわっ!?」
全く予想したいなかった。と言うより気配さえ感じなかった彼女の出現に、私は心底驚いた。
「何してるの?」
木にぶら下がっていた彼女は、そのまま宙返りをするかの様に着地する。
「フィア、驚かせないでよ」
「ごめんごめん。でも、遊んでたらエリニュスが何かしてるのが見えたから気になっちゃって」
語尾に星マークでも付きそうな調子だが、ともかくここに現れてくれた事は丁度良かったのかもしれない。
「そう。なら、今手が空いているなら手伝ってくれないかしら?」
「いいよ!フィア、何すれば良いの?」




