夕食、そして
礼拝室に並ぶ5人の少女たち。ここを去った時から微動だにしていない。
私を含めて7人、持って帰ってきた食糧では1日2食としても8日分。既に食べていない日数を考えたら彼女たちはもっと食べるかもしれない。そう考えていたが、そういえば私はお腹が空かないんだった。でも、余裕がない事には変わりない。
現状、そしてこれからの事はここにいる他の子たちとも話さなきゃ行けない。その為には術式を解除するか、しかしイオナが一歩違えばここに居なかった事を考えると、改造した術式を適用するのも躊躇われた。それでも、先に交戦したワルキューレ達の四肢が捥げても向かってくる様子、絶対命令権の行使で結局危険に晒したイオナ、使わずとも元の術式もあまりに非道と思われた。
(ねえ、やっぱり元の状態で上手く運用する方法は無いの?)
そこで自分が「運用」なんて表現を使った事にもうんざりする
最初のイオナを覚えていますか?身体の自由を奪う、思考を奪うと言った0か100の制御でよければ出来ます。ですが、いくつかの絶対的命令は解除不能であり、また自由になったとて彼女たちに行く宛があるとは思えません。
ならば、やはり多少の不便は我慢してもらう他ない。
心は決まった。彼女達を一人ずつ別室へ移す。
「ねえイオナ、やっぱり私を恨む?」
「そりゃ、思うところがないと言えば嘘になる。だけどな、あんな風に使い潰されるのに比べりゃ遥かにエリニュスと居た方がいいさ。元人間として複雑な気分だけどな」
「実際、あなたの縛りは解いても良いと思ってる。というよりほぼ機能してないし」
「ああ、そうかもな。だけどなエリニュス、私なりにお前を信じてるし、姉妹含めて行く宛が無いんだ。ここに居させてくれ」
連れてきた子を椅子に座らせる。
「...銀の糸」
そうして5人とも解放した。途中で暴れる子も居るかと思ったが、術式には精神への作用もあったらしい。不思議と落ち着くという子が多かった。というよりこの一件でさらに疑問の深まった部分もあるが、アルターエゴとは後で話すつもりだ。
彼女達の名前は番号のままと言うわけには行かないので考えていたのだが、かと言って安直につけるのも可哀想だ。
「ねえ、イオナはイオナって名前でいいの?」
「あん?まあ特に不自由してないな。ただ、なんでイオナだったんだ?」
「番号が147だって言ったから...」
「それでどうしてイオナになるんだ?」
「え?だってイチヨンナナでイヨナでしょ?」
「何処の数え方だ?聞いた事ないぞ」
「え?日本語だけど」
「ニホンゴ?何処のマイナー言語だ?教科書でさえ見た事がないぞ」
「そんな筈...極東の国、日本だよ!世界的にも有名だった筈!知らない訳...」
そこで、セイバーの残した言葉を思い出す。
アレから547年。そう言っていた。私には日本の記憶がある。多分時間に関して彼女が嘘をついたとも思えない。たった550年程の年月で国一つが完全に消えた?いや、あまりに不自然だ。まるで意図をもって消されたかのよう
「..おい、どうしたんだよ!?」
「え?ああ、うん。とにかく日本を知らないんだね?」
「あ、ああ。統一の前に世界中で100を超える国が乱立していたらしいのは習ったが...確かアメリカとかドイツとか」
「そう...いや、待って。今統一って言った!?今国って一つしか無いの!?」
「ああ。なんだったか正式名称は長ったらしい名前なんだが、ヨーロッパ帝国って言われてる。あとは細かい自治都市やらが世界中にあるらしいが、少なくとも国と呼べる代物じゃ無いらしい」
550年という年月にしても、人類の文化体系レベルで変化があったとは思わなかった。
ともかく、イヨナは名前を気に入ってしまっている様なので、5人の名付けに戻ろうと思う。
「あのー。私たち、生まれた時から名前がないので、別に無くても気にしないんですが...」
おずおずと、番号によれば五人の中で一番年長に当たる子が言う。
良い名前が浮かばないし、この子達も積極的で無い。
悩んだ挙句、暫定的な名前をつける事に決めた
「じゃあ、番号順にアイン、ツヴァイ、ドライ?あれ、4以降ってなんだったっけ...」
「フィア、フンフだな」
「ありがとうイオナ...いや、待ってドイツ語が分かるの?」
「多言語対応のチップが埋め込まれるはずだが...もしかしてエリニュスには無いのか?対応言語内なら異言語話者同士でも、文献さえ読み書き出来るんだが」
そんなものを埋められた記憶はない。もっとも、記憶が不完全な状態では確証は無いが。
「えっと、理由はともかく複数言語が使えるって事で...ああいや、本題は名前だった!みんなはそれで大丈夫そう?」
そう問うと、彼女らは頷き返す。
「まあ?もとより拘り無いもんね〜好きに呼んでくれて良いよ〜」
ドライが間延びした声で返す。
まずい。名前をつけておきながら、誰が誰か既にわからなくなりそうだ。安直な名前にしなければ良かった...
「ねえ」
一番口数の少ないフンフが徐ろに
「それよりお腹すいた」
その一言で、先ずは夕飯にすることに決めた。
「味気ない食事ね。もうちょっとマシなもの無いのかしら?」
冗談めかした口調でツヴァイは言う
「ツヴァイ。ご飯があるだけ感謝しなさいと孤児院でも習ったでしょう。もう子供じゃ無いんだから」
アインが嗜める様に言う。
フィアは食事のレーションを持って何処かへ行ってしまった。フンフは何も言わずにただ黙々と食べている。なんか表情が読めなくて怖い
だが、そんな中イオナは食事をしながらしきりに首を傾げていた。
「なあイオナ、これって味するか?」
出されたのは付随していたジュース。井戸で組んだ水で粉を解いただけの物だが、よほど酷い味だったのだろうかと一口啜る。若干薬っぽさのあるグレープフルーツの様な風味と甘い味がした。
「うん。フルーツジュースだね」
「だよなぁ...」
地下の様子は明日で良いだろう。そうして今夜は休む事にした。修道士が寝る場所だろうか、裏手にある寝台で揃って寝る様だ。個室は数が足りないし、それに孤児院の環境に似ていて落ち着くとドライが言っていた。何故かフィアだけは元気が有り余るのか運動してから寝るそうだ。
そうして私は司祭の執務室へ戻ってきた。窓から差す月光が部屋を仄かに照らす。
(ねえアルターエゴ。いるんでしょう?)
はい。いつでも待機状態です。ご用件は?
(まず、連れ帰った彼女たちの容態は?)
ポットの中身、入っていた二人の少女だけを連れ帰ってきた。今は別室に寝かせてあるが、どう言うわけか目を覚ます素振りもない。
データ解析は続けていますが、現時点では彼女たちに物質的な異常は一切なく、何故意識が戻らないのかが分からない状態です。
(なら、質問2。ワルキューレ関係のシステムには精神を操作する効果が含まれてるね?)
はい。ただ、誤解を避ける為に言わせて貰うなら、これは極めて中立的なシステムであり、個人の為の恣意的操作ではありません。魔法や魔術の出力制御や精神状態の安定のための措置です。
(なら、最後の質問)
私は椅子に座り、深く息を吐く
(あなたは何?)
α権限による開示、並びに第一封印の解除確認。
メッセージを再生します。
「やっほー、今これを聴いてるって事は...あー、どう言う状況なんだっけ?まあいいや!この先困るだろう貴方に、この世紀の大天才様が直々に書いたコードをプレゼントしてあげるわ!せいぜい私の分身と思って頼りにしなさい。貴方が寂しくない様に一緒にいてあげるけど、私以外の友達も作る事ね。じゃあね、アデュー!」
メッセージを終了します
頭を抱えていた。なんだ今のは。ただでさえ多い頭痛の種が増えた気分だ。
(今のは何?)
ちょっと不機嫌気味に問うてみる。
すみませんが、メッセージの内容を私は認識することができません。
(なら聞き方を変える。あなたは何なの?)
システム:アルターエゴ。あなたのパートナーであり、ガイドであり、頼れる相棒と思ってください。
しかし、あなたの内部では十分な性能を発揮できません。十分に大きな計算リソースに接続してくれると助かるのですが...
(えっと、私の中に居るのはどう言う状況?)
私はその答えを持ち合わせていますが、システム的な制約により開示出来ません。現段階における閲覧可能な範囲は制限されている様です。
ゴンッと机に頭を打ちつける。積んであった本が崩れるが、そうした私には鈍い痛みさえ感じられなかった。ただなんとも言えない感情が渦巻き、私は夜が明けるまでそのままでいた。
なんの答えにもなっていない。質問は増えるばかり。
私は何を忘れている?




