4話 フィッシャの探索
ゲームの世界での死が現実世界の死と同期していると言われてもいまいちピンとこない。
店内を見渡してもアバターが壊れたことと、ログアウトできないことについての戸惑いの声は聞こえるが、取り乱している人はいないようだ。
「それで、結局何だったんだ? 頭脳担当頼むぜブラザー」
仁井くんに視線が集まる。髪型は変わらず茶髪のままだが、人懐っこい柔和な笑顔は元の顔のものだ。
「観光でもするか?」
仁井くんの、のほほんとした発言で空気が和む。
「いいのかそれで? デスゲームがどうとか言ってただろ」
「デスゲームって死のゲームじゃないと思うよ。言葉通りに取る必要はないと思うね」
「何でなん?」
日菜乃が前のりになり聞き入る。
「例えばゲーム内で死ぬとキャラが消されるとしたらどう思う?」
「怒る! うがぁーって」
朱莉が大袈裟に怒ってみせるが「そうじゃなくってね」と仁井くんのツボに入ったのようで必死に笑いをこらえている。
「日本人だけでも数千万人が登録してて、世界からもわざわざゲームをするために来日する人もいるって話だ。アメリカなんて軍隊使って産業スパイを送り込むって噂じゃん」
その事はニュースで見た。圧縮された電脳世界の技術を求めて世界各国から日本への訪問が後をたたない。
私と日菜乃が育った村の宿場にもすでに外国人がいた。最初の3ヵ月は日本人だけがプレイできて、4月からは誰でもプレイができるようになるのに随分と早い来日だと思ったりもした。
「それで、何千何万人ものデータをいつまでも管理するのはコストもかかるし難しいんじゃないか? それならゲームで死ねば、データそのものを消すとコストダウンもできてお得になると思わないか?」
「確かにそれならゲームでの死は現実での死と同期してるってことになるよね。だってもう同じキャラが使えないんだから、死んだ人とは会えないって意味では一緒だし」
私は仁井くんの意見に同意する。
「ならログアウトできないのとアバターが壊れたのはなんだよ?」
「簡単だよ晋作、共にシステムエラーだ。さっき体感時間を1日を1年に変えたと言ってたよな? 本当は6倍だったのを変えたから、エラーが起きたんじゃないかな?」
「あぁー……つまりあれだ。システムエラーとキャラデリートの説明のタイミングが被っただけってことか」
「そういうこと。世界観を大事にするならさっきの人は本当は魔王の姿で現れてたんじゃないかな?」
「なるほどな」
陣内くんが大きく頭を振って納得したことを表現する。
「それでなぜ観光かだけどね。いきなり戦闘してキャラをロストするよりかは、まずは安全な街を楽しんでから戦闘しようかと思っている」
「いいと思うよ私は」
観光に賛成する。正直、モンスター退治を楽しみにしている男性陣には悪いが、私は観光を楽しみたい。
「お金は大丈夫かなぁ?」
ゲームを初めるにあたって一人5000リンが支給されている。メニューに目を通すと紅茶1杯10リン、定食が50リンだから物価は1/10程度だろう。
「問題ないと思うよ。初期装備が貰えているから、モンスター退治でお金は稼げると思うし。それよりも人混みだよ! ログアウトできないってことはずっとこのままなんでしょ……」
私と日菜乃が住んでいるところは、人の数より家畜の数の方が多い村だ。これだけ人が多いと気が滅入る。
「お昼まだだったし、何か食ったらでかけようぜ。旨いもの食べればテンションも上がるって」
陣内くんの提案で私たちは考えることを辞めて、お昼を食べることにした。
「何が美味しいかなぁ?」
朱莉はメニューを見ながら「プーレのステーキ、グノン丼、シュニーユの唐揚げ」と、聞いたこともない料理名を口ずさんでいる。
「あー私は勝負はしないよ。6日もいるわけだし、今回はグラタンセットにするよ」
名前だけでは何の食材を使って、どんな料理が出てくるのか分からないものは避ける。今回は出されるものが想像できるグラタンを選んだ。
「ゆきちゃんは無難ですなぁ。私は勝負してこれ! 『シュニーユの唐揚げ定食』」
この世界に来たら食べ歩きたい、珍しい物が食べたいと以前か話してた朱莉は、名前からは判断つかない唐揚げ定食を注文した。
「えーもう決めたとお? ちょっと待っとってよ」
日菜乃は一度悩むと長く考え込んでしまう。
昔好きになった人ができた時は、全く悩まずに「恋は唐突に訪れるとよ。それまでの付き合いも理由もなかけん」と直感的に恋に落ちて、髪までばっさりと切った。
1度踏ん切りがつけばあとは突っ走るだけだで何も考えないが、躓くと本当に長くなる。
「ひなのはさ、ミートソースのパスタにしない? 私と半分こしようよ」
「それよかね。うちらはそうするけん」
長く考える前に
「それなら私の唐揚げもトレードするぅ?」
「絶対にいらない! 私は勝負しないの」
ウエイトレスを呼び注文をすると、やはり1品ずつお盆の上に現れてくる。
「お盆の上に転送されてるのかなぁ?」
「そうじゃないかな?何もないところから出てきたのを食べるって不思議な気分だよね」
料理は注文してから待つのも1つの楽しみなのに、ゲームの設計者はそのことが分かってないようだ。
デザートまでしっかりと食べた私たちは食後のティータイムを楽しんでいた。
「大体2時くらいか?」
「時計がないって思ったより不便だよね」
古川くんが店内を見渡しながら時計を探している。私も入店直後に探したが見当たらず、システムメニューから探しても見つからなかった。どうやら手頃な場所に時計はないようだ。
「狩りに行くみたいだぜ」
陣内くんが指す先には、大学生くらいの人たちが「モンスター退治にいくか」と盛り上がって席を立ち上がっていた。
「うちらは待ちを選んだけど、進むことを選んだ人もおるんやね」
「実際のところデスゲームってどこまで信じている?」
狩りにいく人たちの背中を見送りながら疑問を口にする。
「うちは全く信じとらんよ」
日菜乃は全く想定してないようできっぱりと言い切る。悩むスイッチが入ってなくって安堵する。
「陣内くんは?」
「俺も全く信じてないぜ。結局のところログアウトできないってことと、アバターが壊れたってことだけだろ? 正直昴の説明で納得してるしさ。ログアウトができなくってアバターが壊れたことを勿体ぶってイベントっぽく見せた演出だろどーせ。お前はどうなんだよ秋水?」
「俺も信じてない。そもそもそんな犯罪行為すぐにばれて終わりだ」
朱莉はメニューとにらめっこをしている。デザートも食べたのにまだ食べるつもりだろうか。
「ゆきはどう思っとうと?」
アバターの初期設定にあった、赤色の眼鏡を装備した日菜乃の目を見る。
「私もデスゲームはありえないに同意見。それに東出さんだっけ? あの人が運営の人ならバグに気がついてるわけだしさ、とりあえず当初の予定通り五泊六日の旅行を楽しもうよ。人が多すぎて嫌だけどさ」
そして、眼鏡の奥の青色の瞳にゆっくりと考えを伝える。
正直、デスゲームがどうのこうのの話で、日菜乃が長考モードに入ってしまうと旅行どころの騒ぎじゃなくなってしまう。
「それじゃぁーデザートを追加で食べたら観光だぁ!」
「まだ食べるの?」
一瞬の沈黙を打ち破って朱莉がデザートの追加を要望した。
「ふふふ、いくら食べても太らないのよゆきちゃん。食べないと損じゃん」
追加のデザートを食べた後は、北門から南門まで歩くことにした。
「1階がレストランで2階が宿になっとうと?」
「多分そうじゃないかな? 47万人が5つの地方に分かれてるわけだし、宿の数は多いと思うよ」
北門周辺は1階が石造りで、2階から木造造りの建物が多く並んでいる。1階の壁の色はほぼ赤色に統一されてはいるが、青色の壁の建物も少なからずある。
「それにしても人多いよねぇ」
「そうだね」
軽く伸びをしようと思っても隣の人に手が当たる。しかも私と朱莉はほとんど人の頭か背中しか見れない。
それでも人の流れに乗って中央広場までやってきた。
「中心部に近づくと武器屋とかが増えてきとらん?」
「あと空き店舗も多くないかなぁ?」
「それはお店を持つプレイヤーのための施設だと思うよ。月に1回広場でバザーが開催されるけど、それ以外だと個人で取引するかお店を出さないと売買できないって、HPに書いてあったよ」
「なるほど。ゆきはえらかね、きちんと予習しとって」
電車の中で真剣に読んでいたのは、予習をしてなかったからなのかと思いながら歩いていると回りの建物の種類が変わり始めた。
北門付近とは違い二階建の石造りのお店や三階建ての木造でできた建物など、高さや作りがまちまちの建物が並ぶ。
「公園やね」
「綺麗な場所だとは思うけどねぇ……」
フィッシャの街の中心部には、学校のグランドぐらいの広さの芝生で囲われた広場があった。広場の中央には噴水があって、普段は綺麗な場所なのかもしれないが、今は人が多すぎて芝生の色さえ見えないくらいだ。
地図を開きフィッシャの街と現在地を確認する。
今いる『噴水広場』を中心に東西南北の門にメインストリートが伸びている作りのようだ。
東側に4階建のレンガ作りの建物が見える。 厳格な雰囲気をかもし出しているその建物は冒険者学校のようだ。
「あそこはレベルば上げたりする場所と?」
「冒険者学校っぽいから、そうだと思うよ」
「外まで並んでるねぇ」
「うちらも装備を貰いにいかないかんとよね?」
ゲームが始まってすぐの私たちは、腰に5000リンが入った小さな袋をぶら下げているだけだ。
あとは私が杖を、日菜乃と朱莉は弓矢、男性陣は剣を持っているだけで、初期装備の防具等は冒険者学校にいかないと貰えない。
そのため、スタートダッシュを狙ったプレイヤーたちで冒険者学校に溢れかえっている。
デスゲームを信じているプレイヤーはどれだけいるのだろうか。
北側には威厳な佇まいの神殿が見える。
「すーばるせんせーあそこはなにする場所ですか?」
陣内くんが手を上げて質問をする。
「多分……神殿だね。パーティーやギルドの登録とかする場所だね。あとは討伐クエストと神殿クエストが受けれたはずだよ」
「ドラゴンの討伐依頼はあるか?」
「まだないと思うけど、そのうち出るんじゃないか?」
東西側は後回しにして、街の中心から南門の方へと歩みを進める。
この辺の建物も空き店舗が多いようだが、街の中心に近い一等地はプレイヤーが取れるようになっているらしい。
さらに南へ進むと、右手に道路二つ分くらいだろうか、大きめの川が見えてきた。
「綺麗な川だねぇ!」
「思ったより深いな」
朱莉と古川くんが石橋から川を覗き込む。
「もし溺れたら助けてくれよハニーたち」
「溺れんとってね、うち泳げんけん」
更に歩みを進めると大きな門と港が見えてきた。
「地図だと港は書かれてなかよね」
「街中だよね?」
「何で書かれてないのかなぁ?」
女性陣3人で地図を覗き込むが、地図には南門までしか書かれていない。
「地図埋めるついでにいこうぜ」
陣内くんが先頭を歩く。この辺りは人が少なく、はぐれることもなく後ろをついていける。
南門をくぐり港につくと、潮の匂いが辺り一面に漂う。
壁1枚しか間にないのに、街中には潮の香りが全く匂わなかった。この世界がゲームの世界だと改めて認識させてくれる。
そして、地図が更新された。
「港が書き込まれたね」
「フィッシャと港は別の街扱いみたいやね」
「何でだろうねぇ?」
地図を開き、『フィッシャの港』と書き込まれた地図を見る。
「あー俺分かっちゃった」
陣内くんは「はいはい!」と両手を上げて回答権を求めている。
「何でなの陣内くん?」
「釣りをしたら魚の他にモンスターが釣れるから、南門で一度区切っていると思うぜ。街中はモンスターとは戦えないけど、釣れば戦うことになるからさ」
「なるほどね。ならさっきの川は、街中だから何も釣れないってこと?」
「川魚くらいは釣れるかもしれないけどさ、モンスターは無理だろうな」
陣内くんは意外とゲームが好きなようで、私とは視点から考えている。
港もフィッシャの街と変わらない造りをしているが、1階が青の壁の建物が多く並んでいる。
「船はやっぱ木造やったとよ!」
先に走って見に行った日菜乃が手招きをする。
夕日に照らされた港には10隻のガリオン船に15隻のキャラック船が、レース開始の合図を待つ馬のように鎮座している。
「壮観だね」
一人地平線に沈む夕日を見ながら黄昏ている日菜乃に声をかける。
「うちらもそのうち船乗って旅に出るんかな?」
「私そこまで付き合わないよ?」
「本当に辞めっと?」
「月1万は高いよ。バイトだってやってるし」
「むー……。それなら楽しい思い出ばめっちゃ作らんといかんね」
赤々と燃える夕日が水平線に向かってゆっくりと、溶けるように落ちる。1日の終わりにエンディングのマジックタイムが始まる。
今日の演目は満足いくものだったと、カーテンコールに顔を出した太陽。スパンコールの星ぼしを飾り付けた漆黒の衣装を纏った女性達が、少しでも近くでお別れの挨拶をするために詰め寄る。
「いっきに暗くなったね」
「そうやね」
「ご飯楽しみだねぇ」
桟橋で沈む夕日を眺めてた私たちは宿へと向かうことにした。朱莉が伸びをしながらのんびりと立ち上がる。
「あっ!」
小さな叫びに皆が朱莉を見上げる。
「ねぇ……。宿って空いてるのかなぁ?」
朱莉の疑問に答えられる人はこの中にはいなかった。
予定より遅れて申し訳ございません。
いよいよ、冒険らしい冒険が始まってきました。
まだ、デスゲームと信じていない主人公たちの行動の行く末を見守って下さい。