26話 桜の木の下で(中編)
「それじゃ、私は屋台にいくね!」
「待った待った」
挨拶も終えて早くご飯を食べたい私を仁井くんが止める。
「屋台に行くのはいいけどさ、いくら食べ放題だからと言っても食べすぎないようにね。お昼は皆でバーベキューをするんだから」
「ぅっ……はーい、わかってます」
「それと『桜の広場』の外には絶対にでないように。入れないかもしれないからな」
「チャネルが違うんだっけ?」
「そうだね。このパスポートがないと入れないから気を付けるように」
『桜の広場』に限らずフィールドにある安全地帯はチャンネルが埋まっていなければ誰でも入れる。
チャンネルとは、各安全地帯に設けられた、10個の個別サーバーのことだ。
1パーティーに付き1つのチャネルが割り振られて最大10パーティーが使用できてる。
さらに1つのチャネル毎に独占件があり、他のパーティーは既に使われているチャネルに入ることはできないが、ホストパーティーが発行するパスポートがあれば同じチャネルへ入ることができる。
今回は『フラワーガーデン』が発行するパスポートを持ったパーティーリーダーと一緒に入り口を通ることで、お祭りが開催されている『桜の広場』に辿り着くことができた。
しかしこのパスポートがなければ誰もいない『桜の広場』に辿り着くことになか、すでに埋まっていたら『桜の広場』に入ることができない。
「外にでないように気を付けるね!」
軽く返事をして屋台に向かうことにした。
『桜の広場』には全部で15の屋台がコの字に並んでいる。それぞれの屋台に店員がいるようだが『フラワーガーデン』のメンバーなのだろうか。
会場の設営と運営に警備、それに片付けまでしなければならないのならば、かなり大変だろう。
しかし意識は漂う匂いにかき消され、完全に食事モードになってしまった。
最初に目についた屋台では焼きそば風パスタが売られていた。
「これは麺がパスタ麺ですか?」
「ええ、そうですよ。焼きそばソースも手作りの焼きそば風ですね」
ソースも手作りとなれば食べてみたくなった。どのような味がするのか、期待に胸を膨らませながらまずは全ての店舗を見て回ることにした。
焼きそば風パスタの隣では、なんでも焼きが置いてあった。店名からでは判断がつかず、店舗を覗いてみることにした。
店内では青い短髪の女性が、たこ焼き器に似た調理器具に生地を流し込んでいる。
ある程度火が通ると、タコ以外にも鶏肉や小さくカットされたウインナーなどを入れてから、くるくると生地を回転させる。
なんでも焼きはタコ以外が入っているたこ焼きのことだろう。
なんでも焼きの隣では焼き鳥が私の胃袋を蹂躙しようと待ち構えていた。
ねぎまや豚バラなどのお馴染みのメニューはなく、ラパン串やプーレ串などゲーム独特のメニューになっている。また、どうやって手にいれたのか分からないが、プーレの軟骨まである。
一通り屋台を見て回ったが、焼きそば風パスタを筆頭に軽食のお店が並んでいる列。
ホットケーキや回転焼きなどデザート系の店舗が並んでいる列に、お酒やジュースに乾きものと呼ばれるナッツやアーモンドなどのお酒のツマミが並んでいる列に分かれている。
ゲームを初めてから料理のレパートリーの少なさにはがっかりする部分もあったが、『フラワーガーデン』のイベントでは多種多様な料理にありつけそうだ。
大量の戦利品を持って、日菜乃達の場所を探す。「先に探しておけばよかったな」と誰にも聞こえるはずのない呟きに答えるように、遠くから「ゆきちゃんこっちこっち!」と明朱の呼ぶ声が聞こえた。
「いい場所見つけたね」
「でしょぉ」と朱莉が満面の笑顔で答える。
二人に戦利品を渡して、ステージをやや正面に捉える場所に、いつも冒険の休憩時に使う大きなマットをカードから取り出す。
次に、直径80センチくらいの円形のローテーブルが3台と、クッションを8つと事前に準備してたリンゴジュースを取り出して並べる。
「ゆき、めっちゃ貰ってきたんやね」
「とりあえず飲み物以外は持てるしこ持ってきたよ」
「お昼入るかなぁ……?」
朱莉の不安げな呟きを無視して、ローテーブルの上に屋台の戦利品を並べ始める。
「これがプーレ串の塩焼きとタレ焼きで、こっちはラパン串だって。それにほら! 軟骨だよ」
紙袋に入れられた串物をお皿の上に並べていく。
妙な拘りがあるファンタジーワールドでは、お手軽な紙皿やプラスティック皿などが存在しない。
ゲームが始まった当初は街灯が無かったように、何かしらのイベントをプレイヤーがクリアすると普及するようになるそうだ。
紙袋もゲームを始めてすぐの頃は見かけなかったが、いつの間にか普及していた。
今回のお祭りでは、参加者自らお皿やフォークなどの食器類を持参しなければお皿を使って食べることができない。私たち『ホルダー』の能力で陶器の食器類やマットにクッションなどをカード化して運んできた。
「男性陣は?」
マットの上には日菜乃と朱莉しかいないし、屋台で一緒になった記憶もない。
「あっちでコンサート見てくるってさ」
「あの子アイドルだってよぉ」
日菜乃と朱莉の指差すミニコンサート会場では、テレビで見たことのある少女が踊っていた。
名前を思い出そうとしたが、記憶の奥深くに眠っているアイドルの名前よりも目の前のご馳走を楽しむのが先だと意識が勝手に切り替わる。
「どれから食べようかな」
「軟骨は貰ったけん! あー……プーレの皮焼きもよかね……」
正確な時間は分からないが、まだ午前10時にもなっていないはずだ。朝食を抜いてきた私たちは、ミニコンサートよりも食事を優先することにした。
「このパスタ? 美味しいよぉ」
朱莉は焼きそば風パスタに挑戦している。
「どんな味なの?」
「えっとねぇ……。外がかりっと焼けてて中はもちっとしてるのぉ。パスタを調理するときに麺の固さで、歯応えが残る固さの事をアルデンテって言うでしょ? それの逆バージョンだねぇ。しかもねぇ、しっかりと味がついてて美味しいよぉ。それにねぇ、ツルツルした喉越しがいいかもぉ」
パスタは本来味が染み込みにくいようにできていると聞いたことがある。それを表面を焼いて繊維を壊すことで、味をしっかりと染み込ませているようだ。
日菜乃は未だにプーレの皮焼きかプーレの軟骨で迷っているようだ。
「気になったらまた貰ってくればいいしさ、バーベキューまでにはお腹空くと思うからさっさと選んじゃいなよ」
「うーん……そーやね、軟骨にするよ。あーでも皮もなぁ……」
煮え切らない日菜乃の口に軟骨の串焼きを押し込む。「むぐっ」っと言いながらも眼鏡の奥の瞳は満足げに細められていた。
パスタのくだりは知り合いのイタリア人に聞いた話です。本当かどうかは残念ながら分からないです。
朱莉は美味しいと述べていますが、個人的には普通に食べた方が美味しいと思います。




