26話 桜の木の下で(前編)
桃色の花びらが柔らかな風に流されて、辺り一面に降り注ぐ。
人一人がやっと通れるくらいの、小さな森のトンネルを抜けると、沢山の桜の木に囲まれた広場に出た。
広場の奥には小さな舞台が設置されていて、ミニコンサートが開かれている。
知的な眼鏡を掛けた緑色の長髪の男性がバイオリンを弾き、桃色のドレスに包まれた女性が歌っている。
耳を傾けてみると、数年前に流行った春をテーマにした曲を演奏しているようだ。
舞台の前に観客席として木製の長椅子が並べられていて、後方には木製の丸テーブルがところ狭しと置かれているが、すでに空いている席が見当たらない。
どこからともなく漂ってくる、食欲を誘うタレが焼ける匂いと景気のいい掛け声に目を向けると、沢山の屋台が並んでいる。
フラリスに活動拠点を移して、二週間が経過した。
いつも通り活動を終えた私たちは、パーティー集会所で反省会をしていた。
一通りの話が終わり、緊迫した空気が和らいだのを見計らって「明後日の休み花見にいかないか?」と仁井くんが提案した。
「お? いいね! いこうぜ、お祭り」
陣内くんを筆頭に、皆乗り気のようだ。急な提案に首を傾げたのは私と山口くんだけだった。
「お花見なの? お祭りなの?」
「ん? ゆき知らんと?」
1つにまとめた髪をほどきながら、柔和な笑みを浮かべた日菜乃が嬉しそうに話をする。
「フラリスで活動しとうクランがあってね、そこが主催で『桜の広場』でお祭りばやるらしかとよ」
フラリスで活動してるクランは『フラワーガーデン』しかなかったはずだ。
「もしかして『フラワーガーデン』?」
「そうそう、ゆき知っとうと?」
記憶の片隅に閉まってある『フラワーガーデン』について思い出す。
残念ながらメンバーに面識はないが、ベータテストの経験者で構成された女性中心のクランと聞いたことがある。
それと……
「女子大の剣道部のメンバーが中心になって作った、女性中心のクランだったよね?」
「そうやね。高校時代は共に全国制覇を競いあった人たちよ。んで、大学は同じところに集って最強のチームば作ろうと、しとうらしかね」
中学生の頃に日菜乃が興奮しながら最強チームについて語ってたのを思い出した。
あの頃の日菜乃は今ほど髪は長くなかったと、長時間縛ってて癖のついた髪を眺めながら少し昔を振り返っていた。
私が少し黄昏たため、場が沈黙してしまったようだ。
「それで『桜の広場』ってどこにあるの?」
気を取り直し、話を続ける。
「北門から30分も歩けば、あるらしいとよ」
「門の外に出るの? モンスター出てこないの?」
「僕も聞いただけだから、よく分からないけどさ。フィールドにはモンスターが出現しない安全エリアがあるんだって」
仁井くんの説明にルージュ村から西にある海岸のことを思い出した。
そこの海岸には小さな洞窟があり、洞窟を抜けると小さな浜辺があった。
その浜辺にはモンスターが出現しなかったから、皆で取れたての海の幸でバーベキューをしたものだ。
どうやら、フラリスにもモンスターが沸かないポイントがあるそうだ。
「三太は人見知りが激しいから知らないのも納得だけどさ、水田も知らなかったのか?」
話を聞いていた杉町くんが、手元のオレンジジュースを飲みながら首を傾げる。
ルージュ村やダルク村が発展していて、交易で様々な果物や野菜がフラリス始め色んな街ににも流れ出るようになった。
フラリスを訪れた当初はコーヒーと紅茶と水しかなかったが、今ではオレンジジュースにリンゴジュースなどの甘い飲み物も入手できるようになった。
「私が泊まっている宿は男性しかいないのよ。前居た人達いなくなったからさ、宿では基本一人かな」
「そうだったのか……なら、俺と宿変わるか? こっちは女性が多くって肩身が狭い」
どうやら杉町くんの宿は女性が多いらしい。
日菜乃達の宿から若干遠くはなるが、男性しかいない宿よりかは居心地もよくなるだろうと、二つ返事で了承した。
「それで、どうするの? 私は行ってみたいな」
「ぼ、僕もいいよ」
イベントを知らなかった私と山口くんが同意したことにより、明後日は皆で行くことになった。
「結構人いるねぇ」
「そうやね」
「ひなちゃん、どうするぅ?」
小さな体を精一杯伸ばしながら、朱莉はステージを見ている。
私たちの通う高校は1組から3組まで一緒に体育をする。その人数に近いからおおよそ120人くらいはいそうだ。
しかも、私たちはオープニングセレモニーには参加しないで、一時間くらい遅れてからやってきた。これから更に人が増えることが予想される。
「とりあえず場所取りしとかん? これから人増えるんやろ?」
「そーだねぇー……場所取りしようかぁ」
満足にステージを見れなかったのだろう。朱莉は頬を膨らませて、不満げな顔をしている。
「ステージも桜もしっかり見れる場所ば探さないかんね」
「そうだねぇ!」
張り切って場所取りに向かう朱莉と後を追う日菜乃の後ろ姿を目で追いながら、私は出店に向かうことにした。
「水田さん、挨拶に行きたいからついてきてくれないかな?」
胃袋のギアを外して、食い倒れツアーを楽しもうとしてたところを仁井くんに止められた。
「挨拶って誰にするの?」
「このイベントを開いてくれた『フラワーガーデン』の人達だよ。とりあえず挨拶だけして、顔を繋ぐのが目的だしさ、すぐにご飯は食べれるよ」
優しい笑みを浮かべながら仁井くんは、私の後方にある屋台に目を向けていた。
どうやら私の行動パターンはお見通しのようだ。
パーティーリーダーの仁井くんと、サブリーダーの山口くんと私の3人で『フラワーガーデン』がいる、運営本部へ挨拶をしにいくことになった。
骨組みが木製だが、体育会などでよく使われる組立式のテントが運営本部のようだ。
「はじめまして。プレイヤー名『スバル』と申します。えっと……『フラワーガーデン』の方でしょうか?」
テントの中には大学生くらいだろうか、二十代前半の女性が3名いた。
「はいそうです。私がクランのサブリーダーを勤めさせて頂いてます『トゥルネソル』です」
向日葵のような金色に輝くウェブした長い髪を緩やかに1つ結びにしている、トゥルネソルと名乗った女性が歓迎の笑みを浮かべていた。
『フラワーガーデン』のコアメンバーは皆剣道経験者のはずだ。
同じ剣道経験者の古川くんはピリピリとした空気を常に保っていたのにたいして、トゥルネソルさんは穏やかな笑みを浮かべていてほんわかした空気に包まれている。
とても「きぇーーー」とか「やぁぁぁあー」と叫び声を発しながら切り合いを楽しむようには見えない。どちらかといえば、園芸部に居そうなタイプに思える。
「リーダーは席を外していますけど、私でよろしければご用件を承りますよ?」
コテっと首を傾げる動作1つとってもほんわかした大人の色香が漂ってくる。朱莉が同じ動作をしても、小学生くらいの愛らしさしか感じられないだろう。
高校生と大学生でここまで違うものかと感心してしまう。
「あ、そ……その、僕たちフラリスで活動してまして……」
耳まで真っ赤にした仁井くんが山口くんの物真似でもしているのか、吃りながら挨拶をする。
「お招きいただき、誠にありがとうございます。私たちはフラリスで活動しているパーティーでして、今はまだクランへの参加などは考えてはいませんけど、もしご迷惑ではなければ、今後も良きお付き合いをさせていただけないでしょうか?」
本来はマナー違反なのだろうが、これ以上デレデレして羞恥を晒す前に強引に挨拶を進めた。
「まぁ、そうですか。わざわざありがとうございます。私たちもフラリスを拠点にしていますし、今後も様々なイベントを考えていますから、是非とも仲良くしてくださいね」
「はい、お願いします!」
仁井くんがデレデレした笑顔のまま元気よく返事をした。トゥルネソルさんのような女性がタイプなのだろうか?
デレデレ状態の仁井くんは無視して、疑問をぶつけることにした。
「えっと……気になってたことがありますけど、質問いいですか?」
「ん? 何かな?」
「屋台は全て本当に食べ放題ですよね? 採算取れるのですか?」
『桜の広場』には小さな森のトンネルを通る以外に出入りする方法がない。事前に1人100リンの参加費を払うだけですべての屋台が食べ放題になっている。
「そうですね……。今回のイベントは『フラワーガーデン』を宣伝するのが目的ですから、気になさらないで楽しんでください」
「わかりました! しっかりと楽しませて頂きます」
礼をすると私たちは足早に本部を後にした。
桜の木の下では前中後になりますから、明日のお昼に中編も投稿いたします。
本日もありがとうございました。




