15話 多感な心を乙女たちは持つ
「おかえり」
仁井くんが柔和な笑顔で出迎えてくれる。事前に連絡済みだったこともあり、馬車の停留所で皆待っていた。
「君がナルミ君かな? 色々と話したいことはあるけど、まずはご飯食べたらゆっくり寝て明日話そうか」
「分かりました。ありがとうございます」
晩御飯を食べてナルミ君はすぐに床についた。同室の仁井くんが様子を見に行ったが、かなり疲れてたらしくすぐに深い眠りに落ちたそうだ。
「仲間勝手に増やすことになったけど、ダメだったかな?」
「いいや、問題ないよ。今日三太と話してたけど、狼退治に仲間をもう少し増やすつもりだったから」
山口くんの呼び名が三太に変わっている。どうやら男性陣で何か楽しいことでもあったようだ。
ゲーム開始から12日が経過した。
吸い込まれそうな青い空、遠くまで運んでくれそうな優しい風、眠りに誘う気温。
ゲーム内時間でお昼になれば、現実時間で48時間たつとこになる。いい加減何かしらのアナウンスが欲しいところだが、今の私は気分がいい。
「ゆ、ゆき先輩……」
「はーい、なぁーに?」
ナルミくんは『魔法使い 1』と『後衛 2』の職業をセットしていた。
私には今まで後輩がいなかった。
母子家庭の私には部活をする余裕がなかったからだ。
中学の頃は早く家に帰り家事をして内職をしながら母を待ち、高校ではバイトに明け暮れる日々だった。
つまり、私にとって始めての後輩がナルミくんになる。同じ後衛職とあっては先輩風を吹かせたくなるものだ。
「その……ずっと見られると緊張してしまいます」
まだ身長も延びきっていない中学1年生のナルミくんが、一生懸命ラパンを狩る姿をついつい見いってしまう。
「水田さん!」
杉村くんが一撃を入れて合図を送る。私は待ってましたと言わんばかりに魔法を放つ。
そして外す。
「任せてください!」
ナルミくんが後詰めで貯めてた魔力を放つ。
そして外す。
「あぁーもー!」
杉村くんが不満をあらわにする。
魔法使い二人が外した魔法によって周辺には砂塵が待っている。いくらフレンドリーファイヤーができない仕様だとしても、砂塵は体にまとわりつくし衝撃も受ける。
前衛職の杉村くんにとっての驚異は目の前のラパンより、後方にいる仲間に違いないだろう。
午前の狩りを終えて、私たちは見晴らしのいい牧草地でお昼を食べることにした。
「後衛に不満がある。難しいのは分かるけど、いくらなんでも外しすぎだ」
キュウリとキャベツに卵を挟んだサンドイッチを力いっぱい頬張りながら杉村くんは不満を口にした。
「こればかりは外での経験が無いからこっちで練習あるのみだからなぁ……」
力なく陣内くんがフォローに入るが、同じ前衛職として気持ちは杉村くんと同じなのが伝わってくる。
「なぁ、三太。命中アップの補正が入る職業はないのか?」
「ブ、ブログには……その、『後衛』しか命中アップがあるのは判明してないって書いてあったから」
「はぁ……」
自分の知らない情報も山口くんなら知っているかもしれない、と期待して聞いたかがやっぱりしらないと分かり、仁井くんも落胆している。
「そ、それよりいつフィッシャにいく?」
居たたまれない空気を強引に反らすことにした。
山口くんと杉村くんはスロットが2つ。ナルミくんは、私たちとパーティーを組んで貰えたスロットが1つ空いている。
「明日いかない?」
「も、もう少しお金貯めた方がよくないか?」
「そうだな。もう少し貯めようか」
仁井くんと山口くんで決めてしまった。パーティーリーダーは仁井くんで、サブリーダーが私と、陣内くんから山口くんに変更があった。
フィッシャには何度も行きたい私と、できるなら用事はまとめてすませたい山口くんとで意見が対立することがある。心情は山口くんよりのようで仁井くんは山口派だ。
「と、とりあえず装備もまとめて買いたいし10万リンは貯めよう」
私たちは1日50匹のラパンを狩ることにしている。仮に全て500グラムしか捕れないとしても1日で2万リンの収入があり、そこから宿代1500リンと食費として毎日1人300リンのお小遣いの合わせて3900リンが引かれる。
つまり、最低でも1日に16,100リンが貯まる計算だ。
「一人1万2500リンくらいの予算だね」
「物価って1/10くらいだから1人12万円近くの装備かぁ」
「お金かかるんやね」
「初心者だしそんなに高くなくていいんじゃないの?」
服にはいくらでもお金を使えても、可愛くない装備にはお金を使いたくない女性陣と、装備にお金をかけたい男性陣の溝は深い。
「い、いや……その……あの……」
「負けるな三太!お前はそこで終わるやつじゃねーぞ」
陣内くんが背を押すが、装備にお金をかけるよりも可愛い洋服にお金をかけたい女性陣の勢いには勝てないようだ。
このまま装備代を安くしてフィッシャ日帰り連続観光旅行計画を発動するか、と考えていたら思わぬところから伏兵が現れた。
「山口先輩も言ってたじゃないですか、装備には耐久があるからある程度は耐久値が高い装備が望まれるって」
初期装備として貰える武器と防具以外の全ての装備品には耐久があり、その耐久が0になるとその装備品は壊れてしまう。
また耐久には現在の耐久値と最大耐久がある。
最大耐久は最大で150%あり、1回10%消費することによって現在の耐久値を最大まで回復させることができる。
100%を切ると最大耐久分の成功率でしか回復できなくなる。つまり、最大耐久30%の装備は30%の確率で修復できて70%の確率で壊れてしまう。当然0%だと回復ができずに必ず壊れる。
「耐久値が低い装備を買うと安物買いの銭失いになっちゃいますから、後々のことを考えるといいものを買うべきですよ」
装備によっては耐久値が減っているものや、最大耐久値が100%を始めらから下回っている物もある。
す
可愛い後輩に言われたら折れるしかない。
「お金は貯める方向でいいけど、本当にこのゲームお金かかるよね」
「レベルも受講時のレベル×1000リンだもんねぇ」
「と、とりあえず今回はぼくたちのスロットを埋めることと、装備を買うことで決まりだから」
これ以上責められてはたまらぬと、山口くんが話を終わらせる。
どんよりとした空模様とは対照的に私たちの気分は晴天の青空だ。
朝一番の馬車でフィッシャに行き、取得テストを受ける山口くんたちを待つ間観光を楽しめるからだ。
以前見つけた洋服屋が立ち並ぶエリアとはまた別に、小物のアクセサリー店や雑貨屋、パンプスなどが売られている靴屋、さらにバッグ店なども発見できた。
現実世界とは違い、各店舗には1ジャンルの商品しか取り扱っていない。そのため、1つの店舗で全てを揃えることはできずかなり歩き回ることになる。
つき合ってくれてる陣内くんが「全然ハーレムじゃないぞ」と疲れきった顔をしている。
「次なに買う?」
「うち薄手のコート欲しい」
「私はそうだなぁ……。アクセをもう一度見たいかなぁ」
「アバター装備って防御力0何だよな? 狩りするときには着れないわけだし、いつ着るんだよ」
「女の子は常におしゃれに気を使うものだよワトソンくん」
「誰がワトソンだよ……」
「あれ? あっちか甘い匂いがしない?」
日菜乃が指差す方向から、濃縮された花の甘い匂いが漂ってくる。
匂いに誘われて辿り着くとそこには、香料専門店『フラワーミスト』があった。
店内は女性客を中心に賑わいを見せており、様々な甘い香りに包まれていた。
透明の液体の入った小瓶や、色とりどりアロマキャンドルに石鹸や竹筒に入れられたシャンプーのようなものまで置いてある。
ルージュ村には石鹸しかなく、髪をそれで洗うとごあごあしてまとまりがなくなってしまう。特に、髪の長い日菜乃は自分一人で解かせないくらい朝になると髪が爆発する。
「やばくない?」
「やばいよやばい」
「やばすぎだって」
「お嬢さんがた、興奮するのはいいが日本語を忘れないでくれよ」
興奮のあまり言語機能が崩壊していた私たちの興奮を押さえようと陣内くんがツッコミを入れたが、逆効果だ。
「陣内くんは男の子だからうちらの苦しみが分かっとらんやん? 毎朝毎朝髪を解かすのにどれだけ時間がかかっとうと思っとうと? 一日中泥だらけになって狩りをして、水洗いだけで服を洗わないいかんけん、汚れは落ちんし臭いも落ちんし!」
「そうだよぉ! まくらとかめちゃくちゃ臭いからねぇ! お爺ちゃんの枕だよぉ!」
「そのくせ女は風呂が長いだなんだと言ってさ。こっちとらお湯だけで臭い落とすの大変なんだよ!」
批難の嵐にあっている陣内くんに助け船が出る。
「いらっしゃいませ、お客様」
店員とおぼしき声に振り向くと、二十代半ばくらいの女性がいた。
薄いスカイブルーの髪を1つにまとめあげ、宝石のアクアマリンのような透き通った青色の瞳に月夜に照らされた白く輝く肌、そしてNPCとは違う柔和な表情をしていた。
「えっと……。お店の人ですか?」
「はいそうです。『フラワーミスト』の店長を勤めさせて頂いておりますペルビアナです」
「失礼ですがプレイヤーの方ですよね?」
「ふふふ。えぇ、よく聞かれますがそうですよ。サロンで髪の色や目の色にお肌もいじれますよ」
「そうなんですかぁ?」
「顔や体型に性別はアバターが壊れてから変更できなくなりましたけど、髪と瞳に肌は今でも変更可能ですよ」
ナルミくんの髪の色は地毛ではなく染めたものだろうか。それよりも気になることがある。
「ところでこのお店はどうやって手に入れられたのですか?」
「私たちはベータテストを体験していましたから、その時の情報をもとに先行してギルドを作りました。ギルドに所属すると建物を借りることができるようになりますから、このお店をオープンさせました」
「ギルドかぁ……」
「うちら作る予定あったっけ?」
「ない。仁井くんは将来的には作るみたいだけど、今のメンバーでは作らないよ」
「ギルドに加入すると様々な特典もございますし、もし興味があれば声をおかけください」
「はい、ありがとうございます。それとこちらの商品は手作りですか?」
手元にあった香水を手に取りペルビアナさんに見せる。透明のガラスの中に桃色の液体が揺れている。
「レシピは秘密ですけど、当ギルドの錬金術師が作ったものです。つけると様々な効果がございますよ」
桃色の液体の香水はつけると匂いが無くなるまでMP回復量がアップするらしい。他にも薄い緑色の液体は消費MPを抑え、薄い赤色の液体はジャンプ力が高くなるなど効果は様々あるようだ。
「香水は上書きされますから一種類しか効果はありませんが、お手軽に強くなれて便利ですよ」
「モンスターとか寄せ付けないのかなぁ?」
朱莉が香水の香りを楽しみながら疑問を口にする。
「結論から申し上げますとモンスターによります。モンスターは『視覚』『聴覚』『嗅覚』『触覚』、『触覚』は振動感知とも呼ばれてますけどそれぞれに感知能力があります」
ペルビアナさんはゆっくりと指を上げていく。
「あとはアンデッド系に多い『生命力』感知や機械系に多い『動作感知』、変わり種だと『魔力感知』などもありますよ。モンスターには最低でも1つは感知方法がございまして、それを封じると何もできなくなります」
「何もですか?」
「えぇ、そうです。この辺だとウサギ型モンスターのラパンは『聴覚感知』しか使えません。ですから、ラパンから音を奪うと触っても香水をばらまいても襲ってきませんよ。もふもふしてて可愛いモンスターですよ」
心臓が大きく脈打つのが分かった。何気なく入ったお店で、重要な情報を知ることができた。
「かなり貴重な情報だと思いますけど、私たちに話してもよかったのですか?」
「あらやだ。今のは秘密にしててね」
いたずらを黙ってるように求める子どもっぽい笑顔でペルビアナさんはそう言った。
序盤から付きまとうお金の問題。RPGあるあるですね。
今回の投稿で8万文字までいったと思います。
文字数が何文字の作品かを言うと、そこから逆算されてしまいそうなので伏せておきますが、我ながらよく書いたものだと思います。
物語はもう少しだけ続きますので、どうぞお付き合いくださいますようお願い申し上げます。




