第6話 魔王様、整理券をお取りください
「我が魔王だと知っての狼藉か!」
輪廻転生庁の待合室に、ずしんと重い声が響いた。
開庁から四十分。雨宮ネネはその声を聞きながら、机の下でそっと尻尾の位置を直した。昨日、無限収納の持ち主に椅子を持ち帰られてしまい、今朝から使っているのは普通の事務椅子に厚い座布団を重ねた代用品だ。施設係の工夫には感謝しているが、長く座ると尻尾が座面の端からずり落ちる。
そろそろ立ち上がりたい。そう思った矢先に、待合室で魔王が怒鳴り始めたのである。
「十三番のお客様、番号札をお持ちください」
「番号なら知っておる。十三だ!」
「ご存じでしたら、札をこちらに」
「なぜ王たる我が、紙切れを持たねばならぬ!」
相手は天井近くまで届きそうな黒い角を二本生やし、紫の外套をまとった大男だった。顔には深い傷が走り、片手の甲には複雑な紋章が浮かんでいる。誰がどう見ても魔王で、実際、本人もそのつもりらしい。
ただし今のところ、恐ろしいのは見た目より声の大きさだった。
「ほかのお客様もお待ちですので、まず受付の順番を――」
「我が城では、我の命令ひとつで百の兵が動くのだぞ」
「こちらでは、番号をお呼びしてから一名ずつご案内しています」
「百の兵より番号札が偉いというのか!」
ネネが答えあぐねたところへ、待合室の奥から甲冑姿の青年が口を挟んだ。
「魔王ならなおさら並べよ。勇者だって十二番で待ってるんだぞ」
「貴様、勇者か!」
「そうだけど、今は剣の点検の相談だ。戦うなら現地でやってくれ」
勇者は膝の上の剣を抱え直し、続きを読みかけていた雑誌へ目を戻した。世界が違えば勇者と魔王が宿敵とは限らないし、仮に宿敵でも庁内で決着をつけてほしくはない。ネネはそれだけで、知らない勇者に少し親近感を覚えた。
「……十三番の方。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「魔王ゼルヴァン・グローディア。黒曜の城を治め、七つの谷に名を轟かす者だ」
「ありがとうございます。ゼルヴァンさん」
「そこは魔王陛下と呼ばんか!」
「お呼びするお名前の確認ですので」
ネネは端末の本人確認欄を開いた。礼を尽くすことと、際限なく相手の要求に付き合うことは別だ。市役所で四年間働いて覚えたはずのことが、この職場では毎朝、試験問題のように出てくる。
ところがゼルヴァンは、こちらが名前を入力し終わるより先に、整理券を指でつまんだ。
「こんなもの、灰にしてくれる」
指先で赤い火が揺れた。
ネネの耳が跳ね上がる。隣にいた白瀬律は、いつでも防護装置を押せる位置へ手を伸ばした。
「お客様、火気はおやめください。番号札が燃えます」
「燃やすと言っておる!」
「燃えてしまうと、もう一度番号を取り直していただくことになります」
ゼルヴァンの指が止まった。
「……また、後ろに並ぶのか」
「はい」
魔王はしばらく札をにらみ、火を消した。それから誰にも見られていないつもりで、角の陰へ紙片をそっとしまった。
白瀬がネネの耳元で小声を落とす。
「今のは、よく止めましたね」
「並び直しが嫌だったんでしょうか」
「たぶん、あの方にとって一番怖いことなんでしょう」
世界征服より順番待ちが苦手な魔王。先行きは少し不安だが、火を消してもらえただけでも進歩だった。
*
相談席に着くと、ゼルヴァンは外套の内側から折り畳んだ紙を取り出し、机に広げた。
「これを見よ。貴様らのせいで、我が威厳は地に落ちた」
ネネは慎重に紙をのぞき込んだ。
そこには立派な黒い城の絵と、楽しそうに旗を振る家族連れが描かれていた。絵の下には、妙に親しみやすい丸文字が並んでいる。
『黒曜城へようこそ! 魔王さまと会える、わくわく城内見学』
「……観光案内ですか?」
「そのように見えるであろう!」
「はい。たいへん、見学しやすそうです」
「褒めるな!」
ゼルヴァンは拳を握りしめたが、すぐに力を抜いた。紙の上には『小さなお子さまも安心』『撮影にご協力ください』と書かれている。絵の魔王は本物より角が短く、なぜか満面の笑みを浮かべていた。
「毎朝、門前に長蛇の列ができる。兵が威嚇すると客が喜び、鎧を着た近衛隊は記念撮影を頼まれる。先日は勇者の一団が現れたので、ようやく討伐かと思えば、『団体割引はございますか』と聞かれた!」
「それは……お疲れさまです」
「疲れておる! 昨日など、謁見の間に弁当の包みが落ちていたのだぞ」
ネネは一瞬、何と言えばよいかわからなくなった。王座の前に弁当の包みが散らばる光景を想像してしまい、口元を引き締めるのに少し苦労した。
「見学を許可された覚えはない、ということですね」
「当然だ。我は城を得て、配下を率い、己の国を治めたいと願った。観光施設の案内係になりたいとは一度も言っておらぬ」
「ご相談の内容はわかりました。まず、登録されている条件を確かめさせてください」
白瀬が端末を補助席へ移してくれた。登録された種族は魔族、職位は魔王。転生先の領域、拠点名、配下の人数も本人の話と合っている。
その下に、ひとつだけ奇妙な項目があった。
《拠点公開区分:一般見学可》
「……白瀬さん。魔王城って、普通は見学できるんですか」
「普通、というのは難しい質問ですが。公開するかどうかは拠点の管理者が決めますね」
「この方、決めた覚えがないとおっしゃっています」
「では、申請記録と照らし合わせましょう」
ゼルヴァンが身を乗り出した。
「我は最初から公開など望んでおらぬ! これは明らかな不手際であろう。今すぐすべての来訪者を追い払い、我を見る者が等しく恐れおののくよう、威圧の加護を付け直せ!」
勢いに押されてうなずきかけたネネは、途中で踏みとどまった。
「お待ちください。城の公開区分を確認することと、見た方全員を怖がらせることは、別のお話です」
「同じことだ。恐れられなければ魔王ではない」
「そうでしょうか。先ほどの待合室では、かなり怖がられていましたけど」
白瀬の指がわずかに止まる。
ゼルヴァンは、してやったりという顔になるかと思いきや、眉をしかめた。
「それは……あの娘が、泣きそうな顔をしていたからだ」
娘、という言葉にネネは思い当たった。待合の壁際で、母親の腕にしがみついていた小さな子だ。ゼルヴァンが怒鳴った途端に、ぴたりと話すのをやめていた。
「でしたら、そこは成功したというより、困らせてしまったんじゃないでしょうか」
「我が魔王である以上、人が恐れるのは当然だろう」
「魔王であることは、登録にもちゃんと書かれています。でも、相手がどう感じるかまでは、役所が決められません」
笑いのような息が、ゼルヴァンの鼻から漏れた。
「小娘が、魔王に説教か」
「説教ではなく、ご相談の整理です。公開区分に誤りがあれば訂正を求められます。ただ、城に来た人の気持ちを一斉に変える能力は、その手続きには含まれません」
「では意味がない!」
「あります。勝手に入ってこられるのは、お困りなんですよね」
ゼルヴァンは答えなかった。ネネは相手の機嫌を取るためではなく、問いを続けるために待った。
「門番の方は、いまどうされています?」
「案内を断ろうとしても、客が『公式の掲示に見学可とある』と言い張る。無理に押し返せば、今度は城が苦情を受けることになる。兵は戦えるが、来訪者の列は捌けぬ」
「なるほど。門番さんまで、窓口係にされているんですね」
思わず漏れた言葉に、ゼルヴァンが顔を上げた。
「……そうだ。あやつらは敵を追い返すために雇った。子どもの落とした帽子を拾うためではない」
その気持ちは、ネネにも少しわかる。得意な仕事があるからといって、あらゆる仕事を押しつけられたいわけではないのだ。
「でも、帽子は拾ってあげたんですね」
「拾わねば踏まれるではないか」
魔王は吐き捨てるように言った。ネネは笑いをこらえながら、登録画面へ視線を戻した。
*
元の申請書が届くまでに、十分ほどかかった。待っているあいだ、ゼルヴァンは足を組み替えるたびに鎧を鳴らし、ネネはその音で耳をぴくりと動かした。白瀬は何事もない顔で資料を整理している。
やがて画面に表示された転生前の希望条件には、種族、職位、拠点、統治権に加えて、『城内の公開は管理者の許可を要する』と明記されていた。
「こちらは、申し込まれた条件ですね。いまの登録とは違います」
「だから最初から言っておる!」
「はい。お話だけではなく、記録でも確認できました」
ネネは訂正の受付欄を開きかけて、手を止めた。画面の隅に、公開区分の変更履歴がある。
《転生処理後・現地案内登録時に一般見学可へ変更》
表示を切り替えると、現地で観光案内を作るための情報が、庁の拠点登録から送られているとわかった。誰がいつ変更したのかは、ここで見られる範囲ではわからない。
「白瀬さん。これは、能力の問題じゃありませんよね」
「ええ。公開情報と申請条件の相違です。変更の経緯については担当部署へ照会が必要です」
「でも、返答を待っている間も、お城には人が来ます」
白瀬はうなずいた。
「現地の生活支援担当に、公開表示の一時停止を求める連絡はできます。ただし、僕らだけで公開区分を確定変更する権限はありません」
ネネは考えた。転生相談室でできることは限られている。魔王が望むすべてを叶えるのは無理だし、ここで居座られても客が増えるだけだ。ならば、今すぐ止められるものと、調べなければ動かせないものを分けるしかない。
「ゼルヴァンさん。こちらから現地の案内担当へ、見学を受け入れていないというお知らせを出せるか確認します。正式な登録の訂正は、そのうえで別に進めたいです」
「『確認します』か。またその言葉か」
「今の段階で、確実に止められるとは言えません。でも、どこへ何を頼むのかは、はっきりお伝えできます」
ゼルヴァンは腕を組んだ。ネネの返事を値踏みするような沈黙が続き、次の瞬間、大きな拳がカウンターを打った。
ばん、と書類が跳ねる。
「まどろっこしい! 我が一声命じれば済む話を、貴様らが何枚もの紙に分けるからこうなる!」
ネネの耳が後ろへ倒れた。心臓は驚くほど速く打っている。だが、目の前で起きたことを見過ごせば、次の職員も同じ目に遭う。
「ゼルヴァンさん。机を叩くのは、やめてください」
「我は魔王ぞ!」
「それは確認済みです。ですが、職員を威圧する行為が続くなら、相談を中断します」
声が少し震えた。自分でもわかったが、言い直さなかった。
「お困りの件は、正当なご相談です。きちんと受けます。そのためにも、話せる状態でお願いしたいんです」
ゼルヴァンは眉を吊り上げた。角の根元から外套までがぴんと張り、待合の方まで息を潜める気配が伝わってくる。
「……この小さなウサギが、我に命令するか」
ネネの背中に冷たいものが走った。
そこへ、背後から低く落ち着いた声がした。
「失礼。こちらの責任者です」
振り返ると、転生相談室長の黒羽宗一が立っていた。会議から戻ったらしく、片腕には分厚い資料がある。ネネは勤務初日に名前だけ聞いていたが、実際に窓口で会うのは初めてだった。
「職員への威圧と、外見を理由にした侮辱はお控えください。必要なら席を改めて、私がご説明します。ただ、どの職員でもお答えできることは同じです」
「責任者か。ようやく話が通じる者が出てきたな」
「担当の雨宮が今ご案内した内容を、私も支持します」
魔王の表情が固まった。
黒羽はネネの机を確かめたあと、ゼルヴァンへ向き直った。
「城の公開については、まず現地へ連絡します。正式な登録訂正は調査を経て行います。ご希望があれば、その二件を私の責任で受け付けます」
「また二件か……」
「なお、番号札を燃やされると受付の記録が追えなくなります。次からはお控えください」
言いながら黒羽が、魔王の角の陰に挟まった十三番札を見つめた。ゼルヴァンは何も言わず、札をそっと外套へ押し戻す。
ネネは肩の力が抜けるのを感じた。助けてもらえたのはありがたいが、これで全部を上司に任せてしまったら、さっきの言葉だけが宙に浮く。
「室長。現地への連絡文、私が作ってもいいでしょうか」
「ええ。私が確認します」
ネネは端末へ向き直った。怒鳴り声がまだ耳の奥に残っている。それでも、入力する手は案外落ち着いていた。
公開案内の一時停止依頼。現地への誤案内の訂正。正規の申請条件との差分調査。
文章を三つに分けてから、隣の白瀬に見せる。
「それと、城には現地で相談できる窓口がありますか。来訪者を追い返すだけだと、公式の案内を信じた方も混乱します」
「現地の案内担当と冒険者組合へ連絡できます。城の門前に説明を掲示する方法もありますね」
「それなら、事情がわからず来た人にも伝わります。ゼルヴァンさん、その連絡を出してよろしいですか」
魔王は長いあいだ黙っていた。やがて、黒い爪で机を軽く二度たたき――三度目を思いとどまると、うなずいた。
「よい。ただし、『魔王さまは今日は不在です』などと書くな。我は毎日おる」
「それは……余計に会いに来られそうですね」
「では『見学は受け付けておらぬ』とだけ書け」
「承知しました」
返信が届いたのは、連絡を出してしばらくしてからだった。現地の生活支援担当が、誤った公開案内の新規配布を暫定的に停止し、冒険者組合の掲示にも訂正を載せるという。すでに配られた案内はすぐに回収できないため、城側にも一時的な注意表示を勧めてきた。
その説明を聞くと、ゼルヴァンは初めて大きく息を吐いた。
「完全には止まらぬのか」
「はい。ですが、これから新しく案内される方は減らせる見込みです。すでに向かっている方には、門で事情をお伝えしていただく必要があります」
「門番が、また窓口係か」
「しばらくは……そうなりますね」
ネネが申し訳なく思っていると、魔王は首を横に振った。
「よい。あやつらには私から話す。だが今後、勝手に公開した者の説明は聞かせてもらうぞ」
「そこは、こちらも調べます。確認した日時と担当部署を記録して、次回は今日の続きからお話しできるようにします」
ゼルヴァンは外套を翻した。その動きだけなら、たしかに見事な王の風格がある。立ち上がったついでに彼は、懐から例の観光案内を取り出し、端をつまんで苦々しげに見下ろした。
「しかし、これを書いた者は許せぬ。魔王の顔が、あまりにも違う」
「実際のお顔と、少し印象が違いますね」
「少しではない。あの絵の我、笑っておるではないか」
「先ほど、帽子を拾ってあげたお話のときは、少し笑っていらっしゃいましたよ」
「笑っておらぬ!」
ゼルヴァンは声を荒らげかけ、待合の子どもの方へ目をやった。さっきよりずっと小さな声で、言い直す。
「……少なくとも、あんな顔ではない」
ネネは不意に、その人がどうして魔王を望んだのか少し気になった。けれど、ここで詳しく聞くのは仕事の範囲を越えるし、本人も今は話したくないだろう。顔についての訂正だけ、現地案内担当への備考に加えておいた。
「最後に、整理券をお返しいただけますか」
ゼルヴァンは目を細めた。
「まだ必要なのか」
「受付が終わりましたので、回収しています」
「我が城へ持ち帰れば、魔王の威厳を取り戻す証しとなろうに」
「申し訳ありませんが、備品です」
ゼルヴァンは残念そうに十三番札を差し出した。ネネが受け取ると、裏側に小さな焦げ跡がある。
「……ちょっと燃やしましたね」
「少しだけだ」
「次は燃やさずにお願いします」
魔王は答えず、大股で相談室を出ていった。歩く途中、待合で母親の手を握っていた子が、勇気を出したように声をかける。
「魔王さま、ほんもの?」
ゼルヴァンは足を止め、肩越しに子どもを振り返った。
「……ほんものだ」
「角、かっこいいね」
魔王は一瞬、何かを言いかけた。それから外套の襟を高く立て、何も言わずに歩き去った。廊下の曲がり角でその姿が薄くなり、やがて消えた。向こうの世界で目が覚めたのだろう。ネネには、最後の後ろ姿が少しだけ誇らしげに見えた。
*
「雨宮さん。さっきは、よく言いましたね」
午後の受付が落ち着いたころ、黒羽が湯飲みを片手にネネの席へ来た。
「声、震えてませんでした?」
「震えていましたよ。でも、ちゃんと聞こえました」
「そういうの、聞こえないふりをしてほしかったです」
黒羽は軽く笑い、今日の処理記録に目を通した。
「現地の対応は進みました。登録をどうして誤ったかについては調査が要ります。報告は私が持ち帰ります」
「室長、持ち帰ったあと、どこへ出されるんですか」
ネネが尋ねると、黒羽は一瞬ぽかんとした顔になった。
「失礼。担当者と回答期限を決めて、関係部署へ出します。ここで『持ち帰ります』と言うだけでは、さっきの方と変わりませんね」
白瀬が隣で静かにうなずいた。ネネは少し恥ずかしくなったが、嬉しくもあった。相手が魔王でも室長でも、聞かなければならないことは同じなのだ。
そのとき、白瀬の端末から短い通知音が鳴った。
「雨宮さん。もう一件、気になる照会が戻ってきています」
「魔王様の件ですか?」
「いいえ。以前のスライムの方です。説明内容の相違について、別部署に照会していた件なのですが」
画面には、二つの部署名が並んでいた。宛先が違うのに、返答を担当する部署はどちらも同じだった。
「この斜め線が二本の印がある案件は、照会先が指定されるようです。今の資料だけでは、指定の理由まではわかりません」
ネネは机の引き出しから、自分の訂正申請の控えを取り出した。右下の小さな四角には、同じ斜線が二本入っている。あのスライムの申請にも、確かに同じ印があった。
「……私の方も、問い合わせ先を選べないんです」
「そうでしたね。ただ、印が同じだから同じ問題とは限りません」
「はい。だから、ちゃんと別々に確かめたいです」
ネネは自分の控えを鞄へ戻した。勤務中に他人の情報をのぞいたわけではない。白瀬が扱う案件の照会状況を、担当の彼から教えてもらっただけだ。それでも、自分の申請書と重なるところがあると、いつもの「確認中」が急に重たく感じられる。
次の休日、今度は自分が番号札を持つ番だ。まだどの窓口でどこまで教えてもらえるかもわからないが、聞くべきことは前よりはっきりしてきた。
「ところで雨宮さん。椅子の件ですが」
白瀬の声に、ネネは顔を上げた。
「長谷部さんと連絡が取れました?」
「現地の支援担当から、返却の連絡がありました。明日の朝には届くそうです」
「本当ですか!」
「よかったですね。ただ、ひとつだけ」
「嫌な予感しかしません」
「収納した椅子は、現地では『座り心地のよい椅子』という名前で登録されていたようで」
「はい?」
「別の椅子も、二十脚ほど同じ名前でしまっていたらしいんです」
ネネはしばらく黙った。ゼルヴァンの番号札が置かれた回収箱を見つめ、深く息を吸う。
「……白瀬さん」
「はい」
「明日の朝、どれが届くんですか」
「確認中です」
ネネの耳が、机の書類に触れそうなほど深く倒れた。
魔王を並ばせることはできた。けれど、自分の椅子を取り戻す道のりは、どうやらまだ長い。




