↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雨宮ネネの苦悩と野望 ~死んでもクレーム対応!勇者も魔王も整理券をお取りください!~  作者: 月森 こはる
第一章・輪廻転生庁編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/46

第5話 無限収納の中身が見つかりません!


 「物をなくしました」


 翌朝九時。転生相談室のカウンターで、雨宮ネネは久しぶりにまともな日本語を聞いた気がした。


 目の前の青年は、昨日の令嬢のように婚約破棄の進行表を持参していないし、昨日の勇者のように抜けたがる剣も背負っていない。地味な茶色い上着に、少しくたびれた革靴。荷物らしい荷物は何も持っていなかった。


「承りました。なくされた物を教えていただけますか」

「家の鍵です」


 鍵。なんて素晴らしい響きだろう。ネネは危うく顔をほころばせかけた。もちろん紛失物の相談は本人にとって一大事だが、少なくとも鍵は婚約者を勝手に断罪しないし、食べたものの能力を要求してくることもない。


「いつ、どちらでなくされたかわかりますか」

「それが、場所はわかっているんです。自分でしまいましたから」

「……しまわれた?」

「はい。収納能力の中に」


 青年は名札を確かめるように身を乗り出した。


「長谷部透といいます。転生するときに、何でも無限にしまえる能力を希望しました。無限収納です。名前のとおり、どれだけ入れてもいっぱいにはならないんですが、家の鍵だけ取り出せなくなりまして」


 ネネの耳がゆっくりと後ろへ倒れた。昨日の帰り際に「普通の相談がいい」と願った自分を、今すぐ呼び戻して注意したかった。


「ちなみに、ほかの物は出せるんですか」

「ええ。欲しい物がどこにあるかわかれば。ただ、入れた物が増えすぎて」

「どのくらい?」

「まだ、ちょっとしか」


 透は申し訳なさそうに視線を落とした。


「荷馬車で四十台分ほどです」


 隣の席で白瀬律が、書類をめくる手を止めた。


「四十台を『ちょっと』と表現する人は、初めてですね」

「だって容量は無限ですよ。四十台なんて誤差でしょう」


 容量が無限でも、探す本人の記憶力まで無限になるわけではない。その当然の事実を、ネネはまだ言わずにおいた。先に事情を聞く。ようやく四年の窓口経験が生かせそうな案件なのだから。


 透は異世界で行商人をしているという。転生したときは荷物が邪魔にならない暮らしに感激し、見つけた品を片端からしまい込んだ。旅先で手に入れた食器、折れた傘、安売りの絨毯、いつか修理するつもりの家具。中には本人も由来を思い出せない物があるらしい。


「どうしても捨てられないんです。持っていて困ることがないので」

「今、困っていらっしゃいますね」

「鍵だけなんですよ!」


 強い口調で言い切られてしまった。ネネは端末を開き、転生時の登録を確認した。


 能力名は《無限収納》。収納容積の上限なし。所有者が記憶し、識別できる収納物を個別に取り出すことが可能。自動分類・内容物の検索機能は付属しない。


「鍵の形や、どこへしまったかは覚えていらっしゃいます?」

「鍵は鉄製で、丸い頭のやつです。家を借りた日に預かりました」

「収納されたときのご様子は」

「……その辺は、あまり」


 透は額に手を当てた。


「鍵って念じると、違う鍵が出るんです。物置の鍵とか、古い宝箱の鍵とか。昨日なんて鍵盤まで出てきました」

「鍵盤?」

「壊れた楽器の。鍵って部分だけ伝わったんでしょうね」


 白瀬が端末をのぞき込む。


「この能力、取り出す対象を本人が区別できない場合は、候補が混同されるようですね」

「つまり能力自体は壊れていない?」

「今のところ、そう見えます」


 透の眉間にしわが寄った。


「じゃあ、どうしたらいいんですか。借りた家には商売道具もあるし、宿代だってもう三日分払ってるんです。扉を壊したら大家さんに叱られる。鍵を返せる能力がないなら、何のための無限収納なんだか」


 まったく別の能力を要求されるより、難しい。希望どおりの機能がついているのに、使い方が本人の手に余っている。ネネは受付票の余白へ「紛失ではなく、収納位置の特定」と書いた。


「実物を見ながら思い出せることもあります。まず、どんな物をしまっているか……」


 言いかけたところで、透がぱっと顔を明るくした。


「そうか。全部出せばいいんですね!」

「いえ、全部とは――」

「出します!」


 青年が両手を広げた。


 空中に青白い輪が開いたのは、その直後だった。


 最初に落ちてきたのは、木製の椅子である。次に枕が三つ。細い脚の丸机。布を巻いた長い棒。どういう順序でしまったのか、鍋のふたが鈴のような音を立てて転がり、その後ろから巨大な絨毯がずるりと吐き出された。


「長谷部さん! いったん止めてください!」

「まだ入り口近くの物だけです!」

「入口がどこでも止めてください!」


 白瀬が非常停止のボタンを押す。相談室の天井に防護の光が走ったが、開いた輪は閉じない。代わりに、落下物から窓口を守る光の仕切りが張られ、絨毯がその上へ器用に乗っかった。


「白瀬さん、止まりません!」

「収納品の搬出は、攻撃能力として登録されていないようです」

「だからって家具の雨を降らせていいわけないでしょう!」


 次に現れたのは、牛だった。


 ネネが思わず後ずさると、牛は床に落ちてもぴくりと動かなかった。石でできた、ほぼ実物大の置物である。角の片方には値札までぶら下がっていた。


「……何で牛をしまっているんですか」

「安かったので」

「その理由で買う物の大きさじゃありません!」


 牛は受付番号の表示板を押し倒し、そこでようやく透が能力を止めた。


 室内はひどい有様だった。書類棚の前に樽が並び、来客用の椅子の上には箱詰めの皿が積まれている。白瀬の机は絨毯に半分埋まり、窓口の奥には巨大な牛の尻が鎮座していた。


 時計を見ると、まだ九時十二分。十数分前までは、一枚の受付票すらきれいに並んでいたのに。


「……すみません。私の言い方が悪かったです」


 ネネが頭を下げると、透も目を丸くした。


「いや、勝手に出したのは僕ですけど」

「そこは、そうです。次からは必ず確認してから動かしてください」

「はい」


 その返事だけは素直だった。


 白瀬は樽の間を縫って、壁の掲示板を見上げた。


「搬出を止められないのは設備側にも問題がありますね。施設管理へ報告します」

「報告より先に通路を空けたいです」

「では、雨宮さん。指揮をお願いします」


「私がですか?」

「最初に『全部出せば』という話になったので」

「私は言い切ってません!」


 白瀬は否定しなかった。否定もしないまま、端末の記録をネネへ引き継いだ。


 仕方がない。ネネは袖をまくり、長谷部を呼んだ。


「まずこの品物、すべて元へ戻せますか」

「できます。でも一度に戻すと、どこに何をしまったかわからなくなって……」

「それはもう、なっています」

「……そうでした」


 ネネは深呼吸した。怒鳴っても鍵は出てこない。書類の束が積み上がっても順序さえ決めれば何とかなる、と市役所時代の上司は言っていた。実際はそう簡単ではない日もあったが、今日はそれでいくしかない。


「一つずつ確認します。戻す物は種類ごとにまとめて、しまう前に呼び出す名前を決めてください。白瀬さん、受付票の裏を何枚かいただけますか」

「裏紙なら、こちらに」

「品目表にします。家具、衣類、台所用品、その他。壊れやすい物から離して、通路も一本確保しましょう」


 透は目を輝かせた。


「なるほど。収納を整理するわけですね!」

「ええ。今ごろですけどね」


 まず皿を片づけ、次に鍋と家具をまとめる。透がそれぞれを収納すると、物の山は少しずつ小さくなった。ネネは付箋代わりの紙切れに「木箱・赤い留め金」「茶色の丸机」「左の角が欠けた牛」と書き、それを読み上げて透に覚えてもらう。


「牛は『石の牛』でいいです」

「では『石の牛』で。左の角が欠けていると書くと、ほかの牛と混ざりませんよ」

「ほかにもあるんですか?」

「三頭あります」


 ネネは一度、仕事を辞める未来を想像した。


 牛を二頭追加で出される前に、話を次へ進める。


「家の鍵を受け取った日を、思い出しましょう。どんな服を着ていました?」

「服?」

「鍵をなくしたときの動作を、順番に追ってみたいんです。大家さんから渡されたあと、すぐ収納へ入れました?」


 透はしばらく考えた。


「雨が降っていたんです。だから鍵を上着のポケットに入れました。そのあと市場へ行って、荷物が増えたから、上着ごとしまって……あれ?」


 ネネは顔を上げる。


「上着ごと?」

「ええ。鍵だけしまうのを忘れて」

「収納したとき、能力から見た『一つの品物』は何だったんでしょう」


 白瀬が端末を確かめた。


「収納した物の内側に入っている品は、別個には索引されない仕様ですね。上着のポケットの鍵は、『鍵』として呼び出せない可能性があります」


 透は息をのんだ。


「上着だ! 濃い緑の、雨の日に着るやつ!」


 彼が片手をかざすと、空中に開いた小さな輪から、厚手の上着がするりと現れた。さっきのように家具が降ってくることはない。ネネが指さすより早く、透は内ポケットを探った。


 じゃらり、と音がした。


 取り出した鉄の鍵には、家を借りた町の名前と、雑な字で「二号」と書いた木札が結ばれている。


「あった!」


 相談室に声が響いた。透は両手で鍵を持ち上げ、心からほっとした顔で笑う。念のため、いったん鍵だけを「借家二号の鍵」として収納し直してもらうと、今度は同じ名前で問題なく呼び出せた。ネネもつられて息を吐いたが、すぐに石の牛が視界へ入った。


「見つかってよかったです。……ところで、部屋の片づけは続けてくださいね」

「もちろんです!」


 透は喜び勇んで上着を収納し、それから残りの品物を手際よく片づけ始めた。すでに識別名をつけた物は迷わず戻せる。さっきまで乱雑な山だった物が、名前のある荷物へ変わっていくのは少し気持ちがよかった。


「無限って、便利なんですけど、全部覚えてなきゃ意味がないんですね」

「そうですね。あとは、いらない物を本当に取っておくかどうか、考えるのも大事かもしれません」

「でも置き場所は要らないからなあ」

「探す時間は要りますよ。現地へ戻ったら、しまった物の一覧を紙に書いておくのもおすすめです」


 透は返事の代わりに、目をそらした。


 やがて床が見えるようになり、倒れた表示板を白瀬が起こす。透が石の牛を最後に収納しようとしたところで、ネネは手を上げて止めた。


「待ってください。牛が三頭あるんですよね」

「はい」

「最初の一頭と間違えない名前を付けてから、しまいましょう」


 透は値札を読み上げた。


「『豊穣《ほうじょう》を呼ぶ牛・右向き』だそうです」

「じゃあ、これは右向きで登録ですね」

「いや、それが……三頭とも右向きなんです」


 ネネは天井を見上げた。豊穣を呼ぶなら、せめて仕事を減らしてほしい。


     *


 片づけが終わり、ネネはようやく受付票の処理に戻った。


 能力登録自体に誤りは見つからない。問題は、無限収納が何でも自動で整理してくれると思い込んでいたことと、取り出し方の説明が不十分だったことだ。収納した物の内側は検索対象にならないという注意書きも、本人へ渡された案内には載っていない。


「今回は『能力の不具合』ではなく『操作案内の不足』として記録します。説明書の見直しを依頼しますね」

「そうしてもらえると助かります。僕以外にも、鍵をなくす人がいると思うので」

「四十台分しまう方がどのくらいいるかは、わかりませんけど」


 透は照れ笑いした。ネネはもう一枚、施設管理宛ての報告書を起こす。客が出した収納品が窓口にあふれ、防護設備では止められなかったこと。通路が塞がれたこと。再発防止のために搬出量の制限を確認したいこと。


「こちらは私たちの設備の問題です。今日のことで、ちゃんと報告しておきます」

「……僕、怒られたりしませんか」

「勝手に大量の品物を出したことは、よくありませんでした。ですが、相談を受け付けないという話ではありません」


 透は素直に頭を下げた。


「すみませんでした。あの、鍵は見つかったので、そろそろ戻らないと」

「はい。家へ帰ったら、まず鍵の置き場所を決めてくださいね」

「わかりました。今度こそ鍵用の箱を買います」


 それも収納しそうだ、とは言わずにおいた。


 透の姿が薄くなり始めた。現地の体が目を覚ますのだろう。彼は鍵をもう一度確かめ、嬉しそうに握ってから、消える間際に首をかしげた。


「そういえば、大家さんに返す予備の鍵もあったような……」

「それは、帰ってから調べてください!」


 最後の声だけ残して、透は消えた。相談室には本人の持ち込んだ品物の姿はなく、実物の受付票と施設報告書、それから倒れた表示板の傷が残っている。


 ネネは肩を回した。午前中に失くした鍵が見つかり、能力の注意書きも改善につながるかもしれない。少しぐらい達成感を味わってもよさそうだった。


「白瀬さん。意外と普通の紛失物相談でしたね」

「牛が降ってきましたけどね」

「そこは忘れましょう」


 机へ戻ろうとして、ネネは足を止めた。


 椅子がない。


 先日ようやく支給された、尻尾を挟まない有尾種用の椅子。机の前にあるはずのそれが、きれいさっぱり消えていた。


「……白瀬さん」

「はい」

「私の椅子は?」


 白瀬は相談室を見渡し、透が品物を片づけていた場所へ目を落とした。


「混ざったんでしょうね」

「混ざった、って……何にですか」

「無限収納に」


 ネネの耳が、今まででいちばん高く跳ね上がった。


「あの椅子がないと・・」


 白瀬は何も言わず、机の端末を開いた。


「長谷部さんの次の相談予約を入れますか」

「入れません! まず本人に連絡です!」


 慌てて連絡先を開くネネの横で、白瀬が穏やかに付け加えた。


「ちなみに、備品の再支給は申請が必要です」

「……どのくらいで届きます?」

「確認中です」


 ネネの笑顔は崩れなかった。ただ、頭の上の二本の耳だけが、音もなく前へ倒れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。