第18話 人手不足につき、転生者を募集します
輪廻転生庁の東別棟には、転生者を送り出すための部屋がある。希望する来世について話を聞く面談室、転生先の環境を映す見学室、それから、人生が変わる瞬間とは思えないほど蛍光灯の白い会議室。
その会議室の入口で、雨宮ネネは一枚の紙を受け取った。
《優先配属制度 職員向け説明会》
《人手が足りない世界に、あなたの可能性を。》
表紙では、青空の下で鍬を担ぐ青年と、眩しいほど白い歯を見せる騎士が肩を組んでいる。二人の背後には、なぜか腰に手を当てた魔王まで立っていた。
「魔王城も人手不足なんですか」
ネネがつぶやくと、隣の白瀬律がパンフレットを開いた。
「むしろ慢性的ですね。悪の組織は離職率が高いので」
「そりゃ高いでしょうけど、求人広告で言われると身も蓋もありませんね」
「先日お見えになった魔王様も、城の見学客への対応でお困りでした」
「そうでした。あの方にも、案内の担当がいたらよかったのかも」
「その募集かもしれませんね」
「魔王城の求人が現実的すぎて、ちょっと夢がありません」
ネネは思わず笑った。生前の市役所と同じ悩みを、あの角の立派な魔王が抱えている。
会議室には人型の椅子のほか、四足獣用の台と水槽まで並んでいた。演台には《未来のお仕事を応援します》の横断幕。その下の札には、《本説明会で転生の申込みはできません》とある。
「最初から夢を壊してません?」
「相談が来たんでしょうね」
「この会議だけで転生していけるなら、うちも少し楽になるのに」
「受付が増えるだけだと思います」
ネネは三日後、「聞いていた話と違う」と職員たちが戻ってくる光景を想像した。やめてほしい。本当に。
前の席にはミラがいた。資料と端末、細い定規に、菓子の小袋まできっちり並んでいる。
「ミラさん、早いですね」
「説明会は開始十分前から受付可能です。三分前に来ると、資料を読む時間が足りません」
「それ、今日の注意事項ですか?」
「私の意見です」
ネネは会場の私語を拾ってしまう耳を伏せ、資料の一頁目を開いた。
《本人の希望を第一に、最適な受入先をご案内します》
この一文が、最初から少し気になった。
*
「皆さま、本日はお忙しいところありがとうございます!」
開始時刻ぴったり、演台に立ったのは優先配属調整課の広報担当、田所という男性だった。声がよく通り、笑顔がよく動く。相談室へ配属されたら、怒鳴る客の前でもこの調子を保てるのだろうかと、ネネは余計なことを考えた。
「優先配属制度は、各世界の人材不足と、転生者の希望を結びつける仕組みです。たとえば、料理の得意な方には食堂、自然が好きな方には農村、丈夫な身体を希望する方には警備職など――」
後ろの列で、小さく咳払いが聞こえた。料理をするのが好きな人と、一日じゅう食堂で働きたい人は、必ずしも同じではない。
田所は鮮やかな手つきで投影画面を切り替えた。
《あなたにぴったりの来世が見つかる!》
画面の中では、適性を測る光の線がくるくる回り、一人の旅人から農夫、騎士、鍛冶師へと次々に姿が変わっていく。最後は大勢の村人が拍手し、花吹雪の中で旅人が両手を広げた。
「これが我々の目指す、理想的なマッチングです!」
「仕事が決まっただけで花吹雪が出るなら、私も浴びたかったです」
白瀬は真顔で答えた。
「清掃費はどの部署が負担するんでしょうね」
「そこを気にするの、職業病ですよ」
「雨宮さんも、今、落ちてくる花びらを掃く人のことを考えませんでしたか」
「……考えました」
田所は質疑の前に、簡単な模擬判定を披露すると言った。希望者が手を挙げるより早く、画面上の案内役が声を張り上げる。
『体験モニター募集中! 現在の職歴を入力するだけ!』
職歴、という言葉にネネの肩がこわばる。手元の開示資料では、身体形質の候補が職員応募より二日前に選ばれている。前世の仕事が参照されたのかもしれないが、まだ何も確かめられていない。
「それでは、そちらの……耳の可愛らしい方!」
田所の指がネネへ向いた。
「いかがですか。ちょうど人材支援に向いていそうで」
「え、私ですか」
周囲の視線が集まる。耳が一本、反射的に直立した。
「もちろん、参加は任意です!」
任意とは、全員に見られながら断ることも含むらしい。
「……模擬判定で、実際の転生処理には使われないんですよね」
「はい。体験用の架空データです。勤務先も能力も変更されません」
「でしたら、お願いします」
ネネは前へ出た。田所に促され、仮の人物票へ《前職・窓口応対》《希望・静かな環境》《勤務時間・日中》と入力する。
「希望の理由は?」
「耳が疲れるので」
「なるほど! 繊細な感覚をお持ちだ!」
「いや、疲れるんです」
田所が決定の演出ボタンを押した。
光が走り、鐘が三度鳴る。投影画面に大きな文字が現れた。
《あなたに最適なお仕事!》
《魔王城・苦情相談係》
《採用見込み:非常に高い》
会場のあちこちで笑いが起きた。
「待ってください。静かな環境って入れましたよね?」
「窓口経験が高く評価されたようです」
「勤務時間は日中ですけど、魔王城も日中に営業してるんですか」
「城ごとの規定によりますね!」
「それ、決まってから聞く話じゃないでしょう!」
ネネの抗議をよそに、画面の勇者風の案内役が剣を掲げた。
『新しい人生、おめでとうございます!』
「まだ何も承諾してません!」
ネネの声が会議室に響き、今度ははっきり笑いが広がった。
田所は困ったように笑い返す。
「これは体験用の演出ですから、実際に配属されたわけではありません。たしかに、ちょっと勇み足な台詞ですね」
「ちょっとですかね」
「広報映像ですので……」
まだ何も選んでいない人へ『おめでとう』。絵と音なら笑って済む。実際の書類だったらどうだろう。
*
席に戻ると、白瀬が資料の端に小さな矢印を書いていた。
「何をしてるんですか」
「説明の順番を確認しています。さっきの実演は、希望入力からお祝いまで一足飛びでしたから」
「私、もう魔王城に就職したことになってません?」
「ここでは大丈夫ですよ。もし採用されたら、相談室との兼務はお断りしておきます」
「採用されません!」
ミラが、端末をこちらへ向けた。
「実演で使った判定式は、本番の照合処理と違います。今の結果を根拠に、制度に問題があるとは言えません」
「わかってます。そこは分けて考えます」
「ただし、宣伝の文言が実際の条件と一致しているかは、別の問題です」
ネネはうなずいた。ミラがこういう区別を曖昧にしないのは、ありがたい。
説明が再開され、具体的な手順が示された。
《希望の登録 → 候補の推薦 → 受入条件の説明 → 個別の承諾 → 条件確定》
「推薦は、あくまで推薦です。受入先は、本人の意思に反して確定しません。重要なのは、候補と確定を混同しないことです」
ネネは素直にうなずいた。仕事の候補を紹介してもらえれば、家も知識もない来世で助かる人はいるだろう。
けれど岡部圭太の村には、本人の到着三日前に一週間分の作業予定があった。仮の日程かもしれない。だが岡部は、働き詰めになることを望んでいなかった。
「質問してもよろしいですか」
ネネは手を挙げた。
「はい、どうぞ!」
「受入先が推薦された時点で、住居や道具、勤務予定が用意されることはありますか」
「あります。到着した方が困らないよう、事前に受入先が準備することは珍しくありません」
「その準備は、本人が断っても取り消せますか」
「原則としては、はい」
「では、断る前に、すでに自分の名前で勤務予定が作られていた場合は?」
田所は少し考えた。
「準備の記録と、同意に基づく確定の記録を確認する必要がありますね。予定表があることだけでは、確定したとは限りません」
「私もそう思います。では、どの記録を照合すれば、推薦が確定に変わった時刻と、そのとき説明された条件がわかりますか」
田所の笑顔が、そこで初めて動きを止めた。
窓口ではいつも尋ねられることだ。いつ説明して、何を了承したのか。
「個別承諾記録と確定処理履歴です。ただし、参照できる部署が分かれています。受入先の準備記録は、現地支援の所管ですね」
「ひとつの担当者だけでは、全部の経緯は見えないんですね」
「そういうことになります」
会場の後ろで、誰かが小さくため息をついた。
白瀬が手を挙げる。
「窓口から照会する場合、承諾の記録が別の部署にあることを、どの時点で案内する運用ですか」
「申立ての内容に応じて、照会先をご案内しています」
「承諾自体があったかどうかわからないケースでは?」
「……該当する担当課へ、順次確認することになります」
順次。着実に進んでいるように聞こえる言葉だ。ネネは、自分が『確認中』と言われた日のことを思い出した。
*
質疑の後半、ミラが手を挙げた。
「技術的な説明を補足してもよろしいですか」
田所はほっとしたようにうなずいた。
「もちろんです。記録に詳しい方からの補足は助かります」
「推薦候補の一覧は、本人の希望条件と受入先の募集条件を点数化して作られます。ただし、並び替え条件を変更できます。たとえば人員の不足率を第一に入力すると、不足している受入先が一覧の上に来ます」
部屋が少し静かになった。
田所が慌てて口を開いた。
「その表示順だけで、配属が決まるということではありません。候補の推薦と、本人の承諾は別ですので」
「はい。私は表示順について説明しています」
「ええ、それは……そうですね」
ミラは定規で資料の一行を押さえた。
「説明会用の画面には『あなたの希望に最も近い順』と書かれていますが、標準設定でその順番になるとは限りません。表現を改めるべきではないでしょうか」
田所は口を閉じた。
候補一覧の下には、確かに《あなたの希望に最も近い順》と書かれていた。
やがて田所はマイクへ顔を近づけた。
「……ご指摘ありがとうございます。案内文と、実際の並び替え条件を照らし合わせて修正します」
その返答に、ネネは少し驚いた。場を取り繕うだけの人だと思いかけていたからだ。
自分たちだって、窓口で『ご安心ください』と言うとき、いつも根拠を確かめていただろうか。
「ミラさん、助かりました」
ネネが囁くと、ミラは首を傾げた。
「私は事実を説明しただけですが」
「その事実が大事なんです」
「では、あと二つあります」
「えっ」
「候補の保存期限と、再推薦時の旧条件の扱いです」
ネネは、今度は耳を伏せた。田所の体力が持つか心配になったのである。
*
説明会は二十分延長された。隅で質問票を集める田所の笑顔にも、さすがに疲れが見える。
「今日のお話、ためになりました」
ネネが声をかけると、田所は顔を上げた。
「ありがとうございます。模擬判定では、驚かせてしまいましたね」
「魔王城の件ですか。あれは体験用だとわかっています。でも、言葉が先に決定を知らせるのは、ちょっと怖いなと思いました」
「『おめでとうございます』、ですね」
「はい。本人がまだ『お願いします』と言っていないので」
田所は資料に印をつけた。
「演出も見直します。ただ、現地では住居や道具の手配が必要なんです。本人の返事を待ってからでは間に合わない場合もあって……」
それもわかる。だが、段取りがついたからといって、本人から返事をもらったことにはならない。
「準備してもらえるのはありがたいです。けど、準備してもらったから断りにくい、となったら……」
「ええ。それは、確かに」
田所は困った顔でうなずいた。ネネは軽く頭を下げ、その場を離れた。
廊下には黒羽室長が待っていた。腕に抱えた資料は、午後の別の会議のものらしい。
「お疲れさま。どうだった?」
「勉強になりました。それと室長、職務上のお願いがあります」
黒羽が資料を持ち直す。
「君がそういう言い方をするときは、大抵、私の仕事が増えるね」
「増やします」
「隠さなくなったのは成長かな」
ネネは笑わず、先ほどの説明図を差し出した。
「優先配属の推薦と確定の境目を、相談室でも調べられるようにしたいんです。農村の相談で、到着前から作業予定が組まれていた例がありました。準備の記録なのか、本人が承諾した仕事なのか、相談室だけでは確認できませんでした」
「個別の案件の話だね」
「はい。相談者の許可を得た記録の範囲で、承諾の条件と時刻、確定処理の根拠、照会先がどこかを整理したいです。同じ照会が行ったり来たりしないように」
黒羽は資料を床へ置かず、しばらく黙って聞いていた。
「君自身の申立ても、関係している?」
廊下の向こうで台車がきしんだ。ネネの耳はその音を拾ったが、顔は黒羽へ向けたままにした。
「……あります。でも、自分の件は本人として、別棟へ正式に請求しています。職員の権限で自分の記録を開いてほしい、というお願いではありません」
黒羽は小さく息を吐いた。
「わかった。職務上の照会手順と、君自身の申立ては分けよう。そのうえで、相談室として確認できる記録の範囲を決める。担当部署と回答期限も必要だな」
「期限も、ですか」
「『順次』だけでは君が納得しないだろう?」
「……しません」
黒羽がようやく笑った。
「では、調査の発議書を作って。まず私が確認する。勝手に他部署の台帳を覗きに行かないように」
「行きませんよ!」
「念のためだ。君は窓口を離れると、ほかの窓口の仕事まで始めるからね」
思い当たる節が多すぎて、ネネは返す言葉をなくした。
白瀬が後ろから追いつき、さりげなく言った。
「申立ての受付先と回答の期限を書いておくと、事務が止まったときに原因を追いやすくなります。僕も手伝います」
「ありがとうございます」
「ただし今夜中に全部は無理ですよ」
「わかってます」
「何も言わずに残業しようとする顔だったので」
「顔は普通です!」
白瀬は耳を見ていた。ネネは両手で耳を押さえる。
「そっちも見ないでください!」
*
夕方、ネネは相談室で発議書を書いた。白瀬が項目を点検し、ミラは説明会の資料に朱を入れていた。
「ミラさん、それ全部、田所さんに渡すんですか」
「はい。修正できるところは修正してもらったほうがよいので」
「何か、同情してきました」
「問題箇所は七つでした。今は六つです」
「減ってるんですね」
「『本人の希望を第一に』は理念として残せます。ただし、その下に『候補表示の順位を保証するものではありません』と注記が必要です」
ネネは苦笑し、自分の用紙へ戻った。
《確認したい事項》
推薦候補が選ばれた日時。
受入先の準備と、本人が承諾した条件を区別する記録。
個別の承諾を確認した担当部署。
承諾後に条件が変わった場合の通知方法。
照会を受け付け、回答する責任部署と期限。
どれも当たり前の確認事項だ。それなのに、部署をまたいだ途端、ひどく難しくなる。
「雨宮さん、これ、室長に回しておきます」
白瀬が下書きを確認し、回付欄へ署名した。
「ありがとうございます」
「まだ受理されただけです。何か見つかったわけではありませんよ」
「はい。わかっています」
引き出しには、別棟で受け取った自分の開示請求の控えがある。ネネは取り出さず、奥へ押し込んだ。
書類は別々でも、考えることまで分けられない。
仕事を探す支援は希望した。それは覚えている。でも、この耳まで頼んだだろうか。
「雨宮さん、田所さんから連絡です」
ミラが画面を示した。
「もうですか。回答、早いですね」
「模擬判定の宣伝文句を差し替えたそうです」
画面には、例の魔王城の求人映像が映っていた。最後の大きな文字が、いつの間にか変わっている。
《あなたに最適なお仕事!》
《魔王城・苦情相談係》
《まずはご本人のご意思を確認します》
「おお、ちゃんと直してある」
ネネは少し嬉しくなった。制度の全部が一度に変わるわけではない。それでも、直せることを直したのなら、今日の説明会には意味があったのだと思える。
続いて映像の案内役が、剣を掲げた。
『あなたのご応募をお待ちしております! ただいまの応募者数、ゼロ名!』
画面の隅で、魔王が一人、しょんぼりとうなだれている。
「……ゼロなんですね」
「魔王城の苦情相談係ですから」と白瀬。
「雨宮さんなら向いていると思いますが」とミラ。
「向いてるかどうかじゃないんです!」
勢いよく立ち上がった拍子に、ネネの尻尾が椅子の切れ込みから飛び出した。
「私はまず、今の職場の苦情を減らしたいんです!」
「それが難しいから募集があるんでしょうね」
白瀬のもっともな一言に、ネネは椅子へ座り直した。
制度がなければ困る人もいる。だからこそ、誰の希望を、どこで決定に変えたのか、辿れるようにしたい。
発議書にはまもなく受付番号が付く。今度は『確認中』の中身を尋ねられる。
ネネは画面の魔王を最後にちらりと見た。
「……でも、魔王城の相談係は、本当に誰も来ないんですかね」
「興味があるなら、求人票を取り寄せますよ」と白瀬。
「ありません!」
長い耳が、また直立した。




