第13話 分身しても整理券は一枚です
男が七人いた。
顔も、服装も、左の靴ひもがほどけかけているところまで同じだった。七人は受付機の前でそれぞれ番号札を握り、互いの肩越しに画面をのぞき込んでいる。いちばん手前の男が「四十一番です」と言うと、隣の男は「俺は四十二番」、そのまた隣は「四十三番」と声を張り上げた。
「で、結局どれが俺の番なんですか!」
七人が一斉に尋ねたので、雨宮ネネの耳は七方向へ動こうとして、途中で諦めた。
受付機の画面には《同一人物による整理券の重複発行》と表示されている。故障ではない。むしろ、これほど正確に仕事をしている機械をネネは初めて見た気がした。
「恐れ入ります。代表の方、お一人だけこちらへ――」
「俺が代表です」
「いや、俺が最初に来たんだけど」
「お前、最初に来たことしか取り柄ないじゃないか」
「待てよ、それ俺に言ってるんだよな?」
「全員お前だろ!」
ネネは顔だけで接客用の笑みを保った。耳のほうは、もう無理だと言っている。
白瀬律が隣に立った。
「分身能力をお持ちですか」
「はい!」
きれいにそろった七つの返事が、待合の天井を打った。離れた椅子にいた魔族の客が新聞を下ろし、七人を見てから、そっと一面を顔の前に戻す。
「一度に七名のご案内はできません」と白瀬が言う。「同じ方の相談は、通常、一件として受け付けます」
「でも、俺たち七人で困ってるんです」
「別々のことに困ってるし」
「いや、俺はそうでもない」
「お前はさっきまで寝てたからだろ」
最後の一言で、ネネの耳が片方だけ起き上がった。
「……お客様。まず、皆さんが同じ方であることを、こちらで確認してもよろしいですか」
「同じに見えません?」
「見えます。ですので、確認が必要なんです」
生前、市役所の窓口で双子の兄弟を取り違えた職員がいた。あのときは顔が似ているだけで別人だった。今日は、顔が同じうえに本当に同一人物らしい。死んでも役所の仕事は楽にならない。
ネネは番号札を見せてもらった。四十一から四十四までは印字されているが、四十五以降は受付機が発行を止めたらしく、男たちは代わりに控えの紙をちぎって番号を書いていた。
「こちらの四十五番からは、どなたがお書きに?」
「俺です」と三人が答えた。
「……字まで同じなんですね」
「自分の字だからね」
白瀬は表情ひとつ変えず、発行済みの番号札を回収していく。ネネは受付済みの客に事情を伝え、順番が変わらないことを確認した。閉庁間際の待合にいる人たちは、どの世界でも疲れた顔をしている。そこへ同じ男が七人で現れたのだから、迷惑がられても仕方がなかった。
「ひとつだけ先にお願いします。これ以上、増えませんか」
「増やせますけど」
「増やさないでください」
「わかりました」
七人が深々と頭を下げた。謝られた気はするが、人数に押されてこちらが叱られたようでもある。
*
相談室の机の前に七人分の椅子は置けない。そもそも七人分の椅子を取り寄せると、施設係からネネ宛ての苦情が届きかねない。
ネネは壁際に待機用の長椅子を二脚運んでもらい、男たちにいったん掛けてもらった。代表者にはカウンターへ来てもらう。残り六人には、言いたいことがあれば手元の紙に書いてもらうことにした。
「同じ人間だから言いたいことも同じだと思うでしょ」
代表になった男が、ネネの差し出した用紙を受け取って言った。
「違うんですか」
「さっきから聞いてたと思いますけど、違うんです。分かれてるあいだ、それぞれ別の場所で別のことを見聞きするから」
男は望月陽介と名乗った。第八十一世界へ転生して半年。生前は配送会社の倉庫で働いており、来世では分身能力を使って配達業を始めたという。
「七人で配達したら、七倍稼げると思ったんです。実際、荷物は運べるんですよ。脚も手も七人分あるし。最初の一週間は大成功でした」
「そのあとで、何か問題が?」
「仕事を頼まれすぎました」
ネネは、つい先日まで応対していた農村の岡部を思い出した。特別な能力をもらうと、どうしてこうも働く話ばかりになるのだろう。来世に持ち込むものは、もっと夢のある何かでもいいはずだ。
「配達を六人でやって、俺ひとりは休もうと思ったんです。でも休んでた俺が、配達先で何があったか聞かれてもわからない。そこで間違いが起きるんですよ」
長椅子の端から手が上がった。
「それは一昨日のパン屋の件!」
「手を挙げてくださってありがとうございます。どうぞ」
ネネが答えた瞬間、ほかの五人も挙手した。
「パン屋の人には俺が説明したんだ」
「いや、そのあと俺が説明し直した」
「最初の注文書を持ってたのは俺だろ」
「お前、途中で魚屋へ寄ったよな」
「それは別件!」
白瀬が机に七枚の白紙を並べた。
「皆さん。一度、用件を書き出していただけますか。同じ用件が何枚あっても構いませんが、今は声をそろえなくて結構です」
さすが先輩、とネネは思った。七人から一斉に話しかけられているのに、言い方が普段と同じなのは立派だ。もっとも、その白瀬は紙を配り終えてから小声で付け足した。
「そのかわり、できるだけ早くお願いします」
立派さには限度があった。
紙が戻ってきたのは五分後だった。七枚には、それぞれ違う苦情が書かれている。
《注文を受けた記憶を全員で共有したい》
《同じ仕事の依頼を何度も聞かされる》
《店主が俺を見分けられない》
《俺が休んでいるのに、俺のほうが忙しい》
《報酬が思ったほど増えない》
《統合したあとの頭痛がひどい》
《六番目の俺だけ昼飯を食べそこねた》
ネネは最後の一枚を二度読んだ。
「お食事の件は……」
「大事だろ!」と六番目らしい男が叫んだ。「あいつら、俺がもう食べたと思って、弁当を六つしか買ってこなかったんですよ!」
「それはひどい」
「ひどいですよね!」
「でも、弁当代を七人分もらうのはちょっと」と代表者。
「お前、自分で言うなよ!」
ネネは大きくうなずいてから、額を押さえた。七人の人生相談に見えて、七つとも一人の生活から出ている問題だった。
「望月さん。能力を使う前から、分身同士で情報を共有できると思っていらっしゃいましたか」
「当然ですよ。俺の分身なんですから。戻ったら全部の記憶が入ってくるんです」
「戻ったら、ということは……戻る前は?」
「……あ」
男が口を開けたまま止まった。長椅子の六人も、つられるように黙る。
やがて一人が言った。
「いや、でも『記憶は共有される』って説明されたぞ」
「そこです。いつ共有されると説明されましたか」
「それは……」
七人の視線が互いの顔を行き来した。どれも同じ顔なのに、全員が誰かに答えてほしそうだった。
*
記録の照会には、本人の同意が必要だった。
ネネが同意書を一枚用意すると、七人はそろって署名欄に手を伸ばした。ネネは用紙をさっと持ち上げる。
「お待ちください。まずは、この書類をどういう意味で出すのか、ご本人に説明します」
「一人だけですか?」
「説明は全員に聞いていただいて構いません。でも、一枚の申立書に七人で署名したら、あとから読んだ職員が七名の共同申請だと思います」
「同じ署名が七つ並ぶの、ちょっと面白いのに」
「事務処理は面白さだけで進められません」
言い切ったネネの頭上で、片耳がぴんと立つ。案内に困っていたくせに、書類の話になると落ち着くのだから自分でも情けない。
同意の意思は一人ずつ確認し、記録したうえで、代表者が一件分の照会票に署名した。全員の意見が食い違う部分は意見として残し、能力解除後に、統合した望月本人があらためて内容を確かめる。それなら、誰かの意見を勝手に消さず、同じ案件を七件起こすこともない。
「何だ。最初からそうしてくれればよかったんですよ」と代表者が言った。
「最初は七人で番号を取ろうとなさったでしょう」
「それは早く順番が来ると思って」
「順番が七倍早くなる代わりに、ほかのお客様の順番が遅くなるんです」
「……確かに」
望月たちは、今度こそ反論しなかった。
記憶処理課から応援に来たミラが、記録端末を抱えて入ってきた。部屋に七人の望月が並んでいるのを見ると、いつもの調子で言った。
「素晴らしいです。能力の再現性が高いですね」
「相談に来た人を実験材料みたいに褒めないでください」
「褒めたつもりですが」
「わかります。そこが困るんです」
ミラは言われた意味を考えながら、本人確認の記録を開いた。画面に同じ氏名と同じ接続識別子がずらりと現れる。
「分身ごとに現れた時刻が微妙に異なります。受付機は物理的に七回操作されたため七件と数え、本人確認側は一つの接続からの申請だと判断したようです」
「機械同士で相談してから、札を出してほしかったですね」
「それなら、発券前に接続識別子を照合する改修が必要です」
「……はい。その提案も後で書きましょう」
ネネは施設担当宛ての用紙を引き寄せた。これでまた仕事が一枚増える。自分の相談はいつまでたっても机の底だ。
望月の転生前の説明記録を開くと、能力欄には次のようにあった。
《自己複製・同時存在可能数は本人を含め八体。各分身は独立して行動可能。取得した経験情報は統合時に本体へ集約される》
「統合時……」
代表者がつぶやいた。
「そこ、よく読んでなかったな」
「元の説明では、何と聞きましたか」
「『七人分の働きができて、経験も無駄にならない』って。便利だろうって言われました。俺も、すごいと思って」
ミラが録音の要約を指でたどる。
「説明者の言葉と登録上の条件は矛盾していません。共有の時点を誤って受け取られる余地はありますが」
「そこは分けて確認したいです」とネネは言った。「条件どおり動いているかと、本人がどう理解して同意したかは別なので」
ミラが顔を上げた。
「今朝共有された白瀬さんの研修ノートにも、そう書かれていましたね」
「……はい」
白瀬が短く答えた。耳のいいネネには、その返事がほんの少しだけ気まずそうに聞こえた。
記録には、続きがあった。
《分身時の身体負荷および経験情報の集約に伴う負担については、利用状況により差が生じる》
「集約に伴う負担、というのは」
ネネが尋ねると、ミラが指を動かした。
「一度に複数の分身を統合すると、情報量によっては疲労感や頭痛を訴える例があります。以前の能力講習にも記載されています」
「講習?」
長椅子の一人が身を起こした。
「そんなの、受けてないぞ」
「任意の講習です。案内通知は――」
ミラの声が止まった。画面の下にある小さな欄を見ている。
「配信先不達です。現地の配達事業者として登録された連絡先が、転居後に更新されていません」
「俺、引っ越したの三か月前だ」と望月。「なのに、いまだに最初の宿屋に連絡が行ってるのか」
それは気の毒だと思ったが、通知先の変更を届け出る必要があったことも確認しなければならない。ネネは未着の理由をその場で断定せず、講習案内がいつ、どこへ送られたかを別に記録した。
「能力そのものは、登録されている動きをしている可能性が高いです。ただ、説明と講習のご案内については、確認する点があります。頭痛が続いているなら、体調の相談も先にしましょう」
「分身の頭痛って、誰の頭を診てもらえばいいんです?」
「……まず、統合後のご本人でしょうか」
「その前に俺は昼飯を!」
六番目の声が飛んできた。
ネネは口元に手を当てた。深刻な話をしているのに、どうしても弁当の件が戻ってくる。そう思ったところで、腹の虫が鳴ったのはネネのほうだった。
七人がこちらを見た。
「お姉さんも食べてないんだ」
「……仕事中ですので」
「その耳、腹減ると立つんですか」
「関係ありません!」
*
結局、能力試験は行わなかった。望月はすでに七人に増えており、相談室でさらに何かを試す必要はない。現地で受けられる能力講習と、頭痛が続く場合の医療相談を案内し、未着になっていた通知の送付先を確認することになった。
報酬については現地の仕事の契約と支払記録を確認する必要があり、庁が七人分の給料を命じられるわけではない。その点も望月へ伝え、配達の受注記録を残しておくよう案内した。
しかし、その前に一つ問題がある。
「では、皆さん。ここで一度、統合していただけますか」
口にしたとたん、ネネはしまったと思った。統合すると頭痛がする、と本人から聞いたばかりではないか。
七人は顔を見合わせた。
「一気には嫌です。頭、痛くなるから」
「だったら順番に戻れば?」
「それで軽くなるかどうか、まだ確認できてないだろ」
「でも、このまま帰ったら、七人分の相談内容がばらばらだぞ」
望月たちがまた言い争い始めた。ネネは口を挟みかけたが、手を止めた。
この人が困っているのは、七つに分かれられることだけではない。七つの場所で得た情報を、ひとりで抱え込むことだった。相談窓口にまで七つの用件を持ち込んだのは、ずいぶん不器用ではあるけれど、何を残すべきかわからなかったからかもしれない。
ネネは机から、さきほど集めた七枚の紙を取り出した。誰の字かわからないほど似ているのに、書かれた内容はそれぞれ違う。
「今すぐ統合する必要はありません。まず、この七枚の内容を皆さんで確認してください。重複しているもの、別の問題として残すものを整理します。ご自身の判断で統合したあと、必要な記録が残っているか確認していただければ」
白瀬が付け加える。
「能力の操作方法は、ここでは指導できません。統合による負担が心配なら、無理に実演せず、専門の担当へつなぎます」
望月たちは少し静かになった。六番目が手を挙げる。
「弁当の件も残していい?」
「能力の苦情とは別ですが、ご本人の生活上のお困り事として記録することはできます」
「やった」
「ただし、庁から弁当七個を支給する制度ではありません」
「ですよね」
ネネは、ふとひとつ思いついた。
「望月さん。配達の仕事でも、こういうふうに伝言を一か所に集めるのはどうでしょう。誰かが注文を受けたら、ほかの分身も確認できる帳面を使うとか」
「帳面?」
「はい。分身は同じ顔でも、見たものまで同時に共有しているわけではないんですよね。でしたら、同じ仕事をする人同士の連絡方法が役に立つと思います」
望月はしばらく黙り、やがて額をたたいた。
「なんだ。七人いるのに、みんな口頭で伝えようとしてた」
「七人いると、かえって伝え忘れることもありますから」
「倉庫で働いてたころは、引き継ぎ表を毎日書いてたんですよ。俺、自分が増えた途端、いらないと思ってた」
長椅子から、控えめな声がした。
「俺はずっと、札でもつけたほうがいいって言ってた」
「そうだっけ」
「言ったよ。三回」
「……そうか。聞いてなかったんだな、俺」
それを聞いて、ネネは笑ってしまった。一人で七人分の仕事をしているのに、一人分の話も最後まで聞けていなかったらしい。
「あと、名前じゃなくても番号でいいので、仕事中は見分けられるようにしてください」とネネが言った。「パン屋さんも、そのほうが助かるはずです」
「なるほど。じゃあ、俺が一号で」
「俺が一号だろ!」
「何言ってんだ、俺が先に生まれた」
また始まった。
「番号の決め方は、現地で相談してください!」
ネネの声だけが、七人の間をきれいに通った。
*
手続きが済んだのは、すっかり終業時刻を過ぎたころだった。望月たちは七人並んで出口へ向かったが、扉の前で立ち止まった。
「そうだ。帰る前に、一回統合しとくか」
「だから頭痛が――」
「大丈夫。今は七人分の配達してないし」
本人の体調を確かめながら、分身の一人が望月の背へ手を置いた。淡い光が走り、そこに立っていた二人が一人になる。
「どうですか」とネネが尋ねる。
「平気。あ、待って。あいつ、窓口で『弁当ほしい』って三回も言ったのか」
「それが、ほかの分身から見た記録ですね」
「恥ずかしいな、俺」
残りの男たちは声を上げて笑った。統合されていくたびに、笑う人数だけが減っていく。最後には一人の望月が、七枚の紙を抱えて立っていた。
「……何か、すごく疲れた気がします。大丈夫だと思ったけど、やっぱり何人分も話すと疲れますね」
「無理をしないでください。帰ってから頭痛が出たら、案内した医療担当へ相談を」
「はい。それと、さっきの照会票、俺の意見で合ってます。講習の件もお願いします」
ネネは、統合後の本人確認と相談内容への同意を記録した。望月は用紙の控えを受け取り、しばらく見つめてから首をかしげた。
「俺、七人で来たのに、一枚だけなんですね」
「一枚で、七人分のお話が載っていますから」
「……そうか。そりゃ、得したかもしれない」
「整理券については、得も損もありません」
最後まで言わせると、望月は素直に頭を下げた。
「ありがとうございました。次は一人で来ます」
「ぜひ、そうしてください」
「あ、いや。次がないほうがいいのか」
「そのほうが、お互い助かりますね」
望月の姿がゆっくり薄くなり、現地での眠りから覚める前に接続が切れた。長椅子には、誰もいなくなった。発行済みの番号札と七枚のメモは庁内の実物だったので、きちんと残っている。
白瀬がそれを拾い集めながら言った。
「七人相手でも、最後は一件でしたね」
「ええ。でも、同じ人だからって、みんな同じことを考えているとは限らないんですね」
「ひとりでも、考えが変わることはあります」
ネネは、白瀬の横顔を見た。ほんの少し前の白瀬なら、こんな言い方をしただろうか。聞いてみたかったが、本人にとっても答えにくい問いかもしれないので、やめた。
*
報告書を保存すると、ミラの端末に妙な表示が残った。
《来庁時刻:庁基準 十七時五十二分》
《申請処理時刻:庁基準 十八時二十一分》
《照会承認時刻:庁基準 十八時四十四分》
「時刻が三つもあるんですね」とネネが言う。
「それぞれ違う出来事の時刻です。接続が成立した時刻、申請を受け付けた時刻、閲覧権限が承認された時刻」
「……承認というのは、最初の二つより後でいいんですか」
「照会の承認は、受付後になることが多いです。ただ、転生先の選定など、手続きを始める前に承認されるものもあります。同じ『承認』でも、何を承認したのか確かめる必要があります」
ミラは当然のように答えた。ネネは、自分の鞄に入れてある開示請求の下書きを思い出す。転生したときの説明だけではなく、身体が決まった経緯も知りたい。そのとき、どの記録の時刻を見ればいいのだろう。
「記録を開示してもらったら、時刻の意味も説明してもらえますか」
「必要なら、各世界の時間を庁基準へ換算した履歴も確認できます。ただし、ご本人の請求で開示される範囲は担当窓口の判断になります」
「そうですか。ありがとうございます」
ネネはそれ以上、自分の記録を職員端末で探そうとはしなかった。今度の休みに、窓口へ行く。番号札を一枚取り、きちんと自分の順番を待つつもりだ。
「ところで、雨宮さん」
白瀬が報告書の束をそろえている。
「さきほど、残業申請をされるとおっしゃっていましたよね」
「……はい」
「七人分の対応でしたが、残業は一人分です」
「知ってます!」
ネネの耳が立ったところで、ミラが真面目な顔をした。
「分身能力の付与申請を検討しますか。理論上、同じ時間に複数の窓口を――」
「いりません!」
まだ見ぬ静かな部署が、ネネの脳裏でまた少し遠ざかった。
鞄を持ち上げようとしたとき、予約端末が控えめに鳴った。翌日の事前相談が一件、追加されている。
《ご相談内容:勇者一行から追放される方法を教えてください》
ネネは画面を読み直した。
「……勇者の追放って、相談する側じゃなくて、される側なんですか?」
白瀬は記録をのぞき込み、珍しく返事をためらった。
「どうやら、追放してもらえないことがお困りのようです」
ネネは鞄を机に戻した。
「明日、何を説明すればいいんでしょうね」
「まず、追放できない理由を聞くことからでしょうか」
それは確かに窓口の基本だった。けれど、優しくて追放してくれない仲間について悩む勇者をどう慰めるのか、ネネにはさっぱり見当がつかない。
ひとつだけ確かなのは、明日も平穏な職場にはならないということだった。




