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雨宮ネネの苦悩と野望 ~死んでもクレーム対応!勇者も魔王も整理券をお取りください!~  作者: 月森 こはる
第一章・輪廻転生庁編

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第12話 「説明したつもり」は、説明していません


 録音が終わったあとも、山岸航はしばらく黙っていた。


 銀色の台座に載った一本の包丁。その柄に埋め込まれた飾り石が、いつもなら声に合わせて明滅するのに、今は厨房で灯りを落としたあとみたいに静かだった。


 白瀬律が当時の説明を省いたことは、すでに明らかになっている。本人も、山岸が聖剣になるつもりで署名したと気づいていたと認めた。問題は、なぜわかっていながら手続きを進めたのか、そして二年経った今、何をしてもらえるのかということだ。


 雨宮ネネは、いつもの受付票とは違う書式を机に置いた。白瀬が用意した《説明内容に関する再面談申請書》である。


「山岸さん。まず、ご本人がこの場で説明を受けることに同意されるか、確認します。担当した白瀬が説明しますが、私も同席します。室長にも経過を記録してもらいます」

「その室長ってのは、あんたらの上司だろ。身内でかばい合ったりしねえの?」

「ご心配でしたら、別部署での確認も申請できます。今日は何が起きたかを聞いていただく場です。結果に納得していただく場ではありません」


 自分でも、少々回りくどいと思った。けれどネネは、納得していない人に「ご納得いただけましたか」と尋ねる瞬間の危うさを、生前の窓口で何度も見てきた。


「……いいよ。聞く。あいつにしゃべらせろ」


 山岸が言うと、白瀬は一礼して室長へ内線を入れた。


     *


「今度は包丁の方ですか」


 数分後、黒羽宗一室長が入ってきて、台座の前で足を止めた。ネネには言葉を選んでいるように見えたが、山岸は先に声を上げた。


「包丁の方で悪かったな! 俺は聖剣になるはずだったんだよ!」

「失礼しました。ご本人である山岸さん、ですね」

「……そうだ」

「では、お話を聞きます」


 室長は持ってきた薄い書類ばさみを開き、奥の椅子に腰を下ろした。会議帰りらしく上着の袖には小さなしわがあり、胸元の名札だけが妙にまっすぐだった。


 白瀬は再び録音を流すかわりに、二年前の申請書と候補一覧を机に広げた。


「山岸さん。最初に希望されたのは《英雄に選ばれる剣》です。ですが当時、その条件に合う転生先は用意できませんでした」

「だったらそう言えばよかったじゃねえか」

「おっしゃるとおりです」


 白瀬は一度、唇を引き結んだ。


「代わりに提示できたのが、第九十四世界の《自律意識型・調理神具》でした。硬い食材を容易に切断できる特殊な刃で、使用者との意思疎通も可能です。私はその候補を、案内しました」

「『強い魔獣の素材にも対応する特別な刃』って言ったんだろ」

「はい」

「それを聞いて俺が何を想像したか、あんたにはわかったんだろ」

「……わかっていました」


 室長のペンが止まった。


 白瀬は、そのことをもう一度はっきり言った。


「聖剣だと思われていると気づきながら、訂正しませんでした」


 ネネは横から言葉を足さなかった。白瀬の説明の不足を、今度はネネの説明で埋めてしまっては意味がない。


「どうしてだよ」


 山岸の声は大きくならなかった。だからこそ、待合のベルが遠くに聞こえた。


「その日は転生案内課の応援勤務で、申請が重なっていました。期限の迫った受入枠もありました。山岸さんは何度も、英雄になる希望を話していましたが……私は、条件の近い候補を案内すれば、転生を諦めずに済むと思ったんです」

「条件の近い?」

「刃物であることと、魔獣由来の硬いものを切れることです」

「近いの、そこだけじゃねえか!」


 山岸の飾り石が勢いよく光った。白瀬が目を伏せる。


「そのとおりです」

「お前、勇者の剣がほしいって言ってる奴に、玉ねぎがよく切れるから似てるって渡したのかよ!」

「……言い換えれば、そうなります」

「言い換えるなよ! 言い換えたからこうなったんだろ!」


 ネネは思わずうつむいた。山岸の言葉があまりに正しくて、笑いをこらえるのと反省するのとを同時にやる羽目になったからだ。


 白瀬は、言い訳を続けなかった。


「書面に調理神具と書かれていたのは事実です。でも、それを読めば誤解に気づくだろうと、私はご本人に判断を預けました。私が説明すべきことだったのに」

「署名しちまった俺が悪いって、言わねえのか」

「それを理由に、私の対応を正しかったことにはできません」


 山岸は返事をしなかった。


 ネネは窓際のない室内を見回した。人間だった頃なら、こんな沈黙が怖くて、つい「ですが」を挟んでいたはずだ。今は、白瀬が自分の言葉で続きを話すまで待てた。


「申し訳ありませんでした。山岸さんが希望と違う転生をされたこと、そして二年間、何が起きたのかわからないまま過ごされたことに対して、私には説明責任があります」


 白瀬が頭を下げた。山岸は台座の上で小さく動きかけ、刃先に掛けられた保護具に当たった。


「謝ったら、聖剣になれるのかよ」

「いいえ。変更の可否は、別の審査になります」

「じゃあ、その謝罪、何の役に立つんだ」


 白瀬が口を開く前に、ネネの目に、端末の一行が入った。


《ご説明をもって本件のご理解をいただいたものとします》


 再面談の終了時に自動挿入される文言だった。ネネは慌てて画面を閉じる。


「すみません。今の謝罪が何の役に立つかは、山岸さんが決めることです。ただ、こちらが何を間違えたのかを、正式な記録に残すことはできます」

「……記録ねえ」

「それをしたうえで、次に選べる手続きを説明します。ご不満を言う権利と、今の暮らしを守る権利は、どちらか一つではありません」


 白瀬が少しだけ顔を上げた。山岸も、柄の石を一度明滅させた。


「ウサギ、お前また難しいこと言ってんな」

「雨宮です。あと、難しくしたのは主にうちの役所です」


 室長が書類ばさみの陰で、短く咳をした。


     *


 説明を終えたところで、ネネは初めて《救済方法選択票》という帳票を開いた。


 選択肢の一つ目は、転生前の説明内容に関する訂正と、担当部署による正式な回答。二つ目は、現在の身体形態についての再審査。三つ目は、現在の生活を続けながら、必要な支援や今後の選択肢を照会するものだった。


「三つもあるのか」

「はい。ただし、どれを選んでも必ず希望どおりになる、というものではありません。組み合わせて相談することもできます」

「それを最初に説明しろよって話だな」

「……はい。本当に」


 ネネは正直にうなずき、説明の行き違いについては本人の希望にかかわらず記録へ残すと伝えた。


 ところが、端末の画面が急に赤くなった。


《申請者の区分を選択してください》


 人型、獣型、無形体、器物型。並んだ項目のうち《器物型》を押すと、次の欄に《破損状態》と《交換希望》が現れた。


「交換って何ですか」とネネがつぶやく。

「刃こぼれならしてねえぞ」と山岸。

「修理窓口と連動しているようですね」と白瀬。


 ネネは画面を見つめた。


「……白瀬さん。この方、ご本人ですよね」

「はい」

「だったら、本人の苦情なのに『製品交換を希望する』って出すの、おかしくありません?」


 白瀬が端末をのぞき込む。


「修理の相談として受け付けた場合の標準様式です。今回は別の申立てなので、手入力に切り替えましょう」

「最初から別の申立てで開きたかったです」

「そのとおりですね」


 ようやく手入力欄が現れたところで、山岸が口を挟んだ。


「ちょっと待て。身体の変更って、今すぐ聖剣にしてくれんの?」

「今すぐにはできません。そもそも希望する形での転生先があるか、今の生活へどう影響するか、その確認からです」

「今の生活って、俺の食堂のこと?」

「山岸さんの食堂、ですよね。ラナさんと一緒の」


 山岸は小さく鼻を鳴らした。鼻がないのに器用なことだ。


「俺は包丁だからな。厨房で玉ねぎ切ってるだけだよ」

「でも、その玉ねぎがないと困るお客さんもいますよね」

「お前、昼飯食いに来た客みたいなこと言うな」


 ネネは言い返さなかった。食堂の話になると、山岸はいつも「ただの包丁だ」と言いながら、誰よりも嬉しそうにラナの仕事を説明する。二年前の希望が本物だったのと同じくらい、今の暮らしも本物なのだろう。


「現地支援担当からの受付票に、追加の紙がありましたね」


 白瀬が確認すると、確かに一枚添えられていた。山岸本人が提出に同意した書類で、ラナが代理記入した《現地生活の状況》という報告だった。相談内容の詳細ではなく、食堂を休む場合にどんな困り事があるかを記したものだ。


《本人が希望しているのなら、きちんと話を聞いてもらってください。こちらの都合で引き留めるつもりはありません。ただ、突然いなくなると困るので、何か変わるなら先に教えてください》


 その下に、少し筆圧の強い文字で一行続いている。


《それと、帰ってきたら夕方の仕込みに間に合うようにしてください。今日は玉ねぎが多いです》


 山岸の柄が、ひときわ明るく光った。


「……あいつ、こんなとこまで書きやがって」

「お優しい方ですね」と白瀬が言う。

「優しいっていうか、人使いが荒いんだよ。刃物使いか」


 自分で言って、山岸が笑った。


 ネネは笑いながらも、紙を戻す手を止めた。ラナが困るから残れ、とは誰も言わなかった。出ていく自由があるからこそ、残るかどうかを山岸に尋ねられる。


「どうしますか。今、結論を出さなくても大丈夫です。説明内容の訂正を進めることと、今の姿を変えることは別々に考えられます」


 しばらく沈黙があった。


「……まず、俺が何で包丁になったのか、ちゃんと書いて寄越してくれ。それと、変えられるのかどうか、条件も知りたい。店のことは、それを聞いてから考える」

「承知しました。では、説明記録の訂正を申し立て、身体変更については正式な照会を出します。変更の申請そのものは、山岸さんが説明を受けてから選べます」

「そうしてくれ」


 ネネが入力すると、確認画面に《あなたは現在の形態を希望しますか》と出た。


「……いえ。まだ決めないとおっしゃってますよね」

「選択しないと次に進めませんね」と白瀬。


 山岸は盛大にため息をついた。


「今の姿でいいって言ったら終わりだし、嫌だって言ったら店をやめるみたいじゃねえか」

「そうなんです。だから、この二択にはしません」


 ネネは室長へ画面を向けた。


「黒羽室長。未決定のまま申請を預かる方法、ありますよね」

「通常様式では進められませんが、本人の意向を添えて個別審査へ回せます」

「では、それでお願いします」


 室長はしばらく画面を眺めていたが、うなずいた。


「持ち帰ります」

「持ち帰るだけじゃなく、担当者と期限もお願いします」

「……厳しいですね、雨宮さん」

「最近、それを言わないと前に進まないと知ったので」


 ネネが答えると、白瀬は今度こそ声を漏らして笑った。


     *


 山岸の相談が終わるまでに、二つの書類ができた。


 一枚は、転生時の説明を担当した白瀬の報告書。聖剣を希望していると理解していながら調理神具との違いを説明しなかったこと、本人の署名を得た後も訂正の機会を設けなかったことを、白瀬自身の言葉で記してある。


 もう一枚は、山岸本人の申立書だった。身体の変更を直ちに希望するのではなく、変更の可否と影響について情報を求めるもの。説明を受けてから自分で選びたい、という一文をネネが読み上げると、山岸は「それでいい」と答えた。職員二名が確認者として記録し、音声も保存する。


 ネネが最後の欄に担当名を入力しようとすると、白瀬が言った。


「僕の名前も入れてください」

「説明をした人として、ですか」

「はい。それと、今後の照会に責任を持つ職員として。もちろん、調査と判断は別部署へ回してもらいます」


 ネネはうなずき、担当者欄を埋めた。


 山岸が二人を交互に見た、ような気がした。包丁のどちらが目に当たるのかは、最後までわからない。


「正直、腹立つよ。俺の二年、返してくれって言いたい」

「……はい」

「でも、今の店までなかったことにされるのも嫌なんだよな」


 その言葉のあと、山岸は少し声を明るくした。


「ラナのやつ、俺を研ぎながら『あんたの切れ味だけは一人前ね』って言うんだぜ。聖剣にそんなこと言う奴、いねえだろ」

「褒め言葉として受け取ってよいと思います」と白瀬。

「だからそういうところだよ! 褒めてるのかどうか、ちゃんと確かめろ!」


 ネネは笑った。白瀬も、さっきより素直に頭を下げた。


 山岸の投影体が薄くなり始めた。第九十四世界では、包丁が休んでいた時間が終わりに近づいているのだろう。


「雨宮。もし俺が聖剣になったらさ、魔王を倒しに行けるかな」

「転生先と勇者次第ですから、そこは何とも……」

「だよな。なら、そのとき考えるか」


 山岸は少し間を置いて、付け足した。


「ま、今夜は玉ねぎだな」


 柄の石が一度だけ光り、一本の包丁は台座の上から姿を消した。


     *


 その日の終業間際、白瀬は相談室で新人教育用のノートを開いていた。最初のページには《対応時の注意事項》と題がついている。


「何を書いてるんですか」

「今回のことを、研修項目に加えようと思います」

「『聖剣の代わりに包丁を渡さない』とか?」

「それでは、また別の誤解を生みます」


 白瀬は少し考え、こう書いた。


《申請者が、提示された条件をどのように理解しているか、確認する》


 ネネはその横へ、許可を取って小さく一行足した。


《相手がうなずいたら、何にうなずいたのかを聞く》


「……手厳しいですね」

「白瀬さんの教え方がいいので」

「僕の教え方には問題があったようですが」

「だから、今こうして直してるんじゃないですか」


 その言葉が励ましになったのかどうか、白瀬は答えなかった。ただ、ノートを閉じずにもう一度読み直していた。


 ネネも自分の鞄を開いた。底には、十九日間「確認中」と記されたままの転生訂正申立書が入っている。職歴を話すと途端に面接官の態度が変わったことも、ウサギの耳をつけるのに同意した記憶がないことも、考えれば考えるほど引っかかった。


 白瀬に頼めば、職員用の画面から何かわかるかもしれない。そう思ったところで、ネネは手を止めた。


 今日、山岸は二年前に奪われた説明の機会を、自分の申立てで取り戻した。自分も同じように、窓口の客として説明を求めるべきなのだろう。


 ネネは私物の紙に《転生時の説明記録・同意内容の開示請求》と書き、来週の休暇希望表を引き寄せた。


「雨宮さん。来週、お休みを?」

「はい。ちょっと役所へ」

「……ここも役所ですが」

「ええ。だから、嫌なんです」


 ちょうどそのとき、待合の方から受付機の警告音が聞こえた。画面に表示されたのは《同一人物による整理券の重複発行》という見慣れない注意書きである。


 ネネは白瀬を見た。


「機械の故障ですかね」

「たぶん、そうではありません」


 待合から、まったく同じ男の声がいくつも重なって聞こえてきた。


「すみませーん! 俺、何番に並べばいいんですか!」


 ネネは思わず耳を押さえた。


 どうやら来週の休暇申請より先に、今日の残業申請が必要らしい。


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