EP 2
立ち上がれ、トンデモナイト! ハラミ姫を守るための絶望の陣形
氷点下に保たれた冷気が、白く濁った霧となって漂う空間。
そこは、焼肉バイキング『タロキン』の心臓部とも言える、絶対防衛要塞――『冷蔵ショーケース』の内部である。
美しくライトアップされた雛壇のようなトレイの上には、数多の戦士たちが整然と並んでいた。
彼らは己の運命を知っている。
やがて開かれるガラス扉の向こう側から、銀色の鋭い牙が伸びてきて、自分たちを灼熱の業火(魔導グリル)へと放り込むのだということを。
それは、食材として生まれた者たちの逃れられない宿命。
だが、それでも彼らは、ただ無抵抗に喰われるためだけにここにいるのではない。
「トン様……彼らが、来ますわ……」
ショーケースの最上段。特注の黒い高級トレイの上で、一際美しい霜降りの輝きを放つ姫君――『ハラミ姫』が、恐怖に身を震わせていた。
タロキンにおける最高級部位。彼女の肉質は絹のように柔らかく、その味わいは暴君すらも虜にするという。故に、彼女は常に、飢えた客たちの第一目標として狙われ続けてきた。
「ご安心を、ハラミ姫」
震える姫を庇うように、一枚の分厚い肉の壁が立ち塞がった。
極厚に切り出された見事な豚バラ肉。白き脂身の鎧と、紅き赤身の筋肉を纏う、誇り高き豚の騎士――『トンデモナイト』である。
「たとえ俺の脂が網の上で溶け落ち、この身が黒焦げの炭と化そうとも。姫だけは……ハラミ姫だけは、絶対に俺が死守してみせます」
トンデモナイトは、決死の覚悟を込めて鋼の意志(ただの弾力)を漲らせた。
ズズズズズ……。
その時、ショーケースの外から、絶望的な地響きのような足音が近づいてきたのが見えた。
トンデモナイトは目を細める。
ガラス越しに見えるのは、これまでに彼が対峙してきた「育ち盛りの男子高校生」や「腹を空かせた部活帰りの大学生」などとは次元の違う、規格外のプレッシャーを放つ集団だった。
一切の無駄のない歩法で歩み寄ってくる、冷徹な目をしたパーカーの男。
満月でもないのに、愛の重さで闘気をバチバチと漏らしている月兎の少女。
そして何より――一番前を歩く、芋ジャージ姿の少女。彼女の腹の底から響く『きゅるるるるるっ……!』という地鳴りのような腹の虫の音は、ショーケースの防弾ガラス(※ただのアクリル板)を貫通して、食材たちの魂を直接震わせた。
「……なんという底なしの虚無。あれは胃袋などではない。全てを飲み込み、無に帰すブラックホールだ」
トンデモナイトは戦慄した。あの芋ジャージの少女に喰われれば、カロリーとして還元されることすらなく、ただ無残に次元の彼方へ消え去るだろう。
作戦行動時間は90分。
この90分という永遠にも等しい地獄の時間を、彼らは生き延びなければならない。
「聞け! お肉防衛軍の誇り高き戦士たちよ!」
トンデモナイトの号令が、ショーケース内に響き渡った。
ガチャンッ! とトレイを鳴らし、立ち上がる戦士たち。
先陣を切る特攻部隊、『タン塩』と『カルビ』。
網の上でぬらぬらと滑り、焼き加減を偽装して敵を翻弄する歴戦のゲリラ部隊、『ホルモン』。
そして別ケースで待機する、黄金の暗殺者『ビール』部隊と、超重装甲歩兵『カレーライス』。
「敵は底なしの胃袋を持つ悪魔だ……だが、俺たちが盾となり、ハラミ姫だけは死守する! 奴らを網の上で撹乱し、満腹中枢を破壊するのだ!」
「応ッ!」
タン塩とカルビが、脂を光らせて雄叫びを上げた。
「俺たちの油と塩分で、奴らの胃もたれを誘発してやる!」
別サーバーから、冷気を纏った黄金の刺客、ビール部隊がジョッキを鳴らす。
「任せておけ、トンデモナイト。まずは俺たちビール部隊が先陣を切り、奴らを酔わせて胃袋の動きを鈍らせてやる。……酔わせれば、俺たちの勝ちだ!」
「頼むぞ、ビール部隊……!」
頼もしい仲間たちの姿に、トンデモナイトは熱い肉汁を滲ませた。
だが、その張り詰めた空気を切り裂くように、軽薄な笑い声が響いた。
「ヘヘッ……これなら楽勝だな」
バイキングの隅、保温器の上に置かれていたアルミホイルのカップの中から、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて飛び出してきたのは――『飲茶』だった。
「飲茶……!」
トンデモナイトが目を見開く。
飲茶。シュウマイや肉まんといった点心で構成された彼は、バイキングにおける「箸休め」的ポジションでありながら、妙に腹に溜まるという厄介な特性を持っていた。
だが、彼はあまりにも自信に満ち溢れていた。
「ビビるこたぁねぇさ。あの芋ジャージの小娘の胃袋がブラックホールだろうと関係ねぇ。俺が全部、ぶっ倒してやるぜ」
飲茶はアルミホイルのカップを指で弾き、最強の戦士のようなドヤ顔を決めた。
「ここらでお遊びはいい加減にしろって所を、奴らに見せてやりたい」
「馬鹿野郎、飲茶! 無茶するな!」
トンデモナイトが制止の声を上げるが、飲茶は聞く耳を持たない。彼には、自分が最強の布陣であるという謎の確信があるようだった。(※それは完全な死亡フラグであった)
「トンさん……」
飲茶の隣で、ひっそりと油に浸かっていた小柄な戦士――『餃子』が、不安げにトンデモナイトを見上げた。
「僕も……戦うよ。トンさん……死なないで」
「餃子……お前まで……!」
トンデモナイトは、仲間たちの熱い絆に胸を熱くした。
そうだ。彼らは一人ではない。
このタロキンの90分という死線において、彼らは最高の仲間なのだ。
――そして。
ついに、運命の刻が訪れる。
『ウィィィン……』
ショーケースの自動扉――彼らを守る絶対防衛の城壁が、ゆっくりと横にスライドして開かれた。
眩いばかりのレストランの照明が、冷気に満ちたショーケースの中へと差し込んでくる。
そして、その光の向こう側から。
『……いただきますの!!』
ギラギラと血走ったリーザの瞳と、竜の爪のように鋭く光る『銀色のトング』が、食材たちの世界へと容赦なく襲いかかってきた。
「来るぞ! 総員、第一種戦闘態勢ッ!!」
トンデモナイトの絶叫と共に、タロキン史上最も過酷な、90分間の死闘が幕を開けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに幕を開けた「タロキン」での90分の死闘。
お肉たち(※特に飲茶)の決死の覚悟は、果たしてリーザたちのブラックホールのような胃袋に通用するのでしょうか……!?
「飲茶、絶対フラグ立ってるだろ……!」
「お肉たちの無駄に熱いドラマに草」
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次回、「黄金の刺客ビールと、神々の底なし沼」
果たしてビール部隊は神々を酔わせることができるのか!? 明日もお楽しみに!




