EP 10
神々のツケと、変わらない日常
ポポロ村に襲来した死蟲機の群れは、一つの残骸も残さず沈黙した。
大地には、対物狙撃銃『バレットM107A1』の徹甲焼夷弾がもたらした巨大なクレーターと、黒鉄の残骸が散乱している。
だが、俺――中村優太の仕事は、敵を殲滅したことで終わるわけではない。
「よし、動脈出血はない。気道確保、呼吸音も正常だ。胸部への被弾だが、防弾チョッキが衝撃を殺してる。ただの肋骨骨折だ、安心しろ」
「ゆ、優太さん……すんません、俺、もうダメかと……」
「馬鹿言え。こんな浅傷で死なせるかよ」
俺は自警団員の胸を固定バンデージで素早く巻き上げ、次の負傷者のもとへ移動する。
TCCC(戦術的戦闘犠牲者ケア)の原則に従い、赤・黄・緑のトリアージを瞬時に行いながら、手持ちの医療キットと陽薬草を駆使して次々と処置を施していく。
戦場にパニックはない。俺が落ち着いて確実な処置を行っていることで、自警団員たちにも「医官殿がいれば死なない」という絶対的な安心感が伝播していたからだ。
その冷静かつ無駄のない動きを、村のシェルター入り口から見つめている二つの影があった。
泥だらけの作業着姿の神々――ルチアナとカグヤである。
「……ねぇ、カグヤ」
「……なんですの、ルチアナ」
「普段はただの面倒見がいい兄ちゃんって感じだけど。ああやって戦場で血塗れになりながら人を助けてる姿を見ると……なんか、ちょっとズルくない?」
「わ、わたくしも今、同じことを思っていましたわ……。月人君のようなキラキラしたアイドルとは全く違う、泥臭くて無骨な……でも、命を預けられる絶対的な安心感。あれは……キュンとしますわね」
二柱の神が、完全に「イケメン枠」として俺を再評価し、頬を赤らめてモジモジしている。
だが、その神々しい(?)ときめきをぶち壊すように、空から派手な羽音と共に天使が舞い降りてきた。
「ハァーイ! 優太さん、お疲れ様ですーっ!」
ゴッドチューバーのキュララ・アルセルラが、ドローンを引き連れて満面の笑みで着地した。
「聞いてください! さっきの『【神回】世界神2柱、ポポロ村でドロドロ農作業&暴露キャットファイト配信!』からの『死蟲機襲来!謎のイケメン医官無双!』の連続コンボで、同接数がなんと100万を突破しましたぁーっ!」
「なっ……100万!?」
ルチアナたちが素っ頓狂な声を上げる。
「ええ! 全宇宙から凄まじい額のスパチャが飛んできてます! ポポロ村の防衛壁の修理代なんてお釣りが来ますし、これで三カ月は遊んで暮らせますよ!」
キュララが端末の画面を見せると、そこには天文学的な数字が躍っていた。
俺の活躍(と神々の醜態)が、ポポロ村の復興資金を完璧に稼ぎ出してしまったらしい。
「うふふっ、私のお賽銭箱にも、ご縁(五円)がいっぱい詰まりましたわ♡」
横を見ると、リーザが鼻から五円玉を抜き、空き缶に溢れんばかりに入った小銭や少額紙幣を抱きしめて頬ずりしていた。彼女の『Love&Money』の恩恵もしっかりあったようだ。
「ふはははっ! 聞いたかしら、優太!」
突然、ルチアナが態度のデカさを完全に取り戻し、腰に手を当ててふんぞり返った。
「私たちがわざわざこの辺境の村にやってきて、体を張って泥だらけになったからこそ! この莫大なPVとスパチャが稼げたのよ!」
「そうですわ! つまり、ファミレスでの食事代なんか、この功績に比べればタダ同然! むしろお釣りをいただきたいくらいですの!」
カグヤも扇子(督促状)をバサァッと広げてドヤ顔を決めた。
現金なやつらだ。さっきまで俺の背中を見て頬を染めていたくせに、金(PV)が手に入った途端にこれである。
「というわけで! 私達は天界に帰らせてもらうわ! 月人君のゲリラライブに間に合わなくなるしね! ごきげんよーう!」
ルチアナとカグヤが、村の広場に停めてある黒塗りの高級車(ベンツ風レンタカー)へと逃げるように走り出そうとした、その時だった。
「――あらぁ? どなたかと思えば、まだ帰っていらっしゃらなかったんですのね」
ビクッ、と神々の足が止まった。
振り返ると、そこには麻酔からスッキリと目を覚ましたキャルル・ムーンハートの姿があった。
ヤンデレ特有の濁った瞳は元に戻り、いつもの愛らしいウサギの耳がピョコピョコと揺れている。どうやら麻酔銃の睡眠によって、満月ハイ状態の興奮物質が完全にリセットされたらしい。
「キ、キャルル……あんた、正気に戻ったのね……?」
「ええ。優太さんの温かいお注射のおかげで、ぐっすり眠れましたわ♡」
キャルルは俺を見て頬を染め、ふにゃりと笑った。だが、その視線がルチアナたちに戻った瞬間、再び村長としての鋭い光を帯びた。
「でも、お代はキッチリいただきますわよ。ファミレスの食事代は今回のスパチャで相殺して差し上げますけど……村を騒がせた迷惑料と、畑の収穫を途中で放り出したペナルティが残っていますわ」
「ええええっ!? ま、まだ毟り取る気!?」
「当たり前ですわ。神様だろうと、ポポロ村のルール(経済)には従っていただきます」
キャルルがトンファーを取り出す素振りを見せる。
「わ、わかったわよ! これで勘弁してちょうだい!」
ルチアナが慌てて懐を探り、一冊の薄い本をキャルルに差し出した。
表紙には『聖獣機神ガオガオンの社内恋愛事情~朱雀と白虎の修羅場編・新刊~』と書かれている。ルチアナ本人が執筆した、天界でも入手困難なプレミア同人誌だ。
「あら! これ、冬の祭典で即完売した新刊じゃありませんか! ……よろしい、許して差し上げますわ♡」
キャルルは目を輝かせて本を胸に抱きしめた。
「わ、わたくしはこれを……っ」
カグヤは泣く泣く、自分の指にはまっていた安物のリングを外し、リーザへと差し出した。
「リーザ……貴女のたくましいタダ活の精神、見事でしたわ。これ、偽物ですけれど……お守り代わりにしなさいな」
「カグヤ様……! ありがとうございますの! 今度、タローマンの質屋でいくらになるか査定してみますわ!」
「売るんじゃないわよ!」
泣き叫ぶカグヤを助手席に押し込み、ルチアナがレンタカーのエンジンをふかす。
「じゃ、じゃあね優太! 今度はちゃんと奢りなさいよーっ!」
負け惜しみを叫びながら、黒塗りのベンツが土煙を上げてポポロ村を去っていく。
「おい、ルチアナ」
俺は走り去る車に向かって、一つだけ重要な事実を宣告した。
「レンタカーの延長料金は、お前らの自腹だからな。せいぜい安全運転で帰れよ!」
『ギヤァァァァァッ! 延長料金のこと忘れてたぁぁぁ!』
彼方からルチアナの絶叫が響き、車はスピード違反ギリギリの速度で地平線の彼方へと消えていった。
***
すっかり日が昇り、ポポロ村に爽やかな朝の空気が戻ってきた。
戦後処理を終えた俺は、村長宅のキッチンへと戻り、数時間放置されていた鍋に火を入れ直した。
飴色玉ねぎとロックバイソンの肉に、特製のスパイスとリンゴ、蜂蜜を加えてじっくりと煮込む。ルーが溶け込み、キッチンに食欲をそそる濃厚なカレーの香りが充満した。
「ふむ。一日寝かせたわけじゃないが、美味くできたな」
俺が味見をして頷いていると、リビングのドアが開いた。
「わぁ……いい匂い! 優太さん、今日は金曜日のカレーですわね!」
顔を洗ってスッキリとしたキャルルが、尻尾を振りながら入ってくる。
「優太お兄様ぁ! 私、パンの耳以外を食べるのは三日ぶりですの! 大盛りでお願いしますわ!」
リーザがヨダレを垂らしながら空のお皿を突き出してくる。
「えへへ、私もいただきますわ! 優太さんのカレー、世界樹の蜜より美味しいですもの!」
いつの間にか方向音痴を克服して戻ってきたルナも、ニコニコと席についている。
「おう、手洗ってから座れ。カレーは逃げないからな」
俺は大皿に山盛りの米麦草を盛り、たっぷりとカレーをかけていく。
窓の外からは、復興作業にあたる自警団員たちの活気ある声が聞こえる。
神々が騒ぎを起こし、死蟲機が襲来し、ヤンデレが暴走する。
傍から見ればハチャメチャな異世界生活だが、俺にとっては、これが守るべき『日常』だった。
「いただきます!」
三人の少女たちが、笑顔でカレーを頬張る。
俺もコーヒーを淹れながら、アメスピに火を点けた。
理不尽な暴力も、神々の気まぐれも、俺の『無双薙刀流』と『地球の知識』で全て撃ち落としてやる。
だからお前たちは、今日も美味い飯を食って、笑っていてくれ。
紫煙をくゆらせながら、俺はG-SHOCKの盤面を見た。
時刻は朝の8時。
ポポロ村の、騒がしくも平和な金曜日が、本格的に始まろうとしていた。




