EP 9
地球ショッピングの大当たり
「地球ショッピング……100Pガチャ、10連だ」
俺の呟きと同時に、目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。
ユニークスキル『地球ショッピング』。本来であれば日用品や雑貨がランダムで排出されるだけのシステムだが、このガチャには一つの隠しパラメーターが存在する。
それは『運命力』――打算なく、自己犠牲や他者への純粋な救済を目的とした「善行」の蓄積だ。先程、死蟲機の群れからイグニスや村人たちを救った行動が、システムに極大のボーナス値をもたらしていた。
ポン、ポン、ポンッ! と、空間から次々と地球の段ボール箱がドロップする。
一つ、二つ、三つ……序盤の箱からは、お約束のようにトイレットペーパーの束、サバの缶詰、高カカオチョコレートの徳用パックが飛び出した。
だが、七箱目と十箱目。その二つの箱だけは、ダンボールではなく頑丈な漆黒のペリカンケース(軍用ハードケース)の形をしていた。しかも、神々しい金色のオーラを放っている。SSRの確定演出だ。
「……来たな」
俺は迷わず一つ目のペリカンケースを蹴り開けた。
中に入っていたのは、黒とオレンジのツートンカラーで彩られたライフル銃。
『ダン・インジェクト社製・特注炭酸ガス麻酔銃』。本来はサイや象といった大型野生動物をノーダメージで無力化するための獣医用ライフルだ。ご丁寧に、即効性の強力な鎮静剤(カルフェンタニル誘導体)がフル充填されたシリンジダーツが装填されている。
「うふふふっ、優太さん……? そんなおもちゃみたいな棒で、私と遊んでくださるの?」
満月ハイ状態のキャルルが、トロンとしたヤンデレ特有の瞳でこちらへ歩み寄ってくる。彼女の足元からは未だに紫電の雷光がバチバチと弾けていた。
「今、最高の『治療』を施して差し上げますからね。まずは優太さんの立派な両腕の骨を、トンファーで優しく、粉々に砕いて……♡」
「……トリアージ判定、精神科領域の極度興奮状態。これより、患者への鎮静処置を開始する」
俺は麻酔銃を構え、システマの呼吸法で心拍数をコントロールした。
相手はマッハ1で動くウサギだ。だが、どんなに速くとも、俺に「愛を囁くため」に直進してくるこの瞬間だけは、軌道が単調になる。俺のCQCで鍛えられた動体視力と、対象の筋繊維の動きを予測する医官の目が、キャルルの次のステップを完全に先読みした。
タァンッ!
炭酸ガスのくぐもった発射音と共に、シリンジダーツが空気を裂いた。
ダーツは、キャルルの太もも――発達した大腿四頭筋のど真ん中に、寸分の狂いもなく突き刺さった。
象をも数秒で眠らせる超・即効性麻酔が、彼女の血流に乗って瞬時に全身へと回る。
「あ……れ……?」
キャルルの足から雷光がフッと消え、トンファーが手から滑り落ちた。
彼女のヤンデレに染まっていた瞳に、ふんわりとした元の優しげな光が戻ってくる。
「優太、さんの……お注射……あたたかい、ですわぁ……」
ふにゃり、と幸せそうな笑顔を浮かべたキャルルは、そのまま糸が切れたようにその場に崩れ落ち、スヤスヤと安らかな寝息を立て始めた。
「よし、鎮静完了。……だが、まだオペは終わってないぞ」
俺は麻酔銃を放り捨て、すぐさま二つ目のペリカンケースを開け放った。
中から現れたのは、麻酔銃とは比較にならないほどの凶悪な威圧感を放つ、全長140センチを超える巨大な鋼鉄の塊。
米軍制式採用・対物狙撃銃『バレットM107A1』。
さらに、ガチャの運命力補正によって、本来の強烈な反動を極限まで殺す特殊な『無反動化カスタマイズ』が施されており、弾倉にはタングステン弾芯と焼夷剤を組み合わせた『Mk211 Raufoss(多目的徹甲焼夷弾)』が装填されていた。装甲車両すら紙くずのように撃ち抜く、戦術破壊兵器である。
『ギ……ギギギギギィィィッ!!』
キャルルが眠りについた直後、クレーターの底からおぞましい咆哮が上がった。
キャルルの超電光流星脚を食らって半壊していたはずの『死蟲将軍機』が、周囲に散らばっていた死蟻機や死甲虫機の残骸を磁石のように引き寄せ、無理やり巨大な大砲のような歪な形態へと自己修復を遂げていたのだ。
「な、なんだアイツ! まだ動くのかよ!?」
後方で身を起こしたイグニスが絶叫する。
『エネルギー……充填……有機物シェルター……殲滅……!』
将軍機の歪な砲口が、ルチアナやカグヤ、リーザたちが避難している村の地下シェルターの入り口へと向けられた。砲口の奥で、毒酸と魔力が混ざり合った不気味な緑色の光が収束していく。撃たれれば、シェルターの扉ごと神々も吹き飛ぶだろう。
「きゃあああっ! こっち狙ってるわよ!」
「誰か! 誰か止めてちょうだい!」
シェルターの入り口から顔を出したルチアナとカグヤが、情けない悲鳴を上げる。
「騒ぐな、神様。耳を塞いで口を開けておけ。鼓膜が破れるぞ」
俺は瓦礫の上にバレットM107A1のバイポッド(二脚)を展開し、躊躇なくうつ伏せの射撃姿勢をとった。
スコープを覗き込む。
倍率レンズの向こう側、将軍機の胸部――複数のケーブルが集中し、明滅しているコア(動力炉)がはっきりと見えた。解剖学的に言えば、心臓だ。
「風速、気温、湿度、問題なし。距離、たかだか百メートル。……外す要素がないな」
俺はゆっくりと息を吐き出し、完全に静止した。
心拍と心拍の、わずかな隙間。
引き金にかけた指を、静かに絞り込む。
ズドォォォォォォォォォォンッ!!!
ポポロ村の空気を引き裂く、落雷のような凄まじい爆音。
カスタマイズされたマズルブレーキが反動を逃がし、俺の肩にかかる衝撃を最小限に抑える。だが、放たれた12.7ミリ口径の徹甲焼夷弾がもたらす破壊力は、一切の減衰なく目標へと到達した。
弾丸は、将軍機が放とうとしていた魔力砲の障壁を紙細工のように貫通。
そのまま分厚い装甲をぶち抜き、機体深部のコアに命中。その瞬間、弾頭に仕込まれた炸薬と焼夷剤が、敵の内部で大爆発を起こした。
『ギッ――!?』
断末魔のノイズすら上げる暇はなかった。
死蟲将軍機の巨大な体躯が、内側から噴き出した猛烈な炎と爆発によって、文字通り木っ端微塵に四散した。
パラパラと、燃えカスとなった黒鉄の破片が夜空から降り注ぐ。
自己修復機構の要であるコアを完全に粉砕された死蟲機たちは、今度こそ完全に機能を停止し、ただの鉄屑へと還った。
……静寂が、ポポロ村に戻ってきた。
聞こえるのは、風に揺れる木々の音と、すやすやと眠るキャルルの寝息だけ。
「……すげぇ……あのデカブツを、一撃で……」
イグニスが、震える声で呟いた。
シェルターにいたルチアナとカグヤも、腰を抜かしたまま、ポカンと口を開けて俺の横顔を見つめている。
俺はバレットの薬室から空薬莢を排出すると、安全装置をかけて銃を置いた。
ジーンズのポケットからアメスピの箱を取り出し、一本咥える。
シュッ、と軍用マッチを擦り、火を点けた。
紫煙を深く吸い込み、夜空の満月へと向かってゆっくりと吐き出す。
「よし。脅威の排除は完了だ」
俺は医療キットの入ったリュックを再び背負い直し、傷ついた自警団員たちの方へと歩き出した。
「……待たせたな。これより、治療の時間だ」
読んでいただきありがとうございます。
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