EP 7
TCCC(戦術的戦闘犠牲者ケア)とワスプ薙刀
空を覆う死蜂機からの酸の雨。地上を埋め尽くす死蟻機の群れ。
そんな阿鼻叫喚の戦場のど真ん中、防衛ラインの崩れた瓦礫の陰に、俺は負傷した竜人族のイグニスを引きずり込んだ。
「がはっ……ゆ、優太さん……腕が、溶け……」
イグニスの右肩から腕にかけて、死蟲将軍機から受けた毒酸がジュウジュウと鱗を溶かしている。彼の強靭な竜人の肉体をもってしても、激痛と毒の回りで顔面は蒼白だった。
「喋るな。これよりCUF(交戦下ケア)からTFC(戦術的野外ケア)に移行する」
俺の声は、日常のそれとは完全に切り替わっていた。
一切の感情を排した、医療従事者にして戦場のプロフェッショナルの声。
リュックを下ろし、即座に『CAT(戦闘用止血帯)』を取り出す。腕の付け根、傷口より心臓に近い位置にバンドを通し、ベルクロで固定。そのままプラスチック製のロッド(風車)を全力で回転させ、動脈を物理的に締め上げる。
「ぐぅぅぅぅっ!?」
「痛いだろうが我慢しろ。腕を失うよりマシだ」
出血が止まったことを確認し、ロッドをロック。さらに、溶けている傷口を浄水で洗い流し、血液を急速凝固させる『クイッククロット(止血剤入りガーゼ)』を傷口の奥深くまで直接詰め込む。
「仕上げだ」
俺は医療ポーチから、薄緑色の液体が入ったシリンジ(注射器)を取り出した。
これは以前、俺が真面目に村の溝掃除や魔物退治で稼いだポイントを注ぎ込んだ『100Pガチャ』で引き当てた地球の広域抗毒素と、ポポロ村の陽薬草の成分を混合させた特製解毒ポーションだ。
それをイグニスの太ももに、躊躇なくブスリと突き刺し、全量を注入する。
「……っはぁ、はぁっ……」
数秒後。イグニスの荒い呼吸が嘘のように落ち着き、傷口の腐食がピタリと止まった。
劇的な効果だ。死蟲機の猛毒すら中和してみせた。
「お、おお……? 痛みが、引いていく……すげぇ、マジですげぇぞ優太さん!」
イグニスは驚愕に目を丸くし、傍らに落ちていた両手斧を掴もうとした。
「これなら、俺様はまだ戦え――」
ガシッ。
俺の右手が、イグニスの肩を掴んだ。
力任せではない。大東流合気柔術の理合を用いた、骨格の構造を完全に支配する『崩し』の技術。イグニスは全く抵抗できず、再び地面に尻餅をつかされた。
「黙って後方に下がれ。戦場における医官の命令は絶対だ」
俺は冷たい眼差しでイグニスを見下ろした。
「お前はよく防衛ラインを支えた。死甲虫機のヘイトを稼いでくれたおかげで、村人たちの避難が完了した。立派な戦果だ。……あとは、俺に任せろ」
イグニスは息を呑んだ。
目の前に立つパーカー姿の男から放たれるオーラが、ただの非戦闘員のそれではなかったからだ。それは、絶対的な死線(地獄)を幾度も潜り抜けてきた、本物の戦闘員の放つ静かな殺気だった。
俺は立ち上がり、リュックの側面に固定してあった金属製の円筒を引き抜いた。
チャキッ、と手首をスナップさせると、円筒が瞬時に伸長し、鋭利な刃を持つ『薙刀』へと変形する。
俺のメインウェポン――『折りたたみ式ワスプ薙刀』。
これは、サメなどの大型海洋生物を一撃で仕留める地球の兵器「ワスプ・インジェクター・ナイフ」の理論を、薙刀に組み込んだ特注品だ。刃の内部に超高圧のCO2ガスボンベが仕込まれており、刺突と同時にガスを対象の体内に注入し、内部から破裂・凍結させるという極悪な代物である。
『ギギギ……有機物、生命反応アリ……排除スル……』
俺の存在に気づいた死蟻機の群れが、一斉に押し寄せてくる。
俺は深く息を吐き、システマの呼吸法で全身の筋肉を完全に弛緩させた。
「――無双薙刀流」
群れが襲いかかってきた瞬間、俺の身体は流れる水のように動いた。
力で装甲を斬り裂くのではない。戸田派武甲流の精緻な間合い操作で敵の攻撃をすり抜け、関節の隙間、装甲の継ぎ目といった『解剖学的弱点』のみを正確に薙ぎ払う。
刃が関節の駆動系を切断し、次々と死蟲機が機能停止して地に伏していく。
一切の無駄がない、臨床手術のような冷徹な制圧。
『ギギィィィッ!』
雑兵が通じないと判断したのか、死蟲将軍機を乗せた巨大な死甲虫機が、戦車のような質量で突進してきた。上部の将軍機からは、先程イグニスを撃ち抜いた毒酸の雨が連射される。
俺は脚の筋肉を爆発させ、八極拳の歩法である『震脚』からの『闖歩』を踏み込んだ。
ドンッ! と地面が陥没し、俺の身体は弾丸のような速度で前傾姿勢のまま突進。
酸の雨を紙一重で潜り抜け、死甲虫機の巨大な大顎の下、完全に死角となる懐へと飛び込んだ。
「診断完了だ。甲殻は硬いが、関節のメカニクスが三流だな」
俺は死甲虫機の頭部と胴体を繋ぐ、わずかな黒鉄の装甲の隙間に、ワスプ薙刀の刃を深々と突き立てた。
刃が内部の配線に到達した感触。だが、貫通させる必要はない。
手元のスイッチを、強く押し込む。
プシュゥゥゥゥッ!!
刃の先端から、極低温に圧縮された超高圧のCO2ガスが、死甲虫機の内部構造へ一気に噴射された。
行き場を失った高圧ガスは、分厚い装甲の内部で爆発的に膨張する。どんなに外側を強固な装甲で固めていようと、内側からの圧力には耐えられない。
『ギッ!? ガガガガガガッ――!?』
死甲虫機の巨大な体が、風船のように不自然に膨れ上がり、内部の駆動音が悲鳴のようなノイズに変わった。
そして。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
重厚な黒鉄の装甲が、内側からの超圧力によって木っ端微塵に吹き飛んだ。
凍結した機械の残骸と体液が四散し、無敵を誇った巨大兵器は一瞬にして鉄屑へと成り果てた。
上に乗っていた死蟲将軍機は、爆発の余波を食らって空中に放り出され、地面に無様に叩きつけられる。
「……ふぅ。ガスボンベ、残り2本か。補充しとかないとな」
俺はワスプ薙刀の刃を振り払い、残骸を踏み越えて、立ち上がろうとしている死蟲将軍機を見下ろした。
『ギ……ギギ……致命的損傷……修復プロトコル、起動……有機物、吸収シテ――』
将軍機は片腕を失いながらも、周囲に散らばった死蟻機のパーツを取り込み、悪魔合体で自己修復を始めようとしていた。しぶとい連中だ。
俺がトドメを刺すべく薙刀を構え直した、その時だった。
サァァァ……。
厚い雲が晴れ、戦場に銀色の光が降り注いだ。
天空に浮かぶ、真ん丸な『満月』の光だった。
「……あ、ああ……っ」
背後から、ひどく甘く、それでいて背筋が凍るような声が聞こえた。
「誰が許可しましたの……? 私の大切な村の畑を荒らし、私の、私の、私のだぁぁぁぁい好きな優太さんに、攻撃を仕掛けるなんて……っ♡」
ドォォォォンッ!!
村の防衛壁の頂上から、凄まじい衝撃波と共に何かが飛来し、俺と将軍機の間に着地した。
月光を背に浴びて立つそのシルエット。
手にはダブルトンファー。足元にはタローマン特注の安全靴。
「許しませんわ……絶対に、細胞の一片も残さず、ミンチにして差し上げます♡」
キャルル・ムーンハート。
満月の光を浴び、瞳のハイライトを完全に消失させた『ヤンデレ月兎族』が、ついに最凶の覚醒状態へと突入した瞬間だった。
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