EP 6
来襲、死蟲機の群れ
ズズズズズ……ッ!
ポポロ村の第三農区を震わせていた微かな地響きは、瞬く間に鼓膜を圧迫するほどの轟音へと変わった。
北の森――『天魔窟』と呼ばれる厄介なダンジョンが広がる方角から、朝靄を黒く塗りつぶすように「それら」は現れた。
カチャカチャと無機質な金属音と、ギチギチという有機的な顎の擦れる音が混ざり合う、おぞましい羽音と足音。
「……死蟲機の群れか」
俺――中村優太は、瞬時に敵の戦力を分析した。
かつての神蟲魔大戦の折、死蟲王サルバロスが生み出したという機械と虫の融合兵器。それがなぜ、天魔窟から漏れ出してきたのか。
(リーザの歌で異常成長した作物の強烈な魔力に引き寄せられたか、あるいは……ダンジョンの封印に何らかのイレギュラーが起きたか)
森の木々を薙ぎ倒して現れたのは、犬ほどの大きさがある『死蟻機』の群れ。その上空を、毒針を備えた『死蜂機』が編隊を組んで飛来する。
さらにその後方から、地響きの元凶である巨大な影が姿を現した。
『ギ……ギギギ……侵入、殲滅……有機物、吸収……』
全身を分厚い黒鉄の装甲で覆った、戦車ほどもある巨大なカブトムシ型の機械。
『死甲虫機』だ。
そして、その死甲虫機の背に鎮座するように乗っているのは、複数の死蟲機を悪魔合体させたような異形の指揮官クラス――『死蟲将軍機』だった。
「きゃあああっ!? な、なにあれ、気持ち悪い!」
「天魔窟のバグどもですわね!? なぜこんなところに!」
ルチアナとカグヤが泥だらけの作業着姿のまま悲鳴を上げる。
「緊急事態だ! 自警団、防衛ラインを構築しろ!」
村の監視塔から警報が鳴り響き、ポポロ村自警団が迅速に展開する。
彼らの装備は、ルナミス帝国の最新技術とドンガン地下帝国の技術が合わさった強力なものだ。
『撃てぇっ!』
ドォォォンッ! という轟音と共に、自警団の『魔導対空砲』と『魔導誘導バズーカ』が火を噴いた。
放たれた魔力弾が、空中の死蜂機を次々と撃ち落とし、地上を這う死蟻機の群れを爆砕していく。
「よし、自警団の火力なら雑魚は押し返せる。問題は……」
俺が視線を向けた先で、バズーカの直撃を受けた死甲虫機が、土煙の中から無傷で姿を現した。
『ギギ……脅威度・低……排除開始……』
強固な装甲は魔導弾を完全に弾き返し、死甲虫機はそのままの勢いで防衛ラインのバリケードを粉砕しにかかる。
「チッ、装甲が厚すぎるか」
俺は舌打ちし、リュックを下ろして『ある物』を取り出す準備を始めた。
「待ちなさい、優太! ここは私たち神の出番よ!」
ルチアナがドヤ顔で前に進み出た。隣にはカグヤも胸を張って立っている。
「ふふん、さっきは農作業で泥に塗れたけど、戦闘となれば話は別よ! 神の奇跡で、あんな虫ケラども一瞬でチリにしてあげるわ!」
「そうですわ! 月の女神の力、とくとご覧あそばせ!」
二柱の神が、両手を天に掲げる。
神々しいオーラが(泥だらけの作業着から)立ち上り、周囲の空気がビリビリと震え――。
「……あれ?」
ルチアナのオーラが、シュンッ……と音を立てて消えた。
「ど、どうしたのルチアナ? 奇跡が発動しませんわよ?」
「お、おかしいわね。もう一回……【天翔ける神の雷】! ……あれ?」
何度ポーズを決めても、魔法の火花一つ散らない。
ルチアナは焦ったように、ポケットから『エンジェルすまーとふぉん』を取り出し、画面をタップした。
『エラー:クレジットカードの限度額(100万円)を超過しています。今月の奇跡の発動は制限されています』
「あ……」
ルチアナの顔から血の気が引いた。
「しまったぁぁぁ! 昨日、月人君の限定ガチャで天井まで回したんだったぁぁぁ!」
「バカですの!? 神の奇跡をクレカ決済に依存しているなんて……ええい、わたくしがやりますわ! 【月光の浄化】!」
カグヤが扇子を振りかざす。
しかし、彼女の扇子からポロリとこぼれ落ちたのは、質屋の督促状だった。
「あ、あれ……? 神力が……空っぽ……?」
信者からの献上品を全て質屋にぶち込み、夜な夜なギャラ飲みに明け暮れていたツケが回ってきたのだ。彼女の神力は、すでにスッカラカンだった。
「……おい、お前ら」
俺は冷たい目でポンコツ神二人を睨みつけた。
「役に立たないなら引っ込んでろ。ルナとリーザを連れてシェルターに下がれ!」
「ひいいぃぃぃっ! ごめんなさぁぁぁい!」
ルチアナとカグヤは涙目になりながら、ルナとリーザを抱えて村の奥へと逃げ出した。
「お、俺様がやってやるぜぇっ!」
逃げ遅れた村人を庇うように前に出たのは、竜人族のイグニス・ドラグーンだった。
「こんなデカブツ、俺様の【イグニス・ブレイク】で一刀両断してやる!」
彼は両手斧に紅蓮の火炎を纏わせ、空高く跳躍した。
「うおおおおっ! 死ねぇっ!」
渾身の力で振り下ろされた斧が、死甲虫機の装甲に激突する。
ガキンッ!!
火花が散るが、死甲虫機の黒鉄の装甲には傷一つ付かなかった。
「なっ……硬ぇ!?」
驚愕するイグニス。その空中の隙を、敵指揮官である死蟲将軍機が見逃すはずがなかった。
『ギギ……排除……』
将軍機の腕が変形し、太い注射針のような銃身がイグニスを捉えた。
シュパッ!
「ぐあっ!?」
イグニスの肩を、毒液を帯びた酸の弾丸が貫いた。
空中で体勢を崩した彼は、そのまま地面に激しく叩きつけられる。
「がはっ……くそ、俺様としたことが……」
イグニスの傷口から、ジュウジュウと嫌な音を立てて毒酸が広がり始めている。
「イグニス!!」
俺はリュックを掴み、飛び出した。
空を飛ぶ死蜂機から酸の雨が降り注ぐ中、システマの歩法とCQCのカバーリング技術を駆使して、弾幕の死角を縫うように最前線へと駆ける。
「おい、しっかりしろ!」
イグニスのもとに滑り込み、即座に彼の状態を確認する。
「ゆ、優太さん……すんません。俺様、実家の親父たちに……純金の像、見せてやれなかった……」
「バカ言え。そんなもん、お前が自分で稼いで建てろ」
俺はイグニスの傷口を一瞥し、頭の中の『TCCC(戦術的戦闘犠牲者ケア)ガイドライン』を即座に適用する。
これは俺の領域だ。
「……治療を開始する。歯を食いしばれよ」
俺の目が、医官としての鋭く冷徹な光を帯びた。
群れなす死蟲機が、新たな標的(俺たち)を見定めて迫り来る中、戦場のど真ん中で極限の医療技術が幕を開ける。




