EP 5
配信バブルとLove&Money
「さぁさぁ全宇宙のリスナーさん! 見てくださいこの泥沼キャットファイト! 右が創造神ルチアナ様、左が月の女神カグヤ様です! ああっ、ルチアナ様がカグヤ様のドレスの裾を踏んづけたーっ! 現在、同時接続数30万を突破しましたぁーっ!」
ポポロ村の上空で、天使族のゴッドチューバー・キュララが実況の声を張り上げていた。
複数の小型魔導ドローンが、泥だらけで取っ組み合う二柱の神々を容赦なくマルチアングルで捉え、全宇宙の『ゴッドチューブ』へと生配信している。
「や、やめなさい! 映さないで! 私のフォロワーが減るじゃないの!」
「わ、わたくしの気品あるブランドイメージが崩壊しますわーっ!」
ルチアナとカグヤは慌てて顔を隠そうとするが、泥まみれのガテン系作業着姿では何をどうしても手遅れだった。コメント欄には草(w)とスパチャ(投げ銭)が滝のように流れていることだろう。
俺――中村優太は、畑の隅でアメスピの煙を吐き出しながら、このデジタルテロリズムを冷ややかに眺めていた。
(……情報戦の恐ろしさだな。神の威光も、配信のネタになれば一瞬で地に落ちる)
だが、このバズりまくっている状況を、絶対に許さない女が一人いた。
「――私のシノギ(太客)に、手を出さないでくれますのぉぉぉぉ!!」
ドゴォォォン! と土煙を上げて、第三農区の畑に一人の少女が乱入してきた。
芋ジャージに健康サンダル。手には使い古した空き缶(お賽銭箱代わり)。そして何故か、右の鼻の穴にはピカピカに磨かれた『五円玉』がガッチリと詰め込まれている。
海中国家シーランの元・人魚姫にして、現・極貧地下アイドルのリーザである。
「キュララ! 抜け駆けは許しませんの! 私の村で勝手にPVを稼いで、スパチャを独占するなんて言語道断ですわ!」
「えぇーっ、リーザ先輩? でも先輩、自分のチャンネル持ってないじゃないですかー」
「私がチャンネルですの!!」
リーザは無茶苦茶な理論を叫ぶと、鼻の穴に詰めた五円玉をフンッ! と勢いよく射出した。
ピィィン! という金属音と共に、五円玉はキュララのドローンの一つに見事命中し、カメラの向きをリーザへと強制的に向けさせた。恐るべき狙撃技術である。
「見なさい、全宇宙のファン(ATM)たち! 私のステージを!」
リーザは泥だらけの畑のど真ん中に立つと、自らの腹をポーンと叩いた。
「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン~! 月よ~月で~頭は ハーゲハゲでピーカピカ~!」
宴会芸『ハゲたぬきのポンポコ節』である。泥だらけの神々を背景に、芋ジャージの美少女が腹鼓を打つというカオス極まりない映像が、全宇宙へ配信されていく。
「な、なんなのよあの子……!?」
取っ組み合いを止めたルチアナとカグヤが、呆然とリーザを見つめる。
だが、リーザの真骨頂はここからだった。
ポンポコ節でリスナーの度肝を抜いた直後、彼女はスッと表情を変えた。極貧の芋ジャージ姿でありながら、その瞳には、一人のトップアイドルとしての『狂気』にも似たプロ意識が宿る。
「……さぁ、魔法の時間の始まりよ。貴方達の全てをちょうだい♡」
空気が、変わった。
リーザがマイク代わりに握りしめた大根を口元に寄せ、歌い出す。
曲目は、彼女の本気の持ち歌『Love & Money』。
「♪愛も富も一つの物~! ダイヤが欲しい、土地も欲しい~! 貴方の愛で生きていける~!」
腐っても人魚姫。その歌声は圧倒的だった。
透き通るような美声が、強欲極まりない歌詞に乗って畑に響き渡る。
そして、彼女のユニークスキル『貧乏神』と、スパチャを渇望する「底なしの欲望」が、奇跡的な化学反応を引き起こした。
ボォォォンッ!!
「……なんだ!?」
俺は思わず身構えた。
リーザの歌声(と欲望の魔力)を浴びた畑の作物たちが、異常な速度で成長を始めたのだ。
ネタキャベツは岩のように巨大化して艶やかな緑色に輝き、人参マンドラたちは筋骨隆々のマッチョボディへと進化してポージングを取り始めた。
「♪株券欲しい~! お城も欲しい~!」
リーザが投げキッスをするたびに、畑の野菜たちが光を放ち、ポポロ村の農区がまるで巨大なライブステージのような狂乱の渦に包まれていく。
「す、すごいですわ……!」
その光景を見て、泥だらけのカグヤがボロボロと涙を流し始めた。
「あんなボロボロのジャージを着て、パンの耳で飢えを凌ぎながら、それでも愛と富(タダ活)を求めて力強く歌い上げる魂……! それに比べて、質屋に通ってギャラ飲みに逃げていたわたくしの、なんとちっぽけなことか……!」
完全にリーザの歌にアテられたカグヤは、ふらふらと立ち上がると、懐からジャラッと銅貨を取り出した。
「受け取りなさい、私の魂よ!」
チャリーン! と、カグヤの全財産である銅貨数枚が、リーザの足元の空き缶に投げ込まれた。
「ちょっとカグヤ!? あんた何やってんのよ、それ帰りのジュース代でしょ!?」
ルチアナが慌てて止めるが、カグヤは「いいえ、これは推しへの投資ですわ!」と泣きながらサイリウム代わりにネギを振っている。
キュララも「うわーっ! 同接50万突破! リーザ先輩、凄いですーっ!」とカメラを回しながら大興奮だ。
(……やれやれ。平和なもんだな)
俺は苦笑し、手元の通信端末を開いて時間を確認しようとした。
だが、その瞬間。
『ピピッ……ピピッ……』
俺の左腕に巻かれたG-SHOCKが、低く無機質なアラーム音を鳴らした。
「……ん?」
気圧計の数値が、異常な速度で低下している。
天候の変化ではない。局地的な、極めて巨大な『何か』が魔力を伴って空気を押し潰しているような、不自然な気圧低下だ。
ズズ……ズズズズズ……。
地面が、微かに震え始めた。
巨大化したネタキャベツや人参マンドラたちが、怯えたように騒ぐのをやめ、土の中に潜り込もうとしている。
宴の熱狂が一瞬にして冷水を浴びせられたように凍りついた。
「優太さん……」
いつの間にか俺の隣に立っていたキャルルが、ピクリと長い兎の耳を震わせた。彼女のヤンデレじみた笑顔は消え去り、村を守るリーダーとしての鋭い顔つきに変わっている。
「……森の方から、嫌な匂いと、金属が擦れるような羽音が聞こえますわ」
俺は弾かれたように、ポポロ村の北――『天魔窟』と呼ばれる危険なダンジョンが広がる森の奥へと視線を向けた。
そこには、朝靄を黒く塗りつぶすような、おぞましい『群れ』の影が迫っていた。
「……キュララ、配信を切れ。ルチアナとカグヤはルナを連れて村のシェルターへ下がれ!」
俺はタバコを捨て、リュックから医療キットの固定バンドを引き締め直した。
平穏な日常は、ここまでだ。
ここから先は――俺たち(プロ)の領域である。
読んでいただきありがとうございます。
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