EP 4
ネタキャベツと神々のゴシップ
「ちょ、ちょっと待って! 私を収穫しないで! 代わりに、カグヤ様が先週、ドンガン地下帝国の質屋に『燕の子安貝』の偽物を持ち込んで、店主にガチギレされて出禁になった話をするから!」
「なっ……!? あ、あんた! なんでそんなこと知ってますの!?」
ポポロ村、第三農区。
朝の清々しい空気の中、カグヤの悲痛な叫び声が響き渡った。
彼女の足元に転がっているのは、ポポロ村が誇る特産品にして最悪のゴシップメーカー、『ネタキャベツ』である。収穫されそうになると、生き延びるために三面記事ばりのゴシップを大声で叫んで命乞いをするという、農家にとっては精神的ブラクラのような野菜だ。
「おい、カグヤ! あんた、ついに偽造品にまで手を出したの!? 神としてのプライドはないわけ!?」
隣の畝で、泥だらけのオーバーオールを着たルチアナがゲラゲラと笑い転げている。
しかし、彼女が収穫しようとしていた別のネタキャベツも、負けじと大声を張り上げた。
「待って! ルチアナ様の裏垢『@月人LOVE_永遠の17歳』のパスワードは『Tsukito_shisonou_0707』だよ! あと、先月の天界の道路補修予算を横領して、月人君の等身大アクリルスタンドを密輸してるよ!」
「ぎゃあああああっ!? バカッ、やめなさい! それ以上喋るなこのクソキャベツ!」
今度はルチアナが顔を真っ赤にしてキャベツを土に埋め戻そうとする。
「おほほほほ! 道路補修予算を横領!? 天界のインフラを犠牲にしてまで推し活ですの!? 最低ですわね、創造神格公務員失格ですわ!」
「あんたに言われたくないわよ! 偽物詐欺の貧乏神!」
「なんですって!? やりますの!?」
暴露された恥部を突きつけられ、二柱の神は完全にキレた。
キャベツを放り出し、泥だらけの作業着のまま、互いの髪の毛を掴み合ってのキャットファイトが勃発する。
「痛い痛い! 引っ張らないでよこのポンコツ月の女神!」
「貴女こそ離しなさいよ、この横領ソシャゲ廃人!」
――そんな神々の醜い争いを、少し離れた場所から腕を組んで見下ろしている男がいた。
竜人族のイグニス・ドラグーンである。
彼はポポロ村の自警団員として、キャルル村長から「神々の労働監督」を任されていた。立派な両手斧を背負い、腕には『監督』と書かれた腕章を巻いている。
(くくく……俺様も出世したものだぜ。あの高位の神々を、顎で使って監督してるんだからな……!)
イグニスは内心、恐怖で足が震えていた。相手は世界神である。機嫌を損ねれば指パッチン一つで消し炭にされるかもしれない。だが、見栄っ張りの彼にとって、このシチュエーションはあまりにも「オイシイ」ものだった。
イグニスは周囲をキョロキョロと見回し、誰も見ていないことを確認すると、懐から魔導通信石(スマートフォン型)を取り出した。
そして、泥まみれで取っ組み合いをしているルチアナとカグヤを背景にして、自分が一番偉そうに腕を組んでいるアングルで「自撮り」を始めたのだ。
(よし、この角度なら『神々を平伏させる俺様』に見えるぜ……! これを実家の親父とお袋に送ってやる。『拝啓、俺様はついに神々すら傅かせる英雄になりました。純金の像の建設場所は空けてありますか?』っと……送信!)
故郷の親に虚勢を張るための、完全なコラージュ(というより構図詐欺)画像である。イグニスは満足げに鼻から『大火炎』の煙をプシュッと吹き出した。
現場の底辺作業員が、さも自分がプロジェクトリーダーであるかのようにSNSに投稿する、あの悲しき承認欲求の極みだった。
「……イグニス。遊んでないで、そっちの畝の収穫を進めろ。日が昇りきると葉の鮮度が落ちるぞ」
俺――中村優太は、イグニスの背後を通り過ぎながら淡々と声をかけた。
「ひぃっ!? ゆ、優太さん! あ、遊んでねぇッスよ! ちゃんと監督してるッス!」
俺の凄みに、イグニスは慌てて魔導通信石を隠し、両手斧を構えて見回りのフリを始めた。どうやら彼は俺のことを「本物のヤバい奴」として認識しているらしい。
俺はため息をつきながら、再び畑に向き直る。
目の前には、俺を収穫させまいと息巻いているネタキャベツが鎮座していた。
『フフフ……俺を切ろうとするなら、お前の恥ずかしい過去を――』
ザシュッ。
キャベツが言葉を発するより早く、俺はリュックから抜いたタクティカルナイフを閃かせた。
フィリピン武術『サヨック・カリ』の技術を応用した、神速の刃捌き。キャベツの根元である「声帯(に相当する芯の管)」をコンマ一秒で正確に切断する。
『――ッ!?(声が出ない!?)』
音を奪われたキャベツを、俺は無造作にカゴへと放り込んだ。
『ピロン♪』
脳内に、どこからともなく軽快な電子音が響く。
【善行システム通知:丁寧かつ迅速な農作業(地域貢献)を確認。+1P。現在の行動の蓄積により、ボーナス+50Pが加算されました。】
「よし。これでまたガチャが回せるな」
俺は心の中でガッツポーズをした。
この『地球ショッピング』における100Pガチャは、運命力と善行の蓄積がレア度を左右する。こうして真面目に働き、村の経済に貢献し、他者を助けることが、いざという時の戦術兵器や医療物資の確保に直結するのだ。
神々のように己の欲望のままに動いていては、決して手に入らない力である。
「いやぁぁぁ! 私のカツラを引っ張らないでよ! あ、それ地毛だったわ!」
「あんたこそ、わたくしのドレスの裾を踏まないで!」
隣の畝では、ルチアナとカグヤが未だに泥だらけで転げ回っている。
ネタキャベツたちは「やれやれ!」「もっとやれ!」「ちなみにルチアナ様、体重3キロサバ読んでるよ!」と周りで野次を飛ばすという、地獄のようなカオス空間が形成されていた。
「……あいつら、本当に神なのか?」
俺はアメスピを取り出し、軍用マッチで火を点けながら呆れ返った。
TCCCガイドラインに照らし合わせるまでもない。あいつらは戦力外だ。放置しておいても死なないだろうから、勝手にやらせておくのが一番のトリアージである。
だが、事態は思わぬ方向へ転がり始めようとしていた。
ブーン……という、蜂の羽音のような小さな機械音が上空から聞こえてきた。
「ん?」
俺が空を見上げると、そこには小型の魔導ドローンが数機、畑の上空を旋回していた。レンズがしっかりと、泥だらけで取っ組み合う神々と、それを煽るネタキャベツたちを捉えている。
「あーっ! 見つけましたわーっ! 特ダネです!」
空の彼方から、派手な光の粒子を撒き散らしながら飛来する一つの影。
背中に純白の翼を生やし、キラキラのアイドル衣装に身を包んだ天使族の少女――ゴッドチューバーのキュララ・アルセルラだった。
「ハイハ~イ、全宇宙のリスナーのみんな、おはようございます! キュララちゃんのゲリラ配信、始まりますよーっ!」
彼女は空中に浮かんだまま、手元のカメラをルチアナたちに向けた。
「今日の企画はなんと!『【神回】世界神2柱、ポポロ村でドロドロ農作業&暴露キャットファイト配信!』ですっ! もうすでに同接10万人突破! PVが爆上がりしてますよー!」
「なっ……!? キュララ!? ちょっと、配信切りなさいよ!」
「わたくしの、わたくしの高貴な姿が全宇宙に……!?」
ルチアナとカグヤが泥だらけの顔でカメラに気づき、悲鳴を上げる。
俺は灰皿に煙草を落とし、嫌な予感に眉をひそめた。
ゴッドチューバーの配信。それはすなわち、さらなるトラブルメーカーをこの場に引き寄せるという絶対的なフラグだったからだ。
「――私のシノギに、手を出さないでくれますのぉぉぉぉ!!」
遠く村の方向から、猛烈な土煙を上げて、芋ジャージ姿の人魚が鼻に五円玉を詰めた状態で突進してくるのが見えた。
読んでいただきありがとうございます。
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