EP 3
強制労働への道と、エルフの善意
「ひいいいぃぃぃっ!? や、やめて! 神の御顔に傷がつくぅ!」
「わたくしは月の女神ですのよ!? 顔面への打撃はご勘弁をぉぉ!」
ルチアナとカグヤの悲鳴が、ポポロ村の静かな夜明け前の空気を切り裂いた。
ファミレスでの無銭飲食未遂から数時間。ヤンデレモードに突入したキャルルの『月影流・顎砕き』の素振りを目の前で見せられた二柱の神々は、あっさりと全面降伏した。
そして現在、時刻は早朝の5時。
朝靄が立ち込めるポポロ村の広大な農地で、神々は悲壮な顔をして立っていた。
「さぁ、働かざる者食うべからず、ですわ。優太さんのお財布に空けた穴は、労働でキッチリ埋めていただきますからね」
キャルルは完璧な(目が笑っていない)笑顔で、二人に「作業着」をぽいっと手渡した。
「……な、なにこれ。なんで私が、タローマン製のガテン系作業着を着なきゃいけないのよ! 私はハイブランドのドレスしか着ない主義なのに!」
「そうよ! わたくしにこんな泥臭いヤッケを着せるなんて、不敬罪で神罰を下しますわよ!」
文句を垂れるルチアナとカグヤだったが、キャルルがトンファーを軽くチャキッと鳴らすと、秒で黙って着替え始めた。
数分後。そこには、派手な金髪と黒髪の美女が、土に塗れるのに最適なオーバーオールと、村で支給された健康サンダル(長靴ですらない)を履いて立ち尽くす姿があった。
神々しさは完全にゼロである。完全に「休日に駆り出された気の毒な手伝いのお姉ちゃん」になっていた。
「よし、着替えは済んだな」
俺――中村優太は、首にタオルを巻き、愛用のG-SHOCKのタイマーをセットしながら二人に近づいた。
俺自身はすでに、村の溝掃除を終わらせてきたところだ。これで『善行システム』のポイントが+50P入る。ちりつもだが、この積み重ねがガチャのレア度を左右するのだ。
「いいか、お前たちのファミレスでの飲食代、合計金貨5枚と銀貨3枚だ。ポポロ村での農作業の時給は、初心者なら銅貨5枚が相場だ。つまり、単純計算で……お前らは今日一日、フルタイムで働いても返しきれない」
「嘘でしょぉぉぉ!? 私の100万円の限度額カードがあれば、こんなの一括で……!」
「今月90万使ってて、引き落とし前で残高不足だろ。現実を見ろ。払えないなら、体で払え」
俺の冷徹な宣告に、ルチアナはガクッと膝から崩れ落ちた。カグヤも「私の蓬莱の玉の枝が……」と質屋を思い出して咽び泣いている。
「ふふっ、大丈夫ですのよ、神様たち」
そこへ、朝食代わりのパンの耳をかじりながらリーザがやってきた。
「私も、こうしてタダ活と日雇いで逞しく生きてますの。地道に稼げば、パンの耳にマヨ・ハーブをかけられる日も来ますわ。一緒に泥水をすする仲間ですのね……!」
リーザの目は、またしても深い慈愛に満ちていた。貧乏神の共鳴が止まらない。
「嫌ぁぁぁ! 私は絶対にパンの耳なんて齧らないわよ!」
ルチアナが叫ぶが、容赦なく畑仕事の時間が始まった。
「さぁ、今日収穫してもらうのは、ポポロ村の特産品たちですわ」
キャルルが畑を指差す。
「午前中は『人参マンドラ』と『ネタキャベツ』の収穫をお願いしますね。傷をつけると売り物にならないから、丁寧に、かつ素早くお願いしますわよ」
「……はぁ。なんで私が。ええい、土いじりなんて魔法で一発で――」
ルチアナが指先を鳴らし、魔法で一気に収穫しようとした瞬間。
「あぁ〜! 見つけましたわ! 優太さん、キャルルちゃん、リーザちゃん!」
ふわふわとした最高級のドレスを翻し、場違いなほど華やかなオーラを放ちながら、一人のエルフの少女が畑に駆け込んできた。
次期エルフ女王候補であり、世界樹の加護(ヤンデレ気味)を一身に受ける天然少女、ルナ・シンフォニアである。
「ルナ。お前、また道に迷ってたのか? ここは村の第三農区だぞ」
「えへへ……方向音痴なのは世界樹様のご愛嬌ということで! それより、私も村のお手伝いをしに来ましたの! みんなで土いじり、楽しそうですわね!」
ルナはニコニコと純真無垢な笑顔を振りまいている。
しかし、俺のCQC(近接戦闘)で鍛えられた危機察知能力が、ビンビンと警報を鳴らしていた。
ルナの『善意』は、時にテロに等しい破壊力を持つ。
「あら? そちらの作業着の方々は……ルチアナ様とカグヤ様ではありませんか?」
ルナは不思議そうに小首を傾げた。
「まあ、神様たちが自ら農作業を? 素晴らしいことですわ。でも、お顔が真っ青です。ひょっとして……お腹が空いていらっしゃるの?」
ギクッ、とルチアナとカグヤの肩が揺れる。
実際、二人はファミレスでたらふく食ったはずだが、朝の冷え込みと慣れない作業着の屈辱で、ゲッソリとやつれて見えた。
「かわいそうに……私、お腹を空かせている人を放っておけませんわ!」
ルナの瞳が、純度100%の善意に輝いた。
「世界樹様、どうかこの哀れな神様たちに、極上の恵みを!」
ルナが『世界樹の杖』を天に掲げた。
瞬間、畑の土がボコボコと異様に隆起し、凄まじい魔力が渦巻き始めた。
(……マズい!)
俺は即座に事態を理解した。ルナは無自覚に「市場破壊級の超高級作物」を錬成しようとしているのだ。
以前もこれで、王都の果物市場の価格が暴落し、経済が崩壊しかけたことがある。
「神様たち! 今すぐ、世界最高峰の『プラチナ・メロロン(純金と同価値の超高級メロン)』を百個ほどお出ししますわね! これを食べれば、元気百倍ですわ!」
「ひゃ、百個ぉ!? ちょっと待って、それ市場に流したらポポロ村の経済が――!」
キャルルが青ざめて叫ぶ。
「いっくよー! はぁぁぁぁ……!」
ルナが杖を振り下ろそうとした、そのコンマ一秒の隙。
俺は大地を蹴り、システマの歩法で一瞬にしてルナの間合いに踏み込んだ。
「させねぇよ!」
『無双薙刀流・大東流合気柔術』の崩し。
ルナの腕を優しく、だが絶対的なベクトルで制圧し、杖の軌道をスッとずらす。
同時に、足払いをかけてルナの体勢をふわりと崩し、地面に座り込ませた。
「きゃっ!?」
ルナが目をパチクリさせる。杖からの魔力放出は空の彼方へ霧散し、畑の隆起はスゥッと元に戻った。
「ルナ。お前の善意はインフレを起こす。市場が崩壊するから、高価なものの錬成は禁止だと言ってるだろ」
俺はしゃがみ込み、ルナの頭を軽く小突いた。
「うぅ……優太さん、意地悪ですわ。せっかくお腹いっぱいにしてあげようと思ったのに……」
ルチアナとカグヤは、呆然と俺たちを見ていた。
「あ、あんた……次期女王の魔法を、素手で……?」
「しかも、ただの体術で……?」
「俺は医官だからな。患者(この場合は村の経済とルナの精神)を傷つけない制圧術くらい心得てる。ほら、ルナはそこで大人しくしてろ。リーザ、ルナにゆで卵を分けてやってくれ」
「はいですの! ルナ様、私と一緒にタダ活の極意を学びましょう!」
リーザに連れられていくルナを見送り、俺は再び神々に向き直った。
「さて。余興は終わりだ。労働の時間だぞ、神様」
「ううっ……鬼、悪魔……!」
「わたくし、絶対に筋肉痛になりますわ……」
愚痴をこぼしながらも、二人はキャルルに渡されたカゴを背負い、畑へと向かった。
だが、ポポロ村の農作業は、単なる肉体労働では終わらない。
「……ぎゃあぁぁぁぁっ! 離してぇぇぇぇ!」
ルチアナが地面から『人参マンドラ』を引き抜いた瞬間、人参が凄まじい悲鳴を上げ、手からすり抜けて猛ダッシュで逃げ出したのだ。
「あ、こら! 待ちなさいよこの人参!」
ルチアナが健康サンダルをペタペタ鳴らしながら、脱走する人参を追いかけて畑を走り回る。
一方のカグヤは、大きなキャベツを収穫しようと包丁を入れた。
『……ちょ、ちょっと待って! 私を切らないで! 代わりに、ルチアナ様が昨夜、月人君の限定ガチャで爆死して泣きながら課金してた裏垢のパスワード教えるから!』
「なっ……!? 喋った!? しかもなんてゲスいゴシップを……!」
『ネタキャベツ』の放つ強烈な三面記事ネタに、カグヤはドン引きして尻餅をついた。
「おい、ルチアナ! お前、私に内緒で月人君のガチャ回してたのね!? しかも爆死ってどういうことよ!」
「ち、違うわよ! あれは戦略的撤退よ! それよりそっちのキャベツ、これ以上喋らせないで!」
脱走する人参。ゴシップを叫ぶキャベツ。
そして、それらに振り回されて畑を泥だらけになって走り回る二柱の神。
「……よし。いい運動になりそうだな」
俺はG-SHOCKのストップウォッチを作動させながら、深く紫煙を吐き出した。
ポポロ村の平穏な(?)一日は、まだ始まったばかりである。
読んでいただきありがとうございます。
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