EP 2
ルナキンでの晩餐と、貧乏神の共鳴
ポポロ村のメインストリートに、不夜城のごとく煌々と看板を輝かせる施設がある。
24時間営業ファミレス『ルナキン・ポポロ支店』。
ルナミス帝国が誇る一大チェーンのこの店舗は、ポポロ村の緩衝地帯という土地柄もあり、冒険者から近隣諸国の兵士、流民までが入り乱れるカオスな空間となっている。
その奥の広めのボックス席。
俺――中村優太は、手元の端末で淡々と合計金額を弾き出しながら、目の前で繰り広げられる惨状を静観していた。
「店員さーん! ハンバーグ・ルナミス風のダブルと、海老ドリア! それから食後に苺パフェの特大サイズね! あ、ドリンクバーも絶対につけて!」
「わたくしは、ロックバイソンの極厚ステーキをレアで。それと、サケスキーのボトルを一番高いやつで入れなさい。神の胃袋を満たす栄誉を、この店に与えてあげますわ」
ルチアナとカグヤは、メニューも見ずに次々と最高値の品を注文していく。
ジャージとサンダルからハイブランドのドレスに着替えても、中身の図々しさは一切変わっていない。むしろ「神の威光」という大義名分を得たせいで、タカリの規模がスケールアップしている。
「……なるほど。ハンバーグ・ルナミス風ダブルが銀貨5枚、ステーキが金貨1枚、サケスキーの高級ボトルが金貨2枚か。すでに俺の月給(自衛官時代の換算)の数日分が消えようとしているな」
俺がTCCC(戦術的戦闘犠牲者ケア)ばりの冷静さで被害状況を行っていると、隣の席から凄まじい勢いで「ヨイショ」の声が飛んだ。
「ささ、カグヤ様! もっとお飲みくださいませの! 神様のお肌が、今日は一段と輝いておりますわ!」
「おほほ! そうでしょう、そうでしょう! お前、芋ジャージなんてみすぼらしいものを着ているけれど、なかなか気が利くじゃないの!」
地下アイドルにして極貧人魚姫のリーザが、満面の笑みでカグヤにサケスキー(アルコール度数37度)をドバドバと注いでいた。
カグヤはすっかり上機嫌で、グラスを煽っては顔を赤らめている。
リーザの目は、獲物を狙う深海魚のようにギラギラと光っていた。
彼女のユニークスキル『貧乏神』による悪運耐性なのか、それとも単なるタダ活のプロとしての生存本能なのか。リーザは酔い潰れたカグヤから、ワンチャン「おこづかい」を引き出そう、あわよくば財布の中身を頂戴しようと画策しているのだ。
(……やめとけ、リーザ。そいつから奪えるのは負債だけだぞ)
俺が内心で警告を発するのも虚しく、リーザの魔の手が、カグヤの傍らに置かれたハイブランドの鞄へと静かに伸びた。
「神様のカバン、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、拝見しますの……(キラキラしたお宝が入っているはずですの!)」
リーザが鞄の留め具を外し、中身を覗き込む。
しかし、次の一瞬。
リーザの顔からスッと表情が消え、まるで真空パックされたかのように虚無の顔になった。
俺は視力を凝らして、鞄の中身を読み取った。
そこに入っていたのは、金貨でも宝石でもない。束になった紙切れだった。
一番上に見えるのは、見慣れたルナミス帝国の書式。
『質入れ証書:蓬莱の玉の枝(借入額・金貨500枚)』
『質入れ証書:仏の御石の鉢(借入額・金貨300枚)』
そして、その下には赤字でデカデカと印字された封筒。
『重要:お支払いのご案内(最終督促)』
「…………」
リーザは無言で鞄の留め具をカチリと閉めた。
そして、自分の使い古したリュックから、大事そうに何かを取り出した。タローソンの廃棄弁当争奪戦で勝ち取ったであろう、「マイゆで卵」である。
リーザはそのゆで卵の殻を丁寧に剥き、半分に割ると、そっとカグヤのステーキの横に置いた。
「……カグヤ様。これ、食べますの? タンパク質は、大事ですのよ……」
先程までのギラギラした眼差しはどこへやら。今のリーザの目は、同じ極貧のどん底を這いずる「同類」に向ける、生温かくも深い慈愛に満ちていた。
カグヤはキョトンとしてゆで卵を見た。
「え? あら、庶民の食べ物ね。でも、なんだか凄く同情されているような気がするのだけれど……?」
「いいから、食べるんですの。明日を生きるために……塩ならありますのよ」
「よ、よくわからないけれど、いただくわね……」
神と地下アイドルが、ファミレスの席でゆで卵を分け合う。謎の感動的な絆が生まれかけているが、騙されてはいけない。こいつらは俺の財布で飲み食いしているのだ。
「ぷはぁーっ! 食った食った! やっぱりルナキンのパフェは最高ね! 月人君のライブの疲れも吹っ飛ぶわ!」
一方のルチアナは、巨大な苺パフェを完食し、満足げに腹をさすっていた。
彼女の指には、ちゃっかり月人の新作ライブグッズのリングが光っている。それ買う金があるならメシ代を払え、と言いたい。
「よし、じゃあそろそろ行くわね! 優太、また来るわ!」
「ごきげんよう。この村の空気も、少しはマシになりましたわね」
二柱の神々は、伝票には一切目を向けず、しれっと席を立って出口へ向かおうとした。
完璧な食い逃げのムーブである。
「――おい、待て」
俺はCQC(近接格闘)のステップを応用し、音もなく二人の背後に回り込んで退路を塞いだ。
「えっ……な、なに? 優太?」
「お見送りかしら? 気安く触らないでちょうだいね」
俺は手に持った伝票を、二人の目の前にピラリと突きつけた。
「自分たちの飲み食いした分は、きっちり払ってもらおうか。合計で金貨5枚と銀貨3枚だ。あ、外に停めてあるレンタカーの延長料金は含まれてないからな。それは自分で精算しろよ」
冷徹な声で宣告する。俺は善人だが、ATMではないのだ。
ルチアナとカグヤは、信じられないものを見るような顔をした。
「はぁ!? 優太、あんたバカじゃないの!? 私達は神なのよ!? 神様がわざわざこんな辺境のファミレスで食事をしてあげたんだから、奢られて当然でしょ!」
「そうですわ! むしろ神と相席できたのだから、貴方たちが感謝のお布施を払うべきですのよ! 質屋の返済……じゃなくて、天界の維持費のために!」
逆ギレである。神としてのプライドと、圧倒的な金欠がもたらす悲しき防衛本能だった。
「払えないなら、皿洗いでもなんでもして体で払え。俺は軍人だが、無銭飲食を見逃すほど甘くはないぞ」
俺がシステマの呼吸法で気を整え、万が一の実力行使に備えようとした、その時だった。
「――あらぁ? どこのどなたかと思えば、随分とセコい神様たちですこと」
氷のように冷たい声が、ファミレスの店内に響き渡った。
通路の奥から歩み出てきたのは、ポポロ村村長、キャルル・ムーンハートだった。
彼女の特注安全靴が、コツン、コツンと床を鳴らす。
その両手には、すでに愛用の「ダブルトンファー」がしっかりと握られていた。
「キャ、キャルル……?」
ルチアナが引きつった声を出す。
「優太さんのお財布を当てにするなんて、いい度胸してますわね。何時から、貧乏神にジョブチェンジされたのかしら?」
キャルルの目が、一切の光を失った漆黒のヤンデレアイに変わっていた。
彼女から放たれる闘気が、ファミレスの空調を上回る冷気を生み出している。
「村の経済を回さず、私の大切な優太さんにたかる害虫には……ポポロ村特製の、ご熱いヤキ入れが必要ですわね♡」
「「ひいいいぃぃぃっ!?」」
ルチアナとカグヤの情けない悲鳴が、金曜日の夜のポポロ村に響き渡った。
俺はため息をつきながら、伝票をポケットにしまい、アメスピの箱を指で叩いた。
(……さて、ここから先は戦傷救護(TCCC)の出番になりそうだな)
神々への強制労働の幕が、今、切って落とされた。




