第七章 神々、ポポロ村にてツケを払う
高級車とポンコツ神の降臨
ポポロ村の朝は、異世界と現代日本が奇妙に融合した独特の活気に満ちている。
ルナミス帝国、アバロン魔皇国、レオンハート獣人王国の三カ国が接する絶妙な緩衝地帯。見渡せば、広大な畑には丸々と太った「月見大根」や、太陽の光を燦々と浴びる「陽薬草」が風に揺れている。
だが、その牧歌的な風景のすぐ背後には、24時間営業のファミレス「ルナキン」の巨大な看板が聳え立ち、少し歩けばガテン系御用達のホームセンター「タローマン」が店を構えている。
俺――海上自衛隊出雲艦隊所属、一等海尉・中村優太は、村長宅のキッチンで黙々と玉ねぎを炒めていた。
今日は金曜日だ。曜日感覚を失わないためにも、金曜日のカレーは必須事項である。
飴色になるまで炒めた玉ねぎに、タローマートで仕入れたロックバイソンのブロック肉を投入する。じゅうっと音を立てて脂が跳ね、スパイシーな香りがキッチンに広がった。
「よし、いい感じだな」
ふぅと一息つき、俺は愛用のジーンズのポケットからアメリカンスピリット――アメスピの箱を取り出した。庭先へ出て、軍用マッチで火を点ける。
紫煙をくゆらせながら、のどかな村の風景を眺める。
かつてハワイで俺に戦術のイロハを叩き込んだ元Navy SEALsの教官は言っていた。
『タバコは現場の泥臭い奴や現地民と一瞬で仲良くなれる最強のコミュニケーションツールだ。兵士ってのはな、市民たちに地獄を見せないために、自ら地獄の中にどっぷり浸かって綺麗掃除するのが役目だ。嫌なら教会でお祈りして、ママのミルクを飲んでる事だ。分かるか、優太? ハッハッハッハ!』
教官の豪快な笑い声を思い出し、俺は小さく口角を上げた。
俺は一人の医官であり、戦闘員だ。無双薙刀流の免許皆伝として、戦う力はある。だが、俺の本来の目的は「救う」ことだ。この奇妙だが平和な村の日常を守れるなら、悪くない。
――そんな俺の平穏な金曜日の朝は、突如として響き渡った異音によって打ち破られた。
「……ん?」
アメスピの煙越しに、未舗装の街道の先を見る。
ブォォォォン! という、このファンタジー世界にはおよそ似つかわしくない重低音のエンジン音が近づいてくる。
土煙を上げてポポロ村に乗り込んできたのは、漆黒の四輪駆動車だった。
角ばった無骨なフォルム、フロントグリルのエンブレム。俺の愛車であるランドクルーザー250とは違うが、見覚えがある。あれは地球のメルセデス・ベンツ、Gクラス――いわゆる「ゲレンデ」だ。
異世界にあるはずのない車が、なぜここにあるのか。ルナミス帝国の魔導車にしては、あまりにも地球製すぎる。
キキィッ! と乱暴にブレーキを踏んで、黒の高級車が村の広場に停まった。
「ふぅ……未舗装の道は走りにくくて嫌になっちゃうわね。でも、さすがは高級車。乗り心地は悪くなかったわ」
運転席のドアが開き、ハイヒールの音が響く。
降りてきたのは、この場に似つかわしくないほどの美貌を持つ二人の女性だった。
一人は、輝くような金髪をなびかせ、ハイブランドのサングラスを頭に乗せた女。もう一人は、黒髪のロングヘアに、どこか和洋折衷の雅なドレスを纏った女。
世界神・ルチアナと、月の女神・カグヤである。
「あら、本当に田舎の村ですのね。空気が泥臭くて、私の肌が荒れてしまいそうですわ」
「文句言わないの、カグヤ。ここは私の庭みたいなものなんだから」
神々しいオーラを放ちながら(実際、彼女たちは神なのだが)、二人はドヤ顔で広場を見渡した。
周囲の村人たちは、突如現れた謎の美女と黒塗りの高級車に、遠巻きにざわめいている。
俺は携帯灰皿にアメスピを押し当てて火を消すと、ゆっくりと車に近づいた。
俺の目は、医官としての観察眼と、CQC(近接戦闘術)における状況分析の癖が染み付いている。視界に入った情報を瞬時に脳内で処理する。
まず、ルチアナ。
普段は『エンジェルすまーとふぉん』をいじりながらジャージに健康サンダルでコタツに引きこもっているはずの彼女が、今日は全身ハイブランドで固めている。だが、よく見るとジャケットの袖口のタグが妙に新しい。買ったばかりか、あるいは……。
次に、カグヤ。
月兎族や人狼族から信仰される月の女神。彼女も豪華な装飾品を身につけているが、ネックレスの宝石とドレスのブランドの釣り合いが取れていない。どこか「あり合わせの高級品」を身につけたような、チグハグな印象を受ける。
そして、何より――。
「……あれ、ナンバープレートの端に『わ』って書いてあるな」
俺の呟きに、ルチアナの肩がビクッと跳ねた。
「あのエンブレムからして、ルナミス帝国の技術で地球の車を再現したんだろうが……『わ』ナンバーってことは、レンタカーだな」
俺は冷静に事実を指摘した。
ルチアナが顔を引きつらせる。カグヤは意味がわかっていないのか、扇子で口元を隠して「おほほ」と笑っている。
「しかも、見栄張って一番高いクラスを借りたんだろ。ルチアナ、お前の『エンジェルすまーとふぉん』に付いてるクレカ、限度額100万円で、先月は90万使って首が回らなくなってたよな? 絶対に金ないぞ、お前ら」
「ち、ちちち、違うわよ! これはその……神の威光を示すための、戦略的投資よ! ルナミス帝国のレンタカー業者も、神が乗って宣伝になるんだから光栄に思ってるはずよ!」
焦ったように早口でまくしたてるルチアナ。
カグヤが隣で不満げに口を尖らせた。
「ちょっとルチアナ。私に『迎えに行くから準備なさい』と言ったときは、ご自分の車だと言っていたではありませんか。まさか借り物ですの?」
「う、うるさいわねカグヤ! 細かいことを気にするからPV(視聴率)が伸びないのよ!」
「なんですって!? 私のチャンネルのほうが、貴方の泥沼社内恋愛ドキュメンタリーよりよっぽど気品がありますわ!」
「あぁん? 質屋通いの貧乏神が何言ってんのよ!」
村の広場のど真ん中で、最高位の神々が小学生のような口喧嘩を始める。
俺は盛大にため息をついた。
(……つまり、二人とも金が尽きて、レンタカーでタダ飯を食いに来たのか)
完全に状況を理解した。
ルチアナは朝倉月人へのオタ活とソシャゲへの課金で火の車。カグヤは信者からの献上品を質屋に売り飛ばしてはギャラ飲みに消える自転車操業。
給料日前で手持ちがなくなり、「神の威光」を笠に着て、顔見知りである俺のところにメシをたかりに来たに違いない。
「あー、わかったわかった。喧嘩はやめろ」
俺が声をかけると、ルチアナはハッとして、コホンとわざとらしく咳払いをした。そして、ビシッと俺を指さしてドヤ顔を決める。
「そ、そうよ! 優太と私の中じゃない! わざわざ天界から降りてきてあげたんだから、さぁ、盛大にもてなしなさいよ! ルナキンでもいいし、村の特産品でもいいわ!」
「わたくしも、庶民の村にしては空気が良いですから、特別に滞在を許可してあげますわ。最高級のフルコースを用意なさい」
神としてのプライドだけは一丁前らしい。財布の中身はスライム並みにスカスカのくせに。
俺がどうやってこの面倒な神々を追い返すか(あるいは労働力として畑に叩き込むか)をTCCCガイドラインに則ってトリアージ(優先順位付け)しようとした、その時だった。
「――あらぁ? 朝から随分と騒がしいと思ったら……」
背後から、氷のように冷たく、それでいて酷く甘ったるい声が響いた。
振り返ると、そこにはポポロ村村長――キャルル・ムーンハートの姿があった。
ラフな現代風の格好に、タローマンで特注した安全靴。手には愛らしい人参柄のハンカチを握っているが、その後ろ手にはしっかりと愛用の「ダブルトンファー」が隠されている。
「優太さんに馴れ馴れしい……じゃなかった、随分と立派な『お客様』ですね♡」
キャルルは、完璧な笑顔を浮かべていた。
そう、目だけが全く笑っていない、完璧なヤンデレスマイルである。
相手の心音から嘘を見抜くキャルルの耳には、ルチアナたちの「タダ飯目的」の浅ましい心音が丸聞こえなのだろう。彼女はポポロ村を、そして俺たち(シェアハウス仲間)の平穏な日常を何よりも大切にしている。
「あの……村長さん?」
ルチアナがキャルルの異様な気迫に気付き、一歩後ずさる。
「なんだか、恐ろしいほどの闘気を感じますわ……」
カグヤも扇子を持つ手を震わせた。
さらに、キャルルの足元からひょっこりと顔を出したのは、片手にパンの耳、もう片手にゆで卵を持った芋ジャージ姿の人魚姫――リーザだった。
「むぐむぐ……キャルル様ぁ、この人たち、お金の匂いがまったくしませんの。むしろ、マイナスのオーラ(負債)が漂ってますの。私の『貧乏神』スキルが共鳴していますわ」
鋭すぎるリーザの嗅覚に、神々が「ひっ」と息を呑む。
怒れるヤンデレ月兎族と、タダ活のプロである地下アイドル。
俺は、これから始まるであろう凄惨な「おもてなし(物理)」を予感し、そっと自分のリュックの中身――止血帯(CAT)と医療キットのストックを確認した。
「……仕方ない。昼飯のカレー、多めに作っておくか」
金曜日のポポロ村に、波乱の幕が開こうとしていた。
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