EP 10
異世界のファミレスと、医官の胃薬
禁忌の合成獣の脅威が去り、ポポロ村に再び完全な平和が戻ってから数日後。
村の広場に隣接する集会所は、中村優太の【地球ショッピング】のスキルによって、異世界ルナミス大陸においてかつて誰も見たことのない『異常な空間』へと姿を変えていた。
煌々(こうこう)と輝く地球のLED照明。
ゆったりとくつろげる、真っ赤なフェイクレザーのボックス席。
そして、フロアの最奥に鎮座する、光り輝く機械の要塞。
「す、すげぇドス! この『ドリンクバー』っていう魔法の機械、ボタンを押すだけで黒くて甘いシュワシュワの水が無限に出てくるドス!!」
「こっちの緑色の水と混ぜると、さらに美味いぞ! まさに錬金術だ!」
「ポテトフライも最高だよぉ! 止まらないよぉ!」
地球が誇る究極の娯楽飲食施設――『ファミリーレストラン』である。
村の復興と、豊作、そして自警団の勝利を祝し、優太は貯まりに貯まった善行ポイントを大放出して、集会所を完全なファミレス仕様に改装したのだ。
提供されるメニューは、ハンバーグ、オムライス、ピザ、山盛りのフライドポテトといった、地球の極上ジャンクフードの数々。
村人たちはドリンクバーの前に長蛇の列を作り、異世界の錬金術(ジュースの混ぜ合わせ)に熱中してどんちゃん騒ぎを繰り広げている。
「……馬鹿どもめ。糖分と脂質の過剰摂取は、糖尿病と脂質異常症への片道切符だぞ。だが……今日ばかりは、部隊の士気回復のための必要経費として目を瞑ってやる」
一番奥のボックス席に深く腰掛けた優太は、ブラックコーヒーの入ったマグカップを片手に、G-SHOCKの盤面で村の復興状況の最終データを確認しながら、小さく息を吐いた。
激戦の疲労も抜けきり、村の平和は完全に保たれている。
医官としての任務は、これで全て完了したはずだった。
――しかし。彼の休まらない『戦場』は、別の形で幕を開けようとしていた。
「優太さーん!! お待たせしました!」
ふわりと、陽薬草の香りと共に、月兎族のキャルルがボックス席に飛び込んできた。
彼女の手には、鉄板の上でジュージューと音を立てる、特大の『ウサギ型・チーズハンバーグ』が乗せられている。
「ほら、優太さん! 私が愛情をたっぷり込めて成形した特製ハンバーグです! さぁ、私がフーフーして、あーんしてあげますから、お口を開けてください!」
キャルルがウサギの耳をパタパタと揺らしながら、優太の右隣にピタリと密着して座り込む。彼女のしなやかな太ももと柔らかい肩が、優太の右半身にギュッと押し付けられた。
「おい、キャルル。近い。鉄板が熱いし、俺は自分で食える……」
「ダメですわキャルル様! 抜け駆けは許しませんのよ!」
優太が抗議する間もなく、今度は反対側から純白のドレスが滑り込んできた。ルナ・シンフォニアである。
彼女が優雅に持ち運んできたのは、地球のメニューを再現した『特大チョコレートパフェ』……の上に、なぜか大量の『純金のインゴット』がトッピングされた、狂気のスイーツだった。
「優太様! 激務で疲れたお体には、やはり甘いものと富が必要ですわ! さぁ、エルフの王女自ら、このパフェを優太様のお口へと……」
「金塊をパフェに乗せるな! 歯が欠けるだろうが! お前の経済観念はどうなっているんだ!」
「はわわっ、すみません! では金塊は避けて、生クリームを……あぁんっ♡」
ルナが長いエルフの耳を赤く染めながら、優太の左腕にガシッと抱きつく。豊満な胸の感触が、優太の左腕を容赦なく圧迫する。
「ちょっとお二人とも!! ドクター・ユウタの隣は、高額納税者である私の特等席ですわーっ!!」
さらに正面から、臙脂色の芋ジャージを着た人魚・リーザが、両手に山盛りのフライドポテトを抱えて乱入してきた。
「今日のMVPはこの私ですわ! 私の歌がなければ全滅していましたのよ!? その対価として、今から私が優太さんの膝の上に座って、ポテトを一本ずつ食べさせてあげますわーっ! スパチャ(投げ銭)です! 物理的なスパチャの還元ですわーっ!!」
リーザはテーブルを乗り越えんばかりの勢いで、優太の膝の上を陣取ろうとジタバタと暴れ始めた。
「きゃっ! リーザちゃん、邪魔しないでください! 私は優太さんにハンバーグを食べさせるんです!」
「むっ! リーザ様、後から来て横入りはマナー違反ですわ! ドクターは私のパフェを食べるんですの!」
「アイドルに一般常識は通用しませんわ! Love & Money!! さぁ優太さん、私の膝枕を……!」
「……お前らなぁ……っ!」
右腕にはハンバーグを押し付けてくる月兎の村長。
左腕にはパフェを押し付けてくるエルフの次期女王。
正面には膝の上を奪おうと暴れる強欲な人魚姫。
三人のヒロインから同時に放たれる、規格外の好意と愛情の物理的な圧力。
どんな強固な魔物の装甲も冷徹なロジックで粉砕してきた最強の医官であったが、この好意度100%の「限界突破イチャイチャ包囲網」からは、逃れる術がなかった。
「離れろ! お前ら、熱いし重いんだよ! 俺の陣地に土足で踏み込むな!! キャルル、ソースが服につく! ルナ、だから金を退けろ! リーザ、鱗が冷たい!!」
優太の怒声も虚しく、ヒロインたちは「もー、優太さんは照れ屋さんですね!」「ええい、私の愛情を食らえですわ!」「スパチャ! スパチャ!!」と、ますますワチャワチャと彼に絡みついていく。
完璧な指揮で戦場を支配した男が、三人の少女に完全に制圧され、髪をボサボサにしながら「俺は保育士じゃないぞ……」とげっそりと白目を剥いていた。
***
「……ハァ、ハァ……。あいつら、群れた虫やキメラよりよっぽど厄介だぞ……」
数分後。
なんとか自力で三人の包囲網から抜け出し(煙幕代わりにコショウを撒いて物理的に振り払い)、命からがらファミレスの裏口へと逃げ出した優太は、夜風に吹かれながら肩で息をしていた。
無傷でボスを倒したというのに、なぜか今の方が遥かに深刻なダメージ(主に精神と胃)を負っている。
「ガハハハハハッ!!」
裏口の星空の下。
壁に背中を預け、ジョッキになみなみと注がれたイモッカ(芋焼酎)を飲み干しながら、イグニスが腹を抱えて大爆笑していた。
「いやぁ、傑作だぜ! どんなデカい魔物相手でも顔色一つ変えねぇ優太が、女どもに完全に制圧されて逃げ出してきやがる! ガハハッ! モテる男は大変だな!」
イグニスは赤銅色の尻尾を揺らしながら、最高の酒の肴だと言わんばかりに笑い転げている。
「……笑い事じゃない。あいつらの好意は出力調整が完全にバグってるんだ。おかげで、胃に穴が空きそうだ」
優太は深く、本当に深くため息をつき、タクティカル・マウンテンパーカーのポケットからアメスピの箱を取り出した。
イグニスはジョッキを置き、自分のポーチからゴソゴソと何かを取り出した。
「まぁ、なんだ。お前が一人で貧乏くじ引いて、村のために頭回してくれてんのは、あの三人も含めて、皆ちゃーんと分かってるからよ。……ほれ」
イグニスがぽいっと投げ渡してきたのは、見覚えのある小瓶――優太が以前、地球ショッピングで取り寄せ、救急箱に入れておいた『地球の胃薬(粘膜修復成分配合)』だった。
「優太の悪知恵のおかげで今日も村は平和だが、お前の胃袋には相当ダメージが来てるみたいだからな。……『医官の処方箋』だ、飲んどけ」
イグニスが、にかっと竜の牙を剥き出しにして笑う。
「……」
優太は、イグニスの投げた胃薬をキャッチし、呆れたように、しかし少しだけ嬉しそうに目を細めた。
ファミレスの扉の向こうからは、「優太さんどこに行きました!?」「優太様ーっ!」「私のATMーっ!」と騒ぎながら自分を探している三人娘のやかましい声が聞こえてくる。
まったく、どいつもこいつも手のかかる、最高に面倒くさい連中だ。
冷徹なロジックなど欠片も通じない、打算と計算の外側にいる規格外のバカたち。
だが。
背中を預けられる相棒がいて。
自分の指示を信じて命を懸けてくれる、騒がしくも温かい仲間たちがいる。
そして、彼らが笑顔で飯を食えるこの『ポポロ村』という場所が、今の優太にとっては、地球のどんな安全な要塞よりも心地の良い『自分の陣地(居場所)』になっていた。
優太は胃薬を水で飲み下し、アメスピを口に咥えて軍用マッチで火をつけた。
シュッ、という音と共に、細く吐き出された紫煙が、春の澄み切った星空へと吸い込まれていく。
「……お前らみたいな手のかかる部隊を抱えちまったんだ。胃薬くらいじゃ、到底足りそうにないな」
優太はふっと自嘲するように笑い、イグニスに向かって、自分の持っていた缶コーヒーを軽く掲げた。
「ガハハ! なら、明日は薬草でも摘みに行くか! 乾杯だ、最高の相棒!」
「ああ。乾杯だ」
カチンッ、と。
ジョッキと缶が触れ合う音が、静かな夜の裏路地に響く。
ファミレスの熱気と喧騒。
仲間たちからの痛いほどの愛情。
そして、星空の下で交わす、男二人の静かな笑い声。
ポポロ村自警団の夜は、優太のささやかな胃痛と共に、どこまでも騒がしく、そして優しく更けていく。
彼らが紡ぐ無自覚な善行と、最強のロジスティクスの物語は、読者の心に「この最高のパーティーを、ずっと見ていたい」という確かな温もりを残し、次なる章へと続いていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




