EP 9
解毒のロジスティクスと、仲間の証明
『グォォォォォォォォォォォォンッ!!!!』
ポポロ村の広場に、キメラ・バジリスクの地鳴りのような咆哮が響き渡る。
獅子の巨体、竜の鱗、そして巨大な毒蛇の尻尾。三つの異なる生態系を無理やり繋ぎ合わされた異形の合成獣は、ただそこに存在するだけで、周囲に致死性の『赤紫色の毒霧』を撒き散らしていた。
「ひぃぃぃっ! 毒の霧が迫ってきますわ!」
リーザが悲鳴を上げ、キャルルとルナも思わず後ずさる。
どんなに高い身体能力や魔法の力があろうと、呼吸器官から直接侵入してくる化学兵器(毒ガス)を前にしては、生身の体では数秒で命を落とす。まさに絶望的な理不尽の暴力だった。
だが、自警団の絶対的指揮官である中村優太の顔には、微塵の焦りもなかった。
「呼吸を止めろ! そして、これを被れ!!」
優太はタクティカルリュックのジッパーを一気に引き下げ、中から『四つの黒いマスク』を取り出し、仲間たちへと放り投げた。
【地球ショッピング】で事前に取り寄せ、常に部隊の人数分をストックしていた『軍用・高性能防毒』である。
「な、なんですのこれ! こんな豚のお鼻みたいなマスク、アイドルの顔面が台無しですわ!」
「文句を言うな! 特殊活性炭とHEPAフィルターが、神経毒も強酸ガスも分子レベルで完全に吸着・遮断する。生き残りたければ一秒で装着しろ!」
優太の冷徹な号令に、四人は慌ててガスマスクを顔に被り、バンドをきつく締めた。
直後、広場を赤紫色の毒霧が完全に飲み込む。
「……っ!!」
キャルルが思わず目を瞑るが、ガスマスクのフィルターを通した空気は、不気味な色の霧の中にあっても、驚くほど無臭で澄み切っていた。
「息が……できます! 全然、毒の匂いがしません!」
ガスマスク越しのくぐもった声で、キャルルが歓喜の声を上げる。
「すごいぜ優太! さすが最強の悪知恵だ!」イグニスもガスマスクの下で牙を剥いて笑った。
「パッシブ防御はあくまで時間稼ぎだ。これより、反撃のオペレーションに移行する!」
優太は自身もガスマスクのフィルターをカチャリと締め直し、手にした折りたたみ式の『ワスプ薙刀』をシャキィン!と展開した。
「相手は無知性な合成獣だ。だが、生物である以上、神経伝達と呼吸、そして急所は必ず存在する。俺たち全員の力で、奴を解剖するぞ!」
「「「はいっ!!」」」
優太のタクトが振り下ろされ、ポポロ村自警団の完璧な反撃が幕を開けた。
「リーザ! お前の歌で、奴の三半規管を狂わせろ! 音波兵器として最大出力だ!」
「任せなさい! ガスマスク越しのハスキーボイスも、また一興ですわーっ!」
リーザが魔導マイクを握りしめ、強欲のシャウトを放つ。
『さぁ平伏しなさい! 私のステージよ!! (Love & Money!!)』
ドゴォォォォォォォンッ!!
指向性を持たせた暴力的な音圧と魔力の波が、キメラ・バジリスクの三つの耳にダイレクトに直撃した。
『ガ、ギャァァァァァァァァッ!?』
平衡感覚を完全に破壊されたキメラが、泥酔したように足元をふらつかせる。
「イグニス! 毒霧の主成分は有機化合物だ。気化している今なら、火を放てば粉塵爆発を引き起こせる! 前方の視界をクリアにしろ!」
「ガハハ! 汚物は消毒ってやつだな! 【大火炎・爆風ブレス】!!」
イグニスの口から放たれた極太の炎が、周囲に立ち込める赤紫色の毒霧に引火した。
ボォォォォォォォォォォォンッ!!!
凄まじい爆発と熱風が広場を吹き抜け、視界を遮っていた毒霧が一瞬にして燃え尽き、消失する。
「ルナ! 奴の足を縫い止めろ! 精密なコントロールだ!」
「はいっ! ドクター・ユウタ!」
エメラルドグリーンの瞳を輝かせたルナが、世界樹の杖を地面に突き立てた。
「出力3%! 【精霊の千本樹】!!」
ズゴゴゴゴォォッ!
広場の石畳を突き破り、鋼鉄のような硬度を持った大樹の根が、ふらついていたキメラの四肢と毒蛇の尻尾に絡みつき、地面へと完全に縫い付けた。
『ギ、ギルルルルルルルッ!!』
身動きが取れなくなったキメラが、背中の強固な竜の鱗を逆立てて暴れる。
「キャルル!! 奴の延髄(首の後ろ)を覆っている、あの黒い竜の鱗を砕け! 俺の刃を通す道(メスを入れる隙)を作れ!!」
優太の最後の指示が飛ぶ。
「行きます!! ポポロ村の平和は、私たちが守る!!」
紫電の闘気を全身に纏ったキャルルが、地面を爆砕して跳躍した。
月影流の全てを込めた、極限の右足。彼女の蹴りは、ガスマスクを装着していてもなお、美しい流星のようだった。
「【月影流奥義・紫電崩壊脚】ゥゥゥッ!!」
ドガァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!
キャルルの安全靴が、キメラの首の後ろ、最も分厚い竜の鱗にクリーンヒットする。
紫電の魔力が衝撃波となって爆発し、絶対に砕けないはずの黒曜石の鱗が、粉々にひび割れ、吹き飛んだ。
『ギャァァァァァァァァァァァァッ!?』
キメラの防御が、完全に剥がれ落ちた。
装甲の下から、生々しい赤い肉と、急所である『延髄』が露わになる。
「……道は開いた」
仲間たちが繋いでくれた、完璧な数秒間の隙。
優太は一切の無駄のない動作で、キメラの首元へと滑り込んだ。
彼の手には、地球ショッピングで取り寄せた『超強力・即効性筋弛緩剤(手術用麻酔の原液)』を致死量まで塗りたくった、ワスプ薙刀が握られている。
「俺一人の力じゃ、こんなバケモノには絶対に勝てない」
優太は、冷徹な医官の瞳で、キメラの露出した延髄を見据えた。
恐怖はない。あるのは、仲間への絶対的な信頼だけだ。
「だが、あいつらが作ってくれた完璧な術野なら……」
優太は、全身の体重と運動エネルギーを、薙刀の切っ先一点に乗せた。
「俺のロジック(刃)は、確実に命(急所)を断つ」
ザクッ……!!!!
優太の放った一撃が、キメラ・バジリスクの延髄の中心へと、吸い込まれるように、そして極めて正確に突き刺さった。
『――――ッ!!』
キメラは声にならない悲鳴を上げ、全身をビクンッと大きく反らせた。
「……中枢神経、遮断完了。麻酔、終了だ」
優太が薙刀を静かに引き抜く。
刃からキメラの体内に注入された超高濃度の筋弛緩剤と、中枢神経の物理的破壊。
二つのアプローチによる完璧な『医療的殺戮』により、キメラ・バジリスクの巨体は、毒を撒き散らす間もなく、ズズンッ……と重い音を立てて広場の中心に崩れ落ちた。
痙攣すら起きない、完全な即死(安楽死)だった。
静寂が、ポポロ村の広場に訪れる。
風が吹き抜け、最後の毒霧の残滓が完全に空へと消え去っていく。
「や、やりましたわ……!」
「倒した……倒したドス!」
物陰に隠れていた村人たちが、おそるおそる顔を出し、倒れた怪物を見て歓声を上げ始めた。
「……ふぅ」
優太は薙刀の血を払い、折りたたんでリュックにしまうと、カチャリとガスマスクを取り外した。
「優太さんっ!!」
ガスマスクを外したキャルルが、ウサギの耳を歓喜に震わせながら、一直線に優太の胸へと飛び込んできた。
「勝ちました! 勝ちましたよ、優太さん!!」
「痛い、勢いをつけるな」
口ではそう言いながらも、優太は飛び込んできたキャルルをしっかりと受け止めた。
ルナとリーザも、涙目で優太とキャルルに抱きついてくる。
「ガハハハハッ! 見たか! これが俺様たち、ポポロ村自警団の力だ!」
イグニスが豪快に笑いながら、キメラの巨体の上に立って勝利のポーズを決めている。
『――ピロリン♪』
優太の脳内に、天界からのファンファーレのようなシステム音が鳴り響く。
『禁忌の合成獣の完全討伐、および村の無傷防衛を確認しました! さらに、仲間との完璧な信頼関係による共闘に対し、善行ポイント【+10000 P】を特大付与! ルナミス大陸の歴史に、あなた方の絆が深く刻まれました!』
(……相変わらず、大げさなシステムだ)
優太は内心で苦笑しながら、ポケットからアメスピを取り出し、軍用マッチで火をつけた。
紫煙を細く吐き出し、自分にしがみついて離れないヒロインたちと、笑うイグニス、そして歓喜に沸く村人たちを見渡す。
「……俺一人の手柄じゃない。お前たちが作った完璧な道があったからこそ、メスが届いたんだ。よくやったな、お前ら」
優太は、不器用ながらも、はっきりと仲間たちを称賛した。
その言葉に、ヒロインたちの顔がパァッと花が咲くように明るくなる。
誰か一人が無双するわけではない。
全員の知恵と、勇気と、機転と、絶対的な信頼。それらが複雑に、そして完璧に噛み合った時、彼らの部隊はどんな理不尽な暴力をも凌駕する。
それが、医官・中村優太が率いる『ポポロ村自警団』という、最高で最強のパーティーの証明だった。
夕陽が沈み、広場に勝利の余韻が満ちていく。
脅威は完全に去った。あとは、この騒がしくて愛おしい仲間たちと共に、勝利の祝杯を挙げるだけだ。




