EP 6
愚劣な領主と、静かにキレる医官の包囲網
ポポロ村の広場は、かつてない熱狂と歓声に包まれていた。
春の収穫祭は大成功を収め、自警団の出店した『鉄板焼きそば』の屋台には、村人だけでなく隣街から訪れた行商人たちまでが長蛇の列を作っている。
「ガハハ! 焼きそば一丁上がりだ! ほらよ!」
「キャベツ追加します! 瞬獄千枚切り!」
イグニスの豪快な笑い声と、キャルルの超高速の包丁捌き。ルナの風魔法がソースの香ばしい匂いを運び、リーザが魔導マイクで客を呼び込む。
中村優太が構築した完璧な陣形は、祭りの空気を最高潮へと押し上げていた。
――だが。
その平和で騒がしい日常は、突如として割り込んできた『不快な闖入者』によって切り裂かれた。
「おい、そこをどけ! 下民ども! 領主サマの視察であるぞ!」
怒声と共に、武装した十数人の私兵が、祭りの列に並んでいた村人たちを乱暴に突き飛ばした。
道を開けさせた私兵の奥から、豪奢な貴族の服を着込み、丸々と太った男がふんぞり返って歩いてくる。
隣領マッカを治める悪徳貴族、ガリウス子爵である。
「……なんだ、この騒ぎは。干上がって泣き喚いているかと思えば、祭りの最中だと?」
ガリウスは、豊作に湧く村の光景と、山積みになった特産品の『星苺』を見て、ギリッと奥歯を噛み鳴らした。
この男こそが、ポポロ村の井戸を干上がらせるため、山奥の水源を土砂で堰き止めた張本人だった。村の生命線を断ち、土地を二束三文で買い叩くという陰湿な計画が、なぜか完全に破綻していることに、彼は激しい苛立ちを覚えていたのだ。
「領主サマ! こいつら、得体の知れない泥のような飯を作って売り捌いております!」
私兵の一人が、優太たちの屋台を指差して叫ぶ。
「ほう? 泥飯か」
ガリウスは屋台の前に歩み寄ると、客に渡そうとしてカウンターに置かれていた『焼きそば』の皿を、無造作に杖で払い落とした。
ガシャンッ!
皿が割れ、キャルルたちが丹精込めて作った焼きそばが、土埃にまみれて地面に散らばる。
「ああっ!? な、何をするんですか!」
キャルルが悲鳴を上げ、屋台の前に飛び出した。
「ふん。領主たる私の前で、下民が泥を啜るような真似をするなと言っているのだ。見苦しい」
ガリウスは豚のように鼻を鳴らし、キャルルたちを嘲笑うように見下した。
「だいたい、お前たちはなんだ。ポポロ村自警団だと? 笑わせるな。野蛮な『獣(月兎)』に、魔法を制御できない『落ちこぼれ(エルフ)』、薄汚い『トカゲ(竜人)』に、魚の生臭い女。こんなゴミの掃き溜めのような連中が……」
「てめぇ……!!」
イグニスが両手斧の柄を力一杯握りしめ、キャルルの両手からは怒りで紫電がバチバチと弾けた。
ルナも唇を噛み締め、リーザも悔しそうに顔を歪める。
「ほう? 領主である私に刃向かうのか? やってみろ。貴族への反逆罪で、この村ごと焼き払ってやるぞ!」
ガリウスが下劣な笑みを浮かべ、私兵たちが一斉に剣を抜いた。
手を出せば、村が滅ぶ。イグニスもキャルルも、それを理解しているからこそ、ギリギリのところで踏みとどまり、屈辱に震えるしかなかった。
「……武器を引け、イグニス、キャルル」
その時。
屋台の奥から、漆黒のマウンテンパーカーを着た男が、静かに歩み出てきた。
中村優太である。
「ゆ、優太さん……!」
「手を出せば、奴らの思う壺だ。……お前たちは、何もするな」
優太の顔には、一切の表情がなかった。
普段の気怠げな態度でもなく、冷静にロジックを語る時の顔でもない。
彼の目の奥から『光』が完全に消え失せ、まるで絶対零度の吹雪のように、恐ろしく冷たい殺気が漏れ出していた。
(……俺の作った飯を粗末にしたことには、目を瞑ってやる)
優太は、ガスマスクを首元から口元へとカチャリと引き上げた。
(だが……俺の陣地(村)を荒らし、俺の仲間を愚弄したことだけは、絶対に許さない。徹底的に解剖してやる)
「なんだ貴様は。孤児院の出か何かの、ただの人間か?」
ガリウスが優太を鼻で笑う。
「俺はただの医官だ。そして、公衆衛生を脅かす『害虫駆除』も俺の仕事だ」
「害虫だと……? 貴様、誰に向かって……!」
「ガリウス子爵。あんたの足元のブーツについている白い粉……『石灰岩の砕石が混じった造成土』だな。それと全く同じ成分の土が、先日、この村の上流の川を堰き止めていた現場で大量に採取されている」
優太は、ポケットから試験管に入った『白い土』を取り出し、ガリウスの目の前に突きつけた。
「なっ……!?」
ガリウスの顔が、一瞬にして引き攣った。
「ポポロ村の土地を不当に買い叩くための、意図的なインフラ破壊工作。……これだけでも十分に王宮に訴え出ることができるが、あんたの『本当の悪臭』は、そんなものじゃない」
優太は、一歩、また一歩とガリウスに歩み寄る。
「ここ数ヶ月、あんたの領地であるマッカの山奥で、自然界の摂理を無視した『魔獣の合成実験』が行われているという噂がある」
「で、でたらめだ! 証拠がどこにある!」
ガリウスが冷や汗を流しながら怒鳴る。「私兵ども、その無礼な男を斬り捨てろ!」
だが、優太から発せられる異常なプレッシャー(死線を潜り抜けてきた本物の軍人の圧)に気圧され、私兵たちは一歩も動けない。
「証拠なら、あんたたちが『着ている』じゃないか」
優太はタクティカルリュックから、地球ショッピングで取り寄せた『スプレーボトル』を取り出した。
中には、透明な液体(ルミノール試薬と過酸化水素水、そして触媒となる成分を調合したもの)が入っている。
「地球の科学力を舐めるなよ。血液の中には『ヘモグロビン』という鉄分が含まれている。俺の世界には、その鉄分と化学反応を起こし、目に見えない微量の血痕であっても青白く発光させる薬品がある」
「な、何を言っている……!」
「いくら水で洗い流そうが、隠蔽しようが、こいつは『一万分の一』に薄まった血の痕跡すら絶対に逃がさない。……真実を照らし出せ」
シュッ、シュッ!
優太がスプレーのノズルを引き、ガリウスの服や、私兵たちの鎧、そして彼らが乗ってきた馬車の荷台に向けて、特殊な薬品を広範囲に散布した。
ちょうど、夕暮れ時。
太陽が沈みかけ、薄暗くなってきた広場の中で――。
『ボワァァァァァァッ……!!』
「ヒッ……!?」
ガリウスが、情けない悲鳴を上げた。
薬品を浴びたガリウスの服の裾、私兵たちの鎧の隙間、そして馬車の荷台の奥から。
まるで亡霊の怨念のように、生々しく、どす黒い『青白い光』が、おびただしい数の血痕の形となって浮かび上がったのだ。
それは明らかに、人間の血の量ではない。そして、普通の獣の血痕でもない。
荷台から浮かび上がったのは、巨大な爪で引き裂かれたような、無残で冒涜的な『合成魔獣』の返り血の痕跡だった。
「ひぃぃっ! 光が、血の跡が光っているぞ!」
「あ、あれは禁忌とされている魔獣合成の痕跡じゃないか!?」
広場に集まっていた村人や、他領から来ていた行商人たちが、一斉にざわめき出した。
「さぁ、言い逃れできるならしてみろ。この青い光は、あんたの身勝手な欲望で解体され、繋ぎ合わされた命の叫びだ」
優太の冷徹な声が、ガリウスの逃げ道を完全に塞いだ。
「ち、違う! これは罠だ! この男が私に奇妙な魔法を……!」
「魔法じゃない。化学だ。それに、この場で最も確かな『証人』が、一部始終を見ていたはずだぞ」
優太が広場の奥に視線を向ける。
そこには、祭りの客に紛れて『焼きそば』を食べていた、屈強な男たちの集団がいた。
彼らはマントを脱ぎ捨てると、その下から『ルナミス帝国・王属特務騎士団』の紋章が刻まれた銀の鎧を露わにした。
「……見事な手際だ、ポポロ村の医官殿」
騎士団長が、焼きそばの皿を置いて歩み出てきた。
「我々も、マッカ領での違法魔獣実験の噂を追って内偵調査をしていたのだが、決定的な証拠が掴めずにいた。まさか、このような形で証拠(血痕)を炙り出してくれるとはな」
「なっ……! 王属騎士団だと!?」
ガリウスが完全に絶望し、膝から崩れ落ちた。
「ガリウス子爵。領地における重大な禁忌指定違反、およびインフラ破壊工作の容疑で、貴殿と私兵を身柄拘束する!」
「ば、馬鹿な……私が、こんな下民の村で……!」
騎士たちに取り押さえられ、縄をかけられるガリウス。
武力ではなく、圧倒的な『ロジック』と『証拠』による社会的な完全抹殺。
それは、優太が手を出さずとも、悪党を最も確実に地獄へと送る完璧な制裁だった。
「……覚えておけ」
連行されていくガリウスの耳元で、優太が氷点下の声で囁いた。
「次、あいつら(仲間)を少しでも侮辱するようなことがあれば……その時は警察に渡す前に、俺がお前の呼吸器官に直接メスを入れる」
「ヒィッ……!!」
本物の死神の目を見たガリウスは、泡を吹いて完全に気絶し、そのまま馬車へと引きずられていった。
***
騒動が去り、広場に静寂が戻る。
「……ふぅ。公衆衛生の改善(害虫駆除)、完了だ」
優太はガスマスクを首元に下げ、何事もなかったかのように携帯灰皿を開き、アメスピに火をつけた。
「ゆ、優太さん……!」
キャルルが、ウサギの耳を震わせながら優太の背中に飛びついた。
「優太さん、優太さんっ……! 私たちのために、あんなに怒ってくれて……!」
キャルルの目から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「勘違いするな。俺は衛生環境を保つために……」
「ガハハハ! 隠すな優太! お前、さっき完全にブチ切れてたじゃねぇか!」
イグニスが豪快に笑いながら、優太の肩にガシッと腕を回す。
「俺様たちを馬鹿にされて、自分のことより怒ってくれるなんてよ。本当に、お前ってやつは……最高の相棒だぜ!」
「優太様……! 私、優太様のこと、一生お慕い申し上げますわーっ!!」
「私の金主は、世界で一番カッコいいですのーっ!! Love & Yuta!!」
ルナとリーザも泣きながら優太に抱きついてくる。
「おい、離れろ! 暑苦しい! それに俺はキレてなどいない、極めて論理的に……」
三人のヒロインと、巨体の竜人に揉みくちゃにされながら。
冷徹な医官のロジックは、仲間たちからの熱すぎる愛と感謝の前に、あっさりと崩れ去っていくのだった。
夕闇が迫るポポロ村に、再び温かい笑い声が戻ってきた。
最強の医官が張った『絶対的な包囲網』は、仲間たちを傷つける全ての悪意を、一切の容赦なく駆逐したのである。
読んでいただきありがとうございます。
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