EP 5
ポポロ村・春の収穫祭と、鉄板焼きそばの兵站
ルナミス大陸に、本格的な春が到来した。
今日のポポロ村は、朝から村中が浮き足立ち、広場には色とりどりの旗が飾られて祝祭の空気に包まれている。
年に一度のビッグイベント、『春の収穫祭』である。
「優太先生! 見てくだせぇ、今年の『星苺』を!」
農夫のダストンが、籠いっぱいに詰まった赤く輝く巨大な苺を抱えて、満面の笑みで駆け寄ってきた。
「先生が山から新しい水脈を引いてくれたおかげで、過去最高の豊作ドス! 水分をたっぷり吸って、魔力も甘みも限界突破してますだ!」
「俺のインフラ整備はきっかけに過ぎない。お前たち農家の徹底した土壌管理の賜物だ」
広場の隅で、漆黒のタクティカル・マウンテンパーカーの上に地球の『業務用エプロン』を身につけた中村優太が、アメスピを咥えながらそっけなく返した。
「へへっ、相変わらず先生は謙虚ドスなぁ。今日のお祭りは、村の皆でパーッとやりましょうや!」
ダストンが嬉しそうに去っていくのを見送り、優太は携帯灰皿にタバコを捨てた。
「さて。俺たちも陣地の構築(屋台の準備)を始めるぞ。全員、配置につけ」
優太の冷徹な号令に、「「「はいっ!!」」」という元気な声が重なった。
今日、ポポロ村自警団の固定メンバーは、収穫祭の広場で『屋台』を出店することになっていた。
優太が【地球ショッピング】のスキルで取り寄せたのは、巨大な鉄板とガスバーナー、そして大量の『業務用ソース焼きそば(麺・ソース・青のり・紅生姜セット)』である。
「いいか。祭りの屋台における最大のロジックは、『圧倒的な嗅覚への暴力(匂い)』と『高回転率』だ。この二つを制する者が祭りを制する」
優太は鉄板の前に立ち、腕まくりをした。
「これより、自警団による『大規模・鉄板焼きそば提供オペレーション』を開始する! キャルル、まずは野菜のカットだ!」
「お任せください、優太さん! 私の愛の力、見せてあげます!」
エプロン姿のキャルルが、ウサギの耳をピンと立ててまな板の前に立った。
彼女の手には、優太が支給した地球の鋭い牛刀が握られている。
「【月影流・瞬獄千枚切り】!!」
ダダダダダダダダダダッ!!
音速を超える神速の包丁捌きにより、山のように積まれていた大量のキャベツが、瞬く間に完璧な均等サイズの千切り(短冊切り)へと姿を変えていく。一切の無駄がない、武術を極めた者だけが到達できる調理の極致だ。
「よし、完璧なカットだ。次は火入れ(オペ)だ。イグニス!」
「ガハハ! 待ってましたとばかりだぜ! 火力のコントロールなら任せとけ!」
鉄板の下に潜り込んだ竜人族のイグニスが、口から極小の『竜の火炎』を吐き出し、巨大な鉄板を均等な温度で一気に熱し始めた。
「鉄板の温度、200度で固定。……油を引くぞ」
優太がラードを鉄板に落とすと、ジューッ!という小気味良い音が響く。
すかさず豚肉を炒め、キャルルがカットしたキャベツを投入。全体に火が通ったところで、地球の『蒸し麺』を数十玉、一気に鉄板へダイブさせた。
「ここからが本番だ。水を入れて麺をほぐし……『特製粉末ソース』を投下する!」
優太が巨大な業務用ソースの袋を開け、鉄板の上に豪快に振りかけた。
その瞬間。
ジュワァァァァァァァァァァッ!!!
鉄板の上でソースが焦げる、暴力的なまでに食欲をそそる『あの匂い』が、白い湯気と共に爆発的に立ち昇った。
スパイスと果実の甘み、そして焦げた醤油とソースの絶妙な香ばしさ。異世界の住人がかつて嗅いだことのない、地球のB級グルメの最強の兵器である。
「くぅぅっ! なんですのこの匂い! お腹の虫が暴動を起こしそうですわーっ!」
芋ジャージの上に法被を着たリーザが、ヨダレを垂らしながら鉄板にへばりつく。
「ルナ! 今だ、風魔法でこの匂いを広場中に拡散しろ!」
「はいっ! ドクター・ユウタ!」
ルナが世界樹の杖を構え、エメラルドグリーンの瞳を輝かせた。
「出力1%! 【精霊の微風】ですわーっ!」
ルナの精密な風魔法が、鉄板から立ち昇るソースの匂いを優しく包み込み、ポポロ村の広場全体へと、まるで目に見えない絨毯爆撃のように拡散させていく。
「な、なんだこの匂いは……!?」
「すっげぇいい匂いがするぞ! 腹が減ってきたドス!」
「自警団の屋台からだ! 行ってみようぜ!」
匂いに釣られ、広場にいた村人たちが、まるで磁石に吸い寄せられるように優太たちの屋台へと殺到し始めた。
「よし、ターゲット(客)が接近中! リーザ、接客と集客のバフをかけろ!」
「任せなさい! アイドルの本領発揮ですわ!」
リーザが屋台の前に立ち、魔導マイクを握りしめて極上のウインクを放つ。
「さぁさぁ皆様! いらっしゃいませーっ! ポポロ村自警団特製、『優太さんの愛情たっぷり・鉄板焼きそば』ですわよ! 今なら私のスマイル(金貨一枚相当)を無料でお付けして、一皿たったの銅貨三枚ですのーっ! Love & Money!!」
リーザのカリスマ性(と音波バフ)にあてられ、屋台の前には瞬く間に長蛇の列が形成された。
「へいお待ち! 出来立てだ、火傷に気をつけろよ!」
イグニスが豪快に笑いながら、優太が盛り付けた焼きそばの皿を次々と客に渡していく。
「うおおおっ! なんだこれ、麺がモチモチで、この黒い汁が甘辛くて最高ドス!」
「上に乗ってる赤い草(紅生姜)が良いアクセントになってる! おかわりだ、おかわり!」
村人たちは、初めて食べる『地球の屋台焼きそば』の味に完全に魅了され、屋台は想像を絶する大繁盛となった。
「キャルル、キャベツ追加! イグニス、鉄板の右側の温度を少し上げろ!」
「はいっ! 瞬獄千枚切り、第二陣行きます!」
「おう! 竜の種火、追加だ!」
優太の完璧な指揮のもと、五人の連携はまるで一つの生き物のように美しく機能していた。
誰か一人が欠けても、この熱狂とスピードは生み出せない。
飛び交う指示、響き渡る笑い声、鉄板の熱気、そしてソースの焦げる匂い。それは、かつて優太がいた血生臭い戦場とは対極にある、最高に平和で、最高に幸福な『戦場』だった。
***
夕暮れ時。
収穫祭のピークが過ぎ、広場にランタンの優しい灯りがともり始めた頃。
自警団の屋台は、用意していた数百食分の焼きそばを全て完売(完封勝利)していた。
「……ふぅ。本日の作戦、無事完了だ。全員、よくやった」
優太がエプロンを外し、額の汗を拭いながら労いの言葉をかけた。
「やったーっ! 大大繁盛でしたわね!」
「皆様の笑顔が見られて、私もとっても幸せですわ!」
キャルルとルナが、ハイタッチをして喜び合う。
「ふふふ……これだけの売り上げ、私のプロデュース力のおかげですわね! 優太さん、ボーナスを要求しますの!」
売り上げの銅貨がぎっしり詰まった袋を抱きしめ、リーザが強欲な笑みを浮かべている。
「ボーナスはこれだ。……まかない(残りの焼きそば)を食うぞ」
優太は、自分たち用に最後に取り分けておいた特盛りの焼きそばを、皆の前にドンッと置いた。
「「「わぁぁぁっ!!」」」
ヒロイン三人の目が、銅貨以上にキラキラと輝く。
「ガハハ! 俺様はこいつと一緒にいただくぜ!」
イグニスが、冷えたジョッキに注がれたイモッカ(芋焼酎)を片手に、豪快に焼きそばをかき込んだ。
「くぅ〜っ! 疲れた体に、この甘辛いソースと酒が染み渡るぜ! 最高だ!」
優太も、ベンチに腰を下ろし、割り箸を割って焼きそばを口に運んだ。
チープだが、計算し尽くされた化学調味料の旨味。地球の祭りで食べた、あの懐かしい味がする。
「んん〜っ! 優太さん、これすっごく美味しいです! 私、毎日これが食べたいです!」
キャルルが、口の周りにソースをつけながら極上の笑顔を向けてくる。
優太は無言のまま、自分のポケットからティッシュを取り出し、キャルルの口元を軽く拭ってやった。
「あ……っ、ゆ、優太さん……」
キャルルがボフンッと音を立てて顔を赤くする。
「ずるいですわ! 私の口元にもソースがついておりますわよ!」
「私もですの! 優太さん、拭いてくださいませ!」
ルナとリーザが、わざとらしく口の周りを汚して優太に顔を近づけてくる。
「……お前ら、自分で拭け。ティッシュはそこにある」
優太は冷たく言い放ち、手元のコーヒーを啜った。
「もー、優太さんのいけずぅ……」
文句を言いながらも、ヒロインたちは楽しそうに笑い合い、イグニスはそれを見てガハハと笑い飛ばしている。
優太は、アメスピを取り出して火をつけた。
紫煙越しに見つめる、仲間たちの笑顔。
そして、遠くから聞こえてくる、村人たちの楽しげな祭りの喧騒。
(……悪くない)
優太は、心の中で静かに呟いた。
承認や見返りなんて、いらない。誰かに崇められたいわけでもない。
ただ、自分が自分の意思で選び取ったこの『陣地(居場所)』で、バカみたいに騒がしい仲間たちが、こうして笑って焼きそばを食っている。
その事実だけで、医官・中村優太の心は、これ以上ないほどの完璧な充足感で満たされていた。
春の夜風が、ソースの残り香と仲間たちの笑い声を乗せて、ポポロ村の空へ優しく溶けていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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