EP 10
祭りの後と、静寂を破る国境の足音
ポポロ山の中腹に完成した『魔導雪山サウナ』と、それをお披露目した『雪山サウナ&フードフェス』の大熱狂は、夜の帳が下りると共に静かな余韻へと変わっていった。
観光客たちは満足げな顔で山を下り、あるいは村に整備された宿場へと引き上げていく。
大成功を収めたイベントの後片付けを終え、ポポロ村の首脳陣たちは村長宅の離れ――『ポポロキン・シェアハウス』のリビングに集まり、心地よい疲労感に包まれていた。
「ぷはぁ〜っ……! 食った食った、食い尽くしましたわーっ!」
特売の芋ジャージを着た公式フードファイター・リーザが、ポンポコリンに膨れ上がったお腹をさすりながら、リビングの絨毯の上に大の字になって寝転がっていた。
「百人前のロックバイソン雪見鍋……思い出すだけでヨダレが出ますの。あぁ、もうカチカチのパンの耳と鳩の餌を巡って争う日々には戻れませんわ……」
「リーザちゃん、本当にすごい食べっぷりだったね! 配信の同接も、過去最高記録を大幅に更新したよっ☆」
天使のキュララが、エンジェルすまーとふぉんの画面を見せながら嬉しそうに羽をパタパタと動かす。
「リスナーからのスパチャ(お賽銭)もエグい額になったし、これならポポロ村の広報予算は当分安泰だよーっ!」
「おほっ! そら結構なことでおますな!」
財務担当のニャングルが、煙管を吹かしながら手元の算盤を凄まじい速度で弾いていた。
「サケスキーの陽薬茶割りも飛ぶように売れましたわ。極地用クリームの物販と合わせて、今日の村の利益は金貨数千枚を下りまへん。優太はんの言う通り、暴利を貪らんでも薄利多売とブランディングで莫大な利益が出るちゅうこってすな!」
シェアハウスが歓喜に湧く中、この施設の立役者である元氷魔将軍・スアイは、ソファに深く腰掛け、満足げに手ぬぐいで首の汗を拭っていた。
「ふふっ。キャンパーとしての自給自足のロマンが、まさか村の経済を回す特大の観光資源になるとは思いませんでしたの。これもすべて、優太師匠の完璧な導線設計とリスク管理のおかげですわね」
「まぁ♡ 私も、お野菜を少し大きくするお手伝いができて良かったですわ」
天然エルフのルナが、ニコニコしながらフルーツスムージーを飲んでいる。
(お前の植物魔法が暴走して軽トラサイズの野菜になったのは、完全に想定外のエラーだったがな……)
リビングの隅で、アメリカンスピリットに火を点けていた中村優太は、コンバットグラスの奥で内心ため息をついた。
だが、結果オーライだ。怪我人も出ず、村の経済は潤い、住民たちの士気も最高潮に達している。
「優太くーん! お疲れ様!」
ヤンデレ村長のキャルルが、特注の安全靴を脱いだ足でパタパタと駆け寄り、優太の隣にピタリと座り込んだ。
「今日の優太君、裏方でずーっとみんなの安全を守ってくれてて、すっごくカッコよかったよ♡ ねえ、疲れたでしょ? 今から私が、優太君の背中を流してあげよっか? もちろん、二人きりのバスルームで……っ」
キャルルが顔を真っ赤にして身を乗り出してくるが、優太は冷徹な手つきで彼女の額を指で小突いて押し返した。
「却下だ。村長が率先して風紀を乱すな。それに、俺は後で一人で山頂のサウナを見回ってくる。施設の火の元点検と、残存魔力の処理が残っているからな」
「うぅっ……また一人で仕事しちゃうの? 優太君のワーカーホリック!」
キャルルが不満げに頬を膨らませるが、優太はそれを適当にあしらい、携帯灰皿に煙草の灰を落とした。
【超特大の善行を確認しました】
【対象:地域観光資源の大規模開拓、健全な経済圏の確立、ならびに完璧な安全管理による人命保護】
【ポイントを加算します:+50000P】
優太の脳内に、これまでで最大規模のファンファーレが鳴り響いた。
五万ポイント。個人や村といった枠組みを超え、『地域全体の再生と活性化』というマクロな善行に対する、システムからの莫大な承認の証だった。
だが、優太の表情は変わらない。
(……承認など、俺には必要ない。だが、このポイントがあれば、またいざという時に『地球の物資』で村の連中を守ることができる。村の奴らが笑ってメシを食えるなら、それで十分だ)
優太は静かに立ち上がり、防寒着を羽織った。
「俺は見回りに行ってくる。戸締まりはしっかりしておけ」
「はーい! 優太君、気をつけてね!」
賑やかなシェアハウスの笑い声を背に、優太は一人、凍てつく冬のポポロ山へと向かった。
* * *
深夜。
静寂に包まれたポポロ山の山頂。
客が誰もいなくなった『魔導雪山サウナ』のテントの中で、優太は一人、薪ストーブの残り火を調整し、サウナストーンに少量の水をかけてロウリュを行っていた。
ジュワァァァッ……という心地よい音と共に、熱い蒸気がテント内に充満する。
「……ふぅ」
限界まで交感神経を刺激した後、優太はテントを出て、氷魔法で冷やされた樽水風呂に肩まで浸かった。そして身体を拭き、雪原に置かれたインフィニティチェアに深く身体を沈める。
満天の星空が、白銀の雪山を青白く照らしていた。
優太は湿った息を吐き出しながら、アメスピに火を点けた。
軍隊時代の血生臭い記憶。理不尽な命令と、救えなかった命のトラウマ。
それが、今このポポロ村の静寂と、仲間たちの笑い声によって、少しずつ浄化されていくのを感じていた。
「……悪くない夜だ」
煙が、星空に向かって細く立ち上っていく。
深い、深い『整い』の時間。
このまま、平和な日常がずっと続いてくれればいい。優太は心の底で、柄にもなくそんなことを願っていた。
――しかし。
軍医の『束の間の休息』を、世界は許容しなかった。
ピーッ……ピーッ……ピーッ……!
突然、脱衣スペースに置いていたリュックの中から、無機質で甲高い電子音が鳴り響いた。
それは、優太が村の地下室に構築した広域情報防衛網――『早期警戒管制システム(AWACS)拠点型』の、携帯端末からの【最重要警告】であった。
「……!」
優太は一瞬で『整い』の弛緩をかなぐり捨て、極寒の戦場医官の顔へと切り替わった。
チェアから跳ね起き、防寒着を素早く羽織ると、リュックからAWACSの端末を引き抜く。
「何事だ」
青白いホログラムモニターが空中に展開される。
そこに映し出されたのは、ポポロ村の南南西――ルナミス帝国、レオンハート獣人王国、そしてアバロン魔皇国が国境を接する深い森の奥地の地形データだった。
その国境線スレスレの場所に、無数の『赤い光点(巨大な魔力熱源)』が密集し、隊列を組んで静かに、しかし確実にこちらへと進行しているのが確認できた。
「……一個小隊や中隊規模ではない。これは、正規軍の『大隊』クラスだ」
優太はコンバットグラスを装着し、熱源の魔力波形を解析した。
その波形は、ルナミス帝国の魔導ライフル部隊でもなく、レオンハートの獣人兵でもない。濃厚で禍々しい、闇属性と土属性の魔力が入り混じった、アバロン魔皇国の軍勢であった。
「スアイの失踪を追ってきたか。……いや、それだけではないな」
優太は冷静に思考を巡らせる。
ポポロ村は最近、極地用クリームの販売やサウナフェスの大成功によって、大陸全土にその名を知らしめた。莫大な経済的価値と、三大国を牽制しうる情報網を持つ『特異点』として、ついに大国の首脳陣が本格的に牙を剥いてきたのだ。
モニターの解析データが、軍勢を率いる『二つの極めて強大な個体』の存在を弾き出す。
一人は、アバロン魔皇国・魔族穏健派代表にして、冷酷なる知略の貴公子『ルーベンス』。
そしてもう一人は、元土魔将軍であり、現在は「ワシ、ドスドス言うから相撲取りになるドス」と限界を感じて相撲キャラに転向し、ルナミス帝国でちゃんこ鍋屋『土雷亭』を開いていたはずの巨漢――『土雷将軍ダストン』であった。
「ちゃんこ屋の親父が、軍を率いて国境を越えるか。……笑えない冗談だ」
優太は携帯灰皿をしまい、腰のワスプ薙刀・改のグリップを強く握りしめた。
炎上神ワイズの仕掛けたフェイクニュースなど比ではない。これは、明確な「国家の意志」を持った軍事侵攻である。
向こうは、スアイの奪還という名目を掲げながら、ポポロ村の経済資源と防衛網を力で蹂躙しにくる腹積もりだろう。
外交という名の、血を洗う殺し合いの時間が迫っていた。
「……平和な時間は終わりだ。総員を叩き起こすぞ」
優太はAWACSの端末を操作し、村中に【コンディション・レッド(第一種戦闘配置)】の警報を発令した。
静かだったポポロ山に、けたたましいサイレンが響き渡る。
笑い声に満ちていたコメディの幕が唐突に引き裂かれ、冷酷で苛烈な『シリアス』の軍靴の音が、冬の国境を踏み越えようとしていた。
軍医・中村優太の、村の存亡を賭けた最大の防衛戦(第六章)が、今、ここに開戦を告げたのである。
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