EP 4
月兎とエルフと人魚のパジャマパーティー
ポポロ村に、静かで穏やかな夜が訪れていた。
村長宅の二階、キャルルの自室からは、ランタンの温かいオレンジ色の光と、楽しげな少女たちの笑い声が漏れ出ている。
今日は、自警団の女性陣のみに許された秘密の夜会――『パジャマパーティー』の開催日である。
「えへへ……このニンジンさん、すっごくモフモフで温かいですぅ……」
薄手の可愛らしいパジャマに身を包んだキャルルが、ベッドの上でゴロゴロと転がりながら、今日優太からもらった『特大のニンジンクッション』に頬をすりすりしていた。
ウサギの耳が、幸せメーターを振り切ったようにパタパタと揺れている。
「本当に、素晴らしいお土産でしたわね。私のこの精霊のぬいぐるみも、消灯するとほのかにエメラルドグリーンに光るんですのよ。優太様は、私が光るものが好きだとちゃんと分かっていらっしゃるんですわ」
純白のネグリジェ姿のルナ・シンフォニアも、枕元に置かれたぬいぐるみを愛おしそうに撫でていた。
エルフの王女である彼女の神々しい美貌が、ランタンの光に照らされて柔らかく微笑んでいる。
「ふんっ、まぁ……センスは悪くありませんわね。深海魚の抱き枕なんて最初は驚きましたけれど、抱き心地は最高ですし、何よりこれを見ていると……不思議とお腹が空きませんの」
床に敷かれたフカフカの絨毯の上で、臙脂色の芋ジャージ(本人はルームウェアと言い張っている)を着たリーザが、深海魚の抱き枕にガッチリとホールドしながら呟いた。
温かいハーブティーと、お茶請けのクッキー。
そして、大好きな人からもらった最高のプレゼント。
女子会のテンションが上がらないはずがなかった。
「でも、優太さんって本当に不思議な人ですよね」
キャルルがニンジンクッションを抱きしめたまま、ポツリと呟いた。
「いっつも怖いガスマスクを首から下げていて、口を開けば『ロジスティクス』だの『兵站』だのって、難しい顔でお説教ばかり。ニコッともしてくれないのに……どうしてあんなに、安心するんでしょうか」
「分かりますわ」
リーザが抱き枕に顎を乗せながら、深く頷いた。
「あの男、私にはいっつも『お前はパンの耳ばかり食べているから壊血病になる』だの『ビタミンCを噛め』だのと口うるさいマネージャーみたいに振る舞いますのよ。でも……」
リーザは少しだけ頬を朱に染め、視線を泳がせた。
「この前、私がライブの物販で稼いだお小遣い(銀貨)を入れたがま口を、森で落としてしまった時……優太さん、『リスク管理が甘い』って散々私を叱りましたの。でも次の日の朝、私の芋ジャージのポケットに、落としたはずの銀貨が全部戻っていましたのよ」
「えっ、優太さんが探してくれたんですか?」
「『パトロールのついでに落ちていたのを回収しただけだ』って言ってましたけど……銀貨の表面がピカピカに磨かれていましたわ。きっと、徹夜で森の中を泥だらけになって探してくれたんですの。……本当に、素直じゃないお人好しですわ」
リーザの言葉に、キャルルも嬉しそうに同意する。
「ふふっ、優太さんらしいです。私もこの前、月影流の特訓で安全靴の底をすり減らしてしまった時、優太さんに『装備の不良は部隊の壊滅に繋がる』ってすっごく怒られたんです。でも……」
キャルルは、自分の足元を愛おしそうに見つめた。
「翌朝、玄関に置いてあった私の靴、底のゴムが完璧に補強されていて……おまけに、つま先の部分がピッカピカに磨き上げられていたんです。『夜間の視認性を高めるための処置だ』なんて言ってましたけど、あんなに丁寧に磨くなんて、絶対に私のこと心配してくれてるんですよね!」
キャルルのウサギの耳が、再びピンと立ち上がる。
表向きは冷徹な医官のロジックを語りながら、その裏で誰よりも仲間を案じ、見えないところで手を差し伸べる。
それが、中村優太という男の『打算なき優しさ』だった。
「優太様は、真の騎士ですわ」
ルナが、胸の前で両手を組み、うっとりとしたため息を吐いた。
「私の魔力は、常に暴走の危険と隣り合わせ。普通の人間なら、恐れて私を遠ざけるか、あるいはこの力を利用しようと企むはずですわ。でも、優太様は違います」
ルナのエメラルドグリーンの瞳に、確かな熱がこもる。
「優太様は、私の魔法を『絶対的な戦力』として信頼してくださる一方で、私が無茶をしようとすると、誰よりも早くストップをかけてくださいます。『お前の命を削るような出力は許可しない』と……。私の心ごと、全てを守ろうとしてくださるんですの」
ルナの言葉に、部屋の中が温かい沈黙に包まれた。
三人の脳裏に、数日前の『井戸の渇水』の事件が蘇る。
水が枯れ、村中がパニックに陥りかけた時。
誰に頼まれるでもなく、一人で夜通し山に入り、泥だらけになりながら村に新しい水脈を引いてくれた男。
そして、村人たちから称賛を浴びたにもかかわらず、「これは自警団(お前たち)が毎日パトロールをしてくれたおかげだ」と、全ての手柄を自分たちに譲って、少しだけ照れくさそうに笑った、あの不器用な横顔。
「……ずるいですわよね、優太さん」
リーザが、ポツリと本音をこぼした。
「あんな風に、誰の目にも見えないところで完璧に私たちを守って……それでいて、絶対に見返りを求めないんですの。あんなの……」
「好きになっちゃうに、決まってますよね」
キャルルが、ニンジンクッションに顔を埋めながら、真っ赤になった顔を隠すように呟いた。
「はい。私はもう、この命がある限り、優太様の背中をお守りすると精霊に誓っておりますわ」
ルナも、一切の迷いのない笑顔で頷く。
三人の少女たちは、顔を見合わせ、そして。
「……というわけで! 私は優太さんの『正妻(第一夫人)』を目指して、これからも月影流の鍛錬に励みます!」
キャルルがベッドの上に立ち上がり、ビシッと宣言した。
「なっ……! キャルル様、抜け駆けは許しませんわ! ドクター・ユウタの隣は、このルナミス帝国最強のアイドルである私が、札束の力で買い取りますの!」
「お二人とも、お黙りなさい! 優太様のような高貴な魂の持ち主には、私のようなエルフの王女こそがふさわしいですわ! お二人は側室で我慢してくださいませ!」
「側室ぅ!? ルナちゃん、言いましたね! ええい、ニンジン・アタックです!」
「きゃぁっ! やりましたわね、深海魚・スプラッシュですわーっ!」
「ならば私は、精霊の光で防御陣を……!」
ボフッ! ドスッ!
キャルルの部屋で、プレゼントされたぬいぐるみたちを使った、盛大で可愛らしい枕投げ(物理)が勃発した。
「あはははっ! リーザちゃん、そこです!」「痛いですわーっ! Love & Money!!」
ひとしきり暴れ回り、息を切らした三人は、絨毯の上に大の字になって倒れ込んだ。
「……あーあ。疲れましたね」
「でも、楽しかったですわ」
「ええ。こんなに笑ったのは、久しぶりですの」
天井を見上げながら、三人は自然と手を繋いでいた。
種族も、生まれも、育ちも全く違う三人。
けれど今、彼女たちの心は、たった一人の不器用な男への『愛と信頼』によって、何よりも強い絆で結ばれていた。
「……明日も、優太さんに美味しいご飯を作ってもらいましょうね」
「はい。私は、優太様のお手伝いを完璧にこなしてみせますわ」
「私は、優太さんにもっとビタミンCを貢がせますわ……むにゃ」
ランタンの火を落とし、三人はそれぞれの大切なぬいぐるみを抱きしめながら、静かに目を閉じた。
彼女たちの心の中には、泥だらけのガスマスクを着けた、最高にカッコいい男の背中が、しっかりと焼き付いていた。
星降る夜のパジャマパーティーは、甘く、そしてどこまでも尊い絆を深めながら、静かに幕を下ろした。




