EP 9
超巨大雪見鍋の大食いショーと、裏方指揮官への大絶賛
ポポロ山の山頂は、かつてないほどの熱気と喧騒に包まれていた。
ルナミス帝国の貴族令嬢たちから火がついた『極地用クリーム』の圧倒的な保湿効果、そして『魔導雪山サウナ』がもたらす究極の癒やし(整い)の噂は、あっという間に大陸全土の富裕層や冒険者たちの間に広まっていた。
その結果、優太の「適正価格での提供」というルールを守りつつも、ポポロ山には連日多くの観光客が押し寄せるようになったのだ。
そして今日、その熱狂は頂点に達していた。
「はーい、ゴッドチューブのリスナーのみんなーっ! 今日はポポロ村主催『第一回・雪山サウナ&フードフェス』の会場から生配信でお届けしてるよーっ☆」
公式PR広報官である天使のキュララが、空中に複数のエンジェルすまーとふぉんを展開し、完璧なアイドルスマイルで会場の様子を映し出していた。
白銀の雪原には、サウナで極限まで『整った』観光客たちが、ホカホカと湯気を立てながら屋台の食事を楽しんでいる。
「ほな、サケスキーの陽薬茶割り、一丁上がりやで! サウナ上がりの一杯は格別でっしゃろ!」
財務担当のニャングルが、屋台で嬉々として酒や飲料を売り捌き、チャリンチャリンと金貨の音を鳴らしてホクホク顔になっている。
そして、会場のど真ん中には、このフェスの目玉とも言える『とんでもないもの』が設置されていた。
「さぁ、みんな注目ーっ! 本日のメインイベント! ポポロ村公式フードファイター、リーザちゃんによる『超巨大雪見鍋・百人前完食チャレンジ』の始まりだよーっ!」
キュララが高らかに宣言すると、観客たちからワァァァッ!と割れんばかりの歓声が上がった。
ドスンッ!と雪原に鎮座しているのは、直径三メートルを超える鉄鍋である。
その中身も規格外だ。
「ふふんっ! 私とイグニスで仕留めたロックバイソンの肉を、私の氷魔法で極限まで鮮度を保って薄切りにしましたの! サウナ上がりの身体に沁みる、極上の獣肉ですわ!」
元氷魔将軍のスアイが、得意げに胸を張る。
「お肉だけでは栄養が偏りますわ。私が世界樹の加護で、少しだけお野菜を大きく育てておきましたの♡」
ルナがニコニコと笑いながら指差す鍋の中には、彼女の植物魔法が暴走して『軽トラサイズ』にまで巨大化した太陽芋、タマンネギ、マイ茄子が、グツグツと煮込まれていた。
味付けは当然、優太が伝授した『万能アウトドアスパイス』をベースにした、暴力的なまでに食欲をそそる特製スープである。
「うおおおっ! いい匂いだぜ! 俺様が薪を割って火力を最大にしてやるからな!」
イグニスが両手斧で薪を割り、鍋の下の火力を維持している。
その巨大な鍋の前に、一人の少女が立っていた。
特売の芋ジャージを身に纏い、首にタオルを巻いた元人魚姫――リーザである。
「リーザちゃん、準備はいい!? 制限時間は六十分! スタートだよっ☆」
キュララの合図が鳴った瞬間。
リーザの瞳に、極貧の底辺生活で培われた『野生の捕食者』の光が宿った。
「いただきますわぁぁぁッ!!」
リーザは巨大な木製のお玉を両手で構えると、まるで重機のような滑らかな動きで、ロックバイソンの肉と巨大な野菜を掬い上げ、自らの口へと放り込み始めた。
「あむっ! んぐっ! はふはふっ! 美味しい……! 美味しいですわぁぁっ!」
リーザの両目から、滝のような血の涙が噴き出した。
「いつも公園で鳩と奪い合っていたカチカチのパンの耳に比べて……なんて、なんて極上のご馳走なんですのぉぉっ! お肉が口の中で溶けますわ! お野菜の甘みがスープに溶け出して、スパイスの香りが胃袋を抱きしめてくれますのーッ!」
感動のあまり号泣しながら、リーザの咀嚼速度はマッハを超えた。
百人前の巨大鍋の液面が、見る見るうちに低下していく。その食べっぷりは、もはや食事というより『吸引』という表現が相応しかった。
「す、すげえ……! あんな細い体のどこに百人前の肉が入っていくんだ!?」
「いい食べっぷりだ! 見てるこっちまで腹が減ってくるぜ!」
観客たちが大熱狂し、キュララの配信画面には『リーザちゃん凄い!』『もっと食べろ!』というコメントと共に、莫大な額のスパチャ(投げ銭)が乱れ飛んでいた。
「やばーいっ! 同接が過去最高だよぉっ! リーザちゃん、そのまま一気にいっちゃえーっ☆」
キュララが興奮してカメラを回し、会場のボルテージは最高潮に達していた。
――そんな狂乱の表舞台から少し離れた、サウナ施設のバックヤード。
歓声が響く中、防衛指揮官である中村優太は、一人黙々と丸太を斧で割り、サウナ用の薪を補充していた。
さらに彼の足元には、数人の観光客が毛布に包まって横たわっている。
「……呼吸よし。脈拍よし。軽い脱水症状と、湯あたりだな。常温の陽薬草茶を少しずつ飲ませろ」
優太は医療キットを開き、サウナでのぼせて倒れた客や、雪原で転んで軽い怪我をした客に対して、淡々と『TCCC(戦術的戦闘救護)』に則った手当てを行っていた。
「ゆ、優太君……! こんな裏方作業、イグニスにやらせればいいのに! せっかくのお祭りなんだから、優太君も前に出て、みんなに指揮官としての威厳をアピールしようよぉっ!」
ヤンデレ村長のキャルルが、特注の安全靴をパタパタと鳴らしながら駆け寄ってきた。大好きな優太が、華やかな表舞台に出ず、泥臭い作業ばかりしているのが不満なのだ。
だが、優太はアメリカンスピリットの煙を細く吐き出し、冷静に首を振った。
「却下だ、キャルル。イベントの規模が大きくなればなるほど、熱中症や負傷者のリスクは跳ね上がる。防衛指揮官の仕事は、表に立ってチヤホヤされることじゃない。現場の『安全管理』と『導線の維持』だ」
「うぅっ……優太君は真面目すぎるよぉ。主役なんだから、少しくらい目立ったっていいのに」
「主役は、あの鍋を食っているリーザと、楽しんでいる客たちで十分だ。俺は自分のやるべき仕事をこなすだけだ」
優太はキャルルの言葉を取り合わず、再び斧を振り上げ、薪を割る。
打算などない。ただ、自分の目の届く範囲で、倒れる人間を出したくないという純粋な軍医としての本能だった。
しかし。
優太本人の意図とは裏腹に、世界は彼の有能さを放っておかなかった。
「……おい、見たか。あの男だ」
手当てを受けて回復した商人の一人が、仲間たちにヒソヒソと囁き始めた。
「あの方が、この村の防衛指揮官殿らしい。表の喧騒をよそに、一人で施設のエネルギー(薪)を補充し、我々のような愚かな客の救護に当たってくださっているのだ」
「なんと……。あの素晴らしい美容クリームの適正供給といい、この完璧に計算された癒やしの施設といい。すべてはあの御方の手腕だったというのか」
噂は、サウナで整い、心を開いた貴族や冒険者たちの間に瞬く間に広がっていった。
「あんなに若く有能でありながら、少しも奢ることなく、民の安全のために泥に塗れることを厭わない……!」
「先ほどの的確な救護措置、まるで神の御手のようだった……。彼こそ、真のノブレス・オブリージュ(高貴なる義務)の体現者だ!」
いつの間にか、バックヤードの優太の周りに、大勢の観光客たちが集まり始めていた。
「指揮官殿! この度は素晴らしい祭典をありがとうございます!」
「のぼせた私を助けていただき、命の恩人です! どうか、我が商会と専属契約を……!」
人々が次々と優太の前に進み出で、感極まったように頭を下げ、惜しみない称賛の言葉を浴びせかける。
「……何事だ。俺はただのトリアージ(優先度判定)と、適切な水分補給を指示しただけだ。大げさに騒ぐな」
優太は厄介そうに眉をひそめ、塩対応で群衆をあしらおうとする。
だが、その冷徹でクールな態度が、逆に「一切の見返りを求めない聖人!」として、客たちの熱狂をさらに加速させてしまった。
「うおおおっ! 裏で村を支える名将、ここにありだ!」
「ポポロ村の指揮官殿、万歳ェェッ!」
表舞台で百人前の巨大鍋を完食し、「ごちそうさまでしたわぁぁっ!」とガッツポーズを決めるリーザへの歓声に負けないほどの、野太い大絶賛の嵐が、裏方の優太を包み込んだ。
「ふふっ。やっぱり、優太君のカッコよさは、隠しきれないんだね♡」
キャルルがヤンデレ成分をフルスロットルにして、誇らしげに胸を張る。
「ええ。指揮官殿のあの無私の精神こそが、ポポロ村最大の魅力ですわね」
スアイもまた、雪見鍋を配り終えて、眩しそうに優太を見つめていた。
【特大の善行を確認しました】
【対象:大規模イベントにおける完璧な安全管理と、迅速な医療救護による人命保護】
【ポイントを加算します:+15000P】
優太の脳内に、システムの軽快なファンファーレが鳴り響く。
承認を欲しがったわけではない。ただ己の義務を果たした結果として、勝手に名声と評価が爆発的に拡大していく。それこそが、中村優太という男の『型』であった。
「……やれやれ。これでは煙草もゆっくり吸えんな」
優太は群衆の歓声の中で、短くなったアメスピの火を消し、少しだけ、本当に少しだけ口角を上げた。
雪山サウナ&フードフェスは、PV的にも経済的にも、大成功のまま幕を閉じようとしていた。誰もが、この平和な『コメディ』が永遠に続くと信じて疑わなかった。
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