EP 3
獣王レースの勝算と、星降る夜の戦利品
春の陽気が心地よい朝、ポポロ村の広場に、一台の巨大な四輪馬車が停まっていた。
御者台で手綱を握るイグニスが、赤銅色の尻尾をバタバタと振って上機嫌に叫ぶ。
「ガハハハッ! 今日は隣街へ買い出しの日だ! 優太、早く乗れよ! 今日の俺様は、運気が最高潮なんだぜ!」
助手席に乗り込んだ中村優太は、タブレット代わりのG-SHOCKを操作し、予定ルートの確認を終えてからふぅと息を吐いた。
「イグニス、買い出しのついでとはいえ、公共の交通手段(馬車)を私用で使うなとあれほど……」
「いいじゃねぇか! 村の備蓄も必要だろ? 買い出しっつー名の『遠足』だよ遠足!」
優太は苦笑しながら、タクティカル・マウンテンパーカーのポケットに手を突っ込んだ。
今日は村のインフラ整備が一段落した貴重な休日だ。彼にとっても、たまには地獄のような戦場や医療現場の緊張から離れるロジスティクスが必要だった。
***
隣街・商業都市『マッカ』。
活気ある市場の喧騒を通り抜け、優太とイグニスが向かったのは、街の端に位置する広大な『獣王レース場』だった。
ここは、魔獣たちが競い合う競馬場のような場所で、賭け事の熱気に包まれている。
イグニスは目を輝かせ、手にしたコインを見つめた。
「よーし、まずは『疾風のウルフ』に全額ベットだ! あいつの筋肉の付き方、俺のタイプだぜ!」
「待て。その判断は合理的じゃない」
優太は、パドックを歩く魔獣たちを、医官特有の鋭い観察眼で眺め回した。
彼の視界には、魔獣の骨格、歩幅、筋肉の疲労度、そしてコースの土壌の水分量や気温による空気抵抗まで、ありとあらゆるデータが数値として解析・表示されている。
「疾風のウルフは確かに速いが、昨日のレースのダメージが前脚の関節に残っている。さらに、今のコースは土が湿っているから、蹄のグリップ力が低いウルフは終盤で失速する確率が高い」
「えぇ……? そんなもん分かんのかよ」
イグニスが呆気に取られている間に、優太は別の魔獣を指差した。
「本命は、あの『剛健のベア』だ。骨密度が高く、足元の悪いコースでも安定した重心移動ができる。持久力計算でも、ラスト二百メートルでスタミナが残るよう配分されているはずだ」
結果は、優太の読み通りだった。
大穴を狙った『剛健のベア』が、最後方から一気に捲り上げ、圧倒的な差でゴールしたのだ。
「ガハハハハッ!! まじかよ優太! お前、賭け事の才能ありすぎだろ! これでボロ儲けだ!」
「才能じゃない。ロジスティクス(データの分析と予測)の結果だ。……さあ、換金して帰るぞ。効率的だ」
優太たちは、賭け金が数倍に跳ね上がった山のようなコインを手に、レース場を後にした。
***
帰り際、優太が「飲み物を買ってきてやる」とイグニスに告げ、一人で市場の奥にある露店へ向かった時のことだ。
「……あぁ、昨日の夜か。領主サマの私設領地でよ、また変な獣の鳴き声が聞こえたんだよ」
「しっ、大きな声で言うな。魔獣の合成実験だなんて噂が広まったら、領主サマの怒りを買うぞ」
路地裏から聞こえてきた、浮浪者らしき二人の男たちの密談。
優太は足音を消し、壁の影で耳を澄ませる。
「合成実験だと……?」
(第2話で井戸を堰き止めていた土砂と同じ成分……やはり、あの領主には裏がある)
優太は、その会話を脳内に刻み込んだ。
「……合成魔獣か。自然界の摂理を無視した、もっとも忌むべき医療の対極だ」
彼は表情を変えず、静かにその場を離れた。今はまだ、証拠が足りない。だが、その領主がポポロ村の平穏を脅かそうとするなら、医官としての処方箋(制裁)を叩き込む準備は整えておく必要がある。
***
そんな物騒な情報を腹の中に抱えつつ、優太は街の土産物屋を巡っていた。
ボロ儲けしたコインの使い道に悩んでいると、ふと、並んでいる商品の数々が目に入った。
「……どれもこれも、似たようなものばかりだな」
優太は首を傾げながら、三人のヒロインたちの顔を思い浮かべる。
キャルルは最近、訓練でよく泥だらけになっている。
ルナは、珍しいものを見るとすぐに飛びつく好奇心の塊だ。
リーザは……最近、自称オーガニック食生活のせいで、少しばかりお腹をすかせていることが多い。
「……効率的かつ、全員の満足度を最大化する選択をすればいい」
優太が選んだのは、以下の通りだ。
キャルルには、どんな戦場でも泥汚れを弾く『特大のニンジンクッション』。
ルナには、見る角度によって光る『精霊のぬいぐるみ』。
そしてリーザには、深海魚を模した『巨大な抱き枕』。……リーザには、お腹が空いた時に枕を抱いて空腹を紛らわせるという、実用的な意図がある(と優太は判断した)。
帰村すると、ちょうどパトロールから戻った三人が、玄関先で優太とイグニスの帰りを待っていた。
「おかえりなさい、優太さん! 今日は隣街で何があったんですか?」
キャルルが目を輝かせて駆け寄ってくる。
優太は無造作に、買い物袋からそれらの品を取り出して三人へ手渡した。
「……土産だ。効率的に選んだ」
「きゃぁぁっ! なにこれ、ニンジンさんです! 優太さん、私の好みを分かってらっしゃいますね!」
「まぁ! このぬいぐるみ、精霊の光を宿していますわ! 優太様、ありがとうございます!」
「……っ! この抱き枕、感触が最高ですわ……! これなら、お腹が空いた時もこれに抱きついて我慢できますわね!」
三人はぬいぐるみを抱きしめ、頬を擦り寄せ、信じられないほど嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「……喜んでいるなら、それでいい」
優太は冷徹に言い放ちつつも、その胸の奥では、仲間たちの笑顔を見て少しだけホッとしていた。
夕陽が沈み、ポポロ村の空に一番星が輝き始める。
(領主の件は、早めに対処が必要だな)
優太は、夕飯の支度をする三人の背中を見つめながら、静かに決意を固めた。
平和な村の裏で、着実に進行している悪意の芽を、自分の陣地が汚される前に、きっちりと摘み取っておく。それが、この大切な日常を守るための、彼なりの「医官の戦い」になるのだから。
夜風が少しだけ冷たくなったが、村長宅から漏れる団欒の灯りは、これまでになく温かく見えた。
読んでいただきありがとうございます。
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