EP 2
医官のインフラ整備と、名もなき善意
ポポロ村の生命線である井戸の異常な渇水。
その原因を突き止めるため、中村優太はヒロインたちが自警団のパトロールに出ている隙を突き、単身で村の北側にそびえる水源の山へと足を踏み入れていた。
「……やはりな」
険しい獣道を一時間ほど登った先。
村の地下水脈へと繋がるはずの上流の沢に辿り着いた優太は、ガスマスクの奥で鋭く目を細めた。
沢の流れは、大量の土砂と岩石によって完全に塞がれ、巨大な『ダム』のように人工的な堰が作られていたのだ。
優太は医療用のニトリル手袋を装着し、堰き止められている土砂をひとつかみ手に取った。
指先で土の粒子をすり潰し、匂いを嗅ぐ。
「……山の赤土じゃない。粘土質が強く、白い石灰岩の砕石が混ざっている。これは、建築物の基礎工事などに使われる『人工的な造成土』だ」
優太の冷徹なロジックが、一つの明白な答えを弾き出した。
これは自然発生した土砂崩れなどではない。何者かが意図的に、他所から土砂を運び込み、ポポロ村の水源を『兵糧攻め』にするために人為的に堰き止めたのだ。
(村の特産品である『星苺』が収穫期を迎えるこの春のタイミングを狙って、水を断つ。……陰湿で、かつ村の価値(土地)を安く買い叩こうとする小悪党の常套手段だな)
優太はポケットからアメスピを取り出し、火をつけずに口に咥えた。
このまま土砂を撤去してもいいが、相手がどんな罠(毒物の散布など)を仕掛けているか分からない。それに、撤去したところで再び堰き止められればイタチごっこだ。
「水は兵站の要だ。他人に握られた生命線など、リスクが高すぎて使い物にならない。……なら、新しい血管を俺が直接繋ぐだけだ」
優太はG-SHOCKの盤面を開き、気圧計と高度計、そして山の地形データを脳内で瞬時に演算した。
水脈のさらに上流、岩盤の奥深くに、まだ誰にも手出しされていない無垢な地下水脈があることを割り出すと、彼は【地球ショッピング】のスキルを起動した。
『善行ポイント:2000P 消費』
虚空が歪み、優太の目の前に巨大な段ボール箱がいくつも出現する。
中に入っているのは、地球の浄水施設で使われる『業務用・高耐久塩化ビニルパイプ(塩ビ管)』数十本と、軍の野営地でも使用される『超高性能ポータブルRO(逆浸透膜)浄水器』、そして接着剤とスコップだ。
「さぁ、村の公衆衛生を根本から改善する『大手術』の始まりだ」
誰に褒められるためでもない。誰に見せるためでもない。
ただ、自分が守ると決めた陣地(村)と、そこで笑う仲間たちの日常を死守するため。
打算なき医官は、一人黙々とスコップを握り、固い山の斜面にパイプを埋めるための溝を掘り始めた。
***
夜が明け、うららかな朝日がポポロ村を照らし出し始めた頃。
村の広場にある共同井戸の周りには、絶望的な表情を浮かべた村人たちが集まっていた。
「駄目ドス……! 井戸の底が、完全に干上がってるドス!」
「どうしよう、このままじゃ星苺の苗が全部枯れちまう! 今年の収入がゼロになっちまうぞ!」
「水がなきゃ、ご飯も作れないし、体も洗えないよぉ……」
村中が恐慌状態に陥りかけていた。
パトロールから戻ってきたキャルル、ルナ、リーザの三人も、顔面蒼白で井戸を覗き込んでいた。
「そんな……! 昨日までは普通にお水が出ていましたのに!」
ルナが悲痛な声を上げる。
「ひぃぃっ! 水がなければ星苺が枯れて、村の経済が破綻しますわ! 私のギャラが! Love & Moneyが干上がってしまいますのーっ!!」
リーザが芋ジャージの頭を抱えてしゃがみ込む。
「落ち着いてください皆さん! 私が隣の川から、バケツリレーでお水を……!」
キャルルが必死に村人たちをまとめようとした、その時だった。
ゴポッ、ゴポポポポッ……!!
突如、井戸の横に新しく突き出していた「灰色の奇妙な筒(塩ビ管)」から、空気が抜けるような音が鳴り響いた。
「えっ……?」
全員の視線がその筒に集まった瞬間。
ザバァァァァァァァァァァッ!!!!
その筒の先端から、驚くほど澄み切った、純度100%の美しい水が、猛烈な勢いで吹き出したのだ。
水はあふれんばかりの勢いで水槽を満たし、太陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「お、お水だぁぁぁぁっ!!」
「しかも、今まで井戸から汲んでた水よりずっと冷たくて綺麗ドス!!」
村人たちが歓声を上げ、湧き出る水をすくい上げて飲み始めた。
「美味しい……! これなら星苺も大豊作間違いなしですわ!」
ルナがエメラルドグリーンの瞳を輝かせる。
「でも、いったい誰がこんな魔法の筒を……」
キャルルが不思議そうに辺りを見回した。
ザクッ、ザクッ。
村の入り口の方から、重い足音が近づいてきた。
そこに立っていたのは、全身泥だらけになり、漆黒のマウンテンパーカーを土で汚した中村優太だった。
手にはスコップが握られ、首元に下げたガスマスクも泥を被っている。彼は疲れた様子でアメスピを口に咥え、ふぅ……と紫煙を吐き出した。
「ゆ、優太さん……!? その泥だらけの格好、まさか徹夜でこれを……!?」
キャルルが驚愕の声を上げ、優太のもとへ駆け寄った。
「大騒ぎするな。山の奥の綺麗な水脈から、地球の塩ビパイプと浄水器を繋いで、村まで直接バイパス手術(配管)を施しただけだ」
優太はスコップを地面に突き立て、G-SHOCKの盤面を軽く叩いた。
「これで、水流の勾配計算も水質検査もクリアだ。もう干上がる心配はないし、寄生虫の卵や泥水が混じるリスクも完全に排除した。腹一杯飲んでいいぞ」
その言葉に、村人たちの歓声が爆発した。
「優太先生! また村を救ってくださったんですね!」
「あんたはポポロ村の神様ドス! ありがとうございます!!」
村人たちが次々と優太の前に駆け寄り、涙を流しながら深々と頭を下げていく。
「優太様……! たったお一人で、こんな巨大な魔法を一晩で作り上げるなんて……!」
ルナが両手で口元を覆い、感動で目を潤ませている。
「このお水、ペットボトルに詰めて『アイドルの聖水』として売り出せば……! 完璧なビジネスモデルですわ!」
リーザが早くも皮算用を始めている。
「優太さん……」
キャルルは、泥だらけになった優太の大きな手を見つめた。
誰にも頼らず、誰に自慢するわけでもなく、ただ村の皆が困らないようにと、一晩中冷たい土を掘り続けてくれたその不器用で真っ直ぐな優しさ。
彼女の胸の奥で、優太への尊敬と愛おしさが、温かい水のように溢れ出していた。
だが、村人たちから惜しみない称賛を浴びせられた優太は、めんどくさそうに頭を掻き、いつものように冷徹な声で言い放った。
「勘違いするな。俺がやったのは、ただ筒を繋げただけだ」
「え……?」
村人たちがポカンとする中、優太はキャルルたち自警団の面々をアゴでしゃくった。
「このパイプは山の中を何キロも通っている。もし森の中に魔物がウヨウヨしていれば、一晩でパイプを噛み砕かれて終わりだ。……安全な水がここまで届いたのは、キャルルやイグニスたちが、毎日欠かさずパトロールをして、森の生態系を安全に保ってくれているからだ」
優太は吸い殻を携帯灰皿に捨て、村人たちを見回した。
「俺一人の手柄じゃない。自警団の地道な防衛ライン(ロジスティクス)があったからこそ成立したインフラだ。感謝するなら、こいつらに言ってやってくれ」
そう言って、優太はキャルルの頭をポンと撫でた。
「ゆ、優太さん……っ」
キャルルの顔が、一瞬にして真っ赤に染まる。ウサギの耳が、嬉しさと誇らしさで天を突くようにピンと立ち上がった。
「ほら、泥を落としてくる。今日の朝飯は遅れたが、最高に美味い水で淹れたコーヒーをご馳走してやる」
優太は照れ隠しのように背を向け、村長宅へと歩き出した。
その背中に向けて、村人たちとヒロインたちからの、割れんばかりの感謝の拍手がいつまでも鳴り響いていた。
『――ピロリン♪』
優太の脳内で、天界のシステム音が静かに響く。
『完全なるインフラ構築と、他者へ手柄を譲る極上の自己犠牲(打算なき善行)を確認しました! 善行ポイント【+1500 P】を獲得! 村人およびヒロインたちの好感度が限界突破しています!』
(……相変わらず、やかましいシステムだ)
優太は泥だらけの口元に、微かな、しかし確かな笑みを浮かべた。
見返りなどいらない。ただ、自分の背中を預けられる仲間たちが笑っていれば、それでいい。
春の陽光に照らされたポポロ村の新しい水は、今日からこの村の未来と、彼らの絆を優しく潤していくのだった。




