第六章 医官のインフラ開拓と、星降る夜のファミレス
ヒロインたちの寝起きドッキリと、渇水の予兆
ルナミス大陸に、うららかな春の足音が近づく季節。
ポポロ村の朝は、いつだって計算し尽くされた『完璧なロジック』から始まる。
早朝六時。中村優太は、G-SHOCKの正確なアラーム音と共に目を覚ました。
手早く洗顔を済ませ、漆黒のタクティカル・マウンテンパーカーを羽織ると、まだ静まり返っている村長宅のキッチンへと向かう。
「さて、今日の部隊の士気と血糖値を上げるための兵站(朝食)だが……たまには甘い糖分を叩き込むのも悪くない」
優太は脳内で【地球ショッピング】のシステムを展開し、ポイントをわずかに消費して、虚空から一つの巨大な袋を取り出した。
地球の食品メーカーが誇る『業務用・特製ホットケーキミックス(1キログラム)』である。
さらに、特大のメープルシロップと、最高級の有塩バターも手配済みだ。
優太はボウルに粉を開け、村で採れた新鮮な卵と牛乳を、極めて正確な黄金比率で投入する。
「混ぜすぎは禁物だ。グルテンが形成され、生地が硬くなる。ダマが残る程度に、スピーディーかつ最小限のストロークで撹拌する。……料理は化学反応であり、医療の調薬と同じだ」
独り言を呟きながら、熱したフライパンに生地を落とす。
ジューッという心地よい音と共に、甘く芳醇なバニラと小麦の香りが、キッチンから家全体へとフワァッと広がっていった。
表面にプツプツと小さな気泡が浮き上がってきたのを、ミリ秒単位で見極める。
「メイラード反応、完璧だ」
フライ返しで手首のスナップを利かせ、生地を空中で美しく反転させる。見事なきつね色に焼き上がったホットケーキが、次々と大皿に積み上げられていった。
その、暴力的なまでに甘く幸せな匂いが、二階で眠る住人たちの本能(食欲)を強烈に刺激した。
「んぅ……すぅ……」
パタパタ、と。
スリッパを引きずる音と共に、キッチンに最初に現れたのは、月兎族の村長・キャルルだった。
薄手のパジャマ姿で、ウサギの耳は完全に寝癖でペタンと垂れ下がっている。まだ目が半分も開いていない彼女は、夢遊病者のようにフラフラと歩み寄ると。
「……にんじん、おっきい……あったかいです……」
背後から、優太の腰にギュウッと抱きついてきた。
「おい、キャルル。重心がブレる。火の前にいる人間(調理兵)に背後から接触するのは極めて危険な行為だ」
優太がフライパンを持ったまま冷徹に注意するが、寝ぼけたキャルルは「えへへ……優太さん、あまーい匂いがします……」と、完全に優太の背中を抱き枕扱いして頬をすりすりしている。
月兎族のしなやかで温かい体温が背中に密着しているが、優太は心拍数を1ミリも乱すことなく、二枚目の生地をひっくり返した。
「おはようございます、優太様」
次に現れたのは、純白のネグリジェ姿のルナ・シンフォニアだった。
彼女はエルフ特有の優雅な足取りでキッチンに入ってくると、テーブルの上に積み上げられた黄金色のホットケーキを見て、エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせた。
「まぁ! なんて美味しそうなお菓子! 優太様、私がこれに『極上のシロップ』をかけて差し上げますわ!」
ルナはアイテムボックスから、光り輝く小瓶を取り出した。
「待て。それはなんだ」
「お母様(世界樹)から送られてきた『世界樹の純生ネクター』ですわ! 一滴舐めれば三日三晩空を飛べるという……」
「出力がおかしい! そんな致死量の魔力を朝から摂取したら、急性魔力中毒で死ぬぞ! 大人しくこっちのメープルシロップを使え!」
優太は咄嗟にお玉を伸ばし、ルナの小瓶を物理的にガードした。純度100%の善意によるバイオテロは、朝食の場であっても容赦がない。
「クンクン……! この匂い、金貨の匂いがしますわ!!」
さらに、床を這うようにして現れたのは、臙脂色の芋ジャージを着た人魚姫・リーザだった。
彼女の目は、完全に血走った『$』マークになっている。
リーザは、優太が調理台に置いていた『業務用ホットケーキミックス』の白い粉が詰まった大袋をガシッと抱え込んだ。
「ひひひ……この魔法の白い粉! 水と混ぜて焼くだけでこんな極上のスイーツになるなんて……! これを小麦粉で百倍に薄めて、『人魚姫の秘薬』としてルナミス帝国の貴族に売り捌けば……大金持ちですわーっ!! Love & Moneyィィッ!!」
「俺のキッチンで違法カルテルを開業するな。ただのホットケーキミックスを怪しい白い粉として売りさばいたら、衛兵にしょっ引かれるぞ」
優太は容赦なく、持っていたフライ返しでリーザの頭を『ペチンッ!』と軽く叩いた。
「あべしっ! ア、アイドルの脳細胞が……!」
「ほら、お前ら。顔を洗ってこい。朝の兵站(配給)を始めるぞ」
優太が呆れながらも全員の分をテーブルに並べ終えると、外から薪割りを終えたイグニスも「ガハハ! 甘え匂いがすると思ったら、優太の飯か!」と乱入してきた。
賑やかすぎる、いつもの朝食の風景。
「ん〜〜〜っ!♡ 生地が雲みたいにフワッフワです! バターの塩気とシロップの甘さが、お口の中で月影流の乱れ打ちですぅ!」
完全に目が覚めたキャルルが、ほっぺたを押さえて幸せそうにウサギの耳を揺らす。
「素晴らしいですわ……! 専属の宮廷料理人でも、こんなに美味しいお菓子は作れませんでしたの!」
ルナも上品に、しかしものすごいスピードでナイフとフォークを動かしている。
「パクッ……あふぅ、甘いですわ! この甘さ、まるで札束のプールを泳いでいるような幸福感……!」
「お前は食レポの表現が常に強欲で最悪だな」
優太はリーザにツッコミを入れながら、自分の分のコーヒーを啜った。
「ガハハ! 優太、おかわりだ! あと三十枚は食えるぜ!」
「食いすぎだ馬鹿トカゲ。糖質の過剰摂取だ、ビタミンも摂れ」
文句を言いながらも、優太は全員の健康状態を目視で確認し、満足そうに頷く。
やかましくて、手のかかる連中。だが、この騒がしい食卓こそが、彼が己のロジックを駆使してでも守り抜きたいと願う、絶対的な『陣地』だった。
***
「……さて。食器を洗うか」
朝食が終わり、ヒロインたちが自警団のパトロールの準備(と、食後の運動)に向かった後。
優太はシンクに積み上げられた皿を洗い流すため、村の共同井戸へと水を汲みに出た。
春先の心地よい風が、ポポロ村の広場を吹き抜ける。
村人たちと「おはよう、ドクター!」「今日もいい天気ドスね!」と挨拶を交わしながら、優太は大きな木製のバケツを井戸の中へと下ろしていった。
カラカラカラ……と、滑車が回る音が響く。
だが、優太の『医官としての鋭敏な感覚』が、ふと違和感を覚えた。
(……遅いな)
普段なら、バケツを下ろして数秒で「ポチャン」という水面を叩く音が聞こえるはずだ。
しかし、ロープはスルスルとどこまでも伸びていき、随分と深く下りてから、ようやく「グチャッ」という、水というより泥を打つような鈍い音が響いた。
「……?」
優太は眉をひそめ、滑車を巻き上げた。
引き上げられたバケツの中には、底の泥が混じった、酷く濁った水が半分ほどしか入っていなかった。
「……水位が、異常に低下している」
優太は井戸の縁から身を乗り出し、薄暗い底を覗き込んだ。
冬の間、雪解け水で潤沢だったはずの地下水脈が、干上がる寸前まで枯れ細っている。
「……おかしいな」
優太はタクティカル・マウンテンパーカーのポケットからアメスピを取り出し、火はつけずに口に咥えたまま、G-SHOCKの盤面(気圧・温度計データ)と睨めっこした。
「最近、雨が少なかったとはいえ、この急激な水位の低下は自然現象(気象条件)の計算と合わない。まるで、何者かが上流の巨大な水脈を『物理的に堰き止めている』ような減り方だ」
優太の視線が、村の南側に広がる農地へと向けられた。
そこでは、ポポロ村の重要な特産品である『星苺』の苗が、春の陽光を浴びてすくすくと育っている。甘く、魔力回復効果もあるこの苺は、村の経済を支える大切な生命線だ。
「……水は兵站の命綱だ。このままでは、三日と持たずに星苺の畑が全滅する。それどころか、村の公衆衛生そのものが崩壊するぞ」
優太は、口に咥えていたアメスピを携帯灰皿にしまい、ガスマスクを首元まで引き上げた。
彼の冷徹な頭脳の中で、警報が鳴り響く。
これはただの『自然の渇水』ではない。
ポポロ村の平和な日常を脅かす、何らかの『悪意』の気配が、水面下で確実にうごめいている。
「……やれやれ。休日の予定はキャンセルだな。少し、インフラの整備に出かけるか」
ポポロ村に迫る見えない危機に対し。
冷徹にして最強の医官による、圧倒的な『インフラ開拓』の幕が、静かに開こうとしていた。
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