EP 5
極寒の魔導サウナ完成と、粉砕される混浴の野望
ポポロ山の山頂付近。
かつてはただの荒涼とした岩肌だったその場所に、突如として『大自然の極上リゾート』が姿を現していた。
元アバロン魔皇国の氷魔将軍・スアイの圧倒的な氷魔法によって、山頂一帯には真冬のパウダースノーが敷き詰められ、なだらかな斜面は完璧な『雪山スキー場』へと変貌している。
そして、その白銀の世界の中央に鎮座しているのが、分厚い耐火生地で作られた黒いドーム――優太が善行ポイントの100Pガチャで地球から召喚した『最新鋭テントサウナ』であった。
スアイが自らの手(DIY)で切り出し、組み上げた見事なウッドデッキの上に設置されたテントからは、白い水蒸気がもくもくと立ち上っている。
「……素晴らしいですわ。まさか、この山奥にこれほど完璧な野営保養施設が完成するなんて」
タローマン製のオーバーオールを着たスアイが、腰に手を当てて満足げに頷いた。
彼女の視線の先では、ウッドデッキに隣接する形で、氷魔法で極限まで冷やされた『天然の樽水風呂』と、寝転がって外気浴を楽しむための木製インフィニティチェアが設置されている。
極寒の環境と、テント内の灼熱。キャンパーが追い求める究極のコントラストが、ここポポロ山に現出していた。
「テントの設営とデッキの基礎工事、ご苦労だったな、スアイ」
コンバットグラスを光らせ、アメリカンスピリットの煙を吐き出しながら、優太がテントサウナから出てきた。
「優太師匠が提供してくださった、あの『サウナストーン』と『薪ストーブ』の熱効率は異常ですわ。テントの中はすでに灼熱……。アバロン軍の火炎魔法使いでも、あそこまで均等で美しい熱波は作れませんのよ」
「サウナの心臓部は石だからな。熱した石に水をかけ、蒸気を発生させる『ロウリュ』。一気に体感温度を上げることで、極限の交感神経の活性化を引き起こす」
優太は医官としてのロジカルな視点で、サウナの効能を語る。
「温冷交代浴による自律神経の意図的な操作は、戦場において疲弊した兵士の心身を最速で回復させる『戦術的医療行為』だ。村の防衛力維持において、この施設の完成は大きなアドバンテージになる」
「ふふっ、指揮官殿は相変わらず理屈っぽいですわね。ですが、ロマンがあるのは事実ですわ。早くあの灼熱と極寒の『整い』というものを体験してみたいですの」
スアイが目を輝かせる。
――そんな、健全なキャンパーと軍医の会話の裏で。
白銀の雪山の物陰から、ウサギの耳をピクピクと動かし、荒い鼻息を漏らしている『ヤンデレの捕食者』が潜んでいた。
「はぁっ……はぁっ……! ついに、ついに完成したんだね、サウナ……!」
ポポロ村の村長、月兎族のキャルルである。
彼女は分厚い防寒コートを羽織っているが、その下には、この日のためにルナミス帝国の通信販売で取り寄せた『大胆なビキニ水着』を着用していた。ただし、足元だけはいつでも戦闘(マッハの飛び蹴り)ができるよう、雷竜石を仕込んだタローマン製の『特注安全靴』をしっかり履き込んでいる。
「密室……灼熱……汗ばむ肌……そして、優太君と二人きりの閉鎖空間……ッ!」
キャルルのルビー色の瞳が、獲物を狙う猛禽類のようにギラギラと怪しい光を放つ。
「ふふふっ……♡ 異世界ファンタジーの定番と言えば『お色気混浴イベント』! サウナの熱気でクラクラしてきたところで、『優太君、のぼせちゃったぁ……』ってもたれかかれば、優太君のロジカルな理性もついにメルトダウン! そのまま雪山の頂上で、私と優太君の熱い――ッ!」
完全に自身のヤンデレ的妄想に脳を焼かれたキャルルは、コートを脱ぎ捨て、ビキニと安全靴という異様な出立ちで雪原をダッシュした。
「優太くぅぅんっ♡ 私もサウナ、一緒に入るぅぅっ!」
キャルルが両手を広げ、テントサウナの入り口に向かってダイブしようとした、まさにその瞬間。
「――止まれ」
極寒の雪山よりもさらに冷たい、絶対零度の声が響いた。
ピタッ、と、キャルルの身体が空中で硬直する。
テントサウナの入り口には、いつの間にか腕を組んだ優太が、仁王立ちで立ちはだかっていた。
「えっ? ゆ、優太君? どうしたの、早く中に入って、二人で汗を流そうよ……♡」
「却下だ。ポポロ村・公衆浴場法施行条例、第三条の二。『風紀の維持のため、七歳以上の男女の混浴を固く禁ずる』」
「えっ」
優太の口から飛び出した、夢もロマンもへったくれもない『法律』という名の絶対防壁。
キャルルはウサギの耳をショボーンと垂れ下げた。
「そ、そんなぁ! 村の条例って、いつの間にそんなの出来たの!? ここはファンタジー世界だよ!? 混浴のハプニングは読者へのサービスとして必須の――」
「ファンタジーだからといって、公衆衛生と風紀の乱れを看過するわけにはいかない」
優太はコンバットグラスを光らせ、容赦なくヤンデレ村長の野望を粉砕していく。
「この施設は本日より『時間ごとの男女完全入れ替え制』を施行する。今は『女性専用時間』だ。俺やイグニスなどの男性陣は、立ち入ることはない」
「う、嘘ぉぉっ!? じゃあ、優太君との熱いサウナ密室イベントは……」
「永遠にない。諦めろ」
一刀両断。
キャルルがその場に膝から崩れ落ち、雪の上に手をついて絶望の涙を流す。
さらに、優太は医官としての鋭い視線を、キャルルの足元――雷竜石の仕込まれた『特注の安全靴』へと向けた。
「だいたい、お前はその格好でサウナに入るつもりだったのか?」
「えっ? う、うん。水着だけど……」
「水着はいい。問題はその『安全靴』だ。サウナテントの内部は百度近い高温になる。安全靴の先端に入っている『鋼鉄製の先芯』が熱せられれば、お前の足の指は数分で重度の『接触熱傷(大火傷)』を引き起こすぞ」
「ひぃっ!?」
「サウナの熱力学を舐めるな。金属製のアクセサリーや防具を身につけたまま高温地帯に突入するのは、自ら拷問器具を装着するのと同じだ。すぐに脱げ」
エロチックな妄想を、実用的な労働災害(労災)の注意喚起で完全に上書きされ、キャルルはぐうの音も出なくなってしまった。
「……ふふっ。相変わらず、指揮官殿は隙がありませんわね」
その様子を見ていたスアイが、クスクスと笑いながら歩み寄ってきた。彼女はすでにタローマンのオーバーオールを脱ぎ、動きやすいスポーツ用の水着(ビキニアーマーのような無駄な露出はない、極めて実用的なもの)に着替えていた。
「ほら、村長さん。野望が潰えたのは残念でしたけれど、サウナのロマンは混浴だけではありませんのよ。女同士、裸の付き合い(水着ですが)で、極限の整いを体験してみましょう」
「うぅっ……スアイちゃんのバカぁ……優太君のケチぃ……」
泣きべそをかきながら安全靴を脱ぐキャルル。
スアイに背中を押され、二人はテントサウナの中へと消えていった。
「……ああ、それからもう一つだ」
優太はテントのジッパーが閉まる直前、中に向かって最後の注意事項を言い渡した。
「サウナ内部における飛沫感染の防止、および、己の心と向き合うための精神統一の観点から、『黙浴』を徹底しろ。無駄口は叩かず、ただ己の交感神経と熱波に集中するんだ」
「「黙浴……!?」」
テントの中から、女性二人の信じられないという声が響く。
「以上だ。心拍数が限界に達したら、外の水風呂へ行け。水風呂の後は必ず身体の水分を拭き取ってから外気浴だ。気化熱で体温を奪われすぎるなよ」
ピシャリ、とジッパーが閉められる。
サウナという名の極限環境における、一切の色気を排除したストイックな回復処置。
優太は雪の上に置かれた丸太に腰を下ろし、静かにアメリカンスピリットの煙を吐き出した。テントの中からは、優太の命令(黙浴)を忠実に守り、一言も発さずにじっと熱波に耐えるスアイとキャルルの、かすかな衣擦れの音だけが聞こえてくる。
(……これでいい。規律なき癒やしは、ただの堕落を生むだけだからな)
【特大の善行を確認しました】
【対象:村における公衆衛生・温浴施設の整備、ならびに風紀の厳格な維持】
【ポイントを加算します:+3000P】
優太の脳内に、システムの軽快なファンファーレが鳴り響く。
己の欲望を一切介入させず、ただ論理と法規で村人たちを導いた結果、ポポロ村には新たな名物『ポポロ山・魔導雪山サウナ』が正式に解禁された。
だが、この『整い』の空間が、異世界ファンタジーにおける「ブラック企業あるある」を語り合う哀愁の場へと変貌するのは、この数十分後のことであった。
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