EP 9
最強のロジスティクスと、殺虫のチームワーク
「これより、ポポロ村自警団による、死蟲将軍への反撃オペを開始する! 全員、俺の指示通りに動け!!」
中村優太の号令が、無数の虫の羽音と絶望的なノイズが支配する戦場に、鋭く、そしてクリアに響き渡った。
『――愚カ。何度モ言ワセルナ。我ガ鱗粉アル限リ、貴様ラノ魔法ハ全テ無効化サレル』
死蟲将軍が嘲笑し、再び二本の巨大な触角を震わせる。それに呼応し、空を覆う数百万の虫の群れが、一斉に優太たちへと襲いかかろうとした。
「リーザ!!」
優太は一切の動揺を見せず、背後で耳を塞いでうずくまっていた人魚に向かって叫んだ。
「お前の『強欲』は、こんな羽虫の羽音なんかに負けるほど安っぽいのか!? 全力で歌え! 奴の触角から出るフェロモン通信の波長を、お前の音波で完全にジャミング(妨害)しろ!」
「……っ!!」
優太の言葉に、リーザがハッと顔を上げた。
「ええ……ええ、そうですわ!! 私の愛と欲望のファンファーレが、虫けら如きに負けるはずがありませんわーっ!!」
リーザは芋ジャージのまま立ち上がり、魔導マイクを力強く握りしめた。
「聴きなさい、羽虫ども! そして崇めなさい! これがルナミス大陸が誇る、トップアイドルの魂のステージですわーっ!!」
リーザが大きく息を吸い込む。
『今日も私の為に世界が動く (まわって!まわって!)』
『全て上手くいくわ (絶対!)』
『愛も富も一つの物 (どっちもちょーだい!)』
ドゴォォォォォォォォンッ!!
リーザの本気の持ち歌、『Love & Money』が最大音量で爆発した。
それは単なる爆音ではない。人魚姫の血と、彼女の純度100%の「欲望」が乗った、精神と空間そのものを震わせる『特大のバフ魔法(兼・音響兵器)』だ。
『チィィィィィィッ!? ガ、ガァァァァッ!!?』
その瞬間、死蟲将軍の動きがピタリと止まり、苦悶の声を上げた。
将軍の触角から発せられていた特殊なフェロモン通信が、リーザの圧倒的な音圧と魔力波長によって完全に掻き消され、群れへの指示が届かなくなったのだ。
「よし! 群れの統率が崩れたぞ!」
優太の読み通り、指揮官の通信を失った数百万の虫たちは、パニックを起こしたように空中で軌道を乱し、互いに衝突してバラバラに散り始めた。
将軍を守る『生きた盾』が、完全に機能不全に陥った。
「ルナ!!」
優太は次のタスク(指示)を飛ばしながら、左手に持っていた赤い巨大なボンベのバルブを全開にした。
プシュゥゥゥゥゥッ!!
ボンベから、猛烈な勢いで『白いガス』が噴き出し始める。
地球の害虫駆除業者が使用する、『超強力業務用・殺虫剤』である。
「はいっ! ドクター・ユウタ!」
ルナが世界樹の杖を構えて前へ出る。
「俺が撒くこのガスを、風魔法で束ねろ! 奴の腹の側面にある『気門(呼吸用の穴)』に、一点集中で叩き込むんだ!」
「一点集中……出力3%ですね! お任せくださいませ!」
ルナの瞳に、迷いはなかった。
かつては全属性魔法で辺り一帯を吹き飛ばすことしかできなかった歩く災害。だが今の彼女は、優太の絶対的な信頼を受け、自身の力を制御する術を身につけた『魔導外科医』である。
「【精霊の導風】!!」
ルナの杖の先から、極限まで圧縮された細く鋭い風の渦が生み出された。
その風の渦は、優太が散布した大量の殺虫ガスを綺麗に絡め取り、一本の真っ白な『ガスの槍』へと姿を変える。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
ルナのコントロールにより、ガスの槍が真っ直ぐに死蟲将軍へと射出された。
『――愚カメ。魔法ハ無効ダト言ッテイルダロウガ!』
将軍は嘲笑いながら、周囲の『紫の鱗粉』を分厚く展開した。
鱗粉は魔法のエネルギーを吸い尽くし、ルナの『風魔法』そのものは瞬時に消滅した。
――だが。風魔法に乗せて運ばれた『殺虫ガス(物理的な化学兵器)』までは、無効化できなかった。
「なっ……!?」
ルナの風が消滅した直後、慣性の法則に従って、高濃度の殺虫ガスだけが将軍の腹部へと直撃した。
そして、呼吸をしようと開いていた無数の『気門』から、将軍の体内へとダイレクトに吸い込まれていく。
『ギ、ギシャァァァァァァァァァッ!?』
死蟲将軍が、かつてない絶叫を上げてのたうち回った。
魔法無効の外骨格も、内部の呼吸器官には意味がない。地球の科学が生み出した神経毒(殺虫成分)が、将軍の体内を直接焼き尽くしていく。
「見ろ。どんな強固な装甲も、呼吸器官(粘膜)からの直接投与には勝てない。これが医学のロジックだ」
優太はガスマスクの奥で冷徹に呟き、G-SHOCKの盤面を見つめた。
「だが、あいつはデカすぎる。殺虫ガスだけじゃ即死はしない。……イグニス!!」
優太の鋭い声が、炎の竜人を呼んだ。
「おうよ!! いつでも行けるぜ優太!!」
虫の群れから解放されたイグニスが、両手斧を放り捨て、両手に真っ赤な炎を宿して跳躍した。
「殺虫スプレーのガスには、LPG(液化石油ガス)が含まれている! 奴の体内は今、極めて引火性の高い可燃性ガスが充満した状態だ!」
優太はワスプ薙刀の矛先を、将軍の腹部へとビシッと向けた。
「あの気門の中に、お前の『極小の火種』を放り込め! 内部から爆破する!」
「ガハハハ! 密室でガス爆発を起こすって寸法か! 相変わらずエグいロジックだぜ!!」
イグニスは空中で身体を捻り、ルナの魔法特訓で培った『究極の炎のコントロール』を研ぎ澄ませた。
全てを燃やし尽くす暴力的な炎ではない。
小さく、鋭く、確実に火を着けるためだけの、一発の火種。
「食らいな! 【竜の種火】!!」
イグニスの指先から放たれた小さな火球が、苦しげに開閉している死蟲将軍の気門の一つに、吸い込まれるようにスッと入り込んだ。
その瞬間。
死蟲将軍の巨大な体内で、最悪の化学反応が発生した。
ボォォォォォォォォォォォォンッ!!!
「『サーモバリック爆発(粉塵爆発)』だ」
優太の呟きと同時に、死蟲将軍の腹部が風船のように異常に膨れ上がり――そして、内側から凄まじい閃光と共に弾け飛んだ。
『ギ、ギァァァァァァァァァァァァァァッ!?』
絶対に破れないはずの漆黒の外骨格が、内部からの爆発的な圧力に耐えきれず、バラバラに砕け散る。
紫の鱗粉を撒き散らしていた巨大な羽も吹き飛び、将軍は全身から黒い体液を噴出させながら、広場の石畳へと無様に墜落した。
「キャルル!! トドメだ!!」
優太が、最後の一手を指名した。
「はいっ!!」
リーザの『Love & Money』のバフ効果を全身に受け、キャルルのステータスは限界を遥かに超えていた。
ウサギの耳がピンと立ち、両足の安全靴から立ち昇る紫電の闘気が、まるで雷神の如き輝きを放つ。
「ポポロ村の皆は……私たちの日常は、絶対に壊させません!!」
キャルルが地面を蹴る。
音速などとうに超えた踏み込みで、広場にクレーターが穿たれる。
空中で身体を捻り、全運動エネルギーと紫電の魔力を、右足の踵一点に圧縮した。
「【超電光流星脚(スーパー・ライトニング・メテオ・ストライク)】ゥゥゥッ!!」
装甲を失い、完全に無防備となった死蟲将軍の脳天に。
月影流の最高奥義が、落雷のような轟音と共に直撃した。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
閃光が弾け、凄まじい衝撃波がポポロ村を吹き抜ける。
死蟲将軍の巨大な体は、キャルルの渾身の一撃によって文字通り「粉砕」され、消し炭すら残さずに完全消滅した。
そして。
『将軍』という統率者を失い、さらにリーザの音波でパニックに陥っていた数百万の虫の群れは、一瞬にして空の彼方へチリヂリに逃げ去り、霧散していった。
静寂が、ポポロ村に戻ってきた。
ドス黒く染まっていた空が晴れ、美しい星空が広場の惨状を静かに照らし出している。
「……はぁ、はぁ……」
キャルルが着地し、荒い息を吐きながら膝をつく。
イグニスも額の汗を拭い、ルナも杖を抱きしめてへたり込んだ。リーザは歌い終えた満足感で、ドヤ顔のままフリーズしている。
一人では絶対に勝てない、規格外の怪物。
だが、彼らは勝ったのだ。
優太の冷徹な医学と化学のロジック。
リーザの強欲な音波バフ。
ルナの精密な魔法コントロール。
イグニスの的確な炎の操作。
そして、キャルルの全てを粉砕する一撃。
誰一人欠けても成立しない、完璧に噛み合った『最高のチームワーク(ロジスティクス)』の勝利だった。
「……オペ終了だ。各自、怪我はないか?」
優太がガスマスクを外し、アメスピを口に咥えながら、ゆっくりと仲間たちのもとへ歩み寄る。
「優太さん……! 私たち、勝ちました……! 勝ちましたよーっ!」
キャルルが涙目で立ち上がり、優太に向かって飛び跳ねる。
「ガハハハ! 当然だ! 俺様たち最強の自警団が負けるわけねぇだろ!」
イグニスが豪快に笑う。
「ドクター・ユウタの完璧な指示のおかげですわ!」とルナが目を輝かせ、「私の歌の印税は金貨一万枚からスタートですわ!」とリーザが叫ぶ。
『――ピロリン♪』
優太の脳内に、天界のファンファーレのようなシステム音が鳴り響く。
『パンデミックの完全阻止、および最強のチームワークによる敵将の撃破を確認しました!! 仲間との絶対的な絆の勝利に対し、善行ポイント【+5000 P】を大大獲得! カルマ(運命力)が、あなた方ポポロ村自警団の未来をスタンディングオベーションで称賛しています!』
「……やかましいシステムだ。だが、悪くない」
優太は小さく笑い、軍用マッチでタバコに火をつけた。
紫煙を夜空に細く吐き出しながら、無傷で笑い合う仲間たちを見渡す。
「よし。危険は完全に去った。……腹が減ったな。これより、ポポロ村の平和を守り抜いた自警団の、特大の宴会(BBQ)を開く!」
「「「うおおおおぉぉぉッ!!」」」
広場に、歓喜の声が爆発した。
絶望の淵から村を救い出した彼らの夜は、ここから最高に騒がしくて温かい、勝利の宴へと続いていくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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