EP 3
氷魔将軍の悲惨な自炊と、万能アウトドアスパイス
「不法侵入……! そ、そんな。私がコンプライアンス違反ですの……!?」
ポポロ山の中腹、開拓途中のログハウス予定地にて。
元・アバロン魔皇国の氷魔将軍スアイは、タローマン製のオーバーオール姿のまま、顔面を蒼白にして膝から崩れ落ちた。
ブラックな魔王軍の軍務と、極寒の雪山で強制される「セクシーなビキニアーマー」という名のセクハラから逃れ、ようやく掴んだ大自然でのスローライフ。それが、目の前のインテリヤクザ風の軍医――優太が突きつけた「都市計画法違反」という無慈悲な行政指導によって、粉々に打ち砕かれようとしていた。
「せっかく、この日のために『初心者のためのDIYログハウス建築講座』の本まで読んできたのに……。私、またあのブラック職場に連行されるんですの……?」
この世の終わりのような顔で俯く最強の魔族。
その哀愁漂う背中に、優太はアメリカンスピリットの煙を細く吐き出し、静かに言葉を続けた。
「早とちりするな。強制退去になるとは言っていない。ポポロ村の役場(村長宅)に適切な『居住申請書』と『建築計画書』を提出し、認可を受ければ、正式な村民として受け入れる用意はある」
「ほ、本当ですの!?」
スアイがバッと顔を上げる。
「ああ。だが、その前に現状の生活状況を査察させてもらう。……生活基盤が成り立っていなければ、山での単独行動は遭難に直結するからな。昼時だ、お前の普段の食事を見せろ」
「しょ、食事、ですわね。分かりましたの」
スアイは慌てて立ち上がり、居住用として張っているテントの横――即席の石組みの焚き火台へと優太たちを案内した。
「ふふんっ、これでも山暮らしには順応してきておりますのよ」
スアイが自信満々に取り出したのは、近くの清流で捕まえたという数匹の川魚を木の枝に刺したものと、大きな葉っぱに乗せられた山盛りの野草だった。
「保温効果のある『レ足す』と、冷えた『マイ茄子』のサラダ。それに、川魚の丸焼きですわ! 大自然の恵み、さぁ、召し上がれ!」
スアイが魚の串を焚き火に翳し、表面が黒焦げになったところで優太たちに差し出してきた。
優太、キャルル、イグニスの三人は、無言でそれを受け取り、一口かじる。
「…………」
三人の動きが、ピタリと止まった。
「……おい、魔族のねーちゃん。これ、なんか味付けしたか?」
竜人族のイグニスが、咀嚼を止めながら顔を引きつらせる。
「味付け? 大自然の風味を損なう調味料など不要ですわ。川魚の本来の旨味を味わうのが、真のキャンパーというものですのよ」
「いや、これは……」
キャルルが涙目で、生焼けの魚の身を口から出す。
「ただの焦げた生魚と、冷たくて苦いだけの葉っぱだよぉ……。塩気も何もないよぉ……」
「うっ……」
スアイ自身も、手元の川魚をかじって顔をしかめた。
魔皇国軍時代、彼女の食事は最高級レストラン並みの美味さを誇る『MODULE型レーション』だった。出来立ての料理が空間魔法で支給される環境にいた彼女は、実は『自分で料理をした経験』が皆無に等しかったのだ。
「……い、いいんですの。山暮らしの厳しさを知るのも、キャンパーの修行ですわ。塩分なんて、汗をかいて舐めれば……うぅっ」
強がってはいるものの、その瞳には明らかに「美味い飯が食いたい」という悲壮な涙が浮かんでいた。
「……見ちゃいられんな」
優太は深く溜め息を吐き、咥えていた煙草を携帯灰皿に落とした。
そして、腰のホルスターからワスプ薙刀・改(のナイフ部分)を取り出し、焚き火台の前に座り込んだ。
「優太君?」
「素材の良さを完全に殺している。サバイバルにおいて、飯の不味さはそのまま士気の低下と命の危機に直結する。少し貸せ」
優太は自身のリュック――という名の『地球ショッピング(善行ガチャ)』の四次元インベントリ――に手を突っ込んだ。
取り出したのは、地球のキャンパーたちの魂とも言える長方形のアルミ製飯盒『メスティン』。
さらに、金色のラベルが貼られた小瓶『万能アウトドアスパイス(ほりにし的ブレンド)』と、固形の『金曜日カレーのルー(海軍カレー風)』だった。
「な、なんですの、その見慣れない道具と粉は?」
「ただのスパイスと、俺の趣味のカレーだ」
優太の手際は、鮮やかの一言だった。
スアイが焦がした川魚の皮をナイフで綺麗に削ぎ落とし、身をほぐす。そこに、万能アウトドアスパイスをたっぷりと振りかけ、メスティンの蓋をフライパン代わりにして少量の油でソテーする。
ジュワァァァッ!
その瞬間、ガーリック、黒胡椒、ハーブ、そして岩塩の複雑に絡み合った『暴力的でガツンとくるスパイスの香り』が、ポポロ山の澄んだ空気に弾けた。
「くんくんっ……!? な、なんて暴力的な良い匂い……!」
キャルルとイグニスが、思わずヨダレを垂らして焚き火台にすり寄ってくる。スアイに至っては、魔皇国の高級レストランでも嗅いだことのない刺激的な香りに、完全に目を奪われていた。
「次に、カレーだ」
優太はメスティンの本体で湯を沸かし、スアイが用意していた『マイ茄子』とちぎった『レ足す』を投入。火が通ったところでカレールーを溶かし込む。
保温効果のあるレ足すの恩恵で、カレーは瞬く間にグツグツと煮立ち、濃厚でスパイシーな香りが山頂に漂い始めた。
「……よし。完成だ。食ってみろ」
優太は、スパイスでソテーした川魚の身をトッピングした熱々の『野戦用・金曜日の茄子カレー』を、スアイの前に差し出した。
「いただきます、ですわ……」
スアイは恐る恐る、木のスプーンでカレーと魚を掬い、口に運んだ。
――ズギャァァァンッ!!
スアイの脳内に、雷に打たれたかのような衝撃が走った。
「こ、これはァァァッ!?」
スアイが目を見開き、立ち上がって叫ぶ。
「な、なんですの、この複雑怪奇な旨味の連鎖は! 魚の生臭さは完全に消え去り、何種類ものスパイスが舌の上で軍隊のように統率された行進を行っておりますの! そして、この泥のようにドロドロとした『カレー』という汁! マイ茄子の甘みと完全に融合し、冷えた身体を芯から燃え上がらせるほどのコクと熱量を放っていますわ!」
「うおおおっ! 俺様にも食わせろ!」
「優太君のカレー! 私、優太君のお嫁さんになるぅぅっ!」
イグニスとキャルルも、優太が用意した予備のメスティンに群がり、凄まじい勢いでカレーを平らげていく。
スアイは涙を流しながら、一心不乱にスプーンを動かした。魔王軍の豪華なレーションよりも、高級なワインよりも、今の彼女の身体には、この汗を流した後に食べる「地球のアウトドア飯」のジャンクで暴力的な旨味が、何百倍も突き刺さっていた。
「これが……これが真のキャンプ飯……! 私が求めていた、大自然と調味料の完全なる調和……っ!」
あっという間にカレーを完食したスアイは、メスティンを地面に置き、優太に向かって――泥だらけのオーバーオールのまま、深々と平伏した。見事なまでの土下座である。
「し、指揮官殿! いえ、優太師匠! どうか、どうか私をポポロ村の村民にしてくださいませ! 私、どんな開拓労働でもします! 丸太でもなんでも割ります! だから……その素晴らしい万能スパイスとカレーの作り方を、私にご教示くださいませぇぇッ!」
「……頭を上げろ。査察は合格だ。ただの『金曜日のカレー』を食わせただけだ。恩に着る必要はない」
優太はアメリカンスピリットの煙を吐き出しながら、あくまで淡々と告げた。
打算など一切ない。ただ、不味い飯で遭難しかかっていた未熟なキャンパーを、見かねて助けただけの純粋な善意である。
【善行を確認しました】
【対象:遭難寸前のキャンパーへの野戦食糧支援と調理指導】
【ポイントを加算します:+500P】
優太の脳内に、軽快なシステム音が鳴り響く。
「よーし! じゃあ今日から、スアイちゃんもポポロ村の仲間だね! 優太君の言うことをちゃんと聞くんだよ!」
キャルルがヤンデレ成分を隠し、満面の笑みでスアイの肩を叩く。
「ええ、誓いますわ! ポポロ山は私が責任を持って、最高のキャンプ・リゾートに開拓してみせますの!」
ビキニアーマーを捨てた元・氷魔将軍は、地球のスパイスとカレーという名の「圧倒的な餌付け」によって完全に陥落し、ポポロ村の新たな防衛・開拓戦力として無事に仲間入りを果たしたのだった。
だが、最強の魔族がDIYに勤しむ平和な山に、新たな「天然の災害(コンプラ違反)」が迫りつつあることを、彼らはまだ知らなかった。
村の方向から、ふわふわとしたドレスを着たエルフの少女が、「まぁ、お山で楽しそうなことをしていますわね♡」と、植物たちを暴走させながら鼻歌交じりに登ってきていたのである。
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